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白銀の雪祭り…アーデルハイト&ラズィーヤ編

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白銀の雪祭り…アーデルハイト&ラズィーヤ編

リアクション

  16:00

 赤羽 美央(あかばね・みお)は開始前から大きな袋をかついで雪玉を準備していた。
 すでに第一段は敵陣上空から弾をばらまいてきたが、雪玉には特に何かしたわけではなかったので、残念ながら今一つ効果はなかった。
「思い切り投げつけるとか、仕込みをしないと効果は薄いですか……」
 それから紅組に属する彼女は、同時に白組を弱化するために、白側の雪玉を奪おうと考えたのだ。
 白陣から狙い返されても、高度を保っているからこちらにはなかなか届かない、小型飛空挺を遠ざけて、大回りして白陣の雪山にそろそろと近づいた。

 瑠樹は雪玉制作に夢中になっていた、仕込みは忘れないが、内容はなんとも無邪気なものだった。
「一口チョコとー、飴玉ー、100円玉と10円玉とか、時季はずれだけどクリスマスとお年玉と思ってもらえたらいいなー」
 おみくじやお菓子などを仕込んで、包装紙の端っこがちょろりとはみ出せば、カラフルでいいじゃないかとご満悦だ。
 そういったものをうきうきと大量に作成しているのだ。

 美央は瑠樹の力作雪玉を目に留めた。
 自分の手でできる雪玉とは比べものにならない大きさで、力強く握ってある。しかも何か仕込んである気配だ、これなら効果があるだろう。
 奪うついでに、一人くらい無力化しておこう。雪玉制作に夢中になっている瑠樹に迫ろうとした。
「すとーっぷ! そうはさせません!」
 マティエが立ちはだかり、美央の行く手を阻む。すかさず雪玉が飛んできて、後ずさるしかなかった。せいぜい雪玉の一山しか袋に詰め込めないまま退散した。
「このっ、……まあいいです、また頂きにきますから」
 マティエは雪玉を構えながら、油断なく美央が立ち去るのを睨みつけていた。
「ありゃ、もってかれちゃったかー」
「りゅーき、ねらわれてたんですよ、気をつけてくださいね」
「ごめんごめん、はい」
 手渡された雪玉には、チョコレートが入っていた。しかも奮発したらしいトリュフだ。
「んぐ、おいしい。中身気づいてもらえるといいですね」
「そうだねえ、言ってくれたらもっと分けてあげられたのになー」

 五月葉 終夏(さつきば・おりが)ブランカ・エレミール(ぶらんか・えれみーる)は、最初はのんびり観戦するつもりであった。
 しかし、観戦ポイントを探してちょっとフィールドに迷い込んだときに、終夏ががつんと雪玉をぶつけられたのだ。
 ぼんやりしていた自分が悪いのかもしれない、しかし、とても非常に痛かった。
 涙目で当の雪玉を探し当てると、なんということか、中身はただの紙切れだったのだが、『はずれ』と書いてあった。
 普段面倒くさがりの自覚はある終夏だが、こんなものをぶつけられて、だまっていられる訳がない!
「ブランカ、私雪合戦に参加するよ! あの雪玉は、赤のほうから飛んできたね」
「おや、珍しくやる気だね、作戦はあるの?」
「あるわよ、一! ブランカが隠れて雪玉を作る!
二! 私が雪玉を受け取って、空飛ぶ箒に乗って上空から攻撃! 以上!」
「…え? そんだけ?」
「シンプルでいいでしょ。でも楽をしようとマスターした空飛ぶ箒がこんな所でも役に立つなんてね…ふはははは!」
 見ていなさい、赤組! と吼えた終夏をアメリアが見とめて実況した。
『あらあら、この方は観戦者の方だったはずですが、白組に参戦を表明されたようです。このように戦場は流転するもの、皆様どんどん振るって参加なされるのも一興でしょう! この先戦況はどう転んでゆくのでしょうか、試合はまだ始まったばかりです!』
『……転ぶも何も……なるようにしか……ならんだろうに……』
『冷静なツッコミが入りました、ノリの悪い相方でごめんなさいね!』
『……だれが……相方だ……』
 しかしクルードも、何をどう突っ込もうが彼女のテンションを上げるだけだということは、わかりきっているのだった。

