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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ お茶とお菓子とおしゃべりと ■
 
 
 
 お茶会参加者は百人近い。
 そこかしこで会話が交わされ、お茶会の部屋はざわざわとにぎわっている。
「あ! 花妖精のお姉ちゃんだー♪ こんにちはー!」
 ブランローゼの姿を見つけて、日下部千尋は駆け寄った。
「あら、ちーちゃん。未来ちゃんも来ていたんですのね」
 千尋とその後ろからついてくる未来に気づいてブランローゼは微笑んだ。
「うん。今日はちーちゃん、いーっぱいお友達作るんだー♪ お姉ちゃんも皆と沢山お話できるといいね♪」
「そうですわね。こんな機会なかなかありませんもの」
 ブランローゼが答えているうちに、未来も追いついてくる。
「お久しぶり♪ 貴女も来てたのね。今日も綺麗なお花ね♪」
 未来はブランローゼのオレンジ色に近い髪にヴェールのようにふわりと咲いているなんじゃもんじゃの花に目を細めた。
「ブランローゼの知り合い?」
 そっと尋ねてきたガレットにブランローゼは説明する。
「春に一緒にお花見したんですの。そこでお友達になったんですわ」
「へえ、可愛いお友達だね」
「あ、お姉ちゃんのお友達も一緒だったんだね。ワンちゃんの獣人さん、はじめまして、ちーちゃんだよ♪」
 にこ、と笑顔を向けてくる千尋は可愛いけれど女性というにはまだ幼くて、ガレットも緊張せずに応対できる。
「えーっと、俺、犬じゃなくて狼なんだけど……ガレットだよ、よろしく!」
 また間違われてしまった、とがっくり来たものの、きらきらした目で見上げる千尋には悪意の欠片もなく、ガレットもすぐに笑顔を取り戻した。
「私は未来よ。よろしくね。ところでその手に持っている美味しそうなものは何かしら?」
「ああこれ? 家から幾つか新作桃のコンポートを持ってきたんだ。良かったら試食してみる?」
「ちーちゃんも食べたいー♪」
「食べたら味の感想聞かせて欲しいな」
 ガレットは千尋と未来の前に、ひんやり冷たい桃のコンポートを出した。
 
 
「可愛い女の子が多いねぇ」
 ヒューバートは音は出さずに口笛を吹く真似だけをした。
「にやつくな。マルアハ商会の件もある。ビジネスバートナーになれそうな人物との出会いを期待したい」
 アーヴィンの方はこんな場でも真面目一辺倒。銀縁眼鏡に軽く手を当てて集う人々を眺める。そんなアーヴィンには聞こえないように、ヒューバートはぼそりと呟いた。
「……お嫁さん候補とか、見つかると良いんだけどねぇ」
「何か言ったか?」
 アーヴィンがヒューバートに身体を向けた時、ちょうどそこに歩いてきたエンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)とぶつかった。
「おっ、とこれは失礼」
 よろけたエンデをアーヴィンが慌てて支えた。
「いえ、大丈夫ですから」
 エンデは軽く会釈すると足を速め、立ち止まって振り返っているエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)に追いついた。
 人が思い思いに動き回っているから、会場はごったがえしている。
 神代夕菜は人混みでノルンが埋もれたり人にぶつかったりしないよう、気を付けて誘導していった。あくまでもさりげなくしているから、ノルンは夕菜がそうしていることに気づかない。周囲に興味の視線を向けながら、ちょこちょこと歩いていく先に{SNL9998862#パララビ・パラビー}を見つけ、ノルンはもふっと抱きついた。
 隅で背もたれにだらりと寄りかかっていたパラビーは驚いて椅子から落ちそうになった。
「タバコ臭いです」
