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夏休みの大事件

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夏休みの大事件

リアクション

   一〇

 ベルナデットが持ってきた<漁火の欠片>を前に、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)遊馬 シズ(あすま・しず)は、どうしたものかと考えていた。
 既に「嘘を見抜く」「他人に化けられる」という能力があることは分かっている。
「漁火サンの欠片ねえ、どうにも不気味な感じがするが……」
「欠片を残して消えるなんて、やっぱり普通の人間じゃないよね。っていうか、人間じゃない……よね?」
「【サイコメトリ】した連中もいるんだろ? でも、何も見えなかったんだよな?」
 ベルナデットは頷いた。正確には、平太が欠片を拾ってから今までの行動の幾つが読み取れたのだが、関係ないと彼女は判断した。
「欠片を調べても、直接、正体が分かるようなことはなさそうだな」
「というか、この欠片……全部でいくつあるんだろう? 全ての欠片を集めると漁火が復活……なーんて、まさかそんなことあるわけないよね?」
「そんなマンガじゃあるまいし」
 シズは笑って、欠片を手に取った。
「漁火って名前なんだし、この欠片を餌にして釣りをすると魚が凄く釣れるとか!……っていうのは冗談だけど、他人に化けられるっていうのは、どの程度のものなんだろうな?」
「どういう意味?」
「つまり、よく知らない相手、うーんと、たとえばテレビとかに出ている人でも化けられるかってことだ」
「それはちょっと面白そう……」
「よし、試してみよう」
 シズは欠片を握り、テレビに出てくる俳優の姿を思い浮かべた。そして、うっすら片目を開けて、「どうだ?」と尋ねた。
 秋日子はきょとんとしている。
「全然変わらないよ?」
「駄目かあ。じゃあ、今度はよく知った相手にしよう」
「誰?」
「秋日子サン」
「私?」
「二人並んで見破れるかどうか。ちょうどベルナデットサンもいることだし、見てもらおう」
 再び目を閉じる。今度はあっという間に、姿が変わった。
「そっくりです」
 ベルナデットが請け負った。
「そう?」と、秋日子はちょっと不満そうだ。「こう……ちょっとこの辺、太くない? ちょっとだけど」
「だったら、試してみようか」
「え?」
 シズの提案に、秋日子は目を丸くした。


 紫月 唯斗はハイナに言われて、オウェンを機工士の元へ案内していた。
「悪かったなあ。早くしたかったんだが、あれこれやらなきゃいけないことが多くて」
「構わん。調子が悪いというわけではないしな」
「ま、一段落したら暇な奴捕まえてハイナと飲みにでも行くかねぇ」
「――ああ、そう出来たらいいな」
 おや、と唯斗は意外に思った。少し前のオウェンなら、仏頂面で反応もしなかったはずだ。どうやら、大分性格が丸くなったらしい。
 宿泊室から真っ直ぐ玄関へ向かった二人は、階段を下りてきた三人連れと行き会った。ベルナデットと、
「秋日子が二人……?」
 二人の秋日子は、同時にニッコリ笑った。まるで鏡を挟んだように、左右対称の動きをしているのは、ちょっとした悪戯心だろう。もっとも、右側の秋日子は武器を持っていない上、服装も男物だったのですぐシズだと分かった。
「なるほど、<漁火の欠片>には、そういう力があるのか」
「武器とか服は、コピー出来ないみたい」
と左側の秋日子が言った。
「でも、服を除けば見分けつかないでしょ?」
と、右側の秋日子が続ける。
「驚いたな……」
 唯斗は目をぱちくりさせる。
「なるほどな。これなら、ヤハルに化けたあの女を、俺たちが見抜けなかったのも道理だ。こうまで似せられるとは……」
 共に行動してきた仲間、義弟であるヤハルが殺されたときのことを思い出しているのだろう、オウェンは小さく自嘲気味に言った。
 その時、唯斗たちの後ろから、若い女が一人、通り過ぎて行った。それを目で追っていた左側の秋日子は、咄嗟に「【炎楓】黒紅」と「【凍桜】紫旋」を引き抜いた。
「お前は誰だ!?」
 女は立ち止まり、微笑んだ。
「何か? 私は町の者ですが……」
「嘘だ。俺には分かる。お前は嘘をついている!」
 ベルナデットが咄嗟にカルスノウトを抜いた。彼女がそれを突きつけるより早く、女――高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)はひらりと飛び退いた。
「へえ……まさか、こうも簡単に見破られるとはね。どんな術なんです?」
 玄秀はオウェンに目をやり、
「やれやれ……この前、かなり溜め込んだものを消費させてあげたのに、まだこんな状態では先が思いやられますね。いっそのこと、カタルくん僕に預けませんか。上手に力を使いこなせるように仕込んであげますよ。ふふ……」
「貴様はあの時の……貴様に何が出来ると言うのだ?」
 じろり、とオウェンが睨み、玄秀は肩を竦めた。
「さあ。ところで黒い犬ですがね、そろそろ調べがついた頃じゃないですかね」
「貴様には関りあるまい」
「ただの暇潰しですよ。でも僕が調べた限りでは、あまり期待しない方がよさそうですね」
「何……?」
「どうやら黒い犬は、自分の目的のためにイカシを利用したようだし、邪魔になる人間は殺してしまっている。――おや」
 くすりと玄秀は笑った。
「僕と似ていますね。友達になれるかもしれない」
「ふざけたことを……」
 飛び掛からん勢いのオウェンを制し、唯斗は前に進み出た。
「お前、その情報はどこで手に入れた?」
「さて」
「女に化けているところを見ると、書庫にでも忍び込んだか? 許可を得ずに入れば、他校生であろうと処罰の対象になる。一緒に来てもらおう」
「お断りします」
 玄秀はすうっと顔の前に手を持ってきた。
「今すぐそこをどいて下さい。さもなければ、【●呪詛】でカタルを呪いますよ?」
「なっ……そんなこと出来るわけが――」
「出来るかどうか、試してみますか? あなたが帰ったときには、カタルは死んでいるかもしれませんよ」
「卑怯……」
 右側の秋日子が顔をしかめた。玄秀の言うことが単なる脅しであるかどうか、今すぐ確かめる術はない。玄秀は、遠くにいるカタルを人質に取っているようなものだった。
 唯斗は苦々しげな表情で、道を開けるよう顎をしゃくった。
「失礼します」
 玄秀は恭しく頭を下げ、五人に背を向けた。
「……納得いくか!」
 左側の秋日子が、「【炎楓】黒紅」を抜いた。玄秀が駆け出すその背に向けて、【シャープシューター】をで狙いをつける。
 だが弾はそれ、玄秀は建物から逃亡してしまった。
「外すなんて……」
 左側の秋日子が呆然と呟く。
「どうやら、姿かたちはそっくりになっても、能力までは模倣できないようです」
 ベルナデットが言った。
 左側の秋日子は、彼女に<漁火の欠片>を渡す。たちまち、その姿はシズに戻ってしまった。服と武器を取り換えて、騙せるか試してみようとシズは持ちかけたのだ。
「元のままにしておけばよかったよ。秋日子サンなら、狙いを外さなかったのに……」
「いや、これでいいんだ。侵入された以外に実害はないし――といっても、もうちょいセキュリティを考えないとな。それに、もし本当に呪われでもしたら、取り返しがつかないからな」
 唯斗の言葉を聞きながら、ベルナデットは欠片を覗き込んだ。何も見えない。――だが、何か聞こえたような気がした。