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オークスバレー解放戦役

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オークスバレー解放戦役

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第1章 戦い前夜までに起こったこと


 前回の戦い(オークスバレーの戦い)の終わった夜。北岸周辺の掃討が終わり、生き残りのオークは最北にある本巣へ逃げた、との報が入る。
 本巣を守るのは、キングの遠縁にもあたる一族のバウバウだという。
 風紀委員に属する憲兵科のマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は、早速捕虜となったオークを尋問にかかっていた。
 マーゼンは、二乃砦で戦死せしめた守備隊長がハウハウと名乗ったことから、これらがごく近しい親族……おそらく親子か兄弟ではないか、と推測したのだ。
「言わないというのだな。まあ、察しはついているが……君達には他に聞きたいこともある」
 マーゼンは砦地下の暗い獄につないだオークに、冷たく笑いかける。
 グルォォ、此方を睨みつける、オークの捕虜達。
 マーゼンは更に冷たく睨み返すと、
「アム」
「……」
「さて、拷問の夜の始まりだ」


午前

1‐01 しっぽ娘、犬猫を率い鉱山制圧に一刻を争う

 皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)は、ノイエ・シュテルンの一員として北岸の砦攻めを成功させた後、一人、騎凛らの集う本部へと急行していた。
 夜の内に、現在経理科に属する彼女は、持ち前の手際のよさで、南西分団の現状を計算してみせた。
 その結果によると……戦果が広がりすぎた為、南西分校の予算では駐屯部隊を賄い切れない可能性が高い……ということだった。
 更に……皇甫の思考は回転する。……各部隊配給量削減……現地徴発……民心離反、!! そこで皇甫は算盤を放り出すと、
「騎凛教官は好きですぅ! でも造反はイヤですぅ!」





 翌日、騎凛に面会が叶うやすぐに、皇甫は自らの案を進言に騎凛の部屋を訪れた。
「ああン、……あ、皇甫さんではないですか。おはよう御座います」
 皇甫は寝惚けている騎凛に、昨夜の計算結果と南西師団の置かれた困難な状況を説明した。
「そこで、ですぅ。これを解消すべく、私達のとるべき行動は、鉱山の制圧・確保。機晶石やら貴石の類を入手して、本校への物資増派要請のテコ入れに使う、これですぅ!」
「そうですぅ、……実は、沙鈴さんが鉱山関連の情報を集めて回ると、現地にも行ってい……はっ!! 沙鈴さん? 沙鈴さん、昨晩戻ってなかったですよねっ一緒に温泉に行こうとも言ってたのに」
「ええっと、ですぅ……それは昨日の夕刻の時点で、鉱山を調べに行った人達が戻っていないことがわかって、騎凛教官がすでににゃんこの者を放った、と仰っていたですぅ」
「んー、にゃんこじゃ駄目だったかな」
 本陣付近でも討ち取られた仮面の魔術師の存在も、聞き込みの結果、この峡谷で度々見られたと言い、不気味な要因であった。
「あの能力の高い調査組が未だ報告途絶状態である以上、相当てこずっているものと。
 ここは一手を率いて強行軍で追求し、直ちに鉱山の制圧と確保を」
「んー、うーん」
「本校への増派要請は一刻を争いますぅ!」
「は、はいわかりましたですぅ……!!」
 さて一旦行動に移ると、皇甫は早かった。
 すでに、皇甫のもとには、優秀な使いっぱしり?いや、優秀なソルジャーが、徴発済みであった。
「今回は砦攻めなど……ええっ? 協力しないと煙草の販売ルートを遮断する!? 皇甫氏、そんな殺生なー!」
 昴 コウジ(すばる・こうじ)
 普段から皇甫に物資の融通をしてもらい、煙草から甘味に至るまで嗜好物の販売ルートを握られている彼に、選択の余地は無かった、と言えよう。(もっとも昴の事例などは氷山の一角であり、誰が呼んだか、皇甫が"ギンバイの伽羅ちゃん"と仇名される所以である。)
 それに、ライラプス・オライオン(らいらぷす・おらいおん)
「ギンバイの伽羅ちゃんが手勢を求めている……?」
「彼女には恩義ある身です。主(あるじ)、参りましょう」
 こちらは、主の昴と異なり、自主的に協力を申し出た。
 無論、彼女も、嗜好物の融通をしてもらっているのは同じなのだが。教導団では入手し難いアニメ媒体や、漫画雑誌、等等……
 皇甫の手腕、相当のもののようである。
 そんな皇甫にも、予想できなかったことがあった。
「ですぅ……一手を率いて鉱山を制圧の一手に、にゃんこ部隊が付けられることになってしまったですぅ」
 かくして皇甫は、犬と、優秀な猟犬と、猫どもとを率い、鉱山への道を急ぐのであった。



