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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション

   一五

「カタル。結局、君が出てくるのか。使えば命を削るとわかっている力を他人のために使うのは馬鹿馬鹿しいと、前回教えたはずだがな」
 高月 玄秀の言葉に、オウェンはギリ、と歯噛みして前へ出た。棒を握る手の力が、強くなる。
「貴様は――!!」
「ミシャグジ事件」の際、玄秀と漁火の画策で、「眼」の暴走という事態に陥った。目撃者も少なく、すぐに気絶したため信憑性が疑われたこと、更に物的証拠もないことから、表沙汰にはならなかったが、知る人ぞ知る話である。
「また邪魔をしに来たのか!!」
 ふん、と玄秀は鼻を鳴らした。
「あんたたちも、恥ずかしくないのか。カタル一人に頼ってばかりで」
 おや、とリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)は眉を寄せた。
 カタルに話すときととオウェン相手では、玄秀の顔つきが違うように見えた。だが、気のせいかもしれない。リンゼイは上質の布でファルシオンを右手に縛り付け、左手にもう一振りを握った。
「邪魔はさせません。下がりなさい」
「へえ。どうするんです?」
「実力行使します!」
 リンゼイが玄秀に斬りかかる。玄秀もまた、「断魂刀【阿修羅】」「戒魂刀【迦楼羅】」でそれを受ける。
「明倫館も情けないな! 子供一人に全て押し付けて! 何が契約者だ! 雁首揃えてこの島一つ救えないなら、全員地球に帰ればいい!」
 やはり妙だ、とリンゼイは思った。玄秀は、避けるか受けるばかりで、ほとんど打ち返してこない。たまに刀を振るっても、リンゼイには当たらない。
「カタル! さっさとうちに戻るんだな。お前には、一生里で人の目から隠れ、力に怯えながら暮らすのがお似合いだ!」
「――里は、もうありません」
「!?」
 カタルの言葉に、オウェンを除く全員が彼を見つめた。
「ない? どういう意味だ?」
 玄秀は探るような目つきで尋ねた。
「里の全員が引き払い、移動しました。別の土地へ」
「昔から、幾度もやってきたことだ」
 今度の旅は、オウェン以外も多くの若者が外へ出た。その気になれば、逆に辿って里の位置を特定することは容易い。オウェンと長老たちは話し合いの結果、念のため、里を移すことに決定した。
 かつては漁火に見つかり、同じように丸ごと越したこともあった。だが、ここ二百年は一所にいただけに反対も多く、逆に里を抜けると言い出した者も多かった。オウェンは構わないだろうと考えた。
 その夫婦の間に、或いは子孫に「眼」の持ち主が生まれるかどうかは、分かりようがない。もし生まれて、その子の扱いに困れば、明倫館に連絡を取るよう教え、送り出した。
 新しい里には、カタルを含め、三十名ほどが移り住む。半数が老人だ。
「私たちは滅びゆく種族なのかもしれません。それならそれで、構わないでしょう。『眼』の役目を終えたということなのですから」
 むしろ、その方がいいとすらカタルは考えていた。自分が最後の「眼」であったなら。
 だが、五千年後、ミシャグジが再び活動を開始したらどうなるか――それを考えると、血そのものを絶やすことは出来ない。
 かつて、感情を押し殺していた頃とは違う穏やかさに、玄秀は圧倒された。
「それで、いいのか? 使われることに納得するのか?」
「少し違います。私は特殊な力を持っている。それを使うかどうかは、私が決めることでしょう?」
「……それは、本音か?」
 言わされているのではないか、と玄秀は疑った。
 カタルは玄秀に背を向けて歩き出した。五分ほどで、開けた場所に出た。戦いで、周囲の木々がなぎ倒されたのだ。
 そこには、エッツェル・アザトースがいた。神条 和麻とセルフィーナ・クロスフィールドから受けたダメージで動きが緩慢になっていたが、ユリンを襲うことは諦めたのか、ずるずると体を引きずりながら遠ざかろうとしていた。
 和麻もセルフィーナも、もはや追う力は残っていないらしかった。
 カタルはエッツェルの前に回った。
「カタル!?」
 オウェンが止めようとする。しかし、匡壱はカタルの考えを悟り、「やらせてみよう」と言った。
 カタルは呪の綴られた布を外した。
 飢え。虚ろ。空。欲……
 右目に浮かんだ言葉が、渦を巻き、消える。空洞と化した右目に、何かが吸い込まれていく。
「オォ……オォ……オォ……」
 エッツェルが吠えた。彼の異形の身体からカタルの右目へ、生命エネルギーが流れ込む。
 ……やがてエッツェルが動かなくなると同時に、カタルも片膝をついた。オウェンが布を拾い、右目を覆ってやった。
「……こういう使い方も出来るんですよ」
 玄秀は目を閉じた。もはやカタルは揺るがない。たとえ――そう、たとえオウェンが死んだとしても、この少年はなすべきことをなすだろう。
「今回は退くが、もう出てくるな。次に出てきた時は容赦はしない」
「それはお約束できません」
 ――本当に言うようになったな、と玄秀は思った。
 踵を返す玄秀を、誰も追わなかった。故に誰も気付かなかった。彼が、式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)を召喚したことに。
「広目天王……ユリンの黒曜石の嵌った手甲が見えるな? あれの留め金を狙え」
 広目天王は返事をしなかったが、そのまま姿を消した。「――餞別だ、カタル」
 大きな羽音に振り返ると、レッサーフォトンドラゴンがゆっくり降りてくるところだった。
「おおーいっ、間に合った!?」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)が手を振っている。
「セル!」
 リンゼイの顔がパッと明るくなる。匡壱もにやりとして、「遅いぞ!」と怒鳴った。
「すみませーん!」
「カタル、そいつに乗れ。明倫館まで後少しだ。そいつなら、すぐに着く。ここまで来れば、歩きより安全だし速い」
「しかし……」
 カタルは、離れたところでユリンたちと戦う契約者たちを案じていた。
「おまえのなすべきことは何だ? 自分でも言ってたろう? 特殊な力を使うかどうかは自分で決める、って。使うと決めたなら、行け。おまえが着けば、俺たちの勝ちなんだ」
 カタルは頷き、匡壱とリンゼイに頭を下げた。
「後から行く。必ず」
 オウェンは力強く頷いた。カタルは微笑む。オウェンの言葉を露ほども疑っていなかった。オウェンがそう言うなら、必ず来るのだ。
「しっかり掴まって!」
 カタルは、セルマの腰に手を回した。レッサーフォトンドラゴンが、ふわり、と飛び立つ。
 カタルとセルマは、一路明倫館へと向かった。