波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

喋るんデス!

リアクション公開中!

喋るんデス!

リアクション

 空京:大型ペットショップ「わんにゃんらんど」

「いらっしゃいませ」
「好評につき『猫まっしぐらゴールデンEX』入荷致しました! その他、各種商品取り揃えております、ぜひお買い求めください!」
 エリザベート達が訪れた時と違い、商品と活気に溢れる店内……今が売り時とばかりに大量入荷に踏み切った店長のやる気が伺えた。

「キャットフード全品値下げだって、おかげでミケのごはんをたくさん買えるよ」
 ホクホク顔で買い漁る立川 るる(たちかわ・るる)
「なーなー(せっかく安いんだから、ひとつ上のランクのを買って)」
「あははっ、喜んでる喜んでる、良かったねミケ」
 立川 ミケ(たちかわ・みけ)の声は通じていなかった。
「なー……」
 がっかりするミケの目に、『喋るんデス!』のポップが映る。

 飼い主の夢が実現! 愛するペットと会話が出来る!

「なー!(これを使うしか!)」
 ポップに飛び乗り、見本を口に銜えてアピールするミケ。
「どうしたのミケ?」
「なー、なー!(これを、買って!)」
「? ナニコレ?」
「なー、なーなー(ホラ、これがあれば私とお話出来るわ)」

 物珍しそうに展示されている『喋るんデス!』を手に取り、説明を見るるるだったが……

 ――ポイッ。

 るるはそれを無造作に放り投げた。

「うん、るるとミケには必要ないよね」
「なー?」
「るる達は硬い絆でバッチリ会話出来てるもん、ねー」
「なななー!(出来てない出来てない!)」
「お店としては売りたいんだろうけど、残念だったねぇ」

(なんでるるちゃんはわかってくれないの!)
 ミケは我慢の限界だった。
「なー! なななー!(もう! るるちゃんなんて知らないっ!)」
「あ、ちょっとミケ! 何処へ行くの?」
 怒って逃げ出すミケ、その先には妙な集団がいた。

「この辺りで見失ったですぅ、探知の魔法を使うですぅ」
 そう、エリザベート達だ。
「ふむ、大体のエリアが特定できた」
 アルツールが探知の結果を地図に書き込んで配る。
 魔法によって居場所がほぼ特定出来たとはいえ、相手は生き物。
 くれがが動くことを考慮して、広めの範囲から囲い込む必要があった。

「ヒャッハー! 俺が見つけて校長のパンツを頂くぜぇ〜」
 ひったくるように地図を奪い、真っ先にポイントへ駆け出してくのは南 鮪(みなみ・まぐろ)
 彼は無事に見つけた時の謝礼として、エリザベートの下着を要求しているのだ。
 恐るべき下心である。
 彼の愛車ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)はエンジンがかかったままその場に乗り捨てられていた……そこへ……

「なー!(もうぐれてやるー!)」

 真っ直ぐ走ってきたミケがハーリーに跨る。
「ドルンドルン!(な、なんだ?)」
「なななななー!(このバイクはいただいていくわ!)」
「ミケー! 待ってよぉー!」
 盗んだバイクで走り出すミケ、ペットショップから出てきたるるがそれを追いかける。
 その場に居た人々は、それをただ呆然と見送っていたが……

「今のはひょっとして……」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)がペットショップに駆け込む。
 今の経緯を店長に聞いているようだ。
 そして……
「やはり……そうでしたか」
 なにやら神妙な顔で戻ってくるソア。
「あの人も直前まで『喋るんデス!』のあたりに居たそうです、そして『喋るんデス!』を見た猫に逃げられた……校長達の時と同じです」
「『愛するペットと会話が出来る』? なんか胡散臭いな……」
 『喋るんデス!』をじろじろと眺めながら雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)がつぶやく。
「エリザベートちゃん、くれあが逃げた時、これに怯えているようだったんだよね?」
「むぅ……そう言われると、たしかにあやしいですぅ……」
 明日香の問いかけにエリザベートは、あの時に感じた妙な魔力を思い出し、顔をしかめる。
「あの時、すぐに調べておくべきでしたぁ……」

「エリザベート様、ここは実際に試してみましょう」
 展示用の『喋るんデス!』を手に西尾 桜子(にしお・さくらこ)が提案する。
「でも試すって、猫とかいないのにどうやって?」
 西尾 トト(にしお・とと)が疑問を浮かべる……ここには肝心のペットがいないのだ。
「それなら問題ないです、たぶんそろそろ……あ、きました」
 トト越しに道路の先を見てつぶやく。
「?」
「みぅみぅ」
 トトが振り返った先にいたのは、白い仔猫を抱えた鮪だった。

「見つけたぜ! これで校長のパンツは俺のものだ! ハァハァ……」
 充血した目でエリザベートを見つめる鮪。
 彼の息が荒いのは走ってきたからというだけではなさそうだ。
 ご褒美のパンツをどう使おうか……彼の中で妄想が展開していた。
 しかし……
「違うですぅ、この子じゃないですぅ」
「違う、だと……なんてこったぁぁぁぁ!」
 あっさり違うと告げられ、絶望する鮪。
 その手から仔猫が放り投げられる。
「わ、あぶない」
 慌てて仔猫をキャッチする桜子。
「大丈夫? 怪我はない?」
 トトが心配そうに仔猫の様子を伺う。
「みぅみぅ」
 ……どうやら無事なようだ。
「ちょっと! 仔猫を放り投げるなんてひど……あれ……」
 鮪に文句を言おうと振り返ったトトだったが、一瞬で立ち直った鮪はすぐさま次のターゲットを求め走り去っていた。
「こうなったら、手当たり次第にいくぜぇぇ!」
 コレクションのパンツを被り気合を入れる、見つけた猫を片っ端から捕まえてまわるつもりのようだ。

