|
|
リアクション
第三章 浮遊島の墓場 4
都市の中心部から放たれた波動に気づいたのは、なぶらたちだけではなかった。
ちょうど北都たちから報告を受けていたベルネッサも、そのビーム状の放射を目撃したのである。
「ベル……っ! これは……!」
倒壊した建物の屋上から、警戒体勢を張っていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が降り立った。
忍者を自認するのは伊達ではない。素早い動きで隣に立った唯斗に、ベルネッサは眉をひそめた表情を見せた。言いたいことはすでにわかっている。
「……ええ。たぶん、“女神の翼”かもしれないわ」
「早いところ、行ってみよう。もしかしたら敵が先に見つけた証拠かも――」
唯斗が言ったのはあくまで推測の域を出るものではなかったが、運命とは皮肉なもので、上空から小型の機関銃が火を噴いたのはそのときだった。すかさず、ベルの前に飛びでた唯斗が静かなる闘気を放ってそれを弾き、受け止めきれないものは不可視の封斬糸で切り裂いた。
いったい、何者だ? 顔を上げたベルたちの目の前に、小型飛空艇が飛行しているのが見えた。
その上に立つのは――
「フハハハッ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)! 呼ばれてはおらぬが、ただいま参上!」
底知れぬ奇妙な笑い声をあげる科学者だった。
「あんた……! あの時の……!」
ベルネッサは飛空艇を襲ってきた謎の科学者のことを思いだした。あの時は結果的に最後は味方にもなってくれたが、どうやら今回は違うらしい。相変わらず呵々大笑し、若い科学者は眼鏡をくいっと上げた。
「ククク、天上人の言い伝えにあるという『大切な力』! それを手に入れれば、我らの世界征服に役立つに違いない! というわけで、我が部下たち、および空賊の同志たちよ! 奴らよりも先に『女神の翼』を手に入れるのだ!」
ハデスの後ろにはミルバスや小型飛空艇に乗ったり、飛行翼を身につけている無数の空賊たちの姿が見える。その全てがオリュンポスの真っ黒なボディスーツのような戦闘員服を身につけさせられていた。
もっとも、彼らの顔には嫌そうな表情が窺えるが……。
「さあ行け、我が部下たちよ! 邪魔な契約者どもを排除するのだ!」
雇い主の言うことに従わないわけにもいくまい。
空賊とオリュンポスの戦闘員たちが、契約を遂行するためにベルネッサたちへと襲いかかった。
ベルはすかさず長銃(ライフル)を構える。しかしそのとき――
「させないですよ!」
一人の女性が前に飛びでて、凝縮された風の弾を蹴り飛ばした。
パラキートアヴァターラ・グラブが生み出したボール大の風の球体は、まさに風のエネルギーを圧縮されたものである。キーウィアヴァターラ・シューズを装備した足で蹴り飛ばされたそれは、空賊たちの群れを一気にぶっ飛ばした。
「佐那……っ!」
「ベルネッサさん、ここは私たちに任せてください。あなたは早く先ほどのエネルギー地点のもとへ!」
女性は――富永 佐那(とみなが・さな)は、他にも複数の風の球体を空中に生み出しながらそう告げた。
唸りをあげる風の球は、佐那に蹴り飛ばされる度に空賊と戦闘員どもをふき飛ばす。ベルネッサはしばし後ろめたい思いから、足が動かせないでいたが――
「ベルネッサさん、佐那さんの言う通りですわ」
エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が、その彼女にそっと言い添えた。
「エレナ……あなたまで……」
「ハデス博士が来たということは、他にも別チームの空賊がエネルギーの発生源に向かっているかもしれません。こちらは、わたくしと佐那さんに任せて、あなたは早く……」
「でも、それじゃああなたたちが……」
ベルネッサは心配してそう言い淀む。だが、エレナはふと彼女の背中越しの建物を見てほほ笑んだ。
「大丈夫ですわ」
その瞬間、建物の屋上から叩きこまれたのは、巨大な魔法のエネルギー弾だった。
圧倒的なパワーが大地を穿ち、空賊どもを叩き伏せた。その正体は、複数の召喚獣が放った波動砲の集中砲火だ。果たして屋上にいるのは――バハムート、サンダーバード、フェニックスに、不滅兵団を引き連れた、召喚師の若者の姿だった。
「あれは……真人……っ!?」
