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そんな、一日。

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そんな、一日。

リアクション



8


 瀬乃 和深(せの・かずみ)瀬乃 月琥(せの・つきこ)の作る料理をとても美味しそうに食べる。
 その時の和深の表情を思い出し、セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)は自分も何か、彼に食べさせたいと思った。
 セドナの作った料理でも、あんな風に食べてくれるのだろうか。それとも、やっぱり月琥のでないと駄目なのか。
 そんな想像もしてみると面白くて、ますます試してみたくなった。
(思い立ったが吉日というしな)
 やってみようか。決断したセドナは、キッチンに立つ。
 そこで気付いた。自分には料理の経験がほとんどないということに。
 月琥は今、何をしているだろうか。彼女の部屋へと目を向ける。しん、として物音ひとつなかった。まだ眠っているのかもしれない。
 確か昨日、今日は一日予定がないと言っていた気がする。それならば。


 ぐらぐらと、身体が揺れる。
 それでも月琥は頑として目を開かなかった。まだ眠い。せっかくの休日なのだから、心行くまで寝たかった。
「月琥。起きろ、月琥」
 なのに声は容赦なく鼓膜を打つ。しぶしぶ目を開けると、セドナの顔があった。
「何……?」
「料理を作りたい。手伝ってくれ」
 端的な要求を聞いた後、月琥は再び目を閉じた。
「おやすみなさい」
「おい!」
「適当にやればなんとかなりますよ……私はまだ眠いんです」
「自分のためならそうする。だが人へ振舞うものだから……」
 口にするうち気恥ずかしくなってきたのか、セドナの声は尻すぼみになっていく。
「人へ振舞う?」
「和深に、食わせてやりたくて」
「それで、休日にわざわざ?」
 ああ、と頷くセドナの目は真剣に兄のことを思っているようで。
「頼む」
「……仕方ないですね」
 起き上がると、セドナの表情が明るくなった。
「ありがとう。恩に着る」
「いいですよ、別に。兄さんに変なもの出せませんし」
「今さらっとひどいこと言わなかったか」
「気のせいです。それで、何を作るんですか?」
「いや、まだ」
 どうやらまだ考えていないらしい。
 窓の外を見るとよく晴れていて、今日も暑くなりそうな空模様。
「最近暑くなってきましたし……こんな日はカレーがいいでしょう。失敗がないものですし」
「わかった」
「では材料を切って――」
 一通りの説明をし、あとは後ろでちょこちょことアドバイスをするだけにしよう。
 そう思っていたのに。
「それじゃ、大きすぎます。そっちは小さすぎ。きちんと均一に……って、言ってる傍から。武器を扱うのは上手いくせに、何やってるんですか」
「……なかなか勝手が違うのだ」
「ちょっと包丁貸してください。こうやるんです」
 あまりにたどたどしい手つきに、つい手を貸してしまい。
 気付いたら、いつもの癖で全ての準備を終えてしまった。
「…………」
 切られた野菜を前に、セドナはなんとも言えない顔をしていた。
 しまった、と思いつつ、やってしまったものは仕方ないと鍋を用意して次に進むように促すと、やはりたどたどしくセドナは調理を進める。
 ルーを入れ、それだけでは好みの味にならないのでとスパイスの加え方を教え。
 しかし、ここでも。
「違います」
「え」
「兄さんはこのぐらいの味付けが好みです」
「このぐらいか?」
「いえ、こう……あの、ちょっと代わってもらえますか?」
「…………」
「……うん。……うん、こう。これくらいですね」
「……月琥」
「あ。……」
 また、教えずに自分でやってしまった。
「私は、先生には不向きのようですね」
「いや……参考にはなった」
 セドナの言葉が優しさからきているものだとわかって、少しだけ申し訳なく思った。


 今日の昼はセドナが作ってくれる。そう聞かされて早数時間、和深は昼を待ち遠しく思っていた。ふんわりと漂ってきた独特の香りに、カレーだと気付いてからはなお。
 間もなくして、食卓にカレーが並んだ。三人揃ってから、いただきますと声を合わせてスプーンを取る。
「……うん! 美味いよ、セドナ! 味も辛さもすごく好みだし!」
 いつも食べている月琥の料理となんの遜色もない。美味い美味いと舌鼓を打ち、賞賛するのだがセドナの表情はどこか複雑だ。
「? どうした?」
「いや。なんでもない」
「そうか?」
 なんでもないと言うわりに、浮かない顔というか、なんというか。
「もしかしてまだ、納得いく味じゃないのか? こんなに美味いのに?」
「あー……うん。なんだ。まあ、納得は……うん」
 言葉もどうも歯切れ悪い。
「美味いよな? 月琥」
「ええ。美味しいです」
 月琥はというと、なんら変わりなくいつも通りで、それがまた妙な対比を生んでいて奇妙で。
 不思議だなあと思ったが、
(まあ、いいか)
 そう思って流してしまえる程度に、カレーは美味しかった。