「……な、なんだかな……」
 絶句するトト。
「……じゃ、この子で試しましょう」
 気を入れなおした桜子が猫を抱き上げ、『喋るんデス!』を用意する。
 店の様子を伺うと……

「うむ、ここはなかなか良心的な価格ではないか」
「日頃のご愛顧の感謝を込めまして、勉強させていただいております」
「良い心がけじゃな、ではぺっとふーどとやらを適当に見繕って貰おうか」
「それなら、お得なこのセットがお勧めです、いかがでしょう?」
「あのー、コレ100個ください、袋6つくらいに分けて入れてもらえるかしら?」
「はい、すぐにお包みいたします、少々お待ちを……」

 幸い店長は接客対応で忙しそうにしている。
 前にもお試しを勧めてきたくらいだから、問題ないだろう。
「では、着けます……よく見ててください」
「あ、トトがやるー!」
 桜子の手から『喋るんデス!』をひったくるトト。
 その様子を見ていたミーミルが笑みを浮かべた。
「あ……ふふっ」
「ミーミル、な、なんでこっちを見るですぅ!」
 ミーミルの微笑みが思い出し笑いだと気付いて、顔を赤らめるエリザベート。

「『喋るんデス!』せっとー!」
 元気な掛け声と共に、トトが仔猫に『喋るんデス!』を取り付けた。
 すると……

「みぅ?……うぅ……」

「どうですぅ? 何か喋ったですぅ?」
 興味深そうにエリザベートが様子を伺う。
 どうやら仔猫はトトになにか話しかけているようだ。
 そして……
「うぅぅ、桜子ぉぉ……」
 ――トトは泣き出した。

 よしよし、とトトを撫でる桜子。
「と、トトちゃん? 大丈夫?」
 突然泣き出したトトを心配して明日香が近寄る。
「よく聞こえなかったですぅ、その子はなんて言ったですぅ?」
 エリザベートは会話の内容が気になっているようだ。
「それが……その……」
 どう説明すればいいか口ごもる桜子、複雑な表情だ。
 そこへトトが泣きながら訴える。
「お願い、この子にごはんを買ってあげて!」


「? あそこで何かやっておるようじゃな……」
 お得なペットフードセットを買い終えた織田 信長(おだ・のぶなが)がエリザベート達に気付く。
 本人達は気付いていなかったようだが、売り出し中商品のポップの前に集まるエリザベート達は、とても目立っていた。
 しかも一人が泣き出した様子、これは否が応でも注目を集めてしまう。
「こんな所にイルミンの校長とは珍しい……レン? どうした?」

 ……信長の傍らで柊 レン(ひいらぎ・れん)が震えていた。
 心配する信長に、レンは震える手で『喋るんデス!』を指差す。
 テレパシー能力者であるレンは、そこから何かを感じ取っているようだ。
「アレが原因か? いったい何が……」
 レンは首を振ると、スケッチブックに言葉を書いた。

『わからない、でも、すごく嫌な感じがする』


「ねぇブリジット、あの子どうしたのでしょう?」
 泣き出したトトを気にして、橘 舞(たちばな・まい)達も『喋るんデス!』の方に注目していた。
「『喋るんデス!』? なんかインチキくさいわね……」
 ポップを見るなりブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が呟く。
 ……どうやら泣いている子は『喋るんデス!』の見本を持っているようだ……
(ペットが喋る? いくら最新技術とはいえ、そんなものが発明されていた、なんて話は一度も聞いていないわ)
 ……そこにトトの言葉が響く。

「お願い、この子にごはんを買ってあげて!」

 ……という事は、つまり……

 ――ブリジットの中で一つの推理が完結した――

「これはインチキ商品ね! 間違いないわ!」
「え?」
 そう言って『喋るんデス!』を手に取ろうとした舞を止めるブリジット。
「こんなのインチキに決まってるわよ! ペットに喋らせて商品を買わせる魂胆ね!」
 自信満々にそう言い切るブリジットだったが……

 ポンポン……

「? なによ?」
 ……不意に後ろから肩を叩かれた。
 ブリジットが振り返ると、そこには……

「申し訳ありませんが、お客様……ご退店お願いします」
 ……店長が立っていた。

 曲がりなりにも売れ筋商品、大声でインチキと叫ばれては無視できないのも仕方ない。
「あ、本当のこと言われて焦ってるのね?!」
「ブリジット、落ち着いて、他のお客さんの迷惑になるから……」
 抵抗しようとするブリジットを引っ張り店を出る舞。

「そちらのお客様も、移動していただけますか?」
 ブリジットの巻き添えとなり、エリザベート達も店を出ることになった。
「わ、私たちはですねぇ……」
「校長、私がひとつ買っておきますから、ここは抑えてください」
 食い下がろうとするエリザベートを沢渡 真言(さわたり・まこと)が止める。
 身分を明かして強引に調査を進めるには、まだ証拠が足りないのだ。
「機械関係に詳しい友人がこの空京にいます、彼女に『喋るんデス!』を調べてもらいましょう」
「しょうがないですぅ、そのプランでお願いしますぅ」
 真言の提案を受け納得したのか、しぶしぶ引き下がるエリザベートだった。


「うーん……確かにこの商品は……」
 残されたポップの見つめ、店長はしばし考えていた。
「……売り上げアップに舞い上がって、大事なことを見失っていたかも知れません……」
 『喋るんデス!』の仕入れを見直すことを考える店長でした。