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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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第15章 対話の儀式と巫女

 東西南でそれぞれがぶつかり合っていたのとほぼ同じころ。アタシュルク一族による対話の儀式が行われる北もまた、激動の地となっていた。
 氏族長であり対話の巫女でもあるバシャン・アタシュルクにより、まずイルルヤンカシュをこの地へ呼ぶ祈りの儀式が行われた。現れたイルルヤンカシュにはいつものように無数のとりまきのモンスターがつきまとっている。バシャンがとどこおりなくイルルヤンカシュとの対話を行い、鎮めるまで、これらのモンスターをイルルヤンカシュより引き離し、抑えておくのがほかの魔女たちの役目だ。彼らはセイファ・サイイェルの指揮で、それぞれが使役するペリュトン、アンフィスバエナ、フワワ、バーゲスト、パピルサグといった幻獣、魔獣をとりまきのモンスターたちへ差し向ける。彼らが押し戻し、イルルヤンカシュから十分引き離しているのを確認して、バシャンがイルルヤンカシュと対峙したちょうどそのときだった。
「んにゃーーーーっ!!」
 地上に黒く影を落としながら旋回する竜の背中から勇ましいちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)の鳴き声が響き渡ると同時に、白いドクロマークの描かれた爆弾が投下される。着弾と同時に煙幕が吹き出し、強烈な悪臭が周囲に広がっていく。
 粛々と進んでいた儀式の場は、一気に混乱状態へと陥った。
「なんだ、これは…っ!」
「バシャンさまを、は、早く風上へお連れしろ!!」
 涙を流して咳き込みながらも、彼らはバシャンの乗った輿を後方へ移動させようとする。徐々に地へと沈んでいく煙幕の向こうに人影が現れたと思うや、コントラクターの一団がこの場へなだれ込んだ。
「ハリールを連れたみんなが到着するまで、絶対に儀式を完了させるな!」



「神聖不可侵なわれらの儀式の邪魔をさせてはならん!!」
 熱い怒りを感じさせる声があがり、とりまきモンスターを抑えていた魔獣たちの一部が差し向けられた。
 そのなかに、小型犬ほどの大きさの、見るからに毒々しい赤黒い甲殻をまとった凶悪なサソリの軍団がいる。くびれのない胴を包む鎧のような表皮は固くトゲのように飛び出し、関節から赤い体表が見えている。9つの節で分かれた尾部は反り返って、頭の上にかえしのついた勾玉型の毒針を持っていて、そこからぬるりとした液体が甲殻を伝い全身をおおっている。腹側から生えた4対の脚はバラバラに動き、まるでクモのよう。カサカサと音をたてて移動するその動きもあいまって、遠野 歌菜(とおの・かな)は生理的嫌悪感に総毛立つ思いで身を震わせた。
「大丈夫か? 歌菜」
 後ろから月崎 羽純(つきざき・はすみ)が心配そうに声をかけた。
 支えるようにしっかりと両肩をとった力強い手から彼のぬくもりとともに力が流れ込んでくる気がして、歌菜はうなずく。
「うん。大丈夫。ありがとう、羽純くん」
 彼をふり仰ぐと、その後ろにイルルヤンカシュの姿が見えた。
 真珠色に輝くウロコをした竜はその大きな体に見合わぬ繊細さの持ち主で、今はエメラルドグリーンの翼をたたみ、おとなしく座り込んでいる。これから自分に何が起きるのかも分かっていない様子で、さんさんと照る太陽を浴びて気持ちよさそうに背を伸ばし、スミレの瞳を細めて、鳥のような鳴き声で鳴いた。
