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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

リアクション

 渡り行く風に海原のようにうねり、さざなみのような葉擦れの音を鳴らす草木に周囲を囲まれたなか、かすかに地を蹴る足音がする。重量というものを感じさせない、常人では聞き分けることのできないそのわずかな音も、PCM−NV01パワードエクソスケルトン越しであれば聞き分けることができる。
 こちらへまっすぐ走ってくる4人の足音を聞きつけて、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)はイーダフェルトソードを抜いた。
「あと数分というところだな。
 リイム、準備はいいか」
「は、はいなのでふっ」
 唐突に名前を呼ばれ、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)はビクっとはねた。
「……大丈夫か? おまえ」
 あきらかに緊張しているリイムの姿に宵一は今さらながら心配げな目で見下ろす。
「今回はおまえがメインなんだぞ?」
 実はガチガチに緊張していたことを気づかれてしまったリイムは桃色の毛にまぎれるように少し赤面しつつも、ブルブルっと振り払っうように全身を震わせると、神狩りの剣を前に向かってかまえた。
「がんばるでふよ〜、リーダー! ミフラグちゃんのためにも、カインさんは僕らが止めるのでふ!」
「よし、その意気だ。気張れよ、リイム!」
 力づけるように笑顔でばんっと背中をたたく。
 緊張するのは無理もないと思った。カインの実力については実際に目にしてきているし、昨夜聞いた話ではそれにさらに磨きがかかっているようだ。だが自分たちならできる。宵一は確信していた。そのために攻守を分けて、作戦も練ったのだから。
 そのとき、ついにカインが視界に現れた。
「やれ、リイム!」
「はいでふっ!」
 潜在解放。黄金の闘気をまとって黄金に輝いたリイムが滅技・龍気砲を放つ。たいして練ることはなく、ビーチボールほどとなった時点で放たれた光弾はまっすぐ道を走り抜ける。真正面からくるそれを、カインたちは跳躍でかわした。
「ヨルディア!」
「はいっ!」
 道の脇に隠れていたヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が姿を現し、間髪入れず群青の覆い手を発動させる。中空にいるカインたちはかわしようがない。しかし木々の上を越えて突如出現した大波はカインの背中すれすれに横切り、津波のように3人の側近たちを飲み込み、押し流した。
「よし。そのまま彼らを近寄らせるな」
「分かっています」
 ヨルディアは3人が大量の水で身動きがとれないうちに、さらにエバーグリーンで周囲のつる植物を操る。
 ここは森のなか。植物は豊富だ。男たちがクナイや火遁の術を用いても、すべてのつるを防ぎきることはできない。四方八方から伸びてきたつるが男たちの手足に巻きつき、またたく間に拘束した。
 その光景を横目に、あちらは問題ないと結論した宵一はカインへ接近し、振り切られた刃を受け止める。2人の間で高く鋼の音が鳴り、2人は幾度となく刃をまじえた。
 カインが先へ進もうとするのを阻みつつ、あくまで防御に徹し、攻撃を受け止め、受け流すことに集中することで、リイムが攻撃に入れる機会をうかがう。
「カインさん!」
 しげみを掻き分け、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が現れた。
「カインさん、もうやめてください!」
 ザカコの呼びかけに、しかしカインは全く反応を見せない。それでもザカコは続けた。