 ノルンの指摘にパラビーはぎくっとした後、勢いよく首を横に振った。家の中以外で吸っていたことが琴子にばれるとやばい。
 けれどノルンは構わず、タバコ臭いパラビーをもふもふともふりまくった。心ゆくまで触り心地を楽しんだ後、はっとノルンは身を起こす。
 ついうっかり子供っぽいことをしてしまった。
 夕菜の反応は……と窺えば、夕菜はテーブルにあるお菓子に視線を向けており、こちらの行動には気づいていないようだ……とノルンは思ってほっとする。ノルンがパラビーから離れると、夕菜も自然にノルンの元へと寄ってきた。
「夕菜さん、お菓子が食べたいんですか?」
「え? ああ、そうですね」
「食べたいのなら一緒に食べてあげます」
 見た目はともかく、気分は年長のノルンは夕菜の為と席に座った。
 お茶会の楽しみと言えば美味しいお菓子。ノルンはさっそく生クリームたっぷりのシフォンケーキに手を伸ばす。
 ノルンの背では椅子に座るとテーブルの真ん中に置いてあるケーキには手が届かない。けれどノルンがそれに気づく前に、夕菜がさりげなくケーキの皿を動かしてノルンの届く場所へと移動した。
 明日香がしたらすぐにノルンに見つかってしまうこんな手伝いも、夕菜ならば自然に上手くこなしてしまう。
 ふんわりしたケーキを嬉しそうに見つめてから、ノルンはそれを口に運ぶ。
 幼子のそんな可愛らしい様子から夕菜は目が離せない……というあたり、明日香と同じだ。
「夕菜さんは食べないんですか? 甘くて美味しいですよ」
「そうですね、わたくしもいただきましょうか。……はい、どうぞ」
 言いながら夕菜はナプキンを差し出す。それを無意識に手に取ると、ノルンは生クリームまみれになってしまっていた口元を拭いた。
「美味しそうに食べるねぇ。フルーツゼリーもあるんだよ、どう?」
 世にも幸せそうにケーキを食べているノルンに、通りかかったリンがお手製のフルーツゼリーを見せる。
「食べます」
 即座に答えたあと、ノルンははっと夕菜を見、
「勧められたらしょうがありません」
 と急いで言い訳した。けれどその顔はにこにこと雄弁にノルンの内心を語っている。
「どんどん食べてねー。作った人もその方が嬉しいと思うよ」
「……スコーンも……あるの……」
「それも欲しいです」
 いい笑顔での返事に、リンはゼリーをプリムはスコーンを2人の前に置いた。
「良かったらこの桃のジャムもつけてみる?」
 メープルはお手製の桃のジャムを取り分け、緋翠にも勧めた。
「アイスティーに使った桃を甘さ控えめのジャムにしたの。美味しかったら和葉ちゃんにも食べさせてあげたいから感想聞かせてね」
「あぁ…これは、美味しいですね。和葉もきっと喜びますよ」
 甘さ控えめにしてあるから、桃の風味が口の中でふわりと広がる。
「本当においしいです」
 桃のジャムをつけたスコーンを頬張って、ノルンはとろけそうに幸せな顔で笑った。
 
 
 
「うん、このチョコレート美味しいよ! 白花、あーんして食べさせてあげる」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が差し出したチョコレートをぱくんと食べると、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は楽しそうに微笑んだ。
「はい、このチョコレート美味しいですね」
 月夜の前には珈琲とチョコレート、白花は紅茶にケーキ、玉藻 前(たまもの・まえ)は緑茶に饅頭。それぞれの好みが出た全く違うお茶とお菓子を食べながら過ごす、樹月 刀真(きづき・とうま)抜きの時間。
 紅茶もケーキも美味しいけれど、それを口に運ぶ白花の表情は曇っている。
「扶桑から出てから刀真さん凄く優しいです……でも、腫れ物を触るような気の遣われ型をしているようで……」
 何か嫌なんです、と白花は視線を落とした。