「羽純くん、私ね、何がイルルのためになるかって考えたの。せっかく目覚めたのにまた眠らされるなんてかわいそうだと思った。でも、だからってイルルが衰弱死するなんていやだから……しかたないのかな、って…。
 だけど、それって今でなくてもいいんじゃない? もう少しああして、青い空とか、太陽とか、緑とか、この世界を楽しませてあげたいの。それに……イルルが何を望んでるか、知りたい。ハリールっていう子がイルルと会話できるっていうんなら、私、代わりに聞いてほしいの」
 ぎゅっと紅焔と月光の槍を握る手の力を強める。
「だから、がんばらなくちゃ」
 嫌悪感を押しやって、一歩前に出た。
 カサカサ、カサカサ、まるでクモの大群のように群れで進んでくるパピルサグを前に、トリップ・ザ・ワールドを発動させる。歌菜を中心として光の円が生まれ、近づくパピルサグを円外へはじき飛ばした。
 彼女に害意を持つパピルサグは1歩たりと光のなかに入ることができず、それでもどうにかして近づこうと円外をぐるぐる回っている。歌菜はそれを確認し、ハーモニックレインを放つ。天に捧げるかのように高らかに、のびのびと歌い上げられた美しい歌声は、周囲に満ちた瞬間魔力の雨と化してふりそそぎ、次々とパピルサグを射抜いていった。
 しかしあまりに数が多すぎて、どうしても撃ち漏らしが出てしまう。それに対処するのが羽純の役割だった。
「イルルが何を考えているか、か」
 歌菜のハーモニックレインに耐えたパピルサグたちを剣の舞によった具現化した剣で吹き飛ばしながら羽純がつぶやく。
 言われて初めて気づいたように、イルルヤンカシュを見上げた。優美で、たおやかで、まるで竜の貴婦人といった風情の竜。
(そうだな。俺も、イルルヤカンシュが何を望むのか、知りたい。そしてかなえられるものならかなえてやりたい)
 うなずき、それが何なのかを知るためにも、ハリールが到着するまでこの場を死守しなくてはとあらためて思う。気を引き締める思いで聖槍ジャガーナートをかまえると、羽純は歌菜と肩を並べてイルルヤンカシュとアタシュルクの間に立ちはだかり、パピルサグを蹴散らしていった。
 2人からそう離れていない場所ではルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が悠然と立っていた。
 こちらが対するは子牛ほどの大きさの猛犬バーゲストである。赤い瞳をらんらんと輝かせ、狂犬のように牙をむいて威嚇のうなりを上げる。その音、まるで雷のごとしだ。大気を震わせ、ルシェンの肌をぴりぴりと刺す。
 しかしこれまで数えきれないほど数多の戦場を目にし、数々の強敵と渡り合い、戦い抜いてきたルシェンにとって、この程度の威嚇などそよ風、児戯に等しい。むしろ、それでこの獣たちは自分をおどせているつもりなのかと思うと、その真剣さが滑稽で、ふっと笑みがこぼれた。
「かわいい子たち。さあいらっしゃい」
 髪を後ろに払い込むしぐさで、そのまま手招きをする。
 挑発されるように一斉に飛び出したバーゲストたちへ向け、武器凶化で能力を増加させた退魔槍エクソシアをふるう。猛獣に囲まれながら牙も爪も一切を寄せつけず、そうやって槍をふるうルシェンは、まるで舞踏を舞っているかのように華やかだ。だれもが目を奪われずにいられない。
 しかしそのあでやかさに魅せられ、目を奪われて引き寄せられるのは人間だけではなかった。
 1つ目の巨人・フワワが、ドスドスと地を踏み鳴らしながらこん棒を振り上げて駆け寄ってくる。
 フガアッという彼らの怒声を掻き消して、猛々しくも美しい咆哮が上がった。
「アアアアアアァァァァァァアアアアァァアアアアアアアーーッッ!!」
 光輝くレゾナント・アームズにその身を包んだアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が突貫し、横合いから殴りつける。機晶ブースターの加速も加わって、フワワはまるで人形のように宙に浮き、はじけ飛んで転がった。
