リアクション
● ● ● 「ベル……飛空艇ではごめん。私が機晶石にちゃんと気を配っていれば……こんなことにはならなかったのに……」 「気にしないでよ、フェイ。別に、誰かのせいってわけじゃないんだから」 うす暗い退廃の都市を歩く最中、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は苦渋を滲ませた顔で唇を噛みしめた。 ベルネッサはそれを支える。実際、フェイのせいだとはベルネッサは思っていなかった。いや、そもそもは、彼女自身が言ったように、誰かのせいだというわけでもない。機晶石から目を離したのは自分の責任でもある。いまだ自分自身、あの機晶石がそこまで重要なもののようには感じていなかったのだ。父の形見――という、個人的な思いはあるものの、果たしてそれがこの世界にとっていかなるものなのか、浮遊島にとっていかなる価値を持っているのか。 ベルネッサには、まだわからぬのだった。 (……そもそも、無転砲自体、本当にあるものなの?) ベルネッサはそんな風にも思う。あれは誰かの起こした悪戯ではないか。あるいは無転砲というもの自体、なにやらもの凄い超兵器のような気がしているが、実際はそうでもないのではないか。なかなか、現実味を帯びない状況なのだった。 そのことをフェイに話すと、彼女は顎に手をやって唸るような声をこぼした。 「確かにね……。でも、なにかあってからじゃ遅いし、実際に飛空艇は動いたんだし……なにかあるのは間違いないわよ」 「そっか……そうよね。傭兵時代にも父さんから教わったわ。『最善を尽くしておけ』って。フェイの言う通り、なにかあってからじゃ、遅いから」 「――ベルのお父さんって……戦争で亡くなったんだっけ?」 「うん。そのとき、あたしは別のところで戦ってたから、詳しい事はしらないけどね。でも、傭兵ってそんなものだから。いつどこで死ぬかわからない。だからその時のために、悔いのないように生きる。この銃も、そしてあの機晶石も――父さんの知り合いから、父さんが最後に残したものだってもらったものなのよ」 ベルネッサはそう言って、背中に担いでいた銃を見せた。 「名前は――『アマル』。父さんが好きな単語をつけたんだって。確か意味は“希望”だったかな」 「へえ、ベルの親父さん、ロマンチストだったのかな? なかなか洒落た名前じゃんか」 フェイの契約者である匿名 某(とくな・なにがし)が、その話を聞いて同調した。隣にいる恋人でありパートナーである結崎 綾耶(ゆうざき・あや)も、こくこくっ、とうなずいている。ベルネッサはそれに笑みを返した。 「ありがと。ま、父さんの思いを守るためにも、“希望”は消さないようにしないとね」 「そうと聞いたら、私も燃えてきたわぁ……。ちょうど使えそうな銃っぽいのと機晶石も拾ったし、汚名返上で頑張るわよ!」 「って、おぉい、フェイイィッ!? どっからそんな得体の知れないもの持ってきたんだよおおぉっ!?」 フェイが気合い十分というように拾い物を手にした腕をガッツポーズであげると、某が度肝を抜かれた。 「どこって……拾ったのよ。…………そのへんで」 「拾った!? オメェこの異郷の地のアイテムに警戒ゼロ過ぎるだろ! 麦わらの船長か!」 「うっさいわねぇ……。それに私は考古学者派よ」 「知るかぁぁ! お前の好みなんて聞いてねぇぇぇ!」 某が一人で騒いでいるのを、フェイは冷ややかな目で見やる。 すると、ふと気づけば、もう一人のパートナーである大谷地 康之(おおやち・やすゆき)も、なにやら小さな虫のような機械をぶんぶんと自身の周りに飛び回らせていた。 「で、康之もその蜂どこで拾ってきたの!?」 「いや、拾った。…………そのへんで」 「てめぇらは揃いも揃って同じかぁ!」 警戒心むき出しで怒る某に、康之はまったく聞く耳がない。むしろ呆れていて、小指で耳の中をかきほじっていた。 「いや、だって、懐いてきたからさ……」 「なんか懐いた!? おい異生物ぅぅぅ!」 ずざざざぁぁっ! 某は後ずさりして、がくがくと震えてしまった。康之は呆れ果てている。 「違うってよ……。某は警戒しすぎだよ。ほら、こいつ、俺たちじゃいけないところまでいって、そこの映像を送ってくれるんだぜ? ちょいと距離に制限はあるけど、なかなか悪いやつじゃないだろ? 俺たちから歩み寄らなきゃ、異文化交流はできねえんだぜ?」 「オメェらも少しは警戒しろォォ! どんだけ順応してるの! さっきの部族の方々の方がまだ順応してねえよ!」 バルタ・バイ族のことを言っているのだろう。しかし考えてみれば、むしろこれまで混在した様々な文化に触れてきた契約者たちのほうが、遙かに順応能力は高いのかもしれない。無論――例外はいるものだが。 「はぁ…………はぁっ…………なんかもう、疲れた」 だったら言わなければ良いのに――という顔を康之とフェイがしたのは、言うまでもない。 綾耶だけが某に同情していて、ぽんぽんっ、と彼の肩を叩いてあげていた。 「お疲れ様です、某さん」 「もうやだ、あいつら……」 疲れはてた某が膝をついているのは放っておくとして―― とにかくフェイたちは、探索を続けなければならなかった。無論、この後で某に恋い焦がれる綾耶からクドクドと文句を言われるのはわかっているのだが……、それは今は棄て置こう。 「康之……その蜂の玩具(おもちゃ)で、なにかわかった?」 「ああ。ちょっと待ってくれよ。いま映像をこっちに送って――」 フェイに急かされて、康之はさっそくピーピング・ビーと呼ばれる未知の機晶機械の映像焦点(ポインタ)を起動させた。レンズ越しの映像が銃型HCに映し出されて…… 「げっ……」 康之の口から、苦悶を含んだような声が漏れ出た。 「どうしたの?」 「えーっと…………もう、手遅れみたいっす」 ベルネッサにたずねられて、康之が見せた銃型HCのモニタを、仲間の契約者たちものぞきこむ。 そこに映っていたのは、複数の異形の生物たちの姿。その距離――わずか十メートル。 顔をあげると―― 「…………ぴーんち」 異形の生物たちが、すでにベルネッサたちの姿を捕捉していた。 |
||