「騎士と暗殺者……いつまでこの様なことを続けるつもりですか? あなた自身はこれをバァルさんのためと思っていらっしゃるでしょうが、今のままでは体よく使われるだけの人形と変わりません!」
 カインの透明に近い水色の瞳がザカコを一瞥する。
「わたしはだれの命令も受けない」
「あなたがこんなことをしていると知ったら、ミフラグさんが悲しむと思われないのですか!?」
「ミフ?」
 カインはわずかに眉をしかめた。なぜいきなりここでその名前が出てくるのか、全く分からないという顔だ。
「彼女はあなたが1人で賊を追って行ったと信じて、本気で心配しているんです!」
 重ねて言うザカコを、カインは見ることもやめた。
 彼女にザカコの言葉は届いていない。彼に対する関心を失ったその横顔に、ザカコは奥歯を噛み締めた。
「……剣を用いなければあなたの心には届かない、ということでしょうか」
 極斬甲【ティアマト】をかまえる。踏み出した足を地につけるより早く、小刀が地に突き刺さった。
「! ――はっ」
 目を瞠るザカコを間髪入れずさざれ石の短刀を手にした徹雄が襲撃する。攻撃は反射的に身を引いたザカコの手のカタールに当たり、奇襲は防がれた。しかし徹雄は一歩も退かず、連撃を浴びせる。
「あなた、コントラクターですね!? どうして――」
 驚きも冷めやらぬまま一撃一撃を受け流しているうち、ザカコはどんどん後方へ押しやられていっていた。このままではやられる一方だ。
 主君ザカコの危機に反応するかのように、木上に留まっていた聖邪龍ケイオスブレードドラゴンがひと声鳴いた。光が取り巻く闇のブレスが徹雄を横から襲う。直撃すれば一灰に帰すような攻撃だったが、疾風迅雷の動きでこれを回避していた。しかし完全には避けきれなかったようで、再び現れた場所で利き腕の肩を押さえている。それでもカインに近付かせはしないというように、ザカコとカインの動線上にその身を置いていた。
 口に出しては言わないが、何を目的としているかはあきらかだ。そしてそれは、決して彼女のためなどではないだろう。
 ザカコのこぶしが震える。
「……あなたたちのようなやからがいるから、物事が複雑化するんです…!」
 向かってくるザカコを待ち受ける徹雄。
 火花を散らして戦う2人からそう遠くない位置では、スキルをフル活用してカインの前進を阻止しようとする宵一の戦いが続いていた。
 らちがあかないと彼の頭上高く越えていこうとしたカインを、歴戦の飛翔術で飛空状態となった宵一の剣がはじき落とす。木の枝に着地して、カインは宵一をにらみつけた。
「おまえたちがしていることは12騎士としてのわたしの公務を妨げている。対話の儀式に乱入するとは、シャンバラ人はこれを国際問題化したいのか」
「行為自体を見るならそうだろうな。しかしこの事件、そこに発展することはあり得ないとあんたも分かってるはずだ」
 不敵に笑って見返す。
ヤグルシの正体がだれか、公にされたら困るのはそっちだ。まさか城仕えの騎士が盗賊のような真似をしていたと国民に知れたら、そのダメージは計り知れない。しかも上将軍、12騎士騎士長の後継者だ。城を揺るがす一大事に発展する。そうだろ?」
 ああ、まったくそのとおりだ。ぎり、と奥歯をきしらせる。
 あのときなぜセテカは正体を明かすような真似をしたのか、カインはひそかに疑問に思っていた。逃げようと思えば逃げられたはずだ。なのにあの場を離れようとせず、わざと爆風に身をさらしたようにしか思えなかった。
 つまりはそういうことだ。セテカはこちらの手を封じ、コントラクター側へ手数を与えるために正体を明かした。
(いまいましい男だ。味方の顔をして、平然とこういうことをする。裏で何をたくらんでいるか知れない……だからあいつはきらいなんだ)
 セテカと組むよう提案したのはネイトだ。ネイトはどこまでこれに関与している? リヒトは? オズは? やつら、何を考えているんだ。ハダド領主家の危機だというのに…。
 バァルの危機。
 こんな所で費やす時間はない。