 ジャッと地をすべり、土埃を蹴立てて止まったアイビスは、勢いそのままに次のフワワへ攻撃を仕掛ける。身長は倍はあり、体重など軽く3倍はあるだろう体格差をものともせず、あごを蹴り上げて砕くとともに、胸に回し蹴りをたたき込んだ。
 アイビスの攻撃はそれだけでは終わらない。地に下り立つことなく空へ上がったアイビスは、まるで全身からほとばしらせるようにハーモニックレインを発した。
 放射された魔力の波動に貫かれ、はじき飛ばされて転がるフワワたち。だがさすがに巨人だけあって、頑強な肉体を持っている。よろめきながらも立ち上がり、再びアイビスへと向かってくる。そのうちの1人が大岩を持ち上げ、アイビスへ投擲した。落とすつもりなのだろう。
「アアアアッ!!」
 アイビスはこれをこぶしで砕く。大小の岩となって砕け散り、パラパラと落ちていく石くずのカーテンの向こうから、第二、第三の大岩がアイビスに迫っていた。
「アイビス、避けて!」
 榊 朝斗(さかき・あさと)の声が真下で起きた。グラビティコントロールで操られた岩がアイビスに迫る大岩へぶつけられる。朝斗は次々と周囲の岩――それはアイビスのハーモニックレインでえぐられた地表の岩も含んでいた――を浮かせると、アイビスをねらって投げられた大岩へとそれを打ち上げていく。
「朝斗、こちらへ岩をください!」
 岩の爆発に巻き込まれないよう距離をとったアイビスが何かを思いついたように要求した。それに応じて持ち上げられた岩をアイビスは蹴り飛ばす。岩は投擲しているフワワに命中し、そのまま壁まで吹っ飛ばした。
 戦いのさなか、朝斗はきょろきょろと周囲を見渡す。
 ルシェンがそれに気づいた。
「どうしたの? 朝斗」
「……うん。もしかしてセテカさん、ここにいるんじゃないかって思って」
「セテカさん?」
 その名前を聞いて、ルシェンのなかにもやもやとした、うまく言葉で表せない不快な雲が沸き起こる。それはどうやらアイビスもそうらしい。複雑そうな表情を浮かべていたが何も口にせず、ただ、何かの決意を浮かべた目の光をたたえていた。
「そうね、あるいは彼ならいるかもしれないわ。でも、それはあとにしましょう。今はとにかくここを制圧しなくては」
 アタシュルクやその使役する魔獣たちに比べて、あまりにも今の彼らの人数は少なく心もとなかった。圧倒的に戦力が不足している。とてもほかのことに気を散らしている余裕はない。
「にゃー! にゃにゃにゃー!!」
 そのとき、ラージェスに乗ったちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が強く鳴いて敵の接近を知らせるとともに、セフィロトボウを射た。
 風を切って飛んだ矢は、牡鹿の頭部をふりかざして襲いかかってきていた化け物鳥をみごとに射抜く。クケーーーーッとけたたましい鳴き声を発し、先頭のペリュトンがもんどりうって倒れた。しかし怒涛の進撃は止まらない。
「アイビス、ルシェン、いくよ!」
 ルシェンが闇黒死球を作り出し、群れの中央へ向かって撃ち込んだ。一気瓦解したところへアイビスとともに突っ込み、で切り裂いていく。雄々しく戦う彼らに奮起して、ちびあさにゃんもまた、サイドワインダーで矢を放ち、空から援護を行った。
 かといって、上空が安全かといえばそうでもなかった。
 アンフィスバエナと呼ばれる、尾にもう1つ頭を持つ双頭の蛇竜が地上より飛び立ち、空を埋める勢いで飛んでいる。空で戦っているのはちびあさにゃんただ1騎だ。背中のちびあさにゃんを守るため、ラージェスが氷結と雷電のブレスで孤軍奮闘していたが、いつ撃墜されてもおかしくない状況だった。
