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【裂空の弾丸】Ark of legend

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【裂空の弾丸】Ark of legend

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第三章 浮遊島の墓場 3

 不可解なことは、いつの世も起こりうることだと理解してはいるが――
「ここは……すごい文明で栄えてたんだろうなぁ……」
 さすがにこれは未知との遭遇だと清泉 北都(いずみ・ほくと)は思った。
 彼の現在居る場所は、墓場と化した都市跡のビル群の中である。崩れきった建物の中に足を踏み入れ、そこにかろうじて残っている文字や文献がないかを探っているのだ。そのほとんどは無残にも元の形をまったく留めておらず、役に立たないといって等しいものだったが――かろうじて、残されているものもあった。
 それが、各部屋のプレートや看板に残されていた文字であった。
 無論、読めるわけではないのだが――似たような古代文字は、どこかの文献でも見たことがある。文字の構成が似ているのかもしれない。そこから読み取るに、ニュアンスとしては部屋の名前を示した言葉のようだった。
「北都……あまり長居しては危ないですよ。ここもいつ崩れるかわかってはいないのですから」
「わかってるよぉ、クナイ。でもほら……こういうのってワクワクしてくるじゃない? サイコメトリで見れば、なにかわかるかもしれないしねぇ……」
 常に真摯かつ冷静な態度を崩さないクナイ・アヤシ(くない・あやし)から言い咎められても、北都は苦笑めいた笑みを浮かべ、飄々とそれをかわすだけで、その場から離れようとはしなかった。クナイはため息を禁じ得ない。無論、わかってはいるのだが――決して北都が危機意識を邪険にしているわけではないと。
 クナイを信頼しているからこそ――北都は調査に没頭できるのだ。
 それに彼の耳には超感覚の犬耳が生えていた。周囲の音や臭いには十分気を配っているし、余計な心配は無用である。これは過信ではなく自信だ。クナイはそうであっても心配にはなるのだが、果たして北都は、いくつかの文字の欠片を目の前に並べるのに忙しかった。
「さ、やろうかなぁ」
 のんびりと言ってのけた北都は、文字の欠片たちへと手を触れる。
 クナイは入り口近くで壁にもたれながら、それを案じるように見守った。何かあれば、すぐに動きだそう――
 北都の手から溢れたのは精神の手であった。意識の触手たちが、文字の欠片である瓦礫から、過去の記憶を掘り起こすのである。
 ぐんっ――ぐんっ――!
 引っかかりを覚えた精神の手はすぐに物体の記憶を見つけ、そこに近づいた。北都の顔に珍しく嬉々とした笑みが浮かびあがった。見つけた。これを引っぱり出せば――
「……っ!?」
 途端、弾け飛んだのは記憶ではなく、北都だった。
「北都! 大丈夫ですか!」
 クナイがすぐに駆け寄ってきて、その身を抱き起こす。北都は呆然としながら、脳裏にフラッシュバックしてきた光景が焼きついているのを感じた。
 一瞬見えたのは、荒れ果てた都市の姿と血を流す人々の姿。
 そしてそれらの人間どもを蹂躙する敵――敵、敵、敵、敵、敵。
 勇みよく戦いを挑む者たちもいたが、その勇気は報われず、都市は死の街と化してしまった。
 この記憶は――
「大丈夫ですか? 北都? 聞こえますか?」
「う、うん……。大丈夫だよ、クナイ。ほんと、大丈夫」
 心配そうに何度も呼びかけるクナイの手をふりほどいて、北都はゆっくりと立ちあがった。一瞬ふらついてしまったのは、あまりにも鮮烈な物質の記憶に脳が揺さぶられてしまったからだ。しかし、収穫はあった。
「……大戦のときってことかぁ……」
「北都?」
「あ、ううん、また後で話すよ。それよりもまず先に……」
 のんびりした表情を取りもどした北都がつぶやいた一言を聞いて、クナイは怪訝そうに眉を寄せる。北都はそれにフォローを入れてから、さっそく銃型HC弐式・Nを取りだした。
「ベルネッサさんに、連絡しないとねぇ……」
 呟いた北都の顔は、なぜか少しだけ哀しげに見えた。

● ● ●


「昔の人は言いました――『つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ』――と」
「つまり、どういうことだよ、オイ」
「要するに――仕事が無くて手持ち無沙汰だったので、時間の許す限り、お墓に向かって、心に映っては消え、移っては消えるはっちゃけた呪唄を、唄いながら陰陽術を叩きつけると、妙に妙に気ちがいじみた開放感が生まれる――ということですよ」
 そう言って、爽やかな笑みを浮かべたのは東 朱鷺(あずま・とき)だった。
「ありゃりゃ、そりゃスゲェや! オレ様、びっくらこいちゃったよ!」
 それに対し、騒々しくもけたたましい笑い声をあげたのは第六式・シュネーシュツルム(まーくぜくす・しゅねーしゅつるむ)である。
 見た目は明らかなアンデットのスケルトンだが、これでもポータラカ人だ。カチカチカチ、と骨をかち鳴らす笑い声をあげつつ、第六式は躍るように朱鷺の周りを駆け回った。
「そいつぁ、やらねばソンソンってやつだな、おう朱鷺♪ カカカカカッ!」
「ええ、その通り。ですから――この説を証明してみせましょう」
 証明、とはいかなるものか?
 言うと朱鷺は、くるくると躍り舞いながら、自らが作りあげた呪詛を言葉に乗せた。

 あくりょーたいさん、あくりょ−たいさん♪
 死霊、悪霊、アンデット、グールにゾンビに、レブナント♪
 陰陽術でMINAGOROSHI♪
 陰陽師の進む道、前も屍、後ろも屍♪
 昼は、屋敷で怪しい儀式♪
 夜は、墓場で屍とダンス♪
 時々、昼間の占いで♪
 良くない結果が出るけれど♪
 そのまま伝えたら罵詈雑言♪
 そのストレスは夜中に発散♪


「アヤアアアァァ! 朱鷺が壊れちゃったネ! ……つまり今は、祭りの最中ネ?」
 そういうわけではないのは明白だが、第六式の理解は常人には及ばない。
「アァァッァァァッー♪ 一緒に躍るネ♪」
 朱鷺と同じように、くるくると舞いながら骨の口をカチカチ鳴らした。

 ストレスはっさん、ストレスはっさん♪
 幽霊、妖怪、モ〜ノノケ、髑髏に骸骨、スケルトン♪
 陰陽術でBUKKOROSHI♪【呪詛】
 陰陽師の進む道、行くも屍、戻るも屍♪
 昼は、屋敷で怪しい儀式♪
 夜は、墓場で屍とダンス♪
 時々、昼間の占いで♪
 良くない結果が出るけれど、そのまま伝えたら有罪判決♪
 そのストレスは悪霊に発散♪


 何気に、歌いながら都市のさまよいし魂たちを浄化しているように見えなくもない。
 朱鷺たちの舞い踊る歌に誘われるまま、暗き空に魂はのぼった。

● ● ●


 ヴェンデッタと呼ばれる滅多に見ることのない戦闘用義手で建物に触れたとき、がらがらと崩れ落ちた瓦礫を見て、精悍な顔立ちの若者は顔をしかめた。
「ちぇっ……なにか残ってるかもしれねぇと思ったが、これじゃあさほど期待できそうにねえな」
 若者――柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、口をへの字に曲げて唸った。
 戦争で滅んだとはいえ、少しぐらいは使えるものが残っていると思ったのだが……。期待はずれだっただろうか?
 周囲を見回す四匹の『影に潜むもの』と共に目を凝らすが、彼らも存在し得ない口を結んだように首を振る。
 収穫がないことに悲観めいたことを思ったよう、恭也はがりがりと頭を掻いた。
 と、そのとき――
「お?」
 恭也が見つけたのは、まるで何か馬鹿でかいミサイルか隕石でも衝突したような、陥没したクレーターだった。
 思わず前のめりになったとき、足を踏み外しそうになる。これだけ大きな規模の破壊力を有する兵器は、そうそう見ないだろう。恭也は戸惑いを禁じ得なかったが、ふと、その視界に映ったものに眉をひそめた。
「ありゃあ……シェルターか?」
 生命体の命を守るための、半球体型をした外殻保護膜が、クレーターの中心に見られる。
 そのとき恭也の脳裏に蘇ったのは、ベルネッサとかいう地球人が話していた“女神の翼”と呼ばれる遺物のことだった。
(もしかしたら、あそこに……?)
 半信半疑に思いながらも――
 しかし恭也は、シェルターのもとへと足を運ぶのだった。

