波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

わたげうさぎの島にて

リアクション公開中!

わたげうさぎの島にて

リアクション



【16・人によって、人は変わっていく】

 花音は、再び別荘の中へ戻り。
 さきほどの老婆を探していた。
 ちなみにエメネアはまだ完全に治っていないので、リフルと悠希にまかせている。
 そして途中、なにがあるかまだわかりませんと言ってきたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が同行していた。
 ふたりはしばらく歩き回ったが、老婆は入口近くの応接間にいて。
 かなり回り道してしまったことに疲れが増す花音だった。
 ふと。老婆のほかに、国頭武尊が憮然としてソファに座っているのが気にかかった。
「ん、この若造かい? あるじ様が捕まえて、地下牢に放り込んでいたんでの。私が助けておいたんじゃ」
「はあ。そうなんですか」
「それよりも、あるじ様を説得できたようだの」
「ええ、まあ……できたのかどうか微妙な気はしますけど」
「ほっほっほ。ええんじゃよ、あれで。ここから先は、あるじ様自身の問題でしかないでの。立ち直るまで、私は孫と一緒にここを守るでの」
 孫? と思って、暖炉の近くに執事服を着た青年がいるのに今更ながら気がついた。
 そういえば暗闇で襲ってきた執事がいたな、と思い出したが。もうそれはいいとして。
「さて。ほれ、約束のダーツをやるでの」
 老婆はブライド・オブ・ダーツを差し出し、
 花音はそれを受け取ろうとして。
 ひったくられた。
「ははっ! やっぱオレはついてるぜ! 最後の最後にこんなチャンスがめぐってくるとはな! これも僥倖のフラワシのおかげか?」
 やったのは武尊。
 彼はすぐさま応接間を飛び出し、花音に告げる。
「このダーツが欲しいんなら、おまえたちのパンツと交換だ!」
 なんとも破廉恥な提案に、花音は顔が怒りと恥ずかしさで赤くさせた。
 見かねた老婆が、お灸をすえてやろうと腰をあげようとしたが。
 それより先に、ゴッ、という鈍い音と共に武尊はくずれおちた。
 彼の背後にいたのは……
「あれ? エメネア! 身体はもういいの?」
「え? あ、うん。もうだいじょうぶだよ!」
 彼女は武尊からダーツを取り返し、花音に差し出した。
「よかったです。最悪、ほんとうにパンツと交換しなくちゃいけないかと」
「あはは。ダメだよ花音さん、そんな提案にのっちゃ。あ! それより。私、エコバッグ型光条兵器を無くしちゃったんですぅー」
「えっ!? 大変じゃないですか。一体どこで?」
「え、えーと……わからないですぅ。だから、花音さん。またくれませんかぁ?」
 可愛らしくおねだりしてくる彼女を見つめ、花音は首をかしげ。ジト目で見つめる。
「エメネアさん。ちょっと、服をよく見せてくれない? 扉の陰になってて見えないの」
「ど、どうしてですかぁ? そんな突然」
「…………」
「……うぅ、やっぱり誤魔化せなかったかぁ」
 彼女が着ていたのは、エメネアが今日着ていたものとは違うイルミンの制服。
 つまり彼女は、エメネアと瓜二つの立川るるだったのだ。
 応接間から地下に落ちたあと、ずっと地下の洞窟で迷っており。
 ようやく抜け出してみればいまの騒ぎで。それに便乗したということらしかった。
 まったく油断も隙もないなと呆れたところで、
「きゃあっ!」
 るるが叫んだ。
「わっ! こ、今度はなんですか!?」
 るるは上空を指差している。
 見上げてみれば、一体いつからそこにいたのかレッサーワイバーンが旋回していた。
 しかも突如周囲に煙幕が立ち込めていく。
 一寸先もみえなくなり混乱しそうになる中で、花音はダーツをちゃんと握り締め――ようとして、手元からなくなっているのに気がついた。
「そんな! どうして!?」
 るるに目を向けるが、彼女は驚きでしゃがみこんでいる。
 ワイバーンはやがて入口から外へ飛び去っていったが、それよりもダーツだ。
「今人影が! 向こうへ逃げたぞ!」
 ウィングがホールの向こうを示すと、たしかになにか影のようなものが走っていくのがわずかに見えた。
「くっ! せっかく手にいれたのに、盗られるわけにはいかないです!」
 花音は後を追って走っていき、流れでるるも後を追いかけて、ウィングもそれに続く。
 ……と、みせかけて。
 途中から後ろに下がっていく。
「よし、これであとはこっそりとここから脱出するだけです」
 実は。
 最初のレッサーワイバーンもウィングの仕掛けだったのだ。
 事前に非物質化させていたワイバーンを実体化させ。その混乱に乗じて、煙幕ファンデーションを展開し。
 隙を狙って特技の『隠す』で花音の手からかすめとり。
 光学迷彩のフィルターでダーツを包んでポケットに忍ばせたのだ。
 さきほどの影も、もちろんミラージュで作ったフェイクであった。
「多少予定と違ったけど、結果オーライですね」
 しかしそんな綿密な作戦を立てたウィングにも、誤算があった。
「とう!」
 いきなり後ろから、怪力の籠手で殴打された。
 気を緩めたところにくらった後頭部への一撃に、たまらずウィングは気を失った。

「助かりましたよ。危うく、騙されるところでした」
「いやいやそんな! 花音特戦隊として、当然のことをしただけだぜ!」
 ウィングを殴ったのは朝霧垂。
 なぜ彼女がそんなことをしたのかというと、じつは花音が別荘に入るすこし前。
「総隊長。僕に『花音特戦隊』の入隊許可を!」
 と、垂が入隊希望をしにやってきていて。
「あ、俺は入隊はしないからな? 上司とかに縛られるのが嫌いなんだ。ただし、人手が必要な時は連絡をくれ、いつでも力になるからさ」
 ライゼがそう言ってきたのが、すべての命運を分けた。
 ダーツをとられた花音はいきなり連絡をとり、引き返してこさせたのである。
 急いでやってきてみれば、なにやら不穏な動きをしているウィングがいて。
 そのあとは、見てのとおりというわけだった。
「ところで、このダーツ。手に入れたのはいいけど、誰が使うの?」
 事態が今度という今度こそまとまったところで、花音たちに合流した小鳥遊美羽がつぶやく。
 彼女の思惑としては、その使い手にパートナーになってもらいたいところがあったので期待に胸をふくらませている。
 しかし対照的に花音はなんだかうかない顔で。
(第三者にこれを預けるのは、なんだか危ないですよね。かといって、あたしが持っていたらまた誰かに盗られそうですから)
 選択肢は、限られ、決意は固まった。
 ある人物へと歩み寄り、そして、差し出した。リフルに向けて。
「あなたが持っていてください」
「え?」
 どうして私? という表情になる彼女だが。他の面々は納得していた。
「今回一番の功労者は、あなただと思いますけど」
「そうですぅ。私なんか、今回ほとんど力になれなかったですもん」
 花音とエメネアは、もう完全に決定という顔をしている。美羽も友達のリフルが持つのなら。それはそれでまあいいかという様子だった。
 そのままほとんど強引に、リフルは黄金色のダーツを受け取った。
 掌におさまるほどのものなのに、なんだか手が震えるほど重さを感じる。
 本当にいいのかなという気持ちはあったけれど。
 リフルは自然と力強く、しっかりと、ブライド・オブ・ダーツを握りしめたのだった。

 いっぽうそのころ。
 大佐たちがいたのとは、ちょうど方角的に逆の位置のはずれ。
 そこで、迷彩服を着たひとりの男が携帯で電話をしていた。
 そいつは七色の髪……の、カツラを取り去り。長い黒髪をかきあげている。
「申し訳ありません、ウゲン様。わざわざ油断を誘う風体で潜り込んだというのに。偽の地図をつかまされ……そのうえウゲン様の因果律操作の能力について、気づいた者もいるようです。こうなればいっそ、ここにいる全員の口を封じてしまいましょうか」
 殺気をみなぎらせながら物騒なことを口走る男だったが。
 そのあと届いてきた声に、徐々に勢いは沈静化していく。
「……よろしいのですか? それは、ウゲン様が仰るなら、これ以上の介入は致しませんが……わかりました。それでは」
 電話をきり、ふぅと息をつく男。
「相変わらず心が読めぬ方だ。この状況すら、楽しんでいるのだろうか……それとも、絶対的な自信ゆえのことなのか……」
 自分の仕えている相手のこととはいえ、わずかに恐ろしくすら思えた。
 しかしそれ以上に男には懸念すべきことがあり。兎島を振り仰ぎながら、つぶやく。
「なんにせよ。この世界の連中は、いざというときはひとつになり事態を動かしていくものだ……。油断が過ぎなければよいのだが」


                                     おわり

担当マスターより

▼担当マスター

牧村 羊

▼マスターコメント

 こんにちは、マスターの雪本葉月です。
 詳細は省きますが。今回は私が代わってこのシナリオを書くことになりました。
 どうぞよろしく。……終了後に言っても意味が無さそうですけど、一応ということで。

 リアクションを心待ちにしていた皆様、待たせに待たせてしまい、申し訳ありませんでした。

 書き終えての結論としては、花音特戦隊がかなりコミカルになりました。特に前半が。
 彼女達のノリならどんなときでも自然とそうなるんですよね。無口めなリフルも、花音やエメネアに感化されたり、ふたりを注意したりしていれば結構喋ったりするんじゃないかなということで。セリフも比較的長くして、時折リーダーっぽいこともさせてみました。

 ……ここからは少し個人的なことが入ります。

 私の出身は、このたびの地震の被害地域ではありませんでしたが。
 それだけに何もできないことを痛感させられました。
 できることは、執筆することだけでした。
 私の書いたものがどれだけ世の中の役に立つかはわかりません。
 けれど、ほんのちょっとだけでも笑ったり楽しんだりして貰えれば幸いです。

 テーマは『つながり』です。
 リフルがそうであるように、誰かと話したり笑ったりしていれば。
 暗い気分はいつかどこかへ行ってしまうんじゃないかなぁと。そう思います。