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夏休みの大事件

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夏休みの大事件

リアクション

   一一

 第五班受験者:麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)和泉 暮流(いずみ・くれる)、北門 平太

「ベルが戻ってこないんですけどっ!!??」
 半ばパニックになりながら、平太は喚いた。
「まあまあ、へーた君、オレたちもいるんだし、大丈夫だよ。それにあくまで補習なんだし」
「随分、自信があるんですのね、由紀也」
 瀬田 沙耶(せた・さや)の冷たい目と声に、由紀也は思わず背筋を伸ばした。
「さ、沙耶ちゃん。オレはただ……」
「何を焦っているんですの? せいぜい今回は今後の葦原というかハイナ様に貢献する一環として、ぜひとも突破してくださいませね。そう、わたくしのためを思うのでしたら、ぜひとも! ぜひとも! 今後もハイナ様のために力をつけてくださいまし」
 沙耶のためなのかハイナのためなのか分からなかったが、相当なプレッシャーが由紀也に伸し掛かった。


【トレジャーセンス】のおかげで、巻物の部屋への最短距離を知ることが出来たものの、そこへ至るまでが大変だった。道が全て塞がれていたからである。からくりでもないかと、ひたすら調べたが、結局ただの壁だったらしい。ただの壁ということは、壊すことも出来ない。結局、遠回りする羽目になった。
 セレンフィリティ・シャーレットの【闇術】のせいで、「頭痛いし、クラクラするし、ベルはいないし、僕もう絶対無理です……」と半べそをかきながら、由紀也の後をついていった。ちなみに暗闇の中は、平太は自分で作ったヘッドギア付き暗視スコープをつけていた。
 由紀也は【ダークビジョン】があったので、平太よりは軽くてすんだが、気分は悪い。自分のしていることは、ただの自己満足ではないかと考えていた。
 プツ、プツプツプツ。
「女が来ます」
 暮流が、腕に出来た蕁麻疹を見せた。「便利ですね」と平太が感心する。
【女王の加護】で防御力を上げたセレアナ・ミアキスが飛び出してくる。
「うわあ!」
 平太が武器代わりのバールを振り回した。が、それはセレンが【サイコキネシス】であっさり奪い取る。
「出来れば勘弁!」
 由紀也は、三連回転式火縄銃を構えた。その時、セレアナから発せられた閃光が三人を襲った。
「うわああ!」
 暗視スコープをつけた平太にとっては、それだけで大ダメージだ。視界が真っ白になり、何も見えなくなった。
 セレンとセレアナは、それぞれ由紀也と暮流に襲い掛かった。
 由紀也はなす術もなく鳩尾を殴られ気絶したが、暮流は咄嗟に上質の布を広げて攻撃を防いだ。――実は、蕁麻疹がいっそう酷くなったので、察することが出来たのだ。
「減点、一」
 セレンとセレアナはそれぞれに囁いて、姿を消した。


「あー、まいったなー」
 それぞれの対応を見る内容のため、減点はされたが試験は続行となった。由紀也は目を擦りながら、巻物のある部屋に入った。【光学迷彩】で姿を消しているが、音や匂いは消せないので、息を顰め、足の運びにも慎重になる。
 床の間に箱が置いてあることにすぐ気づく。目的の品が入っていることは間違いない。由紀也はそっとしゃがみ込み、鍵を外しにかかった。慎重に、慎重に――存外、簡単に開く。にっとして、由紀也は蓋を開いた。
 その瞬間、激しい音と光が由紀也を襲った。
「ま、また……」
 目がチカチカして、何も見えない。また、耳の奥に何か詰まっているようで、障子の開く音も聞こえなかった。
「おー、引っ掛かったか、めでたいめでたい」
 柊 恭也は茶を啜りながら、にんまり笑ったが、もちろん由紀也は、それにも気づかなかった。


 由紀也の不合格を聞いて、暮流は嘆息した。だからあれほど、他人にかまけすぎるなと言ったのに……。
 この試験の前から、由紀也はこれまでの自分の行いが独り善がりではないか、何の役にも立っていないのではないかと悩んでいた。だから暮流は、言ってやったのだ。
「そんなことを気にするなら、存分に互いの能力の高めあいをさせてくれ。それで十分だ」と。
 危惧していた通りになってしまった。だが、なってしまった以上は仕方がない。今は自分のことに集中しよう、と暮流は剣を握り締めた。
【殺気看破】より早く、腕にぽつぽつと出来た蕁麻疹が女が近づくことを教えてくれた。次いで、相手の害意を感じ取る。暮流は女――宇都宮 祥子より一瞬速く、動いた。祥子はが手にしていた【しびれ粉】を叩き落とし、すぐに離れる。
 祥子は眉を寄せた。今の攻撃で自分を気絶させることも出来たはずだが、この受験生は何を考えているのだろう、と。実は蕁麻疹が増えないように距離を取っただけなのだが、祥子は何かの作戦に違いないと警戒した。
 互いに敵と認識しているのなら、猫をかぶっても仕方がない。祥子は薙刀を構え、【面打ち】で暮流の頭部を狙った。暮流はそれをぎりぎりで避ける。額に掠り、切り傷から血が滲み出る。
 更に祥子は【その身を蝕む妄執】を発動した。祥子の姿が昆虫のような化け物に変わると、腕を振り回した。だが暮流はそれを避け、再び間合いに踏み込むと【金剛力】を使って、力いっぱい祥子を殴り飛ばした。
 祥子は傍の部屋に頭から突っ込み、障子がバラバラになった。
「しまった。これは失格になるのかな……?」
 しかし、試験監督である佐保からは何も連絡がない。暮流は巻物を握り、平太との合流地点へ急いだ。


 平太は巻物を受け取り、さあどうしようかと考えた。彼には戦闘能力もなければ、巻物を探すための探索能力もない。だから逃げるだけの役目しか残っていないのだが、よく考えれば一番重要な仕事である。
「困ったぞ……」
 専門知識も能力もないが、とにかく知恵を絞って、平太は屋敷の雪隠にじっと隠れていた。時折通る侍や女中が本物か試験官かは、平太には判断がつかない。どちらにせよ、見つかればおしまいだ。
 人がいなくなる度に外へ出て、踏み台となる石を見つけた。そして木に登り、塀をどうにか乗り越えたとたん、タライが落ちてきた。
 ぐわわぁぁん……!!
 つむじに直撃して、平太は目を回しかけた。景色が――既に夜で、ほとんど見えなかったが――歪む。
 涙目になりながら、それでも手を突き、這い進む。懐中電灯を使いたいところだが、さすがに目立つから危険だろう。暗視スコープは、壊れてしまっていた。
 そろそろと、用心深く進む平太の手が四歩目に至ったとき、地面が抜けた。
「嘘っ!?」
 目を回している平太に、親不孝通 夜鷹が言った。
「……珍しい奴ぎゃ。落とし穴に頭から落ちたぎゃ」
「捕獲してください、スバル」
「はい、マスター」
 アルテッツァ・ゾディアックに言われ、六連 すばるが平太を引っ張り上げた。ややあって、ううんと唸り声を上げながら平太は薄目を開けた。
「キミは捕虜となりました、失格です」
「え……」
「無事に帰るまで任務ですよ……遠足みたいですが、ね」
 アルテッツァは片目をぱちりと瞑って見せた。