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リアクション
十一
嘉神 春(かこう・はる)は、極めて珍しい特技を持っていた。それは「方向音痴」だ。しかも、突出している。イルミンスールを散歩していたはずが、気がついたら葦原明倫館の近くに来ていたほどだ。
「……いくらなんでも、程があるんじゃないの?」
パートナーの神和住 瞬(かみわずみ・またたき)は、呆れながらそう言った。かくいう瞬も、ここまでついてきたのだから人のことは言えない。
とにかく、早いところ帰らねばならない――と分かっているのに、二人はなぜか林の中を歩いていた。どう考えても、イルミンスールから遠ざかっている。
「――春!」
不意に瞬の【超感覚】に、何かが引っ掛かった。春の襟首を掴んで、さっと隠れる。
間もなく、【隠れ身】で息を潜めた二人の目の前を幾人もの影が通っていった。
「……見た?」
と春。
見た、と瞬は頷いた。あれは――、
「忍者だよ、忍者! 本物! かああぁっこぃぃぃいいい!!」
春は両腕を縮こませ、その場でばたばたと地面を踏み鳴らした。
「……ああ、そうだねぇ」
実を言えば、瞬が見たのは別のものだったのだが――無邪気な春の喜びに水を差すこともないだろう、と思っていたら、
「あれきっと、ゲイル・フォードさんだよ!」
「誰だって?」
「葦原明倫館の忍者! 有名なんだよ、知らないの?」
瞬は寸の間考え込んだ。――知らない。春が知っていて自分が知らないということは、多分、守備範囲じゃないのだろう。
「追っかけよう!」
「え? あれを? 無理じゃない?」
「大丈夫!」
春はイルミンスール制服を脱いだ。なぜか下には、忍び装束(通販で買ったバッタもん)を着ていた。
お前、実はここに来る気満々だったろうと内心ではツッコミつつ、あまりの可愛らしさに、取り敢えず春をぎゅーっと抱きしめる瞬であった。
どこからか、昔の某忍者ドラマのテーマソングが流れてきた。
「わらわだ。うむ、唯斗か。無事か」
エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)がケータイを取り出して話し出したので、トーマはぽかんとした。
「――分かった」
「今の、唯斗にいちゃん?」
「そうだが?」
「忍者なのにケータイ持ってんの?」
「おぬしは持っておらぬのか?」
「すぐ壊すから持つなって、真人にいちゃんが。でも、いかにもな忍者がケータイ持ってるなんて、イメージ狂うなあっ」
トーマが口をへの字にするのを見て、クスクスと当麻が笑った。
「何か新しい情報があった?」
と尋ねたのは、天真 ヒロユキのパートナー、フィオナ・ベアトリーチェ(ふぃおな・べあとりーちぇ)だ。
それには答えず、エクスは当麻に尋ねた。
「おぬし、父御のことを母御から聞いておるか?」
当麻はかぶりを振った。
「生まれる前に死んだって。だからずっと二人きりで、何度か引っ越しもして、だから友達もいなくて……」
「何だよ、友達ならいるじゃん」
「え?」
「オイラ。それにみんな友達だって。なっ、そうだろ?」
トーマがニッと笑みを見せ、エクスとフィオナに同意を求めた。
「わらわは友達ではないぞ」
「……ノリ悪いねえちゃんだなあ」
「黙れわっぱ。――当麻、単刀直入に言うぞ。おぬしの父御は、甲斐主膳というお人だ」
「え?」
今度は当麻がぽかんとした。
「何だそれ?」
代わりにトーマが眉を寄せる。
「甲斐主膳という侍が父親なのだ。だがこのお人には正妻、つまり正式な奥方がおってな、父御と母御は婚姻関係にはならなかった」
「えと……」
「つまり、結婚はしなかった、ということよ」
フィオナが横からフォローを入れる。
「甲斐家にはおぬしの兄がおったのだが」
「おれ、兄弟いるの!?」
「――先走るな。いたのだ。生憎、死んだ」
当麻の顔から血の気が引いた。
「酷な話だけど当麻くん、しっかり聞いて」
フィオナはヒロユキとの【精神感応】で、彼の知ったことのほとんどを聞いていた。その話の多くは、唯斗が主膳から聞いた話に近かった。――当麻の存在を除き。
「奥方様がおれを捕まえようとしているの……? どうして?」
「分からぬ。どの話も推測の域を出ぬ。そこでだ、当麻。おぬしはどうしたい?」
「えっ?」
「どうもこうもないって! 当麻、オイラたちが守ってやるよ!」
「黙っとれ、わっぱ。これは当麻が決めることだ」
トーマはぷうっと膨れた。
「そーですか、じゃ、知りませんよーっだ」
と、背中を向けてしまう。
「当麻くん、いい? お父さんに会いたいなら、僕たちで何とかするよ。嫌なら、何が何でも守る」
「行くわけないって!」
トーマが口を挟んで、またそっぽを向いた。
「おれ……おれ、母さまに会いたい。会いたいよお」
当麻の声に涙が混じっている。
「よし」
エクスは頷いた。
「会わせてやろう」
「でもエクスさん、そんな勝手に」
「当麻が望むのだ。なに、いい護衛がおる。任せておけ」
「オイラも行くからな!」
トーマが大きな声で宣言した。
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