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リアクション
22:00
四条 輪廻(しじょう・りんね)は、パーティで目玉として作った巨大な雪だるまのもとに訪れていた。
ライトアップもそこまで届いておらず、闇の中に悠然とたたずむ巨大な影は、なんとも恐ろしい威圧感がある。
今は雪だるま的な装飾はすべて取り外され、大木を軸に雪で固めた土台にのった、巨大な雪玉をでんと据えている。
「くっくっく…まさかこの雪像が貴様らを踏みつぶすための罠でもあったとは露ほども思うまい…。油断している所を狙うのは戦の基本中の基本!敵陣の者どもを雪だるまの餌食にしてやるのだぁああっ!!」
思いっきり雪玉を蹴落とせば、土台を転がり落ちてスピードをぐんぐん上げていく。
「さぁ、そのまま敵陣を破壊してしまうがいい、くっくっく…はーっはっは、はーっくしゅん!」
高笑いが不意にくしゃみに変わった。この雪だるま(だったもの)を作る労力は、実は24時間程度ではすまないのだった。
「ずずっ…ふむ、…やはり徹夜はまずかったか、風邪かもしれんな」
しかし順調に白陣に向けて転がっていた巨大雪玉は、突如ぐるりと進路を変えた。
実はどこも平坦な平野ではない、吹き溜まりや風の吹き方一つで形を変える雪の丘などがたくさんある。
それらのいくつかが、うまい具合にかみ合って、雪玉を白陣ではなく赤陣へと向かわせてしまった。
「うわあ! そっちじゃない!」
今からでは追いつけないし修正もできない、逸れてくれることだけを祈るしかなかった。
輪廻はとりあえず様子を見るために、とぼとぼとフィールドへ向かった。
「おおお、なんかやたら表面積でかいのが来おったと思たら、今度はクロセルさんやないか!」
早速攻撃しようと思ったが、ここは放っておいたほうが面白そうだ。
だが社は間違っていた、うっかり観察してしまったがゆえに、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の世界に引きずり込まれることになるのである。
「ふふふ、イルミンスールご当地ヒーローの名にかけて、私が真打ですとも! 社さん」
今の彼の姿は、巨大なスピーカーを担いでの、いつにも増して奇抜な登場である。敵陣のまん前で仁王立ちして、いかにも狙えといわんばかりだ。
彼のスピーカーから出る音楽セレクトは実はマナに一任されている。買ったばかりのプレイヤーを箒に下げて、無線でスピーカーに送っている。
いろいろシミュレートしたようで、パートナー達にも耳栓をさせているので、実は今の彼らのコンビネーションは一発勝負の運任せなのだ。
「さあ、マナさん! ミュージックスタート!」
マナの小さな手がスタートボタンを押した。
だだんだんだだん、と低音でリズムを取るような威圧的な音楽が流れ、するとなぜか、敵が一斉に物陰に隠れた。
「…あ、やばい、隠れなあかん! クロセルさんも、って敵やからかまへんな…」
「おや! 早速俺達の勢いに恐れをなしたのですね!?」
そこを突然、身長の何倍もあるような巨大な雪玉が、彼らの間を通過していった。
赤軍はそれの来襲を見て、思わず隠れたのだ。先ほどの輪廻の雪玉が、暴走してここまで転がってきたのだった。
「あ、あいるびーばーっく!?」
「クロセル危ない!」
箒の上で身を乗り出した拍子に、マナのマントのボタンか何かが当たって、選曲が変わった。
「…ちょお待てや! なにこの選曲! サンバやないかー!」
社はもう腹の底からゲラゲラ笑って、それどころか似非サンバの真似事を始めた。それにつられたのか、クロセルも妙な気持ちになる。
―曲は自分でも聞こえないのだが、スピーカーから伝わる振動が、確かに自分にサンバを踊れと命じている!―
「しかし今のままでは、なんていうかキラキラ分とサンバ分が足りません! リアトリスさんは…ちょっと違うかもしれないけど着物だし、彼とエルさんを呼んできてくださあい!」
「こいつは何を言っているんだ…」
マナ様、曲を変えてやりましょうