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狙われた少年

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狙われた少年

リアクション

   八

 未散が那美江へ話を聞かせている頃、緋雨は主膳と対していた。
「大奥からの使いというのが嘘であると、よくお分かりになりましたね」
「カマをかけた」
 しれっと主膳が答えたので、緋雨は呆気に取られた。傍にいた麻羅は思わず吹き出してしまった。
「これは失礼。しかし主膳殿、疑うておるなら何故我らと会うてくださった?」
「仮に本当にそうなら、将軍家に縁のある者を門前払いした後が怖い。逆に偽なら、その方らの身が危ない。そうまでしてわしに会いに来たのならば、相応の理由があろう」
 主膳は一気に喋り、いったん言葉を切った。深く息を吐き、すっと背筋を伸ばすと顔を天井に向けた。
「そこの者らも、降りてくるがよい」
 緋雨と麻羅は、咄嗟に身構え、上を見た。
 天井の隅の板が外れ、音もなく二人の人物が降りてきた。
「唯斗さん!」
 唖然として、緋雨はその名を呼んだ。
 紫月 唯斗とプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)だった。
「お主ら、無茶するのう」
 麻羅が呆れた口ぶりで言うと、
「お互い様でしょう」
と、唯斗は肩を竦めた。
「知り合いかね?」
「明倫館の仲間です」
 緋雨の答えに、ほう、と主膳は驚いた。
「葦原明倫館か。揃いも揃って、何用かな?」
 緋雨と唯斗は顔を見合わせ頷いた。
「甲斐様、当麻という少年をご存知ですか?」
「当麻……はて?」
「では、朱鷺ヒナタ(とき・ひなた)は?」
 唯斗が口にした名は、効果覿面だった。主膳は、目を見開き、おお、と呟いた。
「当麻は、朱鷺ヒナタの息子です」
「何と――」
 主膳はそのまま息を飲んだ。口を開こうとすると、小さな咳がこぼれ出る。それが治まるのを待って、唯斗は更に尋ねた。
「ご存知なかったのですか?」
「あれが息子を産んでいたとは……」
 主膳はかぶりを振った。
「では、朱鷺ヒナタは」
「……うむ。一度、な」
 緋雨は眉を寄せた。
「一度? 側室ではない?」
「わしに側室はおらぬよ。それほどの体力もない。だが――あれは、いい娘であった」
 ヒナタは甲斐家に行儀見習いに上がっていた。しかし、いたのは僅か一年のことだった。両親が相次いで他界し、宿下がりをした。二度と戻ってくることはなかった。
 主膳がヒナタに手をつけたのは、その直前のことだ。
「わしの子か――そうか」
 主膳の口元が綻んだ。
「ご存知なかった――ということは、甲斐殿、当麻を跡継ぎにするつもりはないということか?」
と、麻羅。
「つもりも何も――今初めて知ったのだ。息子を産んでいたなどと」
「ですが、当麻はこの家の忍びと諏訪家の侍に狙われております」
 主膳は驚いて唯斗を見た。
「諏訪? まさか、帯刀が? いや、あの男がまさか――」
 主膳の言葉が時折切れるのは、彼が咳を飲み込もうとしているからだった。麻羅は主膳の後ろに回り、彼の背を擦った。
「すまんな」
 麻羅は構わぬ、というようにかぶりを振った。
「――帯刀は、子供を襲うようなことはせぬだろう」
「諏訪様は、ご存知ないかもしれません」
「どういう意味だ?」
「那美江様です」
「!?」
「那美江様は嫉妬深いお方と聞きました」
 それはパートナーである睡蓮からの情報だった。
「もし那美江様が当麻とその母親の存在を知ったなら……」
「己が地位を危ぶんだかもしれません」
と、緋雨。
「それはありえん」
 主膳は即座に否定した。
「わしが那美江をないがしろにするなど、決してありえん」
「じゃが、那美江殿はそう思わんかったかもしれん」
 主膳は振り返って麻羅に言った。
「よいか、わしは帯刀の末息子、小七郎を養子にすることになっておる。あれは良い子だ。申し分ない。それを差し置いて――出来るわけがなかろう」
 だが、その言葉はどこか歯切れが悪い。
「その方らの話はよく分かった。わしから那美江に問い質してみよう。よしんば言うとおりであったとしても――わしの考えは変わらぬ。世継ぎは小七郎と知れば、那美江も無体な真似はするまい」
「あまり、奥方を責めないでください」
 それが回り回って、当麻への攻撃になったら大変だ。
「分かっておる」
 主膳は頷いた。
「マスター」
 それまで黙っていたプラチナムが唯斗にそっと声をかけた。
「別室で騒ぎが起きているようです」
「何があった?」
「おそらく、我々と同じ目的を持った者が、追われているのでしょう」
「何だって!?」
 唯斗はアサシンソードを手に立ち上がった。緋雨と麻羅が見上げる。
「いけません。ここで飛び出せば、こちらのお二人にも危険が及びます」
「私は平気よ」
「いかん、緋雨。わしらだけではない、別の者に迷惑がかかるぞ」
 あ、と緋雨は口に手を当てた。大奥からの使いという名目で来ている以上、騒ぎが大きくなれば、そちらへ累が及ぶ。ここは大人しくしている他ない。
 ということは、唯斗もじっとしているしかなく、彼はすとんと腰を下ろすと、ぐしゃぐしゃ髪をかき回した。
「クソ!」
 ――これでいい、とプラチナムは思った。
 プラチナムは唯斗の魔鎧だ。唯斗を守ることが役目だが、このマスターは何でもかんでもすぐ首を突っ込む悪い癖がある。先んじて動きを封じれば、怪我もしないだろう。
 それにしても、とプラチナムは主膳に気づかれぬよう、彼の顔を見た。彼女には一つ気になることがあった。誰も気づいていないようだったが、主膳も知らないのだろうか?