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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ 恋の話に花を咲かせて ■
 
 
 
 庭でのんびりとした時間が流れている間も、会場では皆がお喋りに興じている。
 そして話が盛り上がっていけば、出てくるのはやはり……恋の話。
 
「というわけで、第一回『どうすれば彼氏が出来るのか』会議、始めるわよ!」
 パートナーの如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)には言い難い悩みだから、内緒のお茶会という場はちょうど良い。紅茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら相談すれば、きっと良いアイディアが山のように出るはず。
 そう考えたアルマ・アレフ(あるま・あれふ)は呼びかけてみたのだが、積極的に参加してくれたのはラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)ラグナ・オーランド(らぐな・おーらんど)だけ。
「だいたい、もう1人呼んだはずなのに来てさえもいないし……」
 誘ったのにアインは来てさえもいない、とアルマはぼやいた。
「姉上は色恋においては戦力外になることが目に見えていますので置いてきました」
 ツヴァイが答えると、ラグナはにっこりとその裏をばらす。
「単に参加枠が足りなかったっていうのが本当の理由ですけどね」
「母上……そういうメタなネタはどうかと思います。せめてメカなネタに抑えておいていただかないと」
「そうそう、メカと言えば……」
 放っておいたら脱線して終わりそうで、アルマは2人の会話に割り込んだ。
「ツヴァイ、ラグナさん……あたしが恋愛相談しようっていうのに、メカの話にするのは勘弁してよ」
「ああ、すみません。アルマさんから恋愛相談されるというのが少々意外で」
「それは……まあその……やっぱりあたしも女の子なわけですよ! 人並みに恋愛とかしてみたいわけですよ! けどね……全く、欠片も、これっぽっちも! 経験が……というより相手が……だから今日は皆に、男にモテる方法を教えて貰いたいの!」
 ばんっとテーブルを叩いてアルマは力説した。
「モテる方法……」
 アルマの言葉に、芋けんぴをつまんでいたリースが思わず呟いた。それを知ればもしかしたら、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)に対してもう1歩進めたりするのだろうか。
「興味ある? じゃあ会議に入って入って」
「でも私はそういうのに疎くて……あまり会議の役には立てないかと……」
「じゃあ一緒にどうしたら良いのか考えましょ。大丈夫、ここにいる人でそういうのが得手な人いないから」
「アルマさん、それは全然大丈夫ではない気がします」
 ツヴァイの言葉は聞き流し、さあさあとアルマはリースの椅子を近寄せた。
「それでね、最近読んだ雑誌に女子力がどうこうって記事があったんだけど……」
 アルマは身を乗り出して読んだばかりの女子力の記事を披露したが、その内容は少々高等技術すぎるというか大抵の人がやったら引かれること間違いなしのもので。
「古い携帯を使って機械音痴をアピールとか、ありえませんな」
「アルマちゃん、こと色恋についてはあまりざっその記事はアテにしない方がよろしいかと。実戦しても逆にドン引きされるのがオチですわよ」
「だったら他に何か案はないの?」
「ではギャップ萌えを狙うというのはどうでしょう? 普段勝ち気な女性が急にしおらしくなると、グッと来る男性は多いそうです」
 ツヴァイの案をなるほどなるほどとアルマはメモを取る。
「ということは、アルマちゃんが急に大人しく淑やかに…………キモイですわね」
「キモい? 言うに事欠いてキモい!?」
「大体、キャラを作ったところでボロが出るだけですわ。私のように自然体で魅力ある女性にこそ、殿方は惹かれるというもの」
「魅力ある女性ぃ? あたし知ってるのよ、この前空京で男の人に声掛けられて、ものっそい嬉しそうな顔してたの。しかも『少し付き合っていただけますか?』って問いに顔赤らめて、『私でよければ……』って。ただのキャッチセールスに何勘違いしてんのよ。どいせその毒舌遠慮無しな性格で男に言い寄られたこともないんでしょ」
「うるさいですわね。ブチのめしますわよ!」
 激化するアルマとラグナの応酬に、ツヴァイはぽつりと呟く。
「……少なくとも、母上にギャップ萌えは期待できないということがよく分かりました」
「あの、ちょっと声が大きすぎるのではないかと……」
 見かねたリースが口を挟み、目で周囲を指した。お茶会のテーブルについている人たちが、何事かとこちらを注視している。
 はっと我に返ったラグナは、こほんと咳払いすると話題を変えた。
「そもそも何故急に恋人をご所望に?」
「それはほら、佑也に恋人出来たし、あたしもそろそろいいかな……なんて思ったり……なんか置いてかれた気分で少し寂しかったっていうか、あたしも早く幸せになって、佑也みたいになれたらなって……」
「ああなるほど、そういう理由でしたのね。……やっぱりキモいですわ」
 折角自分で変えた話題をラグナはまたそこに戻してしまった。
「ってこの期に及んでまだキモい言うか! だったら勝負よ! ここにいる男の人誰かと先に公園デートに持ち込めた方の勝ち! OK?」
「勝ち目のない戦いがしたいというなら勿論受けて立ちますわよ」
「OKね! じゃあ行くわよ!」
 ばっと椅子から立ち上がるアルマとラグナを見上げ、ツヴァイはやれやれと肩をすくめた。
「この様子では、2人に春が来るのは当分先になりそうですな」
 女子力もギャップ萌えもあったものではないと、ツヴァイは冷めたお茶をゆっくりとすすった。
 