● ● ●


「なぶら殿っ、なぶら殿っ! 早く行くのだ! 時間は吾輩たちを待ってはくれないのだ!」
 廃都と化した街を行軍するのは、高揚した気持ちを抑えきれずにいる守護天使の木之本 瑠璃(きのもと・るり)だった。
 未知なる都市。遺跡。ダンジョン。冒険を好む瑠璃としては、この地には心躍るワードがひしめき合っている。目的の“女神の翼”に一番乗りでつこうと、やる気に充ち満ちているのだった。
 その彼女を追うのは――
「わーった……わーったから、瑠璃。いまいくよ」
「まったく……瑠璃! 先に進むのは良いですけど遊びじゃないんですからねー!」
 素直に背中をついていく相田 なぶら(あいだ・なぶら)と、保護者然としたフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)だった。
 フィアナに咎められながらも、しかし瑠璃は平然とした顔だ。むしろ余計に火に油を注いだ結果かもしれない。
「なぶら殿ー! 早くしないとおいていくのだー!」
 と言って、彼女はダッシュで二人よりも先に向かってしまった。
「もうっ……瑠璃ったら……」
 人一倍危機意識が強く、注意を促すフィアナは呆れてしまっている。
「まあまあ、いいじゃんか、フィアナ。こういうところなら、テンションがあがって当然だろ?」
 そこになぶらは頭の後ろで手を組み、鼻歌を歌いながら言うので、じろりとフィアナの目が彼を睨みつけた。
「……なぶら、あなたもですからね?」
「ぎくぅっ……あぁ、わかってるって。ったく、いきなり説教はやめてくれよなぁ」
「なにが説教ですか! 大体ですね、あなたたち二人はですね……」
 フィアナはくどくどと話を始めた。
 こうなると、長くなってしまうのだ。なぶらは自身の経験上からすでに対策を講じていて、話に夢中になっているフィアナに気づかれぬよう、そそくさと逃げ出すことにした。
 先に行った瑠璃に追いついたところで、ようやく一息つく。
「まったく、まいったよ……なにか見つかったか? 瑠璃」
「まだなにもなのだー……それより、なぶら殿。またフィアナ殿に説教を食らっていたのだ。災難だったのだ」
「それはお前も同じだろ?」
 言うが、瑠璃は自分も怒られていたことはまったく理解していないようだ。不思議そうに小首を傾げるのみだった。
 なぶらはそれに呆れるが――
「…………ま、いっか」
 とにかく今はこの退廃した都市の調査に専念するべく、瑠璃の理解を及ぼすのは諦めた。
 ふいに、天空を穿つような波動音がしたのはその時だった。
「……っ!? なんだ……!?」
 なぶらが顔をあげると、視界に映ったのは巨大なビーム状の線であった。
 いや、違う。まさしくあれはエネルギーの光線だ。この都市のどこかから、溢れ出たエネルギーが一気に空へ向かって放射されたのだ。
「ちょっと! 二人とも、話を聞いていますか……!」
 ちょうどそのとき、フィアナが二人へと追いついてきたところだった。
 いまだに怒り心頭している彼女に、なぶらは言い聞かせた。
「フィアナ! それどころじゃない! もしかしたら、あの光は“女神の翼”かもしれないぞ!」
「……ほ、ほんとですか……!?」
「それじゃあ、さっそく行ってみるのだー!」
 瑠璃が駆け出したのを見て、なぶらもその後を追った。
 今度はフィアナもついてくる。目的の物を見つけた可能性があるとなれば、さすがにフィアナも瑠璃たちを咎めることはできなかった。
 それにしても、なぜいきなりあれほどの波動が?
 なぶらは怪訝に思うが、いまはとにかくその現地へと行ってみるしか方法はなかった。