「それに今の刀真さん何処か辛そうで……。月夜さん、玉藻さん、刀真さんはどうしたんですか? 私にできることがあれば、何かしてあげたいんです」
 そう言った白花に玉藻とふんと鼻を鳴らした。
「封印の巫女、お前には関係の無いことだし出来ることは無い。大体最近の刀真が我の好みだったのにお前が帰ってきてから少しぬるくなった……大人しく扶桑の中に居れば良かったものを」
「玉ちゃん言い過ぎ」
 月夜は玉藻を止めると、白花に説明する。
「白花あのね、刀真ちょっと上手くいかないことがあって、それができなかった自分が赦せなくて、その自分を否定したくて無茶をしているんだよね……。刀真がどんどん昔の刀真に戻ってゆくよ、玉ちゃんどうしよう?」
 刀真は自分の感情を押し殺そうとしているけれど、己の不甲斐なさへの苛立ちや自分を否定しようと力を求めている様子は、月夜にと玉藻には丸わかりであり、白花も何かあるのだと感じている。
「だからその方が我にとっては良いと言うておるだろうに」
 そう答えた玉藻だが、月夜の瞳がじっと自分に向けられているのに軽く肩をすくめて付け加える。
「あれは抱え込みきれぬものを抱えている所為だ。ならば、刀真が抱えているモノを我らが受け止めてやれば良い。以前のように我とお前が刀真と共に夜を過ごし、受け止めてやろう。あの時から更に先に進めば良いだけだ、大丈夫だろう?」
「また刀真と一緒に寝るの? というか更に先に進む? それは心の準備とか色々あるしいきなり言われても……困るよ」
 脳裏に浮かぶ想像に月夜は顔を赤らめる。
 玉藻と月夜のやりとりに、白花は手にしていた紅茶のカップを取り落としそうに驚いた。
「月夜さん、玉藻さん、私がいない間に何をしていたんですか! それに、そ、そういうの無理矢理したら刀真さんに嫌われちゃいますよ!」
「ふふふ、おらぬ方が悪いのだ」
「玉ちゃん、白花で遊ばないで。えっと……白花が扶桑に取り込まれた時ね、私と刀真が落ち込んでてそれを玉ちゃんが気遣ってくれて、3人で一緒に寝たの。それだけ」
 それを焚きつけてきた存在はいるけれど、まあその辺りは実際に会ってみないことには理解できないだろうから省略だ。
「なに、刀真にその時何と思われようと本気で嫌われる事は無いし、我らがあいつらを想う気持ちが変わる事も無い。そう思えるようになるまで我は待った……月夜良いな?」
 華やかな扇で口元を隠し、玉藻は艶やかな笑みを浮かべた。
「玉ちゃん、それは私も同じ。私が刀真に嫌われる訳ない。だって私は刀真のモノだし刀真は私のモノだもん。何があっても最後にはちゃんと私たちは一緒にいるんだから……ただそうだとしても、刀真は私にもう少し気を遣って色々するべき」
 うんうん、と月夜は自分で大きく頷く。
「本気で嫌われない……ですか」
 そんな風に言い切れる玉藻と月夜を白花は見つめた。そう感じられるということ、口に出来るほどに信じられていることが白花にはとても羨ましい。どんな時を過ごし、どんな縁を結べばこうなれるのか。
 だからといって玉藻がしようとしていることを是だとは白花には言えない。
「それでも、その、えっと、だっ駄目です! まだ早いです!」
 言ってしまってかっと頬が熱くなる。一体自分は何を言っているのだろう。
 けれど月夜は素直にうんと頷いた。
「白花そうだよね、早いし良くないよね! ……玉ちゃん、この話はまた今度で別の方法を考えよう」
「我にとっては全く早くは無いのだが……月夜がそう思うのなら仕方あるまい」
 幾分つまらなそうに玉藻は扇を閉じ、乗り出していた身を収めた。
 何をするにも相応の時がある。今はまだその時ではないと言うことなのだろう。
 また1つ菓子を摘んだ月夜はそうだと提案する。
「ね、ここのお菓子美味しいし、お菓子屋で買ったって言って刀真にお土産で持って帰ろう。そして4人でお茶会をしようよ! 大丈夫、刀真きっと楽しんでくれるよ! 玉ちゃん、白花良いでしょう?」
