リアクション
* ハーフオーク達が、ざわつき始めている。 魔術師ジエルタは、鉱山の暗がりの中から、人間らしき女が三人、堂々正面から歩いてくるのを見た。 どうやら、自分をここの魔道師を束ねる者と判断したらしい。こちらへ向かってくる。敵意は感じられない。 「女。何を血迷って此処へ来た。酷使されるハーフオークの贄として供されにでも来たかね、ファハハ……」 女は、メニエス・レインと名乗った。 「鉱山に、教導団の調査が入っているわ」 教導団、と聞き、ジエルタの眉がぴくと上がる。 「……それで、女、貴様は何者だ。何故、ここへ来た」 「あたしも、教導団の命でここへ来た、」 ジエルタのワンドがさっと動く。 「まあ、そう焦らないで。あたしはこの通り、イルミンスールの魔法使いで、協力するふりをしてきただけだし、それに教導団のことは快く思っていないわ。 あたしの後ろにいる、こちらは忠実な従者のミストラル。 で、こちらが、」 と言って、メニエスはロープで腕を縛った沙鈴を引き出す。 「あなた方への手土産よ」 教導団の軍服…… ジエルタは沙鈴を舐めるように見、 「ほう……」 再びメニエスに視線を戻す。 「貴様の望みは何だ」 「機晶石」 「……フン。成る程」 「で、どうする? 教導団はそこまで来ているわ」 「逃げるさ。ブツさえあれば、ここにもう用はない」 「教導団の陣取っている位置だ」 メニエスはジエルタらの勢力に協力を申し出、地図を囲むと教導団の陣地を描き、メニエスはそこから最も遠いルートを示した。 「だがこれくらいで、貴様に分け前をやることはできぬ。 我等と共に、教導団の包囲を抜けてもらおう。我々に忠誠を示すのだ。 その上で、撲殺寺院の教祖様に、お目通りしてやるとしよう」 「ミストラル様……?」 「いいわよ。ククク」 「ファハハ。見たところ、貴様もなかなかの使い手のようだ。 お互いこれを頼りに生きてきた者なれば。銃火器頼みの教導団連中なぞ、我々の生み出す魔法の渦へと沈めてやろうぞ」 ジエルタはワンドをくるくる回し、にたりと笑う。 「望むところだわ」 「メニエスよ。来な。 その者は牢へつないでおけ」 5‐03 集落で ところ変わって、東の集落。 峡谷の商店街を有する集落に興味を抱いた佐野 亮司(さの・りょうじ)は、戦いのあった翌日も、そこを訪れていた。 また、地球からやって来て、パラミタ一の商人をも自称する男の噂を聞いて、集落でかつて商いをやった者らも、佐野のもとへ集まるようになった。 「この戦いが終わり、オークがいなくなれば、鉱山やこの地域の特産品や、温泉目当ての人達がやって来ることになるだろう」 文明や開発等を望むことなどない、戦のみを好むオークに代わって、教導団が峡谷を動かしていく、というそのことが彼らにとってまず大きい。 「人が集まれば金や物も集まる。金や物が集まればまだ人が集まる」 佐野は、復興への道筋を、住民達と、語った。 この佐野の言動は、戦いを前に、ただただ不安な気持ちで待っていた人たちを支えることにもなる。 一人の若者が商人として、実際に住民とこうして接することで、教導団となら、協力し合いこの峡谷を発展させていけるのでは、と思う者もいた。 また、今、地球との交通により発展を見せる空京との連絡も遮断された地域であったので、佐野が空京から仕入れてくる物品を、彼らは珍しがったし、長く途絶えていた交易が復活するということ自体も、彼らにとって嬉しいことだった。 鉱山や温泉の開発となれば、技術も持ち込まれることになる。 佐野は何より行動力を発揮し、この戦い以降も、空京とこの南西部の峡谷とを行き来し、自ら仕入れた加工品・嗜好品と地域の特産品とを取り引きする等、地域の発展に寄与することになる。 * 佐野は、交易等との話の他にも、積極的に、集落の人々の話す内容に興味を傾けた。 そうする内に佐野は、夕刻、同じようにパラミタへやって来た若い学生だという女の子が、集落を回っているという話を聞いた。 実際、日の暮れる頃に、その子と出会うことになる。 「蒼学の、女の子がこんなところまで一人で来たのかい? 