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わたげうさぎの島にて

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わたげうさぎの島にて

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【7・貴族といえば赤ワイン】

 花音たちが出ていったあとの間宮家では。
 残った皆が地図を調べている最中早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、
「あ、これ使って」「準備が良いな……」
 パートナーのヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が差し出した紙に地図を書き写していた。
 かなり細かく精巧に書かれているので、完全に模写するのに手間取ったがどうにか仕上げておいた。
「預かっておくね」「失くすなよ?」
 ヘルに渡し、一旦肩の荷を降ろしかけた呼幸だったが。
 しかしすぐに自分の横に目をやる。
 そこには、ケージの中で居眠りしているわたげうさぎがいた。なんで寝ていたのか呼雪は知らないが、これ幸いと捕獲しておいたのである。
「それにしても、ほんと可愛いよね。はやく起きないかな」
「なに言ってるんだよ。むしろ寝てるいまが調べるチャンスなんだから」
 遊びたそうにうずうずしているヘルに、注意し。いざケージから出そうとして、
「調べるんなら、一応これしとけ」
 窓際でいっぷく中のラルクが、マスクとビニール手袋を投げてよこしてくれた。
 呼雪はおっさんの気遣いに感謝しつつ、
「あの、結局のところ死因はどういう結論に……?」
「ん? ああ。身体から多量の毒素が検出できたから、病原体にやられたのは確実なんだけどな。問題は、それがどこから入りこんだのかがわからねぇってことだ。さっき新たに出た被害者も、どういう攻撃をされたのか誰にも見えなかったらしい。そのあたりがハッキリしないと、うまく薬も作れねぇし……チッ、歯がゆいったらねぇぜ」
 一気にしゃべったかと思うと、また黙り込んでしまった。
 どうやらかなり苛立っているらしい。
 ここは自分がなにか手がかりを見つけないと、ということでさっそくナーシングを活用し、ヘルの博識も併用しながらうさぎの身体を調べていく呼雪。
 とはいえ。ふわふわな手触りが愛らしいくらいしか、印象としてはわからない。なんだかずっと触っていたい欲求に陥りそうになったとき。ぽたりと、うさぎの身体からゴマみたいな何かが転がった。
 ゴミかなにかかと思ったが。よくよく目をこらせば、それはダニだった。どうやらコイツも寝ているらしく動かない。
「ま、さすがにダニが原因、なんてことはないか」
 ねぇ? とラルクに目を向けてみるが。
 彼はこちらを凝視してなにか考える風になっていた。
 口出ししないほうがよさそうなので、呼雪はすこし水でも飲もうとキッチンへと向かい。そして、
「あれ。誰だ冷蔵庫あけっぱなしにしたの……まあ『特になにも入ってない』みたいだけど」

 そのころ。間宮の家からすこしはなれた森の中を歩く人影があった。
 それは黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)
 更に、ふたりを護るように先頭を行く鬼院 尋人(きいん・ひろと)と。その上に光る箒で浮遊している西条 霧神(さいじょう・きりがみ)がいた。
「こんな島があったなんて……霧神は知ってた?」
「いいえ。どうやらここは、あまり外と交流がない島みたいですね」
 木々がうっそうと生い茂り、どの道もほとんど自然のままということから想像する霧神。
「だとすると、例の発疹に関係する動植物がそのあたりにいる可能性もあるね。みんな、足元には注意して行こう」
 尋人は自身をパラディンの装備で固めて周囲に気を配り。霧神は、近寄ってくる昆虫や毒蛇をサイコキネシスで追い払っていた。
 しかし行けども行けども暗い森が続いており。さすがに参ってきた霧神は、一度高く上昇して島の様子を改めて確認してみることにした。
 目立つものと言えば、森の中に点在する民家と、ここの所有者である貴族の別荘くらい。やはりその別荘が気がかりなので、かなり近づいてみたところで。
「すまないがそこの方。横にどいていただけますかな、空が隠れてしまいますぞ」
 大御所俳優みたいな渋い声に、注意をされた。
 視線を向けると別荘のバルコニーに、ブーメランみたいな髭とオールバックにした黒髪が印象的な、いかにも貴族らしい煌びやかな服を着た男がワイングラス片手に立っていた。
 外見としては四十かそこらに思えた。吸血鬼なら実年齢は不明だけれど。
「あなたが、この島の所有者の吸血鬼なんですね?」
「ええ。そういうアナタもどうやら吸血鬼のようでございますな」
「はい、そうです。よかったらすこしお話を聞かせて貰いたいんですが」
「……すみませぬな。いま、我輩は空を眺める時間なのでございます。このような素晴らしい曇天、久方ぶりなものですから」
 そう言ってぐいとワイングラスを飲み干した。
 要するに、お邪魔だからあっちへ行ってくれ。ということらしい。
 有無を言わせぬその雰囲気に、仕方なく箒を旋回させる霧神。その背後に、声がかけられた。
「ひとつだけ言えるなら。我輩たち吸血鬼は、いまとても不安定なところに立っているのですぞ。我輩は、存在を確固たるものにするため……ここで日夜働いているのでございます」
「?」
 なんの比喩表現かよくわからなかったが、ひとまずみんなの所へ戻ろうとして。
 途中、ひときわ騒がしい一軒の民家があるのがわかった。そこにいるのが誰か想像しつつ、尋人の元へ降り立つ霧神。
「あっちに誰かいるみたいです。無警戒で騒いでいるところをみると、花音特戦隊か、その救援に来た人でしょうね」
「ふぅん。薔薇の学舍の仲間が誰かいるかもしれない。行ってみようか」
 四人は針路変更し、再び森の中を注意しながら突き進む。
「それと、さっきここを取り締まっている吸血貴族と会いました」
「え、そうなの? それで? その人が例のフラワシ使いだったとか?」
「さあ。それはわかりません。なんだか自分の世界に浸っている感じでしたから、ちゃんとした話ができなくて」
 尋人と霧神が話しているうちに、なにか白いものが多数視界に入ってきた。
 それはわたげうさぎ。それも十匹や二十匹に留まらないくらいそこかしこにいて、全員が目を軽く見開かされた、
「わたげうさぎの群れか……もふもふだな」
 ブルーズは見た目ふわふわもふもふのわたげうさぎに、一瞬ほわっとなったが。すぐに慌てて我にかえって首を振り。魔銃カルネイジに手をやっておいた。
「こんなにいるのか。兎島っていうだけあるんだな」
 言いながら尋人は足元にいる、一緒に連れてきた自分のわたげうさぎに目線を向けた。
 これだけ大勢いるなら、こいつを受け入れる仲間がいるかもと考える。離れがたくはあるが、住みやすい環境にいられるならそのほうがいいとも思う。
(でも、けど、いや、うーん)
 皆がほんわかしたり悩んだりしている中、相手のわたげうさぎが一匹、ぴょんぴょんと跳ねてくる。あまりに無警戒にこっちへ近づいてきたので、こっちも気が緩みそうになった。
「ダメだ! そいつに近づいちゃ!」
 が。天音の叫びが、全員に緊張を走らせた。
 コンジュラーである天音には見えていたのである。そのわたげうさぎの背後にいる、青白いフラワシが。
 天音は即座に粘体のフラワシを呼びだし、青白フラワシにぶつけ。とっくみ合う両フラワシ。
 いまのうちに尋人はオートガードとオートバリアを展開させ、フラワシの使い手が隠れていないかと周囲に気を配らせ。
「……?」
 わたげうさぎの背から、黒い虫みたいなものが跳ねるのが一瞬だけ見えた。
「フラワシは凍らせることができましたっけ。まあやってみましょう」
 霧神はそんな尋人と背中合わせになりながら、天音の見ている位置を狙ってアルティマ・トゥーレを打ち込んだ。
 青白フラワシはまた凍らされてはたまらぬとばかりに、咄嗟に粘体フラワシを盾にして、その攻撃をかわした。が、そこを狙ってブルーズは銃弾を乱射させる。
 やはり相手が見えない以上、当たってはいなかったが。わずかにひるんだところを、天音がさざれ石の短刀を手に飛び込んできた。刀身は青白フラワシの脇腹部分をかすめたが、石化まではしきれず。
 そのまま滑るように森の奥へと逃げ去っていってしまった。
「くっ。逃げ足の速いやつだよ」
 天音の言葉で、どうやら逃走したのが伝わったブルーズは、装備したスカイフィッシュでフラワシ使いの居場所を特定できないかと試してみたが。
「反応がない……? どういうことだ」
 まったく動きがなかった。できるかどうかは可能性の域であったものの、なにも感知できないのは妙に思える。
「超感覚ですこし探ってみたけど。怪しい気配はない、な。さっきの変な虫もどこか行ったようだし」
 尋人も気を張り続けていたが、やがてそれも解いて自分のわたげうさぎを撫でつつ、
(なんだか予想より危ない島みたいだ。オレのわたげうさぎをこんな島に置いていけないな。うん、そうだよ。そうに決まってる)
 うんうん、と言い聞かせるように頷いていた。
 その様子に霧神は苦笑しながら、
「どうやら使い手は、この近くにはいなかったみたいですね」
「そうなると厄介だね。遠距離からフラワシを操れるとなると、使い手の特定も難しくなりそうだよ」
「ともかく、一度あの民家の連中と合流したほうがいいだろう」
 ということで、わたげうさぎをかわしながら足早に民家へと辿り着いた四人の目には、地図を手に話しているクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)の姿が入ってきた。
「あれ、なんだ四人とも。やっと来たのか」
「遅かったね、ボクらのほうが一足先に着いちゃったよ」
 クリストファーたちは花音特戦隊の面々と面識があるわけではないのだが。兎島へ向かう天音や尋人たちから事情を聞かされ、興味本位で首を突っ込んだのである。
 もっとも、タシガンが地元であるという点、そしてクリスティーとしてはイエニチェリとして使命感も少しあった。だからこそ、こうして先んじて到着することができたのかもしれない。
「せっかくだし、報告を兼ねてわかったことまとめてみるか。クリスティー」
「わかったよ。まず、川口教授が言おうとした『タシ……』っていうのはタシガンって言おうとしたのは、ほぼ間違いないと思う」
「けど地図を調べた限りだと、その肝心のタシガンが無いんだよな。なにか秘密の通路があるとか考えてたけど。ここまでの違いとなれば、もっとなにか別の秘密があるように思えてならないぜ」
「あと、これはボクの推測だけど。歴史とか調べた限りだと、間宮林蔵を恨んでた人に該当するのは、彼のせいでスパイ活動がばれたシーボルトなんじゃないかって睨んでるんだよ」
 ふたりの報告を聞きながら、天音も地図を見せて貰い、念のために携帯で撮影もしておいた。そのうえで地図をじっくり確かめてみる。
「本当だ。タシガンが描かれてないんだね」
「でも、どうして描かれてないんだろうな? これを間宮林蔵が描いたのなら、そんなミスをするとは思えないんだが」
 右に首をひねるクリストファーに、天音も左に首をひねり。
「つまり、描かれていないことに意味があるってことなのか」
「意味って?」
「いや、さすがにそこまでは……」
「だよな。みんなそこで止まっちまうみたいだぜ」
 お手上げをするクリストファーだが、天音は肩を落とさずに。
「誰かの依頼で作ったのなら、わざわざこの島に居を構えているくらいだから……その別荘の持ち主からの依頼かも知れないね。こうなったら直接話を聞いてみるとか?」
「うーん。そうだったとしても、秘密があるなら本当のことは教えて貰えないと思いますよ。私の印象では、口が重そうな人でしたし」
 霧神が軽くダメだしして、提案は却下となった。
 落胆の空気が流れそうなので。ここで天音は、べつのことに思考をむけることにする。
「間宮林蔵の死因と言えば……それに、わたげ”うさぎ”か。まさかねぇ……そんな即効性は無い筈だし」
 間宮林蔵が梅毒で死亡した事や、その病の培養の仕方も知識としてある天音としては。
 死亡原因についてもあれこれ考えを持っており。そのあたりを明らかにすべく、一度死体を見分してみようと隣の部屋へいくと。
 ラルクが真剣な顔つきで検死を再開させていた。
「そうか、これだな……」
 ラルクは右の二の腕あたりをじっくり穴があくほど凝視している。
 つられて天音も目をこらせば。赤い発疹のなかに埋もれてわかりにくいものの、虫さされらしき痕が残っている。
「ダニに噛まれた傷だね、それ」
 特技はなくともそのあたりはさすがに判別できるので、口を出してみて。
「ああ。このあたりは虫も多いし、気に留めてなかったんだが……もしかしたら」
「まさか、それが死因だっていうのか?」
 あり得ない、というのは簡単だが。
 あり得るようにする手段があるとすれば――
 と、
 死因に集中していた彼らは、突如隣の部屋から駆け込んできた男に反応できなかった。なんとも目を惹く七色の髪の男を。
 七色男はそのままガラスを突き破り、かなりの俊敏さで森の中へと消えてしまった。
「な、なにがあったんだ?」
 後から駆け込んできた呼雪に問いかければ、悔しそうに唇を噛み。
「それが。倒れていた男が、急に目を覚ましたかと思ったら縄を抜けて、地図を奪っていってしまって」
「なんだと……!? くそ、あの野郎。足のひとつでも折っておくべきだったか」
「参ったな。もし原本にだけしかない秘密があったとしたら、謎はもう永久に闇の中だ」
 呼雪のつぶやきに、全員が表情を暗くさせていく。
 と、思いきや。ひとりだけ笑顔の人物がいた。ヘルだ。
 彼はひらひらとなにかを振っている。
 それはどこからどう見ても、
 本物の地図だった。
「え!? ヘル。それ、どうして……」
「ふふ。こんな事もあろうかと、さっき写したやつと摩り替えておいたんだよ」
 呼雪はさきほどのやり取りを思い出す。
 どうやらあのときにもう交換を済ませていたらしい。
 誰もが、うってかわって驚いたり呆れたり喜んだり笑ったりの表情になった。