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そんな、一日。

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そんな、一日。

リアクション



6


「これだけ天気がいいのに出かけないなんて損よ」
 と、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は言った。
「どこかへ行くですか?」
 窓の外を見るローザマリアを見上げ、シャーロット・ジェイドリング(しゃーろっと・じぇいどりんぐ)は尋ねる。ローザマリアの青い目が、シャーロットを見て柔らかに笑う。
「少し、散歩に行きましょうか」


 向かう先が人形工房だと気付いたのは、家を出て間もなくだった。この間、お使いのため通った道をなぞっているからすぐに気付けた。
「ローザ、ローザ」
「うん?」
「リンスの人形工房へ行くですね?」
「そうよ。よく気付いたわね?」
「もちろんですっ! きちんと覚えていたですよ。だからなびげーしょんもおまかせあれですぅ!」
「ふふ、自信たっぷりなのね。お願いするわ」
 大きく頷き、胸を張って前を歩く。もしも万が一はぐれたりしないように、ローザマリアの手を取って。
 分かれ道が見えてきて、少し悩んだ。あれは、右へ行くのだっけ。左へ行くのだっけ。
「そういえば、あの角のお店。可愛い雑貨があるのよね」
 という、ローザマリアの言葉でふっと思い出す。そうだ、あの時この辺りで素敵な雑貨屋さんを見かけた。それは、ローザマリアの指摘したお店だった。
 迷わず右の道を選び、歩く。ご機嫌な歌をご機嫌に響かせながら。
 いくつかの分かれ道でたまに悩み、そのたびにふとしたローザマリアの呟きで記憶を刺激され、思い出して安堵しては歩みを進める。
 だけど、だんだんとその記憶もあやふやになってきた。どこかで一度曲がった気がするのだけれど、それはあのお店だっただろうか。それともあっち? そもそもそれ以前に曲がり道はあったっけ?
 立ち止まってきょろきょろしたら、道がわかっていないことに気付かれてしまいそうでそれもできず、記憶の迷路でもがいていると。
「……あっ!」
 長い黒髪と赤いリボン。
 青と白を基調としたエプロンドレスの後姿を見つけて、思わずシャーロットは声を上げた。
「クロエではないですかっ!」
 名前を呼ぶと、前を行く少女が振り返る。やっぱりクロエだった。
「シャーロットおねぇちゃん」
 人好きのする笑顔を浮かべる彼女に歩み寄り、さあなんと言うべきか、と頭を悩ませる。
 黙ったままでいるシャーロットを不思議に思ってか、クロエがきょとんとした顔をした。まずい。早く何か言わないと。
「こんなところで会うなんて奇遇ですぅ。だからですね、えっと……」
「?」
「し、シャーロットを人形工房へ案内しやがるといいですぅ!」
 下手な頼み方と共に、空いた手で彼女の手を握る。
 やはりクロエはきょとんとした顔をしていたが、理由や意味を聡く察したようで、くすくすと笑って頷いた。
「そうね! おてんきもいいから、みんなでおさんぽね!」
「そうですぅ! クロエがひとりで寂しそうだったから、お誘いしてやったですよ!」
「ふふふ。ありがとう!」


 いつもより少し時間をかけて、ローザマリアたちは工房に到着した。
「クロエと遊んでいらっしゃいな」
 と促して、シャーロットをクロエの傍に送る。仲良く笑い合っている姿を見るのは、なんだか微笑ましくて和やかだ。
 いつまでも見ていたかったけれど、ここに来た理由は他にもある。ローザマリアは、作業中のリンスの正面の椅子に座った。
「お久しぶりね」
 白々しく声をかけると、リンスが顔を上げる。
「久しぶり」
 返答に、つい吹き出した。会話に乗ったわけでもなくまったくの素で、こう返してくるのだから。
「面白いわね、あなた」
 くすくす笑うと、何が、とでも言いたそうな顔をされた。
「いいのよわからないままで」
 その方が面白いのだから、という言葉は隠して微笑む。はあ、と気の抜けた声がした。
「この前は、とても素敵な衣装を作ってくれてありがとう。本当に感謝しているわ」
 お礼に、と箱を差し出す。
「ケーキよ。フランボワーズのケーキ」
「わざわざ」
 もちろん、それだけじゃない。首を振って、「相談なのだけれども」と話を切り出す。
「靴とか、傘とか、小物類のオーダーメイドは頼めるかしら?」
「小物」
「難しい?」
「さあ。やったことがないから」
「そう……」
「やるだけやってみるけど、市販の探した方が早いかもね」
「いえ。探さないわ」
 やってくれるのなら、探さない。だって彼は、シャーロットのため作ってくれるのだ。それがどうして市販のものに敵うのか。
「よろしくお願いするわ」
「わかった。どんなもの?」
「そうね……動きやすい、それでいてあの娘に似合いそうなものを」
 動きやすいもの、とリンスが唇だけ動かすのがわかった。イメージを作っているらしい。
「あの娘も、クロエに負けず劣らず快活だから。身体を動かすことが好きなのよ」
「なるほど」
「ちなみに最近熱中しているのは、ゴルフ、クリケット――サッカーやバスケットボールは特に打ち込んでいるわね」
「すごいね。たくさん」
「できれば、その辺りの競技で使う感じの衣装も併せてオーダーしたいわ」
「わかった」
 ノータイムでの返答に満足して頷くと、発注用紙を渡された。
 さらさらと記入しながら、「そう言えば」と呟く。
「ずっと気になっていたのだけれども、シャーロットもクロエも、あんなに動き回って関節とか摩耗してしまわないのかしら」
「するよ」
「ああ、やっぱり?」
「うん。だから定期的に診せにくるといい」
「わかったわ」
 心配事がひとつ減った。安堵に息を吐いて、書き終えた発注用紙を渡す。と、リンスがじっとローザマリアを見てきた。
「何かしら?」
「よく気付いたな、って。関節」
「ああ……」
 それは、シャーロットを見ていたら自然と思っていたのだ。
「親馬鹿かしら?」
 苦笑すると、リンスはそんなことないよ、と言った。
 それは、今までに聞いた彼の声で、一番優しいものだった。