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内緒のお茶会

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内緒のお茶会

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■ ここに居ないあの人のこと ■
 
 
 
 そしてやはり、こんな場で出てくる話といえば……パートナーの話。
 お茶会には同行させられなかったからこそ、今ここにいないパートナーの話はつい口をついて出る。
「翡翠が骨董品店に入った時に不幸属性が発動して、店の物の道具の下敷きになった時に出会ったのよね。そこで一目惚れしてしまったの」
 フォルトゥーナが神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)との出会いを話せば、山南桂も懐かしそうに話す。
「俺は鎮魂歌を笛で演奏していたときに翡翠と遭遇したんです。弟にそっくりでしたので、護りたくなって契約をしました」
「私は契約自体は力目当てでやったのよ」
 何となく通じるものがあったということもあるのだけれど、と月美芽美は契約した当時のことを思い出しながら言った。
「非契約者と契約者の力の差は大きいわ。危ない橋を渡り、黒い野望をもって生きてきた私にとっては契約して得られる力というのが何によりも魅力的だったわ。今ではもう透乃ちゃんはそれだけの存在ではなくなったけどね」
 出会いも様々、その後の経緯も様々。
 不思議な縁で結ばれる、地球人とパラミタ人の絆。
「こんな風に食べてたらきっと華音に怒られるだろうなぁ」
 口にも両手にもたくさんのお菓子状態でウィーラン・カフガイツ(うぃーらん・かふがいつ)はにこにこと言った。
 普段ならこんなことをしたら、『食べながら喋るなんてお行儀が悪い!』と途端に本宇治 華音(もとうじ・かおん)はからお小言が飛んでくるところだけれど、今日は華音はイルミンスール大図書室で勉強中。この隙にとウィーランは古井 エヴァンズ(こい・えう゛ぁんず)を誘ってお茶会にやってきたのだ。
 そのエヴァンズはと見れば、部屋の隅にある二人掛けソファを1人で陣取り、紅茶のカップだけを持って皆の様子を眺めている。こちらももし華音がいれば、『2人用なんだからそんな風に座らない!』と怒られるところだけれど、今日はいないので気にしないことにする。
「もしよろしければ……パートナーについてどう思っているのか聞かせていただけますか?」
 お茶会の隅で椅子に腰掛けていたセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)がふと問いかけた。
 セルウィーのパートナーはイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)だ。盲従しているといって良いくらいの忠節を尽くしているのだが、他の契約者は必ずしもそういう関係が全てではないらしい。恋慕、憧憬、親愛から果ては監視、憎悪、利得関係に至るまで様々なのだと漏れ聞いた。
 そのことがセルウィーーには想像出来ない。イーオンとの間にある敬愛が他の感情であった場合……と考えてみたのだけれど、その『もしも』が想像の範疇の外にある。
(もしも……そうであった場合、私とイーオンの契約は成っていたのでしょうか……)
 その疑問への答えを探す為、他の人々がパートナーについてどう思っているのか、なぜその感情でパートナーについていけるのか、そのデータを多く得てみたい。
「華音? たまにお説教したり、ほんとに怒ったら矢を向けたりしてくるけど、いつもの華音はすっごい優しいよ」
 そうパートナーを語るウィーランの目は輝いている。
「それと、戦い方とか魔法のこととか勉強してて、すっごく頑張り屋さんなんだよ! それから……あ、ちょっと待ってて」
 ウィーランはソファに陣取っているエヴァンズのところに走って行くと、手を引っ張った。
「兄ちゃんも華音のこと話してやってくれよ」
「バカオンのことをか?」
 日光に弱いエヴァンズは屋敷にくるまでの間、黒いパーカーのフードをかぶり黒いサングラスとマスク、という不審者もどきの恰好で来ていたが、今はサングラスとマスクはソファの片隅に放り出してある。そのサングラスを取って手の中でもてあそびながら、そうだなぁと言葉を継いだ。
「あいつはちょっとからかうとすぐぴーぴー言うから、反応がおもしろいんだよなぁ。俺の暇つぶしには丁度いいヤツだ」
 何か企んでいそうな笑みを浮かべるエヴァンズに、なるほどやはり自分とは違う感情を持っているものだと、セルウィーはその言葉を記憶する。
「あなたのパートナーはどんな方なのですか?」
 もっとデータを集めてみようと、セルウィーは今度はテーブルの盛り花の手直しをしている龍大地に尋ねてみた。
「リュー兄? よく食べる人だけど、花に関してはすごいなって思うよ」
 こと花に関してはリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)には適わないと大地は語った。その辺りの敬意は自分たちの間にもあるのと似ているかも知れないと、セルウィーは興味深く耳を傾けた。
