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リアクション
第12章 森の西
空を渡る一団は、遠目からもかなり目立っていた。
アタシュルクの魔女たちもその存在に気づいていたが、彼らにはあいにく戦闘型の飛行系魔獣、幻獣を使役するビーストマスターやドルイドは残っていなかった。戦闘力に優れた魔女たちは氏族長について儀式の場へ向かっているためだ。
「鳥を飛ばせ。セイファ殿にお知らせするのだ。それと、各方位の警備隊にもだ。地上を行く者たちがいないとも限らん。その者たちは決して通すんじゃない」
東カナン領主すら侵せない不可侵の神聖な儀式を、こうも軽んじる者がいるとは。どうすることもできないいら立ちを抱えながらも、東南の警備隊長を務める男は各方面に伝令を飛ばさせる。
しかしすでに独自の連絡網からその存在を捉え、向かっている者たちがいた。
獣の速さで地を駆け、密生する木々を渡り、上空の一団を追う黒装束の者たち。彼らは常に先頭を行く黒い獣、その背にまたがった赤髪の少女を視界に入れていた。
(この距離ならばできるか)
12騎士カイン・イズー・サディクが背中に隠し持っていた毒の塗られたクナイを取り出したときだった。
後方の空から大きな鳥の羽ばたくような重い音がして、カインの真上に影が落ちる。風もないのに小さな枝がポキポキ折れる音、ガザガサと木の葉が揺れる不自然な音に加えて何かが降ってくる音がしたと思った瞬間、ざっと土を蹴立ててリネン・エルフト(りねん・えるふと)が着地した。
「ここから先は行かせないわ」
地を蹴り、走り込みながら抜いたイーダフェルトソードで斬りかかる。カインは刀身の黒い中刀で受けると同時に背後へ自ら跳んだ。
カインは一撃離脱の戦闘方法で、力押しはしない。すぐさま木を蹴り、リネンへ刺突をかける。防ぐリネンの剣との間で火花を散らし、激突した。
すぐさまカインの側近たちが補助に入ろうとしたところで、フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)がナハトグランツから飛び降りて前をふさぐ。
「おっと。おまえたちの相手はこのオレだ。リネンの邪魔はさせねえ」
ひと目で相当の膂力が必要と分かる長大な柄の大斧天馬のバルディッシュをブンと片手で振り回し、見せつける。
足払いをかけるような低い横なぎを避けて散ると見せかけ、3人は一斉にクナイを投げつけた。
「チッ」
天馬のバルディッシュの柄で防ぎ、突貫してきた男の攻撃も柄で受ける。ほかの2人はフェイミィの背後で着地し、すぐさまクロスして散じた。先のクナイを後方に跳んで避けていれば、ちょうどあの位置にフェイミィの体があったはずだ。
「……まったく、相変わらず呼吸のあったやつらだぜ…!」
男をはじき飛ばし、すぐさま横なぎで追い討ちをかける。跳躍でかわしきれないそれを、男は刀の腹でそらした。ギャリッと鋼同士がこすれる音がする。同時に、後方からきたクナイがフェイミィののど横をかすめて地に突き刺さった。反射的、目を閉じた一瞬で3人の姿は消えた。
「フェイミィ!?」
「こっちは気にすんな! おまえはカインを押さえてろ!」
振り返らずにフェイミィは叫んだ。天馬のバルディッシュを両手に持ち、どこからの攻撃にも対処できるようにかまえをとりながら気配を追って視線を走らせる。
3対1だ。しかもここは木々の乱立する森のなかで、フェイミィの武器はかなり分が悪い。気にはなったが、さりとてリネンにもフェイミィを手助けする余裕はなかった。カインは相当の手練れで、しかもここは限られた空間での立体機動を得意とする彼女が最も力を発揮できる場所だ。本気でかからないと、倒されるのはこちらの方。片手間でできる相手ではないのだ。
あらゆる物を足場にして高速で仕掛けてくるカインの攻撃をどうにかはじき返しながら、リネンはくっとあごを引いた。
「なんでこんなことやってるのよ、カイン? みんな心配してるわよ」
返答はなかった。聞こえていないはずがない。答える気はないと思われたころ。
「公務だ」
と短い返答がすれ違いざま返ってきた。
「たしかに今はそうみたいね。でも、私が言いたいことは、分かるでしょう…っ!」
イーダフェルトソードを振り切る。当然かすりもしない。
(……っ、ちょこまかと! だけど身軽に動けるのは、あなただけじゃないのよ…っ)
幾度となく剣をかわし、攻撃のタイミングを読んだリネンは、次と決めた。カインが木を蹴った直後アクロバットを発動させ、自ら空中に躍り出て宙のカインを捉える。虚をついて間合いを崩し、手から刀をからめ抜いたあと、たたき落とす――。
しかしアクロバティックな戦いにおいては、カインの方がさらに上手だった。
刀を手放した手にはいつの間にか鋼糸が握られており、飛ばして枝に巻きつける。糸を用いてリネンの剣の軌道から身をずらしたカインはすれ違いざまリネンのみぞおちに剣柄で深い一撃を入れ、そのまま自身は木の枝へ着地した。
「これ以上おまえに割ける時間はない」
息も困難な激痛に耐えながら、リネンは隠し持っていた女王騎士の銃を抜いた。飛び去ろうとするカインを狙い撃とうとする。しかし彼女がトリガーを引き絞るより早く、いずこからともなく投擲された忍の小刀が彼女の手から銃をはじき飛ばした。
リネンたちは全く気づいていなかったが、松岡 徹雄(まつおか・てつお)が光学モザイクとブラックコートで姿を消し、カインの援護に入っていたのだ。リネンがカインの機動力を削ぐべく放った銃弾は、右のふくらはぎをかすめるにとどまった。
「悪い、わね、カイン」
揺れる視界のなか、パッと散った鮮血を確認した直後、どさりと重い音をたててリネンは背中から地面に落ちた。
(あの女性をねらう者がこんなに多いとはねえ…。ライバルばかりで竜造も大変だ)
皮肉げに思いつつ、足下のリネンを飛び越えていく。
仰向けになったままぴくりとも動かないリネンにフェイミィは目が釘づけとなった。
「リネン!! ――うっ」
生じた隙をついて、3人が同時に跳躍する。
やられる、そう思って身を固くしたフェイミィだったが、3人はフェイミィの頭上を高く越えていっただけだった。けがを負った主の元へ駆けつけることを優先したのかもしれない。しかしフェイミィにもまた、追い討ちをかける余裕はなかった。突き動かされるようにしてリネンの元へ駆け寄り、気を失った彼女を抱き起こす。
「リネン! おい、リネン!」
「……大丈夫。ちょっと、息が詰まった、だけよ」
これが証拠というように、リネンは苦しいながらも大きく深呼吸をしてみせたのだった。
離脱した直後、危なげなく着地したカインは傷の具合を測るように一度右足に手をあてた。
「主。傷はどのようなものでしょうか」
追いついた側近の男がわずかに声に心配をにじませながら問う。もう1人が無言で差し出した布をカインは足に手早く巻きつけた。
「大事ない。かすっただけだ。それより、追いつくぞ。あの小娘を絶対に行かせてはならない」
「――はっ」
ひざを深く曲げ、地を蹴る。痛みが走ったが、すぐに遮断した。痛みは鈍くなり、やがて忘れる。
ハリール・シュナワを殺す――バァルのために。
そのためなら、片足を失おうがためらいはなかった。
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