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リアクション
午後
1‐05 鉱山に渦巻く不穏の影
皇甫が発って後、この日の正午過ぎのこと……
傷だらけになった、沙鈴のパートナー、綺羅 瑠璃が砦に帰還したとの報が入り、騎凛やその場にいあわせた士官候補生らが駆けつける。
「一体、何が? 誰にやられたのです?」
「はあ、はあ、……イルミンスールの魔法使と名乗りはしましたが、真偽はわかりません……」
「では、その者達が突如、裏切って、……沙鈴さんは? 無事なのでしょうか……」
「わかりません……。沙鈴さんが防いでいる間に、私は何とか……」
とにかく、綺羅 瑠璃のもたらした情報によって、鉱山内で相当数のオークが、魔術師によって働かされていることがわかった。となると、おそらくオークというのは、ハーフオークだろう。
「そうなると……鉱山には、お昼前に皇甫さん、昴さんらが向かったのですが、まだまだ数が足りませんね。ここは更に、にゃんこ100程を投入して、魔術師と決戦する必要がありそうです。これを誰が率いるか……」
「その役目、自分にお任せ頂けないでしょうか」
名乗りを挙げたのは、比島 真紀(ひしま・まき)だった。
「比島さんなら、安心ですね。では、騎狼を駆り、ただちに鉱山へ向かってください。
他に、比島さんを助けて鉱山に入る者はありますか?」
ウィザードの、高月 芳樹(たかつき・よしき)が歩み出た。
高月は、土地の伝承に聞く機晶姫の一体が、すでに本巣に配置されているらしいことより、鉱山地帯から発見された、という推理を立てていた。それを確かめる機会でもある。それに、
「高月さん、相手が魔術師というなら、あなたの役割は大きいでしょう。だけど、先の、襲撃者のこと……あなたは、イルミンスールの学生ですが」
「大丈夫です。相手が誰であれ、必ずや、鉱山の支配を解き皆を救い出してみせましょう」
「では、気を付けてください」
「沙鈴さんが心配で心配でならないのですが……」
傷の手当てを受ける必要のある瑠璃は、地図上に鉱山入り口の位置を書き込むと、治療のため運ばれていった。
「皆さん、どうか沙鈴さんのこと、お願いします」
「ええ! では、出撃であります」
「はい、僕らに任せて」
「他の鉱山調査組や、先発した皇甫さん達とも無事、合流できるとよいのですが」
1‐06 使者
更にそれから……
「垂が、垂が、ハーフオークの村で……!!」
今度は、朝霧と共にあったライゼが一人、戻ったとのこと。再び、騎凛達が駆けつける。
「……では、朝霧さんは、無事なのですね?」
「はいっ」
「ああ、よかった……」
「今ごろ、垂はハーフオークさん達の信用を得るために、至れり尽くせりですっ。ハーフオークさん達も、僕らのことをもてなしてくれて。
えっと、垂からの伝言を伝えるね。垂はもちろん、ハーフオークさん達と僕らが仲よくできることを望んでるよ。
それで僕ら……教導団とハーフオークさんとが交流することを、このへんに住むシャンバラ人のひと達にわかってもらえるよう、お話してもらいたいってこと、えっと、……そう、争うことが全てじゃない、って垂は言ってた。
僕らが間に立ち、ちょっとずつ、ハーフオークとシャンバラのひと達が仲よくなっていけるなら、良い事だと思わないか?」
語尾は垂の口調になった。
「朝霧さん……! あなたはえらいですね。
うん、でも実際にどうしたものでしょうね。わたしが軍勢を率いていってみましょうか?」
「ちょっ、騎凛隊長……何か間違ってませんか? そんなことしたら、せっかく朝霧さんがとりもってくれた最初のコンタクトを無駄にしてしまいますよ?」
生徒らが、あわてて騎凛をとめる。この人が行ってはまずい……。
「では、どなたかを、教導団側の意向を伝えて頂くため、使者に立てましょう」
これにまさにぴったりの役目の者が。
「私が引き受けよう!」
親善大使を務めたこともある、林田 樹(はやしだ・いつき)だ。
「あなたは、林田さんですね、ようこそいらして頂きました。
重要な役割です。先の通り、これには軍勢を付けるわけにもまいりませんし、外れの村は少し遠いですがどうかお気を付けて行ってきてくださいね」
「林田様には、ワタシがついておりますから、ご安心ください!」
林田の後ろからひょいと出てきたのは、フリフリのメイド服に身を包んだ、林田の機晶姫ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)。
「お二人ならばきっと成功するでしょう。では、朝霧さんと一緒に、どうぞよろしくお願いしますね」
「はい。目指せハーフオークとの交流、です!」
そこへまた、ずんずんと、進み出る者あり。
「ヤック・サブカルチャー!!」
「あ、あなたは……もしかして」
「そう。ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)とは私のこと。
私に、妙案がありますぞ」