 跳躍したカインの指には、毒薬が塗布されたクナイがあった。それを雨のように降らせる。宵一はあえてその場に踏みとどまった。
「リーダー!」
「かまうな! いくぞ!!」
 跳躍した直後アナイアレーションを発動させ、爆発的に攻撃力を増加させた宵一の剣が空中のカインの刀を破砕し、勢いのままたたき落とす。その着地点に向かい、タイミングを合わせてリイムが斬り込んでいった。
「カインさん、ごめんなさいでふーっ!!」
 絶零斬が発動し、青白い光を放つ刀身が屈んだカインの背中に向けて振り下ろされる。これを防ぐ刀はカインにはない。
 ギィンと鋼の音がした、次の瞬間。
 リイムの持つ神狩りの剣は、2人の間の空間を一刀両断するように割り入った、規格外的に分厚く巨大な大剣斬撃天帝にぶつかっていた。
 反動でリイムの小さな体は後ろに飛んで、テンテンと転がる。
「リイム!」
 ピンクの毛皮の生き物はチラ見しただけで興味を失い、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)はカインを振り返る。彼女の水色の目がたしかに自分を映していることに満足しつつ、告げた。
「よォ。こんなカスどもに遅れをとるなんざ、らしくねぇじゃねーか。ちょっと見ねーうちに身体が鈍ったか?」
「おまえ…?」
「俺のアバラ折った、あの冷酷さはどうした? 熱くなりすぎだぜ。今のおまえじゃ、この一撃もかわせるか知れたもんじゃねーなあ!!」
 斬撃天帝が振り切られ、カインを襲う。瞬時に距離をとったカインを見て、竜造は片ほおをゆがめて笑った。
「行けよ」
「……?」
「てめーを殺すのはこの俺だ。ここで死なれちゃ俺が困るんだよ」
 カインは真偽を量るように竜造を凝視したのち。ハイネックの胸元に手を入れ、引きちぎった何かを竜造へ投げつけた。
「あ? なんだこりゃ」
 顔に飛んできたそれを反射でキャッチして見る。それは、鎖が通った金貨だった。
「……決してなくすな。きさまには必ず返してもらう」
 それが何を意味する物なのか竜造にはサッパリだったが、その言葉で十分だった。つなぎの胸ポケットに突っ込む。
「俺ァ「おまえ」でも「きさま」でもねえ。白津竜造ってんだ。覚えとけ。
 言っとくが、今のおまえじゃ俺の敵にもなりゃしねえ。今度こんなカスども相手にあんな無様な真似さらしてみろ、俺がとどめさしてやるからな。
 分かったら、いつまでもそこに突っ立ってねーでとっとと行きやがれ!」
 竜造の檄が飛ぶとほぼ同時に、カインの姿は消えた。木の枝にとどまり、何かを見るように木々の間に視線を飛ばしていたが、竜造を一瞥したあと再び消える。
 彼女と入れ替わるようにして木々の間から姿を現したのは桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)だった。
「性懲りもなく、また現れやがったか」
 しかしそれも想定内だ。竜造は驚くこともなく、斬撃天帝の切っ先を煉へと向ける。煉は自分たちの間にはさまれる格好になった宵一たちを見た。
「おまえたちは行け。ここは俺だけで十分だ」
「え? しかし…」
 彼だけを残して行っていいものか。ためらう宵一のそでを、リイムがきゅっと引っ張る。
「リーダー、僕らの目的は、カインさんを儀式の場へ行かさないことでふよ」
「だが……」
 宵一はそれでもひっかかりを覚えずにはいられないようだったが、戻ってきたヨルディアが無言のうなずきでリイムを支持するのを見て、ためらいを捨てた。
「行くぞ」
 3人は煉の横を通りすぎ、カインのあとを追って走って行く。
「止めなくていいのか?」
 動こうとしない竜造に煉が問うた。
「もう遅い。あんなカスに追いつかれるようなヤワな女じゃねえよ」
 腹の底としては、強敵の煉が現れた以上その余裕はないというところだったが、そんなことはおくびにも出さず、肩をすくめてこともなげなふうを装う。
「それより、てめぇこそいいのかよ?」