「俺は元気良すぎってよく怒られるけどね」
「怒られるのか。うちと同じだね」
 口いっぱいにミルフィーユを頬張りながら、もぐもぐとウィーランが言った。
「華音は、歩きながら食べるなとか、裸足で駆け回るなとか、すぐ怒るんだ」
「リュー兄も、廊下を走っちゃ駄目とか物を振り回すなとか、そういうので怒るんだ。拳固がまた痛いんだよなぁ。もうちょっと優しくして欲しいとか思うときも……」
「大地、余計なことは言うな」
 放っておいたらどこまで喋ってしまうか分からない大地を、会場の隅に控えて監視していたロイが留めた。
「はいはい。だったらロイ兄が説明してくれよ」
 大地はぐいぐいとロイの腕を引っ張った。皆と喋る機会のお茶会なのに、ずっと隅にいるだけなのが気になっていたのだ。
「俺は話すのが得意ではないのだが……」
 愛想の良い方でもないしとしぶるロイを、何でもいいのですとセルウィーは促した。
「そうだな……リュースは食欲が少々度を過ぎることもあるが、身内思いの奴ではあるな。その分キレると手が付けられん。俺としても頭の痛いところだ。だが奴のことは信頼している。リュースの為、これからも力を尽くすつもりだ」
 そう言うロイに思わず、アーミアはため息をついた。
「みなさんのパートナーはしっかりしていそうでいいですね……」
「おまえのパートナーは違うのか?」
 ロイに聞かれ、アーミアはええと即答した。
「手がかかる上に、一体何をしてるのかさっぱり分からないんです」
 ミネッティが空京大学に合格し、これで少しは家事も手伝ってくれるかと思いきや、相変わらず何もしてくれない。それどころか、前よりも家に帰らないことが増えてしまった。
 何をしているのかとミネッティに問えば、働いてるとか友だちと遊んでるとかの答えが返ってくるのだけれど、具体的な内容は全く教えてくれない。
「パートナーなんだから、仕事の内容とか、どんな友だちがいるのかとか教えてくれても良いと思うんですよね。いつも家には私1人で、家事をしているとどっちが家の主人なのか疑問になってきてしまって……」
 そこまで話すと、はっとアーミアは口元を押さえた。
 ミネッティのことを話すと、ついつい愚痴になってしまう。それだけ保護者的立場にいるアーミアはミネッティのことが心配だということの裏返しではあるのだけれど。
「ごめんなさい、こういう場で話すことじゃなかったですね」
「あら構わないのではありません? 内緒のお茶会なんですから、思うこと全部話してしまって下さいな」
 スコーンを摘みながら藍玉 美海(あいだま・みうみ)が笑った。
「あなたのパートナーはどんな方ですか?」
「沙幸さんはとてもかわいらしい方ですよ」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)のことを思うと、美海には自然と笑みが浮かぶ。
「かわいらしい?」
「ええ。もちろん見た目やいたずらをしたときの反応もそうですけど、ちょっぴりドジなところも可愛いですわ。この間なんて、アルコールが入っていないはずの甘酒で酔っぱらってしまって、とんでもないことになっていたなんてことも仰っていましたし……。たまには料理にチャレンジしようと言っては、出てきたのは黒こげのハンバーグだったり」
 まるで炭のようでした、と美海はそのハンバーグを情けない顔で見ていた沙幸を思い出してまたひとしきりくすくすと笑った。
「我のパートナーも料理が殆ど出来ない……というか、料理をする気合いはあるのだが大雑把な性格のせいでできあがりがひどい。要は不味い物しか作れないのだ」
 ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)の作った料理の味を思い出し、顔をしかめた。何にでも挑戦する気概を持っているのは良いのだが、カレンには料理はかなり不向きだ。こんな感じ、と適当に調味料をどばどば投入し、強火でがんがん調理するのを見ていると、料理を任せようという気が何処かに吹っ飛んでしまう。
 もともとジュレールは戦闘用の機晶姫。料理の知識などプログラムされていなかったが、今ではパートナーより遙かに料理が上手くなってしまった。
「冒険好きで、あちこち飛び回って野営することも多い我がパートナーだが、手間をかけて作った料理を食べて喜んでくれる姿を見るのはやはり嬉しいものだな」
「そうですわね。あれこれと反応してくれるのを見ると、本当に愉しくてなりませんわ」
 ジュレールに同意した美海は恥ずかしがったり喜んだりの沙幸の顔を……そして今日家を出てくる時の顔を思い出した。場所は内緒だと言ったら、すっかり拗ねられてしまった。内緒のお茶会だから仕方がないのだけれど、やはり内緒にしていたのは良くなかったのではないかと思う。
「このお菓子、少し分けていただいてもよろしいかしら?」
 美海は食べた中で沙幸の好みそうな菓子を見繕って分けてもらうと、これで失礼しますと席を立った。
 最後までいる予定だったけれど、今日はもう帰ろう。そして沙幸に本当のことを話して、内緒にしていたことを謝ろう。謝って、沙幸の顔がふくれっ面から笑顔に戻ったら、もう1人のパートナーも呼んで今度は3人だけでお茶会をしよう。
 弾む足取りで、美海は屋敷を後にした。