「博士がいるという噂はかねがねお聞きしていました。では、博士もハーフオークの村に?」
「民を慰撫するには"パンとサーカス"ですが……パンがない以上、鉄板野サーカスでも提供する他ありますまい。
私としては文化的背景の調査、そして娯楽による宣撫を兼ねて慰問団を派遣することを、申し出る次第であります。
そこで私の提案する作戦こそが、【ヤック・サブカルチャー】!! である」
流麗な言葉でつらつらと述べる、ゲルデラー博士。
「な、なるほど。聞き惚れますね、では」
「しかしこれには準備のためいささかの時間が必要。林田殿には、先に発って頂いて問題無いかと。
その後は、私にお任せを。フフ……私にとっておきの人材があります。まあ、見ていて下さい」
博士は、自信有りげに、笑った。
(ハーフオークの皆さんに、固有の文化と自己の尊厳に自信を持っていただくためには、彼女以上の人材はいないのです……ふふふ。)
1‐07 草薙、登場
この日の朝早くに峡谷入りし、軍議や、先ほどの成り行きを見ていて、ウズウズとしていた新顔の教導団員がいた。
彼女は、草薙 真矢(くさなぎ・まや)。
遅れて教導団に参加の彼女であるが、地上ではすでに戦闘経験を積んでおり、見た目は若い女子であるがベトナム戦争や第二次世界大戦に加わったことがあるらしい、との噂もあり、何かと謎が多い存在として知られつつあった。
彼女は朝方、犬にゃんこを引き連れ砦を出て行く皇甫にも会っている。
うーん……。鉱山、外れの村、そこへ向かう者達、ハーフオーク、それを操る魔術師、この峡谷の平和、……自分の居場所……!
そう一人呟くと、草薙は、ばっと砦を飛び出して行った。
こうして彼女の苦難の旅は始まる。
1‐08 作戦はチェックI、チェックII、……そして?
いよいよ、戦い前夜。準備を終え、明日に向け休もうというところ、砦にいる士官候補生らにちょっとした集まりがかかった。
その一室には……
「分校から、クレアさんが来ています」
クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、南西分校からの報告と、作戦をもって騎凛らのもとへ参じたのだ。
「夜陰に乗じて、オークの集結地を迂回して参りましたが、彼らは続々と集まってきている状態。その戦力や侮れません」
「わたくしが禁猟区をかけ、数名の協力者もありようやく抜けてこれたという状況です」
森を抜けるまで禁猟区を緩めることができず、力を使いやや憔悴気味のハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)。
「して、森で指揮を執る者は?」
「わかりません。が、あれだけの数が集まり、警戒も充分とあれば。おそらく、やつ……」
一同、ざわつく。
「ともあれ。分校側の作戦を聞きましょう」
「はい」
クレアの説明するには……
「まず、オーク残党を、峡谷側に誘導します。
峡谷側は、雑兵オークを前面にひきつけるのが目的。このためには、偽のトラップや、囮部隊を使うのがよろしいかと。
これを、【チェック I 】とします」
「なるほど」
「峡谷側が雑兵の足止めをする間に、後方から分校にいる傭兵戦力をもって、相手の核を叩く……【チェック II 】。
そして、……」
「チェックメイト、というやつですね」
「……まさしく、その通りになるかと」
クレアは、自信あり気に、少し微笑む。
「では、峡谷側の囮となる部隊ですが……」
騎凛は、居並ぶ士官候補生らを見渡すと、
「黒乃 音子(くろの・ねこ)さん」
「はい、騎凛隊長♪」
「では、黒乃さんは分校側の攻撃が始まるより前、にゃんこ部隊を率い、この役目にあたって頂けますか?」
「任せてください。
分校の攻撃が成功すれば、敵陣の瓦解、敵全軍の総崩れを促せますね。
あくまで、ボク達は遅延戦術に徹し、堅守防衛のリミットぎりぎりまで戦線を支えてみせましょう。そのためにはこちらの一致団結……」
にゃんにゃん、にゃんにゃん。「黒乃か?」「オリ達がついてるゾ。任せろニャ」「逆ヴィの字でござるニャ。逆ヴィの字でござるニャ」
「あはは……よ、よろしく、ね?」
「ありがとうございます。では他の皆様は、明日の本巣攻めに向け、ゆっくり休んで頂くとしましょうか……」
「騎凛隊長!」
「は、はいっなにです??」
士官候補生らの中から勢いをあげて出たのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だ。
いつもは温和な彼女なのだが……
「え、ええ。宇都宮さんは、是非本巣攻めの戦力に加わって頂きたいと……。
いえ……はい、わかっていますよ。でも、あなたはその決意が強い故に、危険だと思うのです。峡谷の主力は敵の拠点を攻めます。後背に赴くのはあくまで、囮……」
「私も、承知しているつもり……承知しております。……」
そう言うと、宇都宮は引き下がったが。彼女の腰には、ナドセの短剣が静かに時を待っている。
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