 
 
 普段ガレットは喫茶店でアルバイトをしているから、お茶やお菓子を出す側だ。だからこんな時ぐらいは給仕される側に回ってのんびり過ごそう……と思っていたのだけれど、気づけば率先して給仕に飛び回っていた。これも身に付いた性分というのだろうか。落ち着いて椅子に座っていられない。
 その給仕もそろそろ落ち着いてきたとみて、ブランローゼは休憩しないかとガレットに呼びかけた。
「そうだな。ブランローゼにも桃のコンポート試食して貰いたいし。ちょっと待ってて」
 ガレットは桃のコンポートを取ってくると、ブランローゼと同じテーブルについた。
「そう言えば、家を出るときに後で1つ質問に答えてくれって言ってなかったっけ?」
 思い出してガレットが尋ねる。
「覚えていて下さいましたのね。ええ、ちょっと聞いてみたいことがありますの」
 ブランローゼは桃のコンポートを食べながら話し出した。
「ガレットは女性を前にするとあがってしまいますわよね?」
「うん、そうだけど……それが?」
「不思議に思っていましたの。わたくしたちとは慣れたから普通に話せると言っていましたけれど、終夏は最初からガレットと普通に話せていたんですのよね?」
「質問ってそれ? いやそりゃ、多分女の子に見えなかったから普通に話せたんだと思うんだけど……」
 答えながらガレットは終夏との出会いを思い出していた。
「それはもしかして、恋ですの?」
「こ、恋? 何でそこに話が飛ぶの!?」
 驚いてコンポートをひっくり返しそうになり、ガレットは慌てて押さえた。
「好きだなぁ女の子ってそういう話題」
 興味津々にこちらを見てくるブランローゼからやや視線を上方に外しつつ、ガレットは答えた。
「……まぁ最初はね。だって初対面の女の子と初めて普通に話せたんだよ? これは『運命の人じゃ!?』とか思うじゃない? 思わない?」
「それはもちろん思いますわ!」
「だよね?」
 自分でも大概ロマンチストだとは分かるけれど、それくらいガレットにとっては衝撃だったのだ。
「素敵な出会いですわね」
「そ、それは……ってかブランローゼ、そんなに目をきらきらさせて見ないで! 何これ、俺凄く恥ずかしい! あくまで当時の話だからね!」
「では今は終夏のことをどう思っているのですの?」
「えっ、それは……」
「それは?」
「……まぁ……内緒。あ、俺給仕してこないと!」
 質問には答えたからねとブランローゼに念を押し、ガレットはそそくさと給仕の仕事に逃げていった。
 
 
「恋、ですか……」
 漏れ聞こえてくる話に、エンデは薄焼きビスケットをつまんでいた手を止めた。
「小夜子さんも恋はしているようだけど……」
 今日出掛けてくる時、怪訝そうな顔をしていた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)のことをエノンは思い出す。お茶会には気づいていないようだけど、だからこそどうしてエノンとエンデが揃って外出するのだろうと、不思議がっていた。
「小夜子様の恋ですか……」
「今のままだと、ちょっとね。小夜子さんも一度、周りを見て良い相手を見つけられるといいのだけどね」
 恋愛ごとは相手のあることだからいろいろと難しい、とエノンは言う。
「良い相手……エノン様もそのようなお相手がみつかるといいですね」
「えっ? 私?」
 思いも掛けないことをエンデに言われ、エノンは目を見開いた。
「私に相手なんか見つかるわけがないです。小夜子さんと違って、裁縫とか家庭的なことは苦手ですからね」
「でしたら、家庭的なことが得意な人を見つけてしまえばいいんじゃないでしょうか。といっても、なかなかそのような機会がないのが残念ですが……機会があればそういうものにも顔を出してみては如何でしょうか?」
 勧めるエンデに、今度はエノンが逆に聞く。
「そういうエンデさんはどうなんですか?」
「私は……ちょっと自信がないですね。もう少しこう……成長してくれればと思うのですが」
 エンデの目下の悩みの種はスタイルだったりする。
「小夜子様とエノン様もスタイルがいいけど、私だけなんでスレンダーなんでしょうね……」
 スタイルの良い2人がすぐ近くにいるからこそ、自分の控えめな胸が気になってしまう。
「エンデさんもそのうち育つと思いますよ」
「そうでしょうか……」
 だといいのだけれどとエンデはそっと胸に手を当てる。
「……恋すると身体つきも良くなるとか言うけどどうでしょうね?」
「そうなんですか?」
 そんな日が自分たちにもいつか来るのだろうかと思いつつ、エンデはずっと持ったままだったビスケットを囓るのだった。