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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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【真ノ王】それは葦原の島に秘められた(後編)

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   一四

 遂に房姫たちは、洞窟の最奥、地下五階へと辿り着いた。石灯籠はなく、周囲に提灯がかかっている。自動的に灯りがつくのは同じだったが、傀儡の忍者たちは現れない。上の階より遥かに広く、中央に社があった。
 社は幾重にも張られた鎖に守られていた。悪しき感情を持つ者は入れないようになっていたが、幸いにして、契約者たちは認められたらしかった。
 そして中央に、木箱が置かれていた。戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は蓋を開け、“鏡”を取り出した。
「無事のようです」
 そして、こっそりとズボンへと“鏡”を移動させた。ポケットには<漁火の欠片>が入っている。
「盗むんか?」
 背後から瀬山 裕輝(せやま・ひろき)に話しかけられ、思わず落としそうになる。
「わっ、わっ。――あ、あぶ……」
 二〜三度お手玉をして、小次郎は“鏡”を胸元に抱き締めた。
「なんや。どうせなら、落としてみたら、よかったのに」
「冗談はやめてください」
 何か反応があるのでは、と思ったが、<漁火の欠片>はうんともすんとも言わない。
「冗談やないよ。どうせ壊されるんやったら、オレらでやった方が覚悟も出来るやろ」
「お前は、壊れたらどうなるかまで考えているのか?」
 入り口にいたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、呆れたように尋ねた。
「んー?」
「もし鏡が壊れれば、そこに溜まった生命エネルギーでミシャグジが復活し、更に多くのエネルギーを取り込もうと、地上に触手が現れる。――つまり、大量虐殺の片棒を担ぐことになるんだぞ」
 裕輝は頬をぽりぽりと掻きながら、「あかんかな?」と問い返した。
「駄目だろう!」
「そうか、そんなら諦めるわ」
 どこまで本気だったのか、裕輝は手をひらひらさせて、さっさと社の外へ出た。
 もっとも、“鏡”は丈夫に出来ており、地面に叩きつけたり、普通の武器ではほとんど傷つかないという。以前の“玉”が容易く割れたのは、五千年という時が過ぎたからだろう、とオウェンはハイナに語っている。
 故にハイナは、オーソンが「風靡」を狙った理由を“鏡”にあると見たのだ。この剣ならば、“鏡”も破壊できる。
「魂の逸脱者――ソウルアベレイターの皆さん、よろしくお願いいたします」
 社の外で、房姫が深々と頭を下げる。
「任せて!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)、ダリル、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)夏侯 淵(かこう・えん)グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、社へと足を踏み入れた。五人も入ると、かなり狭い。
「この洞窟自体がミシャグジの内部ですが、社の中が一番安全と聞いております。私は、カタルをここで待ちます」
「危険ではないか?」
と、グラキエスが心配げに尋ねた。「あなたも、この中にいた方が……」
「中は狭いですから。それに、今の私を見て房姫と思う者は少ないでしょう」
 房姫はまだ、同人誌 静かな秘め事の姿を模していた。二人並ぶと、双子のようだ。
「了解した」
 五人が中に入った後、再び鎖で封印を施す。悪意持つ者は、触れることすら出来ない。ただし、感情のない者は別だという。オーソンに操られている黒装束や、剣の花嫁、機晶姫はどうなのだろうと静かな秘め事は考えた。
 その時、上空から風を切る音が聞こえて来た。
「……風?」
 この洞窟に、風が吹くはずもない。誰かが起こした魔法であれば別だが。
 静かな秘め事は顔を上げ、目を細めた。
「――落ちてきますわ!」
 ズシン、と音を立て、三道 六黒の巨体が着地した。一雫 悲哀を連れたベルナデット、そしてオーソンも音を立てずに降り立つ。
(大分、人数が減ったな)
 房姫たちを眺めて、オーソンは言った。オーソンはまだ、房姫たちの計画を知らないはずだ。気付かれずに事を進めるには、別のことに意識を逸らさなければならない。
「お下がりください」
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)のパートナー、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)が、房姫と静かな秘め事を守るよう、進み出る。
(ふむ……ちょうどいい)
 オーソンが呟くや、銀澄の前に黒装束が一人、降り立った。
(倒せるかな?)
「侮ってもらっては困る!」
 銀澄は【鬼神力】を発動し、【抜刀術『青龍』】を放った。冷気を纏った「花散里」が、黒装束に襲い掛かる。
 黒装束は避けようともしなかった。刃が脇腹に食い込み、そこから体が凍っていく。だが痛みを感じていないのか、銀澄に体当たりを食らわせると、黒装束は壁にそのまま突っ込んだ。
 固められた土の壁が、衝撃でぼろぼろと崩れる。地面に落ちた銀澄は、血を吐き出した。肋骨が折れたようだ。「花散里」は手放したらしく、見当たらない。
 黒装束は倒れた銀澄の前に立つと、両の拳を合わせ、彼女の背中目掛け、ハンマーのように叩きつけた。
「ぐはっ!?」
 折れた肋骨がどこかに刺さったらしい。
 黒装束は緩慢な動きで立ち上がり、再び拳を振り下ろそうとする。銀澄は【天子の威光】を放った。黒装束は一瞬、よろめいた。その隙に、「羅刹刀クヴェーラ」を支えにして銀澄は立ち上がった。
 しかし、足に力が入らない。片膝を突く銀澄に、黒装束は再び襲い掛かる。銀澄は再び【抜刀術『青龍』】を放った。氷と石が、黒装束の体を固めていく。
「や、った……」
 銀澄は呟き、倒れた。
(リミッターを外すのは、失敗だったか)
「どういう意味ですか!?」
 悲哀はオーソンを睨みつけた。オーソンは己の頭を指で差した。
(奴らのリミッターを外してやったのだ。どうなるかと思ってな。どうやら、防御を全く無視するようだ)
「……人を、実験に使ったんですか!?」
(そうだ)
「何てことを――」
 悲哀の責める眼差しも、オーソンには全く意味をなさない。
(どうバランスを取るか。それが問題だな)
 オーソンにとって、人は、研究対象でしかないのかもしれなかった。