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夏休みの大事件

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夏休みの大事件

リアクション

   六

 第三班受験者:仁科 耀助、璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)

「今回組む事になった、透玻・クリステーゼだ……よろしく頼む」
「お嬢さん、これ終わったらオレとお茶しない?」
 間髪入れずに両手を握り締めナンパする耀助の顔を、透玻はじっと見つめた。
 じ……………………っと。
「……ゴメン、聞かなかったことにして」
「お茶ぐらい、構わんぞ」
「え、ホント?」
「ああ。打ち上げだな。璃央も一緒でいいんだろう?」
「璃央・スカイフェザーと申します。よろしくお願いいたします」
「もちろん!」
 珍しくOKを貰えたことに、耀助は小さくガッツポーズを作る。璃央が男であることは、この際、どうでもいい。
 などなど話をしつつ、耀助は【密偵】を使い、巻物のある部屋をすんなり見つけていた。早く試験を終わらせてお茶したいばかりに、【壁抜けの術】でずんずん進む。
「またやられた!」
 セレンフィリティ・シャーレットは喚いた。
 試験官が美女二人組だったと知って、耀助が地団太を踏んだのは後の話である。


 床の間に置いてある箱を見て、耀助は首を傾げた。
「これ……かなあ? これだよなあ?」
 あまりにも普通に、あまりにも堂々と、あまりにもあからさまに。
「絶っっっ対、罠があるよな」
 しゃがみ込み、指先だけで開錠する。案の定、針が仕掛けてあった。開けようとして待てよ、と手を止める。
「オレが試験官なら、こんな簡単には終わらせないなあ」
 意外に耀助は、性格が悪かった。蓋を開けずに箱の周囲を眺め、持ち上げて問題なしと判断すると裏を、横をと見ていき、箱そのものを分解して巻物を取り出した。
「じゃ、そういうことで」
 耀助が出て行った後、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は別の部屋からひょっこり顔を出して苦笑した。
「さすがマスターニンジャ、そう簡単には引っ掛からないか」


 周囲の風景がぐにゃりと歪んだ。
「これは――?」
 何かやられたと気づいたのは、目の前に三人の女中が立っていたからだ。全員、同じ顔をしていた。
 宇都宮 祥子の薙刀が足元を襲う。璃央は【実力行使】で避け、攻撃に転じたが、空振りだった。
「幻覚……」
 体調にはさほど問題はない。だが、敵の正確な位置を掴めないのは致命的だった。天井や柱の陰に伏兵がいる可能性もある。
 相手が薙刀を振り回すなら、こちらも同じ手を使うしかない。璃央は野分を抜き、大きく振りかぶった。――と。
 ガツッ!!
 低い梁に刀がぶつかり、押しても引いてもビクともしない。ハッと気づいたときには、祥子の薙刀が璃央の胴を薙いでいた。
「透玻様に……巻物を……」
 落ちた巻物を拾い、祥子は言った。
「安心しなさい。これは試験だから、ちゃんと次の人に届けてあげるわ」
 璃央の目に映ったのは、微笑む試験官の姿だった。


 個人的な都合――主に気分の問題――で度々授業を休んでいた透玻は、出席日数が足りないという、耀助とほぼ似た状況にあった。
「くっ、計算を間違えたか……日数は足りるはずだったのに……!」
というところまで、そっくりだった。璃央はあの手この手で透玻を学校に行かせようとした結果、付き合いで遅刻・欠席が増えてこれまた補習を受ける羽目になっていた。
 その点、申し訳ないという気持ちがないわけではなかった。
 だから璃央が失格したと聞かされ、動揺もしたのだ。
 屋敷を脱出して程なく、目の前に水たまりがあった。ただの水たまりに見えたが、何かの罠という可能性もある。念のため、【凍てつく炎】を浴びせておいた。
 その瞬間、背後から強烈な一撃を食らった。振り返ると、六連 すばるが姿を消すところだった。
「くっ……!」
 地面に倒れ込んだ透玻は、「賢人の杖」を頼りに立ち上がった。脳みそが強烈にシェイクされ、吐き気がする。
 敵が二度襲ってこないとは限らない。だが今は、懐の巻物を届けることが最優先で、戦いは可能な限り避けねばならない。
「璃央の頑張りを無駄には出来ん……」
 吐き気を堪え、【バーストダッシュ】を発動する。だがすぐに立ち止まり、息を何度か吐いた後、再びよろよろと走り出した。今度は【バーストダッシュ】なしで。
 白い何かが浮いていたが、気にも留めなかった。親不孝通 夜鷹は、逃げるならともかく、無視されたときのことは考えていなかったので、どうしたらいいか分からなかった。
「あらゆるパターンを考えておかなかったのは、ヨタカ、ミスですね」
【カモフラージュ】で身を隠していたアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)が言った。
「うーん、うーん、あっ、巻物を奪うぎゃ!」
 透玻を追おうとする夜鷹の襟首を、アルテッツァはむんずと掴む。夜鷹は宙ぶらりんになり、両足をバタつかせた。
「今更、遅いです。それに攻撃したところで、彼女は相手にしないでしょう」
「無視はさせないぎゃ!」
「腕の一本や二本犠牲にしても、それでも彼女は進むでしょう」
 夜鷹はぎょっとした。
「任務のために全てを犠牲にする……それが忍びです」
「忍者ってすごいぎゃ」
「いい勉強になったでしょう? 次はどんな相手でも手を打てるようにしなさい」
「分かったぎゃ!!」
 透玻は忍者ではないのだが、この際それはどうでもよかった。アルテッツァと夜鷹は、透玻がゴールするまで、じっと見守っていたのだった……。

 第三班 仁科 耀助、透玻・クリステーゼ合格