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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ ようこそ内緒のお茶会へ ■
 
 
 
 緑に囲まれた中に高く塀が張り巡らされている。
 苔の付着した塀の様子、門から透かし見える屋敷をグレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)は興味深げに眺めた。
 どっしりとした屋敷は落ち着きのある佇まいだ。庭は思ったほど荒れている様子はない。
 ちょこちょこと雑草は生えているが、樹形もそれほど崩れておらず、花も咲いている。完全に放置されているわけではなく、時折庭師が入っているのだろう。
「ずいぶん古めかしいお屋敷ですね……掃除をされる方が沢山いらっしゃるようでしょうか」
 掃除はきっと大変だろうと他人事ながら考えているグレッグと対照的に、ヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)の視線は建物ではなくそこに集まりつつある人々に向けられている。
「思っていたより大勢集まってる感じかな? 運命の出会い、期待したいねぇ」
「運命の出会いって……お前は今日現在で一体何人の女性と付き合ってるんだ?」
 そんなに運命の出会いがあって良いものかと、アーヴィン・マーセラス(あーう゛ぃん・まーせらす)は呆れた目をヒューバートに向けた。
「ええっと、今は何人だったかな。ま、いいじゃないか。出会いは多ければ多いほど楽しいだろ」
「本当にお前は……」
 いつものようにヒューバートにお小言の1つでもと口を開きかけたアーヴィンは、すっかり門に貼り付くようにして中をのぞき込んでいるグレッグに先に注意を与えた。
「グレッグ、そこに立っていては邪魔になる」
「そうよ。ちょっとどいてちょうだい。門を開けなきゃいけないんだから」
 アーヴィンの言葉に乗るように、ポーレットが腰に手を当てて言った。
「あ、すみません」
 ぺこりと頭を下げるグレッグに、ポーレットは横柄に門を指す。
「悪いと思ったら、これ開けるの手伝ってちょうだい。ほんっともう、莫迦みたいに大きな門で困るわ」
 門が大きいというよりはポーレットが小さいのが原因のような気もする。そんなことをグレッグが考えているうちに、ヒューバートはさっさとポーレットに手を貸して門を開けた。
「そのくらいでいいわ。手伝ってくれてありがと。あんたたちもお茶会に来たのよね? パートナーにバレずに来られた?」
「それは勿論、慎重の上に慎重を重ね……」
「……というつもりのアーヴィンがうっかり司に話しそうになったのを、私たちが止めたんです」
 グレッグが笑顔でアーヴィンの言葉を引き取った。
「そ。ばれてないならいいわ。入って」
 ポーレットは開けてもらったばかりの門を手で示すと、次の客へと向き直る。
「私は舞に気取られるほど迂闊ではないわ。カルラはどうだか知らないけど」
 聞かれるより先にブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が言うと、カルラ・パウエル(かるら・ぱうえる)もむっとしたように言い返す。
「私だってお茶会のことを漏らしたりしていませんわ。舞も……大変不本意ではありますが、何も気づかず、私たちが珍しく仲良く出掛けることを喜んでいましたから」
「中で取っ組み合いの喧嘩したりしない?」
「パウエル家の名にかけてそんなことはしませんわ」
 カルラの返事にポーレットはどうかしらという目を向けはしたが、どうぞ、と門の内を指した。
「はい、次の人ー。パートナーには見つからずに来られた?」
「ああ」
 答えながらも水神 誠(みなかみ・まこと)の胸は痛む。それがお茶会に参加するルールであるとはいえ、実姉である水神 樹(みなかみ・いつき)に内緒というのは気がとがめる。
 3人で買い物に出掛けるのだと苦しい嘘をつくと、樹の顔はぱっと明るくなった。けれどそれはすぐ訝しげな表情に変わり……その後、笑みをこらえているような顔つきになると、「仲良くしておいでー」と送り出してくれた。
 どこまで気づいているのか、どう思っているのかは謎だけれど樹なりに気を遣ってくれているのは間違いない。
「お茶会って、パラミタ人だけなんだよね? 樹お姉ちゃんと別行動なのはちょっと寂しいけど、なんだか楽しみ」
 樹がいないのは残念だけれど、誠もカノン・コート(かのん・こーと)も一緒だからと、東雲 珂月(しののめ・かづき)は互いに距離を取っている2人を見上げた。
「はい、許可、っと。次は? 早くしてよ、後がつかえてるんだから」
「あ……」
 ポーレットの口調にルーク・ヤン(るーく・やん)はひるむ。
「何? まさかバレたんじゃないわよね?」
「それは……」
 ずい、と前に出たポーレットに、ルークはじりっと後ずさりした。
「ばれたりしてないわ。ルークは女の子が苦手なだけなの」
 特に強気な女性が、とは言わず夏野 司(なつの・つかさ)が説明する。
「そうなの? ならいいわ」
 あっさりと納得したポーレットは門への道を空け、行けと促した。
 ルークは額ににじんだ冷や汗を拭うと、思いついて携帯電話の電源を切った。
「携帯切っちゃうの?」
 相手が司ならルークの言葉もスムーズに出てくる。
「せっかく『秘密』なんだからこの方が気分が出るだろう」
「じゃあ司もそうしようっと」
 その方がわくわくするからと、司も真似して携帯の電源をオフにしてから屋敷の敷地内へと入っていった。
「はい、止まらないでどんどん来てねー」
 緊張してちょっと立ちすくんでいたティアン・メイ(てぃあん・めい)を早く早くとポーレットは手招きした。
「えっと、あの、イルミンスール新入生のティアン・メイです! 本日はよろしくお願いします!」
 つい力が入ってしまったティアンの挨拶に、ポーレットは目を丸くした後笑った。
「よろしくティアン。あたしはポーレットよ。石造りみたいな顔してないで、リラックス〜していいんだからね。で、ここのルールは分かってる? ちゃーんと内緒にして来た?」
「はい! それはもちろん!」
「じゃあ入って。ああ、入り口付近で立ち止まらないで奥に進んでよ。はい、次の人ー。あんたも勿論、地球人には内緒で来たのよね?」
 定型のように尋ねたポーレットに、ミーナ・ナナティア(みーな・ななてぃあ)はいいえと首を振った。
「パラミタ人だけのお茶会があるって教えてくれたのは、パートナーなんです」
 内緒どころか、地球人である長原 淳二(ながはら・じゅんじ)からこのお茶会の話を聞いたのだとミーナは答えた。
「俺たちもそうだぜ。内緒のお茶会があるから3人で行ってきたらどうかって、エリスに教えてもらったんだ」
 リッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)たちも同様に、地球人である水橋 エリス(みずばし・えりす)からこのお茶会があるのを教えてもらったのだと答えた。エリスだけを置いて来るのは心苦しかったが、エリスが強く勧めた為に3人揃ってやってきたのだ。
「あ、そ。悪いけど、今日はここでお茶会なんてやってないの。入れてあげる訳にはいかないから、帰って」
 そらぞらしくとぼけると、ポーレットは4人を門の前から追い払い、
「はい、次の人ー」
 と受付、というか門番を続けた。
 
 
 内緒。
 ないしょ。
 
 地球人には内緒で、お茶会をはじめましょう。
 薄々感づいてしまっても、地球人は知らなかったことにするのが礼儀。
 だって、気づいてしまったとはっきり知らせてしまったら……
 ――パートナーはもう『内緒のお茶会』には出られなくなってしまうから――