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リアクション
【第二章】18
駆け出しグラビアアイドルの久世 沙幸(くぜ・さゆき)は強盗達に追われていた。
いや、この場合強盗というべきか。正しくは彼等は沙幸のファンである。
「沙幸ちゃーーん!」
「写真撮らせてー!」
「サインくれー!!」
グラビアアイドルが、普段写真に写るのは基本的に水着姿でだ。
沙幸の超レアなプライベート下着姿――水色ボーダー柄のブラジャーと紐パン姿に、彼等は興奮状態で追いかけてくる。
「まいったなー。取り敢えず下の階にでも降りようかな
それとも上手い事物陰に隠れて状況把握……」
沙幸がそう思った時だった。
正面に居る痛いけな少女達に向かって強盗達が牙をむいているのを沙幸は見てしまったのだ。
「武装した変態たちが女の子を追い立ててる!?
神聖なる乙女の楽園――下着売り場――を汚すなんて絶対に許せない……
私がとっちめてあげるんだから!」
沙幸は丸腰のまま強盗団に飛び込んで行く。
いや、武器ならそこにあったのだ。
「ほら、この乙女の怒りをこめたこのコブシ、喰らいなさい!!」
追い掛けてきた二人にパンチを喰らわせると、今度は”隠行の術”で姿を隠し、
少女達を追い掛けている強盗達に気づかれないように近づいていく。
「たあああ」
後はドロップキックで後ろからふっ飛ばしてしまうだけだった。
手をぽきぽき鳴らしながら、更に追い打ちをかけてやろうかと思った時だ。
沙幸の後ろから先程パンチを喰らわせた一人が彼女のパンツの紐を掴んでいたのだ。
「やだ!! ちょっとぉ!!」
”下”が露わになりそうになった所を寸で手で止めると、沙幸は空いた左の肘を後ろの強盗のみぞおちに入れてやる。
全員が倒れたのを確認すると、沙幸は安心してパンツの紐を結び直した。
「変態なんてぜーったいに許さないんだから!!」
言ったと同時に悲鳴があがる。
「きゃーーーーー!!」
何事かと振り返ると、先程の少女達が沙幸に抱きついてきた。
「お姉様素敵!」
「あのっグラビアアイドルの久世沙幸さんですよねっ!」
「私ファンになっていいですかっ!?」
沙幸を囲んだ少女達は皆一様に熱視線を彼女に向けている。
「あ、あれ? えへへ? なんかファンが沢山出来ちゃった?」
顔を赤くして笑みを浮かべた時だった。
黄色い声が彼女を包み込む。
「きゃああ!! 照れてる沙幸お姉様も素敵ー!!」
こうしてその日、グラビアアイドル久世沙幸に、多くの女性ファンがついた。
売り場に着ていたアイドルは沙幸だけでは無かった。
アイドルユニットツンデレーションの若松 未散(わかまつ・みちる)。
”ショッピングモールの屋上でライブと握手会”の仕事にきていた未散は、空いた時間でこっそりランジェリーフロアへやってきていた。
丁度最近下着を購入していなかったし、ここならば彼女のファンの男性たちは入ってこれないと踏んだのだ。
「……恥ずかしいからハルには黙って行こう」
とマネージャーのハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)には黙ってきていた。
なのにそんな時に強盗事件が起こったのだ。
周囲の女性たちは下着姿のまま逃げだしている。
自分もそうするべきだろうかと考えて、未散は大変な事を思い出してしまった!
「ちょっと待て!
……実は公式プロフのバストサイズは大きめに載せてあるんだった。
どどどどうしよう…詐称してることバレたら! 恥ずかしすぎる!!」
暫く逡巡したのち、兎に角ハルと連絡をとろうと携帯電話を取り出しハルへと通信を試みた。
コール音が二回鳴ると、直ぐに電話を取ったのかハルの声が聞こえてくる。
「未散くんですかッ!?」
「ハ、ハル!?」
「今何処に――」
ピッピッという何か警告音と共に聞こえたはずのハルの声が急に聞こえなくなった。
慌てて携帯電話を見て見ると、液晶画面は真っ黒になっており代りに不安げな表情の未散の顔を映している。
「充電切れ!? こんな時に!?」
がっくりと肩を落とすと、未散は腹をくくった。
「仕方ない! 自力で脱出するか」
そうして下の階に下りたのはいいものの、矢張りそこにはインストアイベントにやってきていたファンや強盗団が彼女を待ち受けていた。
「未散ちゃんだ!」「超かわいい! つーか下着!?」「いいからてめえの下着を見せやがれ」「写真とろ写真」
男達にもみくちゃにされて、未散は声を上げる。
「そこどさくさに紛れて写真撮るな! ひゃっ触るなぁ!!」
物質化・非物質化で消していた戦斧”金剛夜叉”を出し体を刃で隠しながら進んでみるが、彼等に対抗する手段を持たない彼女には明らかな劣勢な状況だった。
「こうなったら鬼神力だ!」
しかし、未散が鬼の姿に身体を変えるまえに、アクシデントが起こった。
ビリッ
「……今なんか嫌な音がしたような」
未散が自分の髪に手を伸ばした瞬間だった。
「あーっ!」
鬼神力を使う際に巨大化したバストに耐えられなくなって切れたブラジャーが、未散の胸から零れ落ちていったのだ。
男達のボルテージは超天に達した。
数分後。
やっとのことで未散を見つけ出したハルは、自分の上着をかけてやりながら何とか彼女を慰めようと試みていた。
「未散くん、兎に角写真は流出前にわたくしとスタッフが食い止めますから。
だからそんなに落ち込まずに……」
「許さない……」
「え?」
「私の下着姿や裸を見た奴……! とりあえず全部忘れてもらうからな!」
ハルの止める声も聞かずに、未散は何処かへと走り出していた。