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リアクション
五
「黒い犬かい?」
セツという大工の女房は、セルマ・アリス(せるま・ありす)とリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)の質問を鸚鵡返しにした。
「獣人だと思うんだけど、知ってます?」
「獣人だったら、最近はあちこちで見かけるけどねえ。あんたらのお仲間にもいるだろ?」
「昔の話なんです。五千年ぐらい前」
「五千年?」
ぶはっとセツは笑った。「聞いたこたないねえ、そんな大昔の話。それにその頃、ここはそんなに人がいなかったはずだし。あたしも生きてたわけじゃないから、はっきりとは言えないけどね」
「うーん、でも、子孫がいるかもしれないな、って」
「まあ、みんなに訊いてみるよ。ちょっと待ってな」
セツは長屋の女房たちへ、話をしに行った。女たちの情報網は侮れない。少なくとも、何かしらの情報は入ってくるはずだ。
「その獣人と、イカシに手を貸した謎の人物の関係は何なのでしょう? コントラクターなのでしょうか? それとも単なる仲間なのか……」
イカシに手を貸した人物については、以前、いくつかの情報が出ていた。「あるお方」或いは「預言者の男」と呼ばれる人物がそうで、この人物は昔話に度々出てくるようだった。セツも聞いたことがある、と教えてくれた。
しばらくしてセツが戻ってきた。若い女性を連れている。「この人はミツさんって言うんだけどね」
ミツは子供の頃、少し離れた村に住んでいたという。彼女の村では昔、干ばつが起きたときに一人の男がやってきて雨乞いをし、その結果、雨が降ったという言い伝えがあった。
「何でも出来るんだね、その人」
ただし、話には続きがあった。その後、順調に育った作物を黒い犬がやってきて荒らしたというのである。結果、何人もの村人が飢え死んだ。
「だから、うちの村では黒い犬は縁起が悪くて」
セルマとリンゼイは顔を見合わせた。雨乞いをしたのが例の預言者であるなら、黒い犬とはその時点で仲違いしていたか、敵に回っていたかである。それが、五千年前のミシャグジ封印より前か先か、正確な年代が分からないため確かめることは出来なかった。
近所に住む獣人については、セツとミツが聞き込んできた情報を元にリストを作った。だが残念なことに、白かったり茶色かったりブチの獣人さえいるのに、黒い犬だけはいない。唯一、それらしい目撃情報があったので、寺に行ってみた。
「こ、これは……」
セルマは間髪入れずに飛びついた。
「あぁ〜もふもふ〜」
雑種なのだろうか、犬種はよく分からないが、目は細く、毛はもふもふしている。セルマに抱きつかれ、その犬はぺろぺろと彼の顔を舐めた。
「どうやらただの犬らしいですね、セル。……セル?」
セルマはうっとりとして、犬の腹に顔を埋めている。
「……セル。いくら可愛い物やら動物が好きだといっても、優先順位を間違えないでください。容赦しませんよ?」
鯉口を切る音がして、セルマは慌てて犬から離れた。
「ごめんなさい、真面目にやるのでちょっとした出来心です!」
「ならば結構。次、行きますよ」
寺に住みついたその犬は、大きな尻尾をぱたぱた振っている。これが終わったら、またもふもふしに来ようと固く決意するセルマだった。
桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)とグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)の四人は、ベルナデットが持ってきた<漁火の欠片>をテーブルの上に置いた。細長く、小さなナイフのような形だ。
煉もグラキエスも、「真の王」の情報を得られないかと考え、【サイコメトリ】を試すことにした。
「同じものが見えれば、その情報は正確というわけだ」
煉の言葉に、グラキエスは頷いた。
グラキエスは、少し前に記憶を失っていた。かつての自分が「真の王」を調べていたことを知り、それを引き継ぐことにしたが、欠片の調査はその一環だった。
「漁火と言う人物は人を操る力を持っていたとか。欠片に人の精神を害する力が無いとは限りませんから、危険な気配を感じたらすぐ読むのを止めて下さいね?」
ロアは噛んで含めるように言い聞かせ、部屋の隅に行くとノマド・タブレットで情報収集を始めた。彼らは知らないことが多すぎた。
「私も構いませんか?」
ベルナデットがロアに尋ねた。図らずも事件に関わることになった身としては、可能な限り情報を得るべきだと彼女は判断した。
「どうぞ」
ロアは害はないと判断した。ベルナデットが隣に座ると、ロアは彼女にも画面が見えるよう、位置を調整した。
漁火は、ミシャグジを復活させようとする謎の女だった。戦闘能力はほぼ皆無だが、代わりに人を操り、感情を読み取り、傷つけられてもすぐ回復する体を持っていた。だが、決して不死というわけではなく、複数の契約者に倒された。<漁火の欠片>はその際に残された物だが、正確な数も、誰が持っているかも定かではない。
「真の王」を「あのお方」と、ミシャグジを翼ある大蛇もしくはアモン・ケマテラと呼ぶ。「真の王」のためにミシャグジを復活させると言っていたが、真意は定かではない。
<梟の一族>には、代々不思議な眼を持つ者が生まれる。その眼は生きとし生けるものから生命エネルギーを吸い取る。その力を利用して、ミシャグジが死なないように、封じておく。今、その眼を持つのはカタルただ一人。だが奇異な能力ゆえに、カタルは父親や一族の仲間までも殺してしまった、という過去を持つ――。
ざっと調べ終わり、視線を上げると、煉が顔をしかめていた。グラキエスに至っては、笑みさえ浮かべている。
「どうしました?」
「ベルナデット、これを拾ったのは北門か?」
「はい」
「拾って、ポケットに突っ込んで、洗濯して、洗濯機から拾ったのはお前だな?」
「よくご存知ですね」
「北門に訊いたらその辺に置いとけとでも言われて、机の引き出しにしまった。二人ともそのことを忘れていて、今日初めて取り出して、ここへ真っ直ぐ持ってきた。そうだな?」
「その通りです」
煉はため息をついた。「まあ、これで無機物ということは分かったわけだが」
不思議なのは、平太が拾う以前――つまり漁火が生きていた頃の情報が全くない点だ。
「次は私ですね」
エルデネストが二人から欠片を受け取り、握り締めた。そして欠片に力を注ぎ込む――。
ハッとなったロアが、エルデネストの手から欠片を叩き落とした。
「何をするんです?」
「こちらの言うことだ! 今、何をした!? 【その身を蝕む妄執】を使おうとしたな!?」
「ええ、そうですよ。欠片に増幅する力があるんじゃないかと思いましてね」
「しかもテレパシーを使って! そんなことをすれば、エンドに影響が出る!」
「――ああ、そうですね」
今気づいたというように、エルデネストは目を瞬かせ、笑みを浮かべた。「それは気づきませんでした」
「……お前のパートナーたち、色々あるんだな」
「そうか? こんなものだろう?」
自身のパートナーたちを思い出し、そうかもな、と煉は答えた。
ベルナデットは欠片を拾い、覗き込んだ。何も見えなかった。
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