1‐02 吸精幻夜

 儚げな少女が、オークに口づけを……? するかに見えたが、オークに突き立ったのは、吸血鬼の牙。
「グァァ!!」
 マーゼンのパートナーである彼女、アム・ブランド(あむ・ぶらんど)。「吸精幻夜」と呼ばれる吸血鬼に伝わるその妖しい技は、血を吸った相手の精神を幻惑させてしまう。
「……」
「さてでは問おうか。本巣を指揮するバウバウは、戦死した君達の守備隊長ハウハウの親子、……兄弟、なのだな? 確か、か?」
 オークは虚ろな目で頷く。
 グルァァァ……他の周りのオークが歯を剥き出し威嚇を示している。
「君達も味わいたいようだな」
 グ、ググ……
「そう、静かにしておればいい。では次の問いに答えよ。君達オーク族にとって、最も屈辱的な、……の方法を」





 深夜。皇甫が算盤を弾いていたのと同じ頃の出来事なのだが……
 手荒に埋葬されたオーク戦死者達の墓。
 そこに、墓を掘り起こす男……マーゼンの姿があった。
 しかし、先ほどの冷徹な彼とは少し変わって、この汚れ仕事を率先して行う彼の目は真剣であり、どこか澄んでいるようにさえ見えた。
 彼の頭には、友であり、彼らノイエ・シュテルンのリーダーであるあの男の姿がある。あいつには、決してこんな仕事はさせない。これは私の仕事だ。……彼は黙々と掘り続ける。

 その傍らには、樹に寄り添って立つアムの姿。
 (汚れ仕事に手を染めるのは私だけでいい)……彼はそう厳しく言ったけれど。
 マーゼン……闇の中、彼女はただそっとマーゼンのことを見守っている。彼女には、こんな作業をする彼がどこか悲しげできれいなものとさえ見えているのだった。



1-03 軍議

 砦の最上階の会議室で軍議がもたれたのは、翌日の午前中のこと。
 武官らを前に、騎凛が作戦を述べているところ。明日の、本巣総攻撃に向けての軍議だ。
「……埋めてしまい、地上からオークを追い払うことができればわたし達教導団の峡谷支配に向けての一歩は達したことになると思います。
 どうでしょう?」
 すぐ様、レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)が立ち上がり、発言する。
「確かに、本巣砦の入口を埋めればオークを地上から放逐出来るでしょう。
 ですが白蟻の巣の上に家を建てる者が居りましょうか。手緩い、と考えます」
 冷静ながらも、語尾が強くなる。少々たじろぐ将校達。彼の率いる獅子小隊は、オークスバレーで敵の砦一つを陥落させている。勢い盛んな若き士官候補生だ。
「わたくしめも、奴等を徹底的に排除しておくがよろしいかと。敵陣深くに入り込もうというその役目、獅子小隊にやらせてはどうか」
 今回掃討を任されている部隊長レーヂエ。レオンハルトは、彼に獅子小隊による本巣地下迷宮への追撃戦の申請を提出している。
 総司令である騎凛を真っ直ぐ見つめると、
「我々が地に潜む豚共を排除してお見せ致します。御許可を」
「ふん、」レーヂエの持つ申請書を取り上げると、ゾルバルゲラ、「獅子小隊か。ふん、左門からなあ。フハハ、よいだろう。獅子小隊、図に乗るでないぞ。オークはオレが殲滅してやる」
「オークの矢を突き立てたボートで逃げ帰ってきたのは何処のどいつだ。お前の出番はもう終わりだ、下がってな」レーヂエと、ゾルバルゲラ、睨みあう二人。
「何。……フハハ、まあいいだろう。今回、このオレにもとっておきの部隊があってな。そいつらを右門から投入させる。やつらはいわば龍……フハハ。せいぜい食われぬように致すのだな、シャンバラの獅子さんよ」
 ゾルバルゲラはつかつかと会議場を出て行った。
「騎凛隊長、御許可……ん?」
 騎凛はすでに、となりのテーブルに移り、(お金がないのでお金がないので)の辺り。
「よいよい。軍議を続けようぞ」
 騎凛のパートナーゆる族であり、副官のアンテロウムが言う。
「では獅子小隊は見事オークを殲滅してみるがよい。
 他に?」
 参謀科のクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)が静かにきり出す。彼のノイエ・シュテルンもまた、前回の戦いにおいて火計で砦を落とした。
「一般に、充分に防御された要塞の攻略には防御側の十倍の戦力が必要、と言われる。武器の性能の差を計算に入れたとしても、南西分団の現有兵力では正面攻撃で陥落させるのは困難である、と私は考えます」
「そうなのだ。思えば我々のもともとは、辺境を転々としてきた小部隊だった。それがようやく寄る辺を持つことができた。だがまだまだ兵力も金もない。この戦いには、我々の今後がかかっておる……南西分団が正式に第四師団として立つための」
「しかし、私にお任せを。本巣の守備隊長はバウバウだと聞いております。策略を用いて彼の者を城外に誘い出し、討ち取る。それにより、城兵の指揮系統を崩壊させ、士気を大幅に低下させてみせましょう」
 柔らかな物言いであるが、自信と、意志の固さを窺わせる。
「私ロンデハイネはこの度、兵站の管理ゆえ出られぬが、旗下を兵力として出撃させる」
「ふむう。では、本巣攻め。クレーメック殿の策に期待するか」
「確かに。ありがとうございます、アンテロウム副か、……ん?」
 アンテロウムの首がくるっと百八十度回転し、「そこで更に一つ、気になることであるが……」彼もとなりの机の話し合いに移動していった。隣のテーブルではハーフオーク云々という話が繰り広げられているようだ。
「おっほん。ではここからは、このパルボンが軍議を統轄致す。貴君ら自由に発言したまえ」
「騎狼部隊より、イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)であります。騎狼部隊の行動計画について、」
「却下じゃ」
「……」
「ほほ、嘘であるぞ、イレブン。とにかく、この戦の趨勢は、騎狼部隊の最初に一撃にかかっておる。よいな、その責任をとるのは、イレブン、おぬしであるぞ。うんうん、言いたいことはそれから聞こうぞ。イレブン! 騎狼部隊を率い、いざ出撃であるぞー! わしは、後方でわしの小姓を可愛がって、いや騎狼どもを世話しておらねばならぬ任務がある。
 さあ軍議は終了じゃ。アンテロウプ、わしらも行くぞ」
「ええい者ども、軍議は終了じゃあ、さあさあ、明日の出撃に向け、各々準備に移るのじゃあ!」



1‐04 軍議のあとで

 武官らが出撃の最終準備に向けて出払うと、砦最上階の会議室は、とても静かになった。
「エ〜〜ン……軍師となられる筈でした戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)さんがいらっしゃらずに、私とても不安です……」
「あ、あの。騎凛? 俺が……」歩み寄ろうとする、久多 隆光(くた・たかみつ)、……の前に、
「わてがいるであります!!」
 マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)だ。
「こ、このお方は……?」
「ハアアア! 俺様のクルトガで!!!」
「はっ。あなたはブラッディ・マリー……」
「それに、カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)ちゃんもとい、大軍師カナリー様もいるんだからっ」
「はい。では、大軍師カナリー様の策を述べて頂きましょうか」
「その前に」マリーはどん、と、会議室の上座にいる騎凛の前に立ち塞がり、
「沙鈴とジャックが帰ってこないであります」
 騎凛は、どんと聳えるマリーの大きなおっぱ、胸を見上げ、
「そうなんです……実は、初日は、勝利に終わったもののまったく戦況の把握に手が回らず、事実上行方不明となられている方が数名。これにはですね、先ほど、しっぽ娘と犬猫を」
 マリーは強引に続けた。
「はあ? 何を仰っているでありますか? とにかく、きっと鉱山地帯には帰ってこれない事情があるのであります。そこでわいは……」
 マリーの提案は、北岸の一乃砦を攻めている特殊部隊から兵を抽出し、鉱山へ向けさせるというものだった。(更に、現地では、マリーの手による者たちがすでに放たれ、動いているという。確かに、にゃんこの者よりはあてになること間違いないだろう、何と言ってもブラッディ・マリーの息のかかった者であれば。)
「代わって一乃砦はわてマリーが制圧する!」
「し、しかしですね? 一乃砦の特殊部隊は……」
 どん。騎凛に距離を詰めて迫るマリー。鋭い顎鬚が、騎凛の小鼻をつんつんと突付く。
「ああっゴメンなさい、ではマリーが直接、一乃砦にいって見てきてくださ〜い」
「フン。では、兵100程は借りていくであります。これはもう決まったことであります」
 マリーが出て行くと、会議室は本当に静かになった。
「ふっ。久多だ……いや、あのな。騎凛」
 久多は、今日は幾分以上に、まじめな面持ち。
「俺は、軍師というわけにはいかないかもしれないが、とにかく、貴女を守る」
「……今回は、皆様まじめみたいです。わたしも、まじめにいかないと怒られてしまいそうです」
「ああ、少なくとも俺はまじめだぜ」
「では?」
「あ、では。俺の策を述べる、述べさせて頂きますよ……?
 敵も必死であり、現在劣勢とまではいかないが、押されているとは感じているはず。
 そういうときに考えられることの一つが、……
 ……ってなんか合ってないか、こういう俺?」
「いえ。わたしはいいと思いますよ?」
「そうか。……ええと、そういうときに考えられるのがだな、指揮官に狙いを絞って、作戦系統自体を乱して、命令が上手くいかなくする事。
 他の隊長達は、多くの兵士達と共にいるからまだ良いが、……騎凛のとこには、だから、俺が残りたいんだ。……これでいーか」
「あの、ほんとうに頼りにしています、久多さん……」
「あ、ああ。騎凛……」
 開け放った窓から差し込む峡谷の陽射し。会議室は、さりげなくなんとなく、静かだった。

 ユハラ、「……」。