 追う様子を見せない煉を見て竜造が問う。
「俺の目的はおまえだ。ここで昨日の決着をつけてやる」
 黒焔刀業火を竜造に突きつけ、煉は宣言した。それを耳にした瞬間、竜造は「は?」と吹き出す。くつくつと肩を震わせた笑いはやがて哄笑となった。
「ハーーーーッハッハッハ! こりゃあいい! ついに本音を吐きやがったな!」は、と唐突に笑いを切り、口元をぬぐう。「結局てめえはてめえのこと以外はどうでもいいんだよ。二の次ってわけだ」
「……なんとでも言え」
 明鏡止水の闘気をまとった煉は表情も変えず、挑発には乗らないと一蹴した。
 業火を手に、真正面から斬り込んでくる煉を見て、竜造はニッと嗤う。
 斬撃天帝と業火――2つの巨大剣が真っ向からぶつかり合った。赤い火花を散らし、耳をふさぎたくなるような剛撃の音が2度3度と続く。どちらも相手の技で後方へ退くことを良しとせず、その場に踏みとどまって戦う2人の体には、わずかに身じろぎをするだけで裂傷が走り、鮮血が散った。
 しかし、互いを見据える目の気迫は薄れず、まばたきすらない。ギラギラとたぎる目、静寂をまとった目。それすらも対照的な2人だ。
「おまえは言ったな、敵を排除し、殺してでも守ろうとしているのは同じだと」
 刃と刃を交差させ、力で押し合いながら煉がつぶやく。
「それがどうした」
「俺は、やはり何かをなす為に何かを切り捨てるという考えが気に入らない。あぁ、確かに俺も剣を振るい、立ち塞がる相手を殺したりもしてきた。だがな」
 唐突に煉は力の方向を変えた。
 キィンと音をたて、斬撃天帝がはじかれる。
「それも全ては誰かを、何かを守るため。そのために別の何かを切り捨てたりなどはしない。俺はこの意志を貫き通させてもらう」
 強烈なしびれが竜造を襲った。通常ならはじき飛ばされ剣を手放しているところだが、竜造はそれを強引にねじ伏せた。
 業火を蹴り飛ばし、攻撃を阻むや宙返りで距離をとる。
「勝手にほざいてろ。俺はそうも言ったはずだぜ。てめえがそう思ってる分にゃあ何の文句もねーよ。青くせーこと言ってるとは思うがな」
 せせら笑う竜造を見て、煉はすうっと息を吸い込んだ。ひと息で呼吸を整え、刀を大きく上段に持ち上げる一撃必殺を重視した示現流、蜻蛉の構えをとる。
 “ 私 ”を捨てた滅殺の構えだと、竜造もすぐに気づいた。
「おもしれぇ」
 ぶん、と斬撃天帝を振り回し、大きく足を開いて地面すれすれまで手を落として低くかまえをとる。尋常ならざる威圧感がじわりとにじみ出て、お互いに、次の一撃が決着だと理解した。
(つきあってやろうとするなんざ、俺もまだ少しは青さが残ってる証拠か)
 それも、たまにはいいだろう。
 ふ…、と笑みが口の端をつく。直後、煉が仕掛けた。
 間合いへ走り込むや雲耀之太刀による必殺の一撃が振り下ろされる。竜造もまた、斬撃天帝で斬り上げる。
「うおおらああぁぁあーーーっ!!」
 2人の中央で、ともに己のすべてを込めた、気迫の一撃が衝突し、否応なく2人は同時に背後へはじけ飛んだ。
 したたかに背を打ちつけた木の幹がへし折れるほどの衝撃だった。バウンドし、勢いに押されてよろめいたが、意思の力で前へ出した足で倒れまいと踏みとどまる。2人は、互いを見た。
「竜造」
 戦いをやめた徹雄が竜造の背後に現れる。
「ここまでだね。これ以上は意味がない」
 竜造にだけ聞こえる声で小さくささやく。
 戦えと言われても、もはや満足に戦える状態でないのは竜造も煉も分かっていた。血に濡れた服が肌にはりついているのを感じる。粘着性のある生ぬるい液体が肌を伝い、足元の地面にしたたり落ちて、そこにしみをつくっているのを感じていた。
 満身創痍、内側もずたずただ。ただ相手に無様な様は見せられないと、気力で立っているにすぎない。
 しばらく互いを見合ったあと、竜造は横の木を突き放すようにしてよろよろと動き出した。無言で背を向け、その場を立ち去る。煉も止めようとはせず、離れていく彼の足音をただ聞いていた。