「遅れてすみません、皆さん。ここからは――俺も遠慮なくいかせてもらいます!」
驚きに目を見張るベルネッサや契約者にほほ笑んだ真人は、次いで不敵な笑みへとその顔を変貌させ、轟然たる唸りをあげた召喚獣たちに空賊どもを蹴散らすよう命じた。同時に、自身も雷鳴轟くサンダーブラストの魔法を放つ。
その間に――
「ベルっ! 遅れてごめん!」
「セルファ!?」
ベルネッサのもとに駆け寄っていたセルファが、近づく戦闘員を槍で叩き伏せた。
疾風とはまさにこの事である。その風迅るがごときスピードに、一介の戦闘員がついていけるはずもない。次々と、セルファの槍は敵を切り裂いていった。無論――相手を気絶させるだけにとどめてはいるが。人の命を奪うような真似はするつもりもなかった。
「……と、いうことです。ですから、ベルネッサさん、遠慮なく……」
「…………わかったわ。必ず、戻ってくるから」
エレナに再度促されて、ベルネッサはようやく重い腰をあげた。
去っていった彼女の背中を見送って、エレナは自分の役目にも戻る。命のうねりを発動させ、佐那の疲れを癒すのだ。風の球体を何度も蹴りぶち込む彼女へと、癒やしの光が送り込まれた。
契約者たちの勢いたるや、見事なものだ。すでに空賊や戦闘員どもはその半数が削られてしまった。
「博士! 博士! ハデス博士! どうします!?」
ハデスと共に飛空艇に乗り込んでいたペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が慌てふためく。
「ええい、慌てるな! ヘスティア! 機晶合体だ!」
「了解です、ご主人様……じゃなかった、ハデス博士!」
これで諦めるようなハデスではない。ペルセポネと同じパートナーのヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)は、ハデスの命令を受けるとさっそく合体の準備を始めた。
「スティアちゃん、機晶合体いきます! パワードスーツを受け取ってくださいっ!」
ペルセポネが飛びだすと、同時に彼女の身体を纏っていたアーマーが解除される。
防御スーツとなったそれはヘスティアの身体に装着された。さながら、見た目はメイド服といったところか。しかしながら、その装甲は様々なパワーアップを施された強化装甲だったが。
「合体機晶姫アーマード・ヘスティア!」
ハデスの教えか。わざわざ名乗り口上をあげたヘスティアは、続けざまに機晶魔銃で契約者たちを狙い撃ちにした。
撃ち込まれる無数の弾丸の嵐。間一髪で避けた契約者たちの姿を見て、ハデスは哄笑した。
「フハハハハハハッ! どうだ、我が合体機晶姫の威力は! 手も足も出まい!」
典型的な悪者の台詞である。
さらにハデスは、ヘスティアのミサイルと共に自ら持ち込んだ巨大大砲の引き金を引いた。圧倒的な火力を有する弾丸がぶち込まれ、盛大な爆発を起こす。
「ククク……やったか……!?」
もはや勝利を確信したような顔でそう言った。
そのとき――
「まだですよ! この……悪徳科学者!」
もうもうと上がった煙の向こうから、佐那が飛びだしてきた。
次いで、彼女が放った風の球体がハデスをぶっ飛ばし、更なる追撃をかけた無光剣の一撃が、その身を切り裂いた。
「マスター!」
思わずペルセポネが駆け寄って、ハデスの身体を抱き留めると浮かびあがる。
空賊が操縦する小型飛空艇へと乗り込み、ハデスは――
「くそっ! 一度撤退だ! ホーティ盗賊団のほうを追うぞ! 向こうの方が楽かもしれん! ……ええい、覚えているがいい! この世界を支配するのは、この秘密結社オリュンポスだということをな! フハハハハハハッ!」
そんな負け犬の遠吠えを吐きながら、部下たちと一緒に撤退していった。
「まったく……なんだったのよ、あいつは」
セルファは相手の自分勝手っぷりにいっそ呆れながら声をこぼす。佐那はすっかり諦めた様子で、肩をすくめた。
「そういう人もいるってことですよ。まあ、まだああやって逃げ帰ってくれるだけ、随分とマシですけど」
「それより、佐那さん。ベルネッサさんを早く追いかけなくては……」
「そうですね。みんな、急ぎましょう……!」
佐那に促される形で、契約者たちはベルネッサの後を追った。
後には――
「うぅ……っ……部下の空賊って哀しい存在だよなぁ……」
「言うな! 俺だってつらいんだ!」
いまだ起きあがれない空賊たちが、泣きながらそんな愚痴をこぼしていた。