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リアクション
間幕 sideD トイレ
「うおおおおぉぉっ!? な、なにが起こったんだああぁぁぁっ!?」
飛空艇に整備員たちの絶叫が響き渡ったのは、改修作業がしばらく経ってのことだった。
飛空艇のトイレから急に膨張した何かが弾け飛び、艦内に無数に溢れだしたのである。
その正体はナノマシン原木。
どー見ても椎茸を栽培するときの原木にした見えないそれが――
どどどどどどどどっ!!
艦内に雪崩れ込み、ナノマシンが各部分の構築再構成を繰り返してしまっていた。
「誰だぁっ! こんな無茶苦茶したやつはぁ!」
「わ、わりぃっ! こんなになるつもりはなかったんだぁ!」
整備便仲間の怒号に謝罪したのは、猿渡 剛利(さわたり・たけとし)だった。
改修のための材料生産ということで、ナノマシン原木を栽培していた剛利だったが、トイレの改修作業にそれをあてがった途端、
コテンッ
と倒れ込み、そのまま何がどうなったか。ナノマシンが急に増殖を繰り返してしまったのである。
ぶっ壊れたトイレから溢れ出た津波(ナノマシンが津波を生産しているのだ)によって、あっぷあっぷと流されていく剛利たち。
その中に、サーフィンよろしく戸板に乗って波乗りする三船 甲斐(みふね・かい)の姿もあった。
「剛利ぃっ! てめぇ、よくも俺様のトイレ改造計画を邪魔しやがったなぁ!」
「誤解誤解誤解っ! 俺はそんなことするつもりはなかったってよぉ!」
甲斐は戸板の上から手を伸ばして、ぐいっと剛利の襟を掴み上げる。ボブカットの髪が可愛らしい、見た目はそれなりの少女なのに、きらんっと見える八重歯と凶暴性むき出しの口調が、とても少女を女らしいとは思えなくしていた。代わりに甲斐のほうが見た目は女の子っぽいのが、皮肉めいて見える。
「っていうか、ト、トイレって普通に使えたんじゃ」
「あほうっ! トイレにはウォシュレットだっ! それ以外は認めん!」
キリッ!
なにがそこまで少女の情熱を駆り立てるのか。とにかくウォシュレットに並々ならぬ熱意があるようだった。
と、そこに――
「ねーねー、ふたりとも」
声を掛けてきたのは、エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)だった。
彼女はポータラカ人である。それまではナノマシン拡散して空気中の塵よろしくふわふわ漂っていたのだが、さすがにこの自体に危機意識ぐらいは持ったようだ。戸板に乗って、二人の間に割って入っていた。
「そんなことしてる場合じゃないよ。このままだと――」
「うるっせぇ! だいたいエメラダ! お前がトイレに原木持っていったら良いんじゃないかと言ったから……」
「あ……」
エメラダが声をこぼしたときにはすでに遅かった。
それに気づいて前を向いた瞬間、剛利の脳天は艦内廊下のでっぱりにぶつかって、ごいんっ、と見事な音を立てる。
「ばーか」
気絶した剛利に呆れながら、しかし甲斐は、どうしたものかと困った。
すると――
「なんじゃい、この騒ぎは」
あくびを噛み締める佐倉 薫(さくら・かおる)が、津波の向こうの廊下から姿を見せた。
「薫ぅっ! どけええぇ! 流されるぞぉ!」
「まったく、揃いも揃っておかしなことをしとる連中じゃのぉ。どれ、一つ――」
薫がその手に持っていた自在刀を抜き放ったその瞬間――
津波の水は、刀の衝撃にぶつかった勢いで、轟然とした唸りをあげて艦内の外へと方向転換。窓を突き破って外に出た水は、薫が作っていた水のライフライン確保用に作っていた溜池に落ちていった。
錬金術を駆使した自在刀の衝撃波である。本来は空気中や地中の水分を集めようと思っていたのだが、ある意味では好都合な結果となった。まあ――トイレの水と聞いたら、飲みたくはないだろうが。
「た、たすかったぁ……礼を言うぜ、薫」
「どうでもよいが、そいつはどうするのじゃ?」
「こんなもん、ここにポイだ。ポイ」
言って、薫が投げ捨てたのは剛利だった。
水の溜池にぼちゃんっと落ちた剛利は、まるで水死体のようにぷかぷかと浮かぶ。
どっかの誰かが引き上げてくれるまで、放置プレイだった。
「さーってと、じゃ、さっさと排水システムも作らねえといけねえし、俺様はそろそろ戻るかー」
「あたしも、作業のお手伝いするっ」
艦内の戻る甲斐に、ついていくエメラダ。
薫は浮かんでいる剛利の水死体(死んでねえ)を眺めて、ぼそっとつぶやいた。
「つくづく、報われんやつじゃのぉ」