波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション公開中!

【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

リアクション

   一八

 一雫 悲哀は後ろ手に縛られ、オーソンのすぐ横にいた。彼女を縛った鎖を持つのは、ベルナデットの役目だった。伏し目がちで表情はよく分からないが、悲哀とオーソンのやり取りにも、一切反応を見せる様子がない。
「やっぱり操られているか……」
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、「傀儡【銀星】」を立ち上がらせた。鋼糸を操り糸とした銀色の鎧武者型の人形だ。
 和泉 暮流(いずみ・くれる)はその横に立つ。ベルナデットも悲哀も女性……考えただけで、蕁麻疹が出そうだ。
 恭也がくい、と糸を引くと、「傀儡【銀星】」がベルナデットに向かって走り出した。ベルナデットは左手で悲哀を拘束したまま、カルスノウトを抜いた。
「きゃあああ!!!?」
 ベルナデットは、まるで悲哀を盾のように動かし、「傀儡【銀星】」の動きをけん制する。
「卑怯ですよ!!」
 暮流はベルナデットに斬りかかった。ベルナデットは、それをカルスノウトで受け止める。オーソンに何かされたのか、それとも操られている副産物なのか、通常の機晶姫よりもかなり動きが速く、「彗星のアンクレット」でスピードを上げた暮流に劣らない。
「くそっ……人質がいたんじゃ、迂闊な攻撃は出来ないぞ……」
 恭也が舌打ちしたその時、ベルナデットから少し離れた箇所の石が弾け飛んだ。ベルナデットの目が、ちらりとそちらに動く。
 飛び出した瀬田 沙耶(せた・さや)が、悲哀の鎖を「チェリーナイフ」で断ち切った。しかし勢い余って、沙耶はそのまま転がっていってしまった。
「今ですわ!」
 些かあられもない姿――引っ繰り返っていた――を晒しながら、沙耶は叫んだ。恭也が思い切り糸を引っ張った。「傀儡【銀星】」が、目の前にいた悲哀の身体を掴み、地面を蹴った。ベルナデットの左半身が大きく開いた。
「ベルナデット! へーた君のところに帰ってもらうぞ!」
【光学迷彩】で姿を隠していた麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)が、【シャープシューター】で狙いをつけた。
「自分でへーた君の盾だとか言っていたのに、……こんな目に合ってるなんて悲しいだろ……!!」
 糸を手放した恭也もまた、大きく上げた手を振り下ろした。
「とっと帰るぞベルナデット! 平太がお待ちかねだ!」
 二つの音が大きく鳴り響いた――。


 オーソンは戦部 小次郎が“鏡”を持っていることに気付いた。
(それを渡してもらおう)
「お断りします」
 社にも戻せず、かといってポケットに入れるわけにもいかず後ろに隠しながら、小次郎はオーソンと契約者たちのやり取りを聞いていた。ここまで話したことで、オーソンが嘘をついている様子はない。
(貴様らに選択肢はない)
 次の瞬間、オーソンは小次郎の目の前にいた。
「【ポイントシフト】――!?」
 で、あるかどうか、考えられたのは後のことだ。その時は、“鏡”をどう守るか必死に頭を巡らせた。服の中に入れて体を丸めるか、偽物を渡すか――しかし、そんな物は持っていない。
「こっちや!」
 その状況で瀬山 裕輝の声に反応したのは、当然と言えた。咄嗟に手首を捻って、横にいる裕輝に“鏡”を渡した。
(無駄だ)
 オーソンは裕輝の方に向き直りもしなかった。白いローブの下から、触手のようなものが出てきて、裕輝を襲う。
「危ない!」
 触手の先には、剣が握られていた。――「風靡」だ。
 しかし裕輝は、それを避けようともしなかった。逆に“鏡”を持ち上げ、攻撃を待ち受けた。
「何をしてるんです!?」
「だから、ゆうたやろ? 自分らでやれば、覚悟も決まるて」
 にやり、と裕輝は笑った。
「風靡」の剣先が“鏡”を貫き、砕け散った――かに思われたが、実際に粉々になったのは、「風靡」の方だった。
「なるほど……丈夫な“鏡”ですね。これなら五千年はもちそうです」
 房姫は、ほっと息をついた。知ってはいても、さすがに心配だったのだ。


*   *   *

 名牙見砦、三日前――。

 二階で「風靡」を直接守ることになったメンバーは、事前に作戦会議を行った。
 参加したのは、ハイナ・ウィルソンの他、叶 白竜、世 羅儀、戦部 小次郎、クリストファー・モーガン、クリスティー・モーガン、赤嶺 霜月、クコ・赤嶺、ルカルカ・ルー、ダリル・ガイザック、カルキノス・シュトロエンデ、夏侯 淵、神条 和麻、ローザマリア・クライツァール、隠代 銀澄、宇都宮 祥子、紫月 唯斗、紫月 睡蓮、リーズ・クオルヴェル、武神 牙竜の計二十人だ。
「ちょっと昔話をしましょう。以前私との賭けに負けて、おっぱいを揉ませて貰ったことがありますが、覚えていますか?」
 会議が始まるや、小次郎はハイナにそう尋ねた。会議の参加者は皆、目を丸くした。ハイナは首を傾げ、
「賭けをした覚えはないでありんすね。揉まれた覚えはありんすが」
 初めて聞いた何人かが目を剥く。殺気を放つ者もあったが、小次郎は<漁火の欠片>を手の中でこっそり転がしながら「本物ですね」と頷いた。万一、既に入れ替わっていたらこの話し合いは意味がない。
「怪しい奴が!」
 唯斗が葛城 吹雪とイングラハム・カニンガムを見つけた。
「自分は裏切り者がいるかもしれないと考え、隠れていようと思ったのであります!」
「あ、それはない。大丈夫よ」と祥子が<漁火の欠片>を見せる。「あなたも味方ね」
「むしろ、隠れているのが見つかった時点で、あんたが敵に思われたわよ」
とローザマリア。
 ともあれ、敵ではない。今更追い出すわけにもいかない。二人を加えて、作戦会議が始まった。「風靡」の偽物を作ろうという意見は、何名からか出た。その上で和麻が、「いざというときは、俺が『風靡』を持ってどこかへ逃げる」と言うと、霜月が「いや、それならハイナさんの方が」と反対した。
 だが小次郎の「砦から出たときが、一番隙があります。何があってもここから動かすべきではないし、ハイナ殿以外の人間が持つべきではありません」という意見も一理あった。ならば、と祥子が言った。
「私がハイナ様に化けるわ。偽の『風靡』は和麻が持って、いざというときは私が囮になる。本物の『風靡』は、本物のハイナ様――ややこしいわね――と一緒に、宝物庫から動かない。何があっても。どう?」
「偽物を作ることぐらい、敵も考えているでありんしょう。むしろ、偽物を掴ませるのはどうでありんす?」
「では、もう一振り偽物を用意して、それをハイナ様が持つ。本物はどうしましょう?」
 ハイナは淵を見た。彼女と宝物庫に入る内の一人だ。俺? と目を丸くしている。
「保険でありんすよ」
 最後にハイナが付け加えた。
「今決まった行動以外は、決して取らないこと。無論、パートナーであれ、この場にいる人間以外には漏らさないこと。もし上記二つを破った場合は、スパイもしくは敵が化けていると判断するでありんすよ」