 美央は白軍への攻撃を仕切りなおして、フィールドの半ばまで後退した。
 ここから助走距離を稼ぎ、スピードに乗った所で雪玉をばらまき、移動スピードの乗った雪玉の硬さをもって白の陣地を蹂躙しようという考えだ。
「今度こそいきます」
 その過程でぽろりとこぼした雪玉のひとつが、終夏に見事ヒットし、敵を増やすことに成功したのだとは、彼女は知る由もない。
 十分にスピードを乗せ、白軍の雪山と、それを囲む雪壁が見えてきた。
 タイミングを合わせて袋の口を開け、雪玉をぶちまける。
「しまった!」
 残念なことに、ほんの少しタイミングが早かったのか、思いのほか勢いよく袋から転がってしまったのかはわからないが、雪玉はほとんどが白軍の雪壁に当たってしまった。誰かが氷術で壁の表面を固めていたらしく、雪玉は次々と割れ、中身の姿を現した。
 エル・ウィンド(える・うぃんど)がそれに気づいて騒ぎ出した。甘いものに目がないマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)も身を乗り出して、相方のクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)に止められている。
「チョコレートだ!」「飴玉もあります、あれ、100円玉?」
 もしかして、気の早いバレンタインの使者か、時期をはずしたクリスマスかお年玉か。そうか彼女はツンデレなのかも!
 だって赤軍=サンタさんかもだし、髪は綺麗な銀髪だからなんか紅白でおめでたいっぽい=正月かもだし、チョコレートってことは、そういうことだろ!?
 …などと、一体誰が思ったかは知らないが、そのチョコ入り雪玉を見たものの間には、少なくとも彼女はツンデレという共通認識が発生してしまった。
「ぎぶみーちょこれいと!!」
 予想外の歓迎に、さすがに美央はかなり引いた。満面の笑みにさらにドン引きした。
「何ですかこの人たちは……!」
「今だ!」
「くー! いってらっしゃい!」
「キャー!」
 デゼル・レイナード(でぜる・れいなーど)の合図に、ルー・ラウファーダ(るー・らうふぁーだ)クー・キューカー(くー・きゅーかー)を抱えて、そのまま彼女に向かってブン投げる。
 龍の姿の身体を丸め、ルーの見た目にそぐわない恐ろしい投擲力で文字通り弾丸と化したクーは、美央を飛空挺から叩き落して、雪山の天辺へ突っ込ませた。思いついた技は有効なようだ。
「クー、彼女大丈夫か?」
「きゅー……」
 気絶をしているらしく、反応がないのだ、というようにクーはボディランゲージで答える。そこに置き去りにもできず、クーでは下ろしてやることもできないが、 シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)が周りを押しのけて、のしのしと雪山を登って彼女を無事に下に連れて戻る。
「クロセル! その無駄にうるさいマントを寄越せ! 敵とはいえ彼女を寒空に放置する気か!」
「あなたって本当、可愛いものに目がないですね」
 こういうこともあろうかと、予備のマントを取り出して渡す。
 救護係が来るまで、彼女は白軍の片隅に寝かされ、勝ち星のひとつとしてカウントされた。
「ねえ、雪で倒したわけじゃないけど、これっていいんでしょうか」
「き、気にすんな! きっとあのばーさんそんな事気にしねえから!」
 そのとおりだ。

 白陣からまっすぐ、ジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)は雪原を行進していた。
 2mを軽く超える体格で、軽々と自作の長距離用投雪機を小脇に抱えて、まるで除雪車、…否それしきの表現では生ぬるい。まさしく砕氷船のように、ガッシガッシと雪を掻き分けて、たったひとりで進軍という形容をモノにしていた。
 目指すは一直線に観客席のアーデルハイトとラズィーヤだ、数あるトラップを敵味方構わず踏み越え、立ちはだかる地形も雪壁も薙ぎ払い打ち倒し、停止という言葉は彼の頭にはない。だんだんテンションも上がってきて、実は多少のものも目に入らなくなってきている。ランナーズハイというやつだろうか。なにせ熱湯風呂にまで突っ込んだのに、ノーリアクションなのだから。
 観客席が目前に迫り、巻き起こす混沌の予感に笑い出した。
「ふはははは! カオスこそ全て! いい時代になったものだ! ババアども降りてこれねえってんなら、俺が地獄に降ろしてやるよ!」
 まさに外道。
 だから、彼は蹴飛ばした雪だるまのことなど、気にも留めていなかった。
「あれ、俺どこにいるんだ? 観客席どこいっちまったんだ?」
 自分では気づいていないが、彼はいつの間にかくるりと反転して、元のフィールドに戻ろうとしているのだ。

 中継画面では、ジガンはある地点でいきなり進路が揺らぎ、うろうろとした挙句フィールドに戻っていく様が映し出されている。
「あら、どうしたのでしょう?」
「だれか何か仕掛けておるな、ふむ、興味深いトラップじゃ」
「それはおそらく私の仕掛けたものです」
 天華が名乗り出た。
「彼は私の仕掛けた雪兵八陣に引っかかったようです、門代わりの雪だるまを破壊して、見事に策にはまりました」
「ほう、なるほどあやつは幻覚を見ておるようじゃのう」
『おおっとどうしたのでしょう、先ほどまですごい勢いで観客席に迫ろうとしていた白軍の彼は、なぜか引き返しています。その先には赤軍の二人が立ちはだかっております、一触即発の空気です!』
 アメリアの中継が逐一情報を伝える。
『おや、彼は二人組みに向かって、アーデルハイト様とラズィーヤ様の名前を叫んでいます、彼はどうしたのでしょうか?』
『……幻覚を……見ているんだ……その身を蝕む妄執……俺には…わかる……』
「なるほど、わかりましたわ、彼は私達をフィールドに引きずり出したかったのかもしれません」
「そんなものは勘弁じゃ、私らは高みの見物が一番じゃ」
 そういって二人はそれぞれ冷凍庫から取り出した冷凍みかんをむき、特大アイスのパッケージからアイスをすくい出して皿に盛る。
 ぬくぬくとこたつにぬくもってそんなことをしていれば、ケンカを売られても仕方がないような気がするのである。