俺は、教導団の佐野。佐野亮司。 ここはもうすぐ、戦いになる地だぜ。 俺はこれでも教導団のソルジャーだし、闇商人と呼ばれる(本意ではないが)くらいだからいいけど、気を付けて回らないと、どこにふらふらと手負のオークが迷い込んでくるかわからないし、危険だぜ?」 「えっと……まず一応、僕は男だよ。佐野さん、だね。はじめまして、よろしく。 僕は神和 綺人(かんなぎ・あやと)だよ。 それに、僕だって、武術の心得があるから(本当は魔法使いの家系なんだけど……)、ちょっとくらいのことなら大丈夫。 でも、まだこっち(パラミタ)へは来たばっかりだから、あまり力は発揮できないかもしれないけどね」 「それに、私がついていますから、……あ、私は……」 初対面の人が苦手で、二人の話を距離を置いて聞いていたが、神和のパートナー、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)だ。 儚げな印象を与える、ヴァルキリーの女性だが、実は神和よりも怪力だという。 「僕は、この峡谷独自の文化や伝承を探しに来たんだ」 伝承、……と聞いて、佐野は、はっと思った。 「ちょうど、教導団がこの峡谷へ入ってから、少しでも攻略や支配の手がかりを掴もうというので入手した話っていうのが、土地の伝承に関わっているものらしいな。ちらっと聞いたんだけど」 今や日も暮れて、辺りは暗くなったので、佐野はとりあえず二人に、近くの酒場にでも入ろうかと促した。 「あの……佐野さんは、戻らなくていいのですか? 教導団の本部とか宿舎とかあるのでは……」 「俺、闇商人だから(不本意だけど)。 いいんだよ、そんなことは気にしなくても」 「アヤ、私こういうところやっぱりちょっと苦手です……知らない人ばかりが話してて、って、あっ」 話すそばから、クリスの隣に、じいさんが腰かけて、話しかけてきた。 「よっ。美少女ふたり相手に、何話してんじゃなっ闇商人の兄ちゃん」 「えっと……一応説明をしますけど、僕は男……」 「……あ、あの、お知り合いの方で……?」 こっそり椅子を離しつつ、佐野に聞くクリス。 「ああ。……今日会ったばかりだけど。 じいさん、この土地に伝わる伝承のことって言ったらわかる?」 「こないだ、教導団の連中も聞いていったことじゃろ? " ヒラニプラ南部に眠りし四体の機晶姫。火,闇,蛇,夢の力を秘めたる機晶石を司る。古の戦にて人に加担し強大な力で魔を滅し後、暗き鉱山で再び眠る "……」 「そうなんだ。実は、子ども達の歌に出てくるのも、その火とか闇とか蛇とか夢とか、石がどうたらこうたらってのがやたら多いんだよな」 「わっ。びっくりした」 またいきなり、クリスの真横にどんと座っているのは、カモノハシ……のぬいぐるみ(ゆる族)。しかもどこかおっさんぽい。子ども達に気に入られているので、佐野に連れて来られ、日中ずっと子どもの相手をさせられていたジュバル・シックルズ(じゅばる・しっくるず)なわけだけど……。 神和、クリスにとっては全く未知のこの生きものは淡々と渋い声で話しつづける。 「童謡なんだけど、火が山を割って谷ができたとか、鬼の夢の中に入って幻の国に辿り着くだとか、内容は大体が不思議な昔話だとか、怖い童話とかみたいで、……」 「あ、それ覚えていきたい!」神和が立ち上がった。 「わ。おっさんおどろいたで」ジュバルが目を点にする。 「歌いたいんです。僕が歌うとよくないこと起きるけど」「っておいおい。おぬしなかなかおもしろいの」…… 5‐04 機晶石を狙う者達 そして、この伝承の機晶石を入手しようと、独自に狙いを定める者達…… その一人…… 先頃、教導団の他に峡谷入りし、件の魔道師等とは別に勢力を築き上げようとする者があった。 朱 黎明(しゅ・れいめい)。 ドージェの力を信奉し、ドージェ信仰者となったパラ実生だ。黒スーツと眼鏡を着用したその姿は一見、パラ実生のイメージとは一線を画す。 「フフフ……。ドージェ信仰者として、金 鋭鋒の治める教導団に強大な力をもたらすであろう機晶石……渡すわけにはいくまい」 朱は、彼に信頼を傾けるパートナーネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)を連れ、廃坑の近くにまで、やって来た。 自身の事が知れないよう、すでに情報撹乱を用い済みである。 「主人。どう致します?」 「フフフ、利用できる者は利用させてもらうとするさ、たとえ他校生であれ同じパラ実の生徒であれ、オークであれ、な」 「オォォォク!! 黎明サマ……」 彼は買収したオークどもを率い、鉱山近辺に展開した。 * 「お姉ちゃん、ここせまくて暗いの……なんだかこわいの」 「未羅ちゃん、もうちょっとの辛抱だから」 すでに鉱山内部に潜入しているのは、 "機晶姫の整備・改造始めました" ――空京に、そんな看板を掲げている「アサノ・ファクトリー」の機晶姫の修理屋こと朝野 未沙(あさの・みさ)だ。 「お姉ちゃん、あのブタさん達なんだかこわいの」 「未羅ちゃん、大丈夫大丈夫。オークの数が増えてきてるってことは、目的の場所も近い、ってことだから」 機晶姫の専門家として、いち早く、珍しい機晶石の情報をキャッチした未沙。 機晶石を奪取し、研究の為、自らの機晶姫であり愛する妹である、朝野 未羅(あさの・みら)に取り付けてあげようと考える。 探索に入用な道具は、アサノ・ファクトリーの様々な工具を持ち出し、鉱山の道をクリアしてきた、後は…… 「いたわね。仮面とフロシキの、いかにも怪しい人影発見。 ……あれ? 未羅ちゃん? 未羅ちゃん、どこ……? ……!!」 「ねえねえ。おじさん、仮面のおじさん? おじさん、誰なの?」 5‐05 ジャック・フリートの冒険 相対すこととなった沙鈴、メニエス。 ここに、彼女たちとは全く別のルートで鉱山に向かうことになった者がいる。彼女らが対峙していた折、鉱山近くの集落でもてなしを受けてくつろいでいた者…… そう、ジャック・フリート(じゃっく・ふりーと)だ。 彼は機晶姫のイルミナス・ルビー(いるみなす・るびー)と共に、謎の集落に迷い込んだ彼。 長老や村の人々に引き止められ、そこでそのまま一夜を過ごすこととなり、しかし彼もまた翌日には、自らの意志で、鉱山に入り込むことになる。 そして彼も、あの伝承と同じ内容の古い歌を、この集落の夜に、長老から聞かされていたのだった。 * 鉱山内部の、かつての通路だろうか、今は使われていない細い窪みから、眼下に見下ろす。 少しずつ慌しくなる彼ら、掘り集めた鉱物等を、運んでいる。これも話の一節にあった、ハーフオークの者たち、だろうか。 それから、 「あれが、機晶石……ということになるのか? ならば初めて見るが」 「食べられる?」 「食いモンじゃない!」 「ぶ〜」 なるべく、争いは避けようと思うが。 しかし、あのハーフオーク達を操っているらしい、怪しい仮面フロシキ、もし邪魔をしてくるようなら、あれはどうにも厄介な相手になりそうだ。 そう思いつつ、ジャックは、暗い鉱山の道を、もう少し奥へと進んでみることにする。……イルミナスの鼻を頼りに。 * さて、この後、物語は再び、決戦を迎えようとしているオークスバレーの戦場に向かうことになるが。 5‐06 にゃんこの国の女の子 ここは、西の集落。シャンバランのヒーローショーが行われたところでもある。 住民達に涙の別れをしシャンバランが去ったこの集落を、今日は一人の小さな女の子が訪れていた。 イルミンスール魔法学校から、この土地にやって来た、セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)。シャンバラの生まれであるウッド・ストーク(うっど・すとーく)も一緒で、彼は夢見がちな彼女の保護者代りといったところでもある。 ここは、先日の戦いの折、教導団の相良伊織によってコンタクトがとられ、また、シャンバランのショーも行われたことで、復興に向けての新しい風が吹き始めている。住民達は、オーク支配によって疲れ果てていたが、この決戦に片が付けばそれも少しずつ癒されていくことになるだろう。 