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わたげうさぎの島にて

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わたげうさぎの島にて

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【2・ラーメンには無限の可能性がある(byリフル)】

 一度、十分ほど時間は遡る。
 花音に案内され、隣の部屋でふたりの遺体と対面したロゼとラルク。
 実際、ロゼとしても医学や生物学の知識はあれど、検死に慣れているわけではない。しかし戸惑っている場合ではないのもわかっている。いるのだが……。
「落ち着いて」
 と、困惑の渦中にいるロゼの肩に学人の手が置かれた。
「大丈夫だよ。僕が傍についてるから、なにも心配することなんてないよ」
 そう言って学人はディテクトエビルと禁猟区を使い、周囲の警戒にあたることにする。
 パートナーからの励ましに、ロゼは深く頷き。スキルの博識も用いて、気合いを入れなおしておいた。
「よし……それじゃあ、はじめるよ」
「それにしてもまさか空京大学の教授が死んじまうとはな」
 ラルクも空大の学生として、心中複雑な気持ちになりながら。
 それでも歩みを止めることなくふたりは遺体に近づいて手を合わせ、マスクとビニール手袋をはめる。やはり血液や体液感染もありえる現状としては、油断はできない。
「せめて空気感染するような病気でないことを、祈りたいところだよ」
「すまんが、体調べさせてもらうぜ」
 まずラルクがふたりの服を脱がせにかかったところで。花音は慌てて部屋を飛び出していった。
「ふたりとも、やはり症状は同じようだね。当然といえば当然だけど」
 勿論、ロゼは目をそらさずに検死を行なっている。
 見たところ、目立つのはやはり全身の発疹。他にささいな傷があっても、隠れてしまうくらいに身体中くまなく赤くかぶれていた。
「さて、俺の知識がどこまで通用するかだよな」
 もし仮に原因が感染病だとしたら血液に抗体があるかもと、用意してきた注射器で血を抜くラルク。そこから薬学の知識で、どうにか応急薬ができないかと試していく。
 その間にも、ロゼは両名の体をしばらく調べていたが。
「おかしいな……」
 おもわず首をひねる結果になっていた。
 実のところロゼの予想では、なにかに噛まれたりした結果のアナフィラキシーショックが原因ではと考えていた。だからこそ、湿疹にまぎれて噛み痕でも隠れてないかと思ってたわけなのだが。
 見つかるのは、せいぜいダニに喰われた痕がぽつぽつあるくらいだった。
「アレルギーのせいじゃないとすると、突然死の原因は一体なんだろう? なにかもっと別の伝染病なのか……」
 ロゼが頭を悩ませていると、ざわざわと外からなにか叫び声が届いてきた。
「? なんだか騒がしいけど、どうかしたのかな」
 学人は窓に近づいてみようとしたが、
「待て!」「……っ!?」
 その前に、イナンナの加護で気を張っていたラルクに静止させられ。そこで学人も、ディテクトエビルの警戒網にひっかかるなにかが外にいることに気がついた。
「くそっ、こそこそしやがって。気にいらねぇ。来ないんならこっちから行くぞ!」
 殺気を放つわりに襲ってこない相手に苛立ったラルクは、神速と疾風の覇気を駆使しながら窓枠とガラスを蹴り飛ばしながら外へ降り立った。
 民家の裏手も、依然としてわたげうさぎと木々に覆われているが。その中に迷彩服を着ているわりに髪を虹色に染めた、隠れたいのか目立ちたいのかよくわからない男がいた。
 しかしそれに怯まずにラルクはドラゴンアーツと武術を駆使し、それに鳳凰の拳まで付加させた先手必勝攻撃を容赦なく叩き込んでいく。一発、二発、三、四、五六七八九――
「ぐ、ぐおぁおあおああおあおあ」
 迷彩七色男は、怒涛のラッシュにうめき身体をよろめかせるが。
 それでも意外とタフなようで、ラルクが一旦殴るのをやめたところを狙い、逃走を図ろうとする。
「あんま禁じ手を使うのはいやなんだがなー」
 戦闘の最中であるのに自分に背を向けた男に、ラルクはさらに怒りを震わせ。
 閻魔の掌を男のみぞおちに喰い込ませた。それはもうメキリという骨が粉砕される勢いでクリーンヒットした。
「あ、やべ。さすがにやりすぎたか」
 おかげで男は白目をむき、口から泡をふいて気絶してしまい。
 これでは事情を話してもらおうにも、そう簡単に目を覚ましそうになかった。

 そして今。
 ラルクや弥十郎たちの話を総合し終えた花音たちの表情は固い。
 ラムズもペットの虎も熱にうなされているだけとはいえ、新たな被害者が出てしまったのはやはり辛いところ。成果といえば、ラルクが捕まえた男が部屋の隅に縛られているにはいるが。
「あの七色頭の人は、いでたちからしてもコンジュラーではないようです。そうなると、さっきのフラワシを操っていたのは別の人間ということでしょうね」
「そうなんですかぁ。これで事件解決! だったらバーゲンに行く時間がとれたのにぃ」
 花音とエメネアが残念そうに肩を落とす。
 リフルも無表情ながら、どうしたものかと思案しているようだった。
 他の皆も浮かない顔だが。弥十郎だけは、じっとリフルのほうを見つめ。
「確か、ザル型光条兵器なんだよね。麺料理用なのかなぁ。中華鍋型の方が汎用性高いとおもうのだけどねぇ」
 料理人の端くれとしてそんなことを気にしていたりした。
「……それだと細かい部分が融通利かないのよ。麺を繊細に扱うにはザル型が一番なの」
 弥十郎の独り言がしっかり聞こえていたらしいリフルは、ぽつりと呟いて。
「やっぱり、麺にしか興味ないんだねぇ」
「……心外ね。麺を笑うものは麺に泣くわ。ラーメンの世界だけでも、数百数千と味があるもの」
「でも。それは味付けが違うだけで、単純に麺の種類だけなら百も数はないんじゃぁ?」
「そんなことない。それこそ私の光条兵器を使えば、何千もの麺の仕上げが可能で……」
 なんか討論になりはじめたが。
 そこは直実と八雲が、そんなことしにこの場に来たわけじゃないと軽くたしなめ、弥十郎はコホンと咳払いし本来の目的を果たすことにする。
「事態がまだ終わってないなら、ワタシの事前調査が役に立ちそうだねぇ」
 前置きののち、その成果を語り始める弥十郎。
「じつは、発疹がわたげうさぎのせいじゃないかと思って。過去のデータをひととおりさらってみたんだけどぉ。それらしい症状はひとつも無かったんだよ」
「え? それってつまり……」
「さっき上空から群れを見ていても、不審なうさぎは見当たらなくて……。つまり、発疹の原因はわたげうさぎじゃなく敵からの攻撃である可能性が極めて高いってことだねぇ」
「やっぱり! よかったぁ。うさぎさんたちが悪くなくってぇ」
 エメネアはホッと胸をなでおろすが。
 全員それで一安心とはいかなかった。いまの話が本当なら、むしろ誰かに狙われているぶん危険が高まったとも言える。緊張が高まったところに、
「失礼します」
 新たにセルマ・アリス(せるま・ありす)と、パワードスーツシリーズに身を固めた中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)が姿を現した。
「あなたたちも、救援に来てくれたひと?」
「ええ。もちろん、わたげうさぎに会いに……じゃなくて。色々気になることがあったので」
 リフルの質問にすぐ訂正したものの、なんか疑いの目で見られているのを感じとり。
「ほ、ほんとうですからね? とにかく、一度地図を見せてもらえますか。あ、それと。シャオは亡くなったふたりのほうを頼むから」
「ええ。任せておいて」
 セルマが地図に集中しはじめたので、シャオと呼ばれた魔道書娘は隣の部屋へと移動する。
 その中では、間宮と川口の検死を再開させたラルクと。
 熱にうなされ、パラミタ虎と共に寝かされているラムズがいた。今はロゼの使役する慈悲のフラワシ『フィール・グッド・インク』と、ナーシングによって手当てを受けている状態で。
「なるべくなら、隣の部屋で待っていて欲しいんだけど」
「冗談www他にどこにいろってんだ」
 二次感染が懸念されたが、クロは頑として傍にい続けると言ってきかなかった。
 やや緊迫した状況にのまれないよう、シャオも気合いを入れなおし。
 きちんと手を合わせ、祈祷を済ませてから顔に装備済みのパワードマスクをしっかりと確認する。そうしてから特技の医学を生かし、遺体を調べはじめた。

 その間にセルマは、地図を調べ、大体の話を聞きながら。今回の件に関する推理を組み立てていた。
「話にありました、フラワシからの攻撃……有名なフラワシ使いと言えば、無視できない人物がいるでしょう?」
 言われて、ほとんどの人間はひとりの名前を頭に浮かべる。
 タシガン領主のウゲン・タシガンを。
「でも、ウゲンほどの相手がこの島にいるなら噂のひとつにもなるんじゃないですか?」
「いえ。ここはタシガンの付近ですし、可能性は高いと俺は思っています。たしかにあくまでも可能性ですけど。そのあたりの手がかりも含めて、この地図をもうすこし調べないと……あれ?」
 持ってきたシャンバラの地図と見比べていたセルマが声をあげる。
「どうかしたんですか?」
「え、なになにぃ?」
「……?」
 セルマとしては、見ていて気がついたことがあった。
 花音たちに教えるのは簡単だし、すぐにわかる違いでもあるのだが……。
「あの。みなさん、気になるのならちゃんと自分でも調べてみたらどうですか?」
 口はそう告げていた。
 ここへ来たときから、花音特戦隊の面々に任せていてだいじょうぶかと心配していたが。
 自分でなにもせず教えを請うような受け身の姿勢では、それこそどうしようもない。
「えっと、教えてくれないんですか? まあ、無理にとは言いませんけど」
「むぅー。いいですよぉ、もともとバーゲンと関係ない地図になんかキョーミないからぁ」
 情に厚いセルマとしてはそのことを伝えたかったのだが、花音とエメネアは逆にへそを曲げてしまったようだった。
「…………」
 ただひとりリフルだけはわずかに考え込み。地図を手にとってくれた。
「セルマ」
 と、そこへシャオが隣の部屋から出てきた。
「シャオ。ずいぶん早かったな」
「ええ。先に検死を行なっていた人がいてくれたから、調べるのもスムーズにできたわ」
 後ろからラルクも出てくる。
 彼はしばらく予防薬だけでもできないかと試行錯誤してみたものの。普通の感染病と同じ要領ではうまくいかなかったらしく、表情が渋い。
「もしもし? ええ、それでどうすればいいかと思って。はい、はい……じゃあ、万一のときはお願いします」
 どうやら大学に電話して、どうするかの処遇を決めてもらっているようだった。
 そんなラルクを横目に、シャオがわかったことを報告していく。
「なんらかの『攻撃』を受けた人物は、高熱や目まいを訴え、身体に発疹を増やしていくようね。そして時を経るごとに、発疹は全身に万遍なく伝わり……やがては死に至るみたいだわ」
「やっぱり、フラワシのせいなんですよね?」
 花音が勢い込んで質問するが、シャオはわずかに顔を曇らせて。
「それは……正直なんともいえないわ。フラワシによる力なのかどうかは疑問が残るの」
「どういうことですか?」
「亡くなったふたりは、なにかしらの外的要因で死んでいる。けれど、フラワシはあくまでも霊体。死に至らしめるほどの攻撃をした……なんて、ちょっと考えにくい。だから可能性としては、わたげうさぎを操って攻撃させて病原体を送り込んだ。って考えてたんだけど」
 結果として、ふたりの身体にうさぎに噛まれたような痕はみつからなかった。
 花音たちも、つい先程わたげうさぎは潔白だと知らされたばかり。
「敵は一体どうやって攻撃をしたのか……。肝心なところで、詰まってるわけなの。もちろん、これからまたもう少し詳しく調べてみるつもりだけど」
 検死結果がでればなにか変化があるかと期待していた一同だが。
 やはり事件解決への道のりはまだ遠いようだった。
 沈むシャオをなぐさめながら、セルマはリフルを見つめる。
 視線を受けた本人も、彼がなにを言おうとしているのか流れで理解し、
「……それなら別の視点から手がかりを探ってみましょう。えっと、そう。皆で知恵を出し合って、この地図を徹底的に調べてみない? そうすれば何かわかるかもしれないわ」
 思い切ってそう口走っていた。
 言いながらリフルは、我ながらこうしてリーダーシップをとるような真似は苦手だなと再認識した。
 けれど花音やエメネアがあまり頼りにならない以上、自分がやるしかない。
 先行き不安ながら、リフルは自分を奮い立たせた。