 影野陽太(かげの・ようた)エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)は、ジガンと遭遇してちょっと途方にくれていた。
 どうも彼は、自分達がアーデルハイトとラズィーヤに見えているようで、ちょっとイっちゃっている感じなのだ。
「でも、敵なのですから、ここで倒すべきですわ」
「そうだね、ここで放置したらなんかやばそうだし、彼は僕ら赤組じゃなくて二人が目的だったみたいだしね」
「行くぜババア共!」
「うん…ちょっと野放しにはできないな…」
「防御を頼みますわよ!」
 ものすごくやる気を出しているエリシアを見て、早くパーティーに行きたいなーと、陽太はちょっとだけ現実から目をそらした。

 長距離用の投雪機を、体格に物言わせてぶんまわすジガンに、彼らは意外にも苦戦していた。ドラゴンアーツで強化し、ランスを繰り出してチェインスマイトを使われたところで距離をとれば、今度は投雪機の長距離用スリングから放たれる雪玉の初速にまた回避をとるしかなくなる。
 ここはやっぱり盾に徹しないと、攻撃の隙も生まれない。陽太は覚悟を決める、というよりもむしろ諦めた。
「鍋の蓋でも持ってくればーっ!」
 泣き言を言ってもはじまらない、破壊工作と弾幕援護で足止めをし、距離をつめれば苦し紛れにランスが振り回されるがそっちはなんとしても避け、雪玉を受け止める。
 エリシアは正々堂々を謳って、ただ雪と体術のみを駆使して戦いに望んでいた。
 雪合戦である以上、剣も銃も魔法も工作も邪道であり、ただ雪玉のみを至上のウェポンとして信仰すべきなのである。
 陽太のガードラインはエリシアに害を及ぼす雪玉をすべて防御してくれていた。ただし身体を張って。

 おかげでエリシアは雪玉を敵にぶつけることに集中できる。執拗に頭を狙われ続けてじわじわと体力を削られていくジガンは、ことさら陽太、に見えているラズィーヤを排除することに躍起になった。
「フッ遅いですわ! わたくしの雪球アタックの前に沈みなさい!!」
 光術で目くらましされひるんだ所へ、無防備な顔面に無慈悲な雪玉をブチ込まれる。彼らのコンビネーションの前にとうとうジガンはダウンした。
 彼には、アーデルハイトにとどめの雪玉を食らわされたように見えていた。
 ジガンはちょっと不思議に思っていた、ババアは何故魔法を使わないのだろう? と。
「エリシア、満足した?」
「ええ、ひとまずは」
「んじゃ早くパーティ行こうよ、早くご馳走食べたいよ」
『赤組、白組を一人撃破いたしました、なかなかの激戦でしたが、軍配は正気のチームへと上がったようです!』
「ふふ、雪だるまでもこうまで威力を発揮できるとは、流石だな」
 自分の策の出来を確認もできたので、天華は満足して、パーティー会場へと向かった。


 開始から一時間で意外と戦況の動きがあったようだ。野々たちは開始時と比べて人が落ち着いてきたため、手を休めて中継を見る余裕ができていた。
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)エラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)シィリアン・イングロール(しぃりあん・いんぐろーる)の三人が、皆赤十字の腕章をつけてフィールドを駆け巡り、負傷者を連れ帰ってくるのを出迎えている。中継で赤組と白組が一人ずつダウンしているのを見ているが、彼女達の様子では現状はそれで合っているらしい。
 赤組の彼女は白陣で丁重に手当てされていたので、既に目が覚めていた。敗者にカウントされていることを知り、悔しがりながら救護を手伝っている。
「メイベルさん、どうされました?」
「あ、いえ。こちらも盛り上がっていますが、あちらはどうなのでしょうと…」
 メイベルは、パーティーの方も気になってしまうようで、少し落ち着きがない。
「そうですわね、あちらのケーキも気になりますわ」
「フィリッパってば…いえなんでもないんですぅ」
 野々は微笑んだ、彼女はこちらの様子も気になってしまって、パーティーへ向かいたいのをすまなく感じているのだろう。
「どうぞ、パーティーへ行ってらっしゃいませ。ここは私一人でももう大丈夫ですし、あれだけ皆さんが色々用意してくださったんですからね」
 そう言ってメイベルの背中を押した。
「す、すみません、感謝しますぅ!」
 何度も頭を下げながら、メイベルたちはパーティー会場へと向かった。