セレンスはその持ち前の元気さで、復興に向けて動き出す人々を励ましていた。 「ねえお姉ちゃんもヒーローなの? シャンバランみたいにオークやっつけるの?」 「そ、そうだよ! もしオークがやって来たら、ボクが魔法でやっつけてあげるからっ!」 独特な民族衣装を着たウッド・ストークにも、子ども達が集まっている。 「おう、俺はおまえらとおんなじで、パラミタの生まれなんだぜ? 地球を旅してたこともあるけどな」 「おう、おう! お兄ちゃん、かっこいいな? その槍でオークやっつけるの?」 そのとき、騎狼に乗った教導団らしき者が、一隊を率い、集落へやって来た。一人は木刀を持っている。 「ええ、南部方面の警戒にあたっている教導団の橘 カオル、だ。 先ほど、南岸の砦にオークの小隊による奇襲があったため、規模は小さいので心配はないと思うが、念のために周囲の警戒を強めている」 「鄭 紅龍だ。南の森ではオークの残党が集まっているが、すでに攻撃が開始されており、間もなく掃討されるだろう。本巣の方もだ。 逃げてくるオークなどいるかも知れぬ。しばらくの間、あまり、出歩かないようにしてくれ。 皆、この戦いに勝利できれば、この峡谷はオークの支配から解放される。じきの辛抱だ」 それを影から覗いていた、セレンス、 「わあ、あの人かっこいいなあ女の将校さん?、なのかなあ。ああ♪ パンダさんだあ」 教導団の者は、住民に注意を促すと、去って行った。 そして、 「キャー! にゃんこよ、にゃんこよ」 にゃんにゃん♪ にゃんにゃん♪ ミャオリ族の部隊も足並みそろえて、かけ声勇ましく(?)、それに続いて行った。 それを見送る、ウッド。 「間もなく、戦いが、か…… 俺も前線に出たかったが……うちの姫さんは目を離すと危なっかしいからなぁ。 俺一人で来ても良かったが……」 と、セレンスの姿が見当たらない。 「って、おいおい。言った側から……どこ行ったんだ! セレン!」 * 「ここはどこかしら? とても殺風景な場所に着いてしまったわ」 にゃんこの足は随分速いようで、騎狼を駆る教導団に徒歩で追従しずんずん進んでいってしまった。 にゃんこを追い、一人、残されてしまったセレンス。 ここは、奇襲のあった南岸二乃砦の近くだったが……それを見つける、木陰に隠れていた手負のオーク。 きょろきょろと辺りを見回すセレンスの後ろに、しのび寄る…… 「ムスメッコ。ハケーン……」 振り上げる斧、に気づいてとっさに何とか交わすセレンス、 「キャー! エンカウント!!」 初めての敵に、自分が魔法を使えることすら忘れ、泣き叫びながら逃げ惑うセレンス。 「きゃあ! 助けてー!! いやーっ!」 その幾らか後方で、セレンスの足取りを追っていたウッド。木立の向こうで、叫び声があがる。 「っと。困った姫さんだ。何かやらかしたかな? むっ」 セレンスを追いまわすオークを発見。すぐさま槍を投げる体勢に移る、ウッド。 と、木の上から下から、飛び出す新手。セレンスとオークの間に立ち入る。 「ん? なんだ?」 「ハー!」「ハー!」「逆ヴィの字でござるニャ!」 砦の外で警戒にあたっていたミャオリ族の兵だった。 「ォォォォォォク、ドサッ」 「やるじゃないか!」 駆け寄る、ウッド。 「キャー! 可愛いわ! キャー! にゃんこさん、にゃんこさん、ありがとー」 「セレン! あのなぁ、にゃんこさん達がいたから、いいけどなあ……俺を置いていくな?! それに、心配したんだ。 魔法を使うことも忘れて……」 「あっ。そうか……ウッド、心配かけてゴメンなさい……」 「帰るぞ。にゃんこさん、ありがとな?」 「ドイタシマシテニャ」「ドイタシマシテニャ」「オリ達、ミャオレ族ってユウノだゾ。ヨロシクニャ」 「……」 「どうした、セレン。……その帰りたくないって目は……」 「オマイらココ危険だゾ」「オマイら保護するゾ」「オマイら砦来るがイイゾ」 「♪ あの、……ウッド?」 「……っわかった! 一緒に行くぞ!」 |
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