 背後に回り込んだ2匹のアンフィスバエナがラージェスのブレスの届かない死角から猛毒を吐きかける。
 それを防いだのは、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)の放ったクライオクラズムだった。
 暗黒の凍気は猛毒のブレスを圧倒的な力で消し去り、さらにアンフィスバエナを捉え、墜落させる。さらにグレーターヒールを傷ついたラージェスにかけ、今にも力尽きてしまいそうだったところから回復させた。
「にゃ?」
 突然ラージェスを包んだ回復魔法に、遙遠の存在に気づいたちびあさにゃんがそちらを振り返る。ちびあさにゃんが自分に気づいたことを知りながらも遙遠は何も口にせず、氷翼をはためかせると、ふいとその場を離れて行った。
 まるで、助けたのは単なる気まぐれだとでも言うように。
「にゅ?」
 飛び去る後ろ姿を見送って、不可解な彼の態度に首をひねりながらも、ちびあさにゃんは再び戦いへ意識を集中させる。
(手を出すつもりはなかったのですけどね…)
 戦いに巻き込まれないですむ位置まで退いて、ようやく遙遠は振り返った。
 アガデでいろいろ見て、耳にしたことを彼なりに咀嚼、勘案し、それぞれ忖度した結果、彼は傍観者に徹することを選択した。
 どちらの味方にもならないかわりに、銀の魔女が目覚めるにしても、目覚めないにしても……たとえ結果がどちらになったとしてもそのことに対する異議は一切唱えない。ただ結果として受け入れ、そしてもしもそのことによってバァルが苦しむことになったとしても、ただそばで支えるだけだと決めてこの地へ来た。
 ただそれでもやはり、友人が苦難に陥っているとなると手を出さずにいるのは難しい。
 しかしそれもここまでだ。
 あとは静観するのみと決意して、静かに地上での戦いを見下ろす。
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)がこの場に到着したのは、そのときだった。
「くっ、遅かった、もう始まっているのだよ!」
 空飛ぶ箒ミランの上でリリは歯噛みする。
「だがまだハリールは来てないようだ。遅すぎたというほどではないさ」
 下の様子をうかがい、状況の把握に努めながらつぶやいた直後、ララの乗るペガサスヴァンドールが飛速を増した。
 アンフィスバエナの群れへ突っ込み、中央で聖騎士槍グランツをふるう。
「はあっ!!」
 下の者たちに向かって猛毒を吐きかけようとしていたアンフィスバエナたちは、その瞬間首を切断された。
「手の届かぬ者しか相手にできぬのか、この卑怯な蛇竜どもめ! そうでないというならばこちらへ来て私と勝負をしてみるがいい! 目にものを見せてくれよう!」
 プロボークを発動させたララの挑発を受け、アンフィスバエナたちが続々と集まり始める。威嚇の声をあげ、バサバサとコウモリ羽で宙を打ちながら、アンフィスバエナはぐるぐるララの周りを旋回し始めた。
「リリ、きみは下へ行け」
 油断なく周囲に目を配りつつ、ララは言った。
「地上はきみが必要だ」
 しかしそうすれば、ララを敵のただなかに1人残すことになってしまう。
 リリは数瞬ためらい、何かを口にしようとしたが、くっとあごを引いてミランを下へ向けた。ララの戦う音を背中に、地上へと飛び降りる。
「黒薔薇の魔導師、リリ・スノーウォーカーの名において命じる。来たれ! ロードニオン・ヒュパスピスタイ(薔薇の盾騎士団)よ!」
 突き出した両手の先、地上すれすれに光の魔法陣が描かれ、リリの召喚に応じて薔薇の文様が描かれた盾持つ鋼鉄の騎士兵団が魔法陣より現れ出る。
 彼らの先頭に降り立ち、リリは敢然と手を振り下ろした。
「突撃せよ! 魔獣どもをなぎ払うのだ!!」