「色気に欠けるが……今回は茶で我慢することとしようか」
「はい! 私も美味しいお茶を淹れますね」
 今必要なのはきっと、薫り高い茶と甘い菓子でのひととき。
 壊れた何かを両手で包むような優しく温かい時間なのだろうから。
 
 
 
 お茶を飲み、菓子を摘み。その間もルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)ニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)の会話の流れは止まらない。
(2人でも姦しいのが女だなあ……)
 拒否権もなく引っ張って来られたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、そんなことを思いつつルカとニケを眺めた。
「何?」
 ルカがすぐにその視線に気づいて尋ねてくる。
「いや、普段もそうしてよく会話してるのかと思ってな」
 ダリルはカルキ、淵とともに『ルカファミリー』としてルカルカ・ルー(るかるか・るー)の任務に同行することが多い。その間、ルカとニケがどう過ごしているのか、実は良く把握していない。
「普段は大抵図書室に入り浸ってるわね」
 蔵書を読みふけったりカルキの魔道研究を手伝ったりと、ルカは図書室にこもっていることが多い。
「私は家事全般を請け負っているからそちらでほぼ手一杯ね。時間があれば趣味の園芸をするくらいかしら」
 ニケは言うなれば穏やかな姉のような存在だ。家の様々な雑事を引き受け、合間には園芸を楽しんでいる。
「ニケが家事をしてくれるので研究の時間が増えた。助かっている」
 研究をするにも、食事の時間を気にしながらするのとそうでないのとでは集中が違ってくる。ニケが家事をこなしてくれる為、ダリルはその分の時間を研究に費やすことが出来るようになった。
 それでも、料理が趣味のダリルだからたまには気分転換にと料理をすることはあるのだが。
「ダリルが食事を作ると、何を作っているのかと思うくらい材料費が高くなるのよね」
 ニケに言われ、ダリルは何が問題なのかと逆に問う。
「食材の値段? 金ならあるだろ」
 ルカルカのパートナーたちは皆でヒラニプラ郊外の洋館に住んでいる。金品に頓着しないルカルカに代わって、財政はダリルが取り仕切っているのだが、ダリルが購入する物はすべてにおいて高価なものが多い。良質の物品ならば結果的に長持ちする、物によっては百年以上使えるのだから却って経済的だ、というのがダリルの持論なのだ。ルカルカからは、時間感覚が京都だと言われている。
「男性はこれだから……」
 ふふとニケは笑った。
「男性かー。ニケは恋とかってしてる?」
 ルカに話を振られて、ニケはいいえと首を振る。
「恋はしてないわ、忙しいんだもの。手のかかる同居人が5人いるのよ」
「待て、何故俺まで入れる」
「寝食忘れちゃう人に言う資格はありません」
 ニケに言われてダリルは反論出来なかった。恋人のエレーナが地球に渡った時、その寂しさを紛らわそうと研究に没頭し、過労で倒れたことがあるのだから。
「エレーナと離れてて今も寂しい?」
 ルカに聞かれ、ダリルは即答する。
「彼女とは遠距離だが距離など問題ではない。幸い彼女は戦火からは遠い。パラミタに居たら否応なく戦場に出ねばならんのが俺たちだからな」
 遠くの恋人エレーナを思い和むダリルを眺め、ニケがルカに囁く。
「惚気ね」
「ご馳走様だね」
 そんな聞こえよがしのひそひそ話に、ダリルは厨房に行ってくると持参した食材を手に席を立った。
 しばし後に、上海蟹ラビオリのスープ仕立て、ポワレしてグレービーソースをかけた野菜の和牛フィレ巻、摘めるようにとチコリの上にポテトと夏野菜のサラダにカスピ海ベルーガ種のキャビアをたっぷりと載せたもの、ドライ苺を入れてデザートの焼きドーナツ、黒パンとウオッカを持って戻ってくる。
 他のテーブルにも良かったら食べてくれと分け与えているうちに、もうルカは舌鼓を打っている。
「はうーおいちい♪ 最高のコックさんだよ。ダリルは剣種族だから、戦うシェフってところね」
 食べる専門のルカにニケは苦笑する。
「この子、家事全然しないのよね。ダリルからも何とか言ってやって」
「ルカがやるようになったらアコもするんだよん」
 ダリルに言われる前に先手を取ってルカは言い、ニケに別の話を振る。
「扉も開くし、ザナドゥの話そろそろ本格的にルカに教えた方がいいよ」
「そうね。彼らに与するつくりも無いし、帰ったら話すわ」
 スープを掬う手を止めてニケは答えた。
「それは、我が国に協力して貰えると考えて良いのか?」
 ダリルの質問にニケはどうかしらと曖昧に微笑んだ。
 ルカとダリルは、協力はしないということかと目だけで会話する。
「アコの『前』はどんなだったのかしら?」
 今度はニケがルカに話を向けた。
「昔の私? ルカとの契約が切れる時に教えてあげてもいいわ。今はルカがアコの宿主だよ」
 さらっと答えると、ルカはまたダリルの料理を美味しそうに食べるのだった。
 
 
 
「良かった。おとなしく寝ているな」
 ベビーカーの中ですやすやと眠る白夜・アルカナロード(びゃくや・あるかなろーど)をのぞき込んで、ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は呟いた。内緒のお茶会の話を聞き、これは育児に疲れているコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)を休ませる良い機会だと、ルオシンは子供たちを連れての参加を決めた。
 白夜はまだ産まれたばかり。世話をするルオシンの持ち物は、着替え、スタイ、紙おむつにおしりふき、ビニール袋、母子手帳、ガーゼ、見にタオル、哺乳びん、哺乳びんケース、粉ミルク、保温機能のある水筒に粉ミルクを溶くためのお湯……と大量だ。
 一から十まで世話はしなければならないけれど、白夜はまだ首もすわっておらずハイハイも出来ないから、ミルクやおしめの時間だけを気にしていれば、ベビーカーの中でおとなしくしていてくれる。あちこちハイハイやつかまり歩きをされるよりはずっと、見ているのは楽だろうとルオシンはふんでいた。
 蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)はここに来てからずっと、白夜に付きっきりでいた。小さな弟は自分が護ってあげなければと、ふっくらした白夜の頬を見つめている。
 その夜魅の白夜への執着がルオシンにはちょっと気になっていた。
(一時的なものだと良いのだが……)
 様々なことが重なって、夜魅の精神も不安定になっているのだろうとルオシンは気がかりそうに2人の様子を眺めた。そこに通りかかったポーレットがひょいとベビーカーをのぞき込む。
「歴代お茶会参加者の中で間違いなく最年少ね」
「えへへ、私の弟なんだよ〜、可愛いでしょ〜」
 夜魅は白夜を見せびらかすのが嬉しくてたまらない様子で自慢する。
「へぇ、小さいわね。どっち似なのかしら?」
 とポーレットはルオシンを見上げ、髪の色はお父さん似ね、と言った。
「目の色はママと同じなんだよ」
 目を開けてくれないかと夜魅は白夜を見たけれど、すやすや眠る白夜は起きそうにない。起きるのを待つ間にと、夜魅はポーレットに話しかけた。
「クロネコ通りに行ったことあるって聞いたけど、どんなところなの? 行ったことが無いのでわからないの……楽しいところだと良いなぁ〜」
「ごみごみしたところが好きなら良いんじゃない? うちのパートナーは大喜びで探検してたわ」
「ポーレットは?」
「あ、あたしは別に……ま、まあパートナーがどうしても行きたいっていうなら、仕方ないけど」
「きれいなものとかあった?」
「そうね。手の平より一回りくらい小さい髪飾りで……あれは貝なのかな、きらきらしててちょっと良いなって想ったわ。日の光の下では光らなくて、暗いところでだけ光るの。なのにフウリったら……そんな大人っぽいものあたしには似合わないって言ってさー」
 ぼやくポーレットに相づちを打ったり、あれこれ聞いたりしていた夜魅は、ふとベビーカーに視線を戻して小さく叫んだ。
「白夜? 白夜がいなくなっちゃった!」
 白夜につきっきりでいる夜魅の為に菓子を取りに行っていたルオシンが、その声で慌てて戻ってくる。
「な、っ……! しまった、我が目を離した隙に!」
「護ると約束したのに……どうしよう……」
「とにかく探さなきゃ。みんなにも声かけしてあげるから。ほら、しっかりして」
 ポーレットに肩を叩かれて、蒼白な顔で夜魅は頷いた。
 
 その頃。
 ティアンは所在なくお茶会会場で佇んでいた。
 普段は制服で過ごしているけれど、今日はお茶会だからとブラウスにフレアスカート、髪には髪飾りもつけてきた。
 けれど周囲に知っている顔はほとんどない。パートナーとどうしたらもっと親しくなれるのかと他の皆に色々と聞いてみたいのだけれど、いざ聞くとなると気恥ずかしくてそのことを口にすることも出来ず。気づけばティアンは会場の隅の方で、ただ耳をそばだてて皆がパートナーの話に興じるのを聞いているだけになっていた。
 そこにふわふわと白っぽい固まりが飛んでくるのが見え、ティアンは何だろうと目をこらす。長さは50センチぐらいだろうか。布に包まれているそれに、興味を惹かれて手を伸ばしたのがティアンの受難の始まり。
「え? 赤ちゃん?」
 腕に飛び込んできた物体にティアンは目をむいた。
「あ〜う〜」
 白夜が手を振り回すと、放たれた念力がテーブルに置かれたカップを弾き飛ばす。
「あああ、そんなことしたらいけないのよ」
 ティアンは白夜を抱えておろおろと席から立ち上がった。ここにいたら周りの人に迷惑をかけてしまう。
「えっと……よしよし、ってすればいいのかしら……?」
 一人っ子のティアンには赤ちゃんをあやした経験は無い。パートナーは弟のような存在ではあるのだけれど、玄秀と赤ちゃんを同列に扱うわけにもいかない。
「1人で来たんじゃないわよね。お父さんとお母さん、心配してるわね、きっと」
 見回してみたけれど、それらしい人を見つけることが出来ず、ティアンはおっかなびっくり白夜を揺すった。最初はきゃっきゃと笑ってくれていた白夜だけれど……。
「ふぇ……ふえぇ……びえぇぇ〜ん」
「ど、どうしたのかしら。よしよーし、お願いだから泣きやんで」
 懸命にあやすけれど、お腹がすいた白夜にはまったく通じない。
 困り果てたティアンが半べそ状態になっていると。
「いた! 白夜!」
 泣き声を頼りに夜魅が駆け寄ってきた。
「すまない、迷惑をかけてしまったようだね」
「いえ……」
 ルオシンに言われ、これでやっと赤ちゃんを保護者に渡せる、とティアンがほっとしたその時。
「だ〜だ〜、ま〜ま〜ま〜」
 ティアンに抱かれていた白夜は、自ら欲しいものを示した。イコール……。
「きゃっ」
 むんずと胸を鷲掴みされ、ティアンは思わず叫ぶ。
「こ、こら、白夜……」
 ルオシンが焦る中、
「だあ〜!」
 と白夜が手を動かした……その時。
 ずるっ……。
 ティアンの胸が白夜の動きにあわせて滑った。せっかくお洒落することだからと、胸パッドを入れてきたのが白夜につかまれてずれてしまったのだ。
「――!」
「あ……」
 見てはいけないものを見て、ルオシンが視線を天井に向ける。
「おねえちゃん、白夜を保護してくれてありがとう」
 何も気づかず礼を述べる夜魅にかくかくとぎこちなく頷くと、白夜を渡したティアンは会場の隅っこにいって、かりかりと爪で壁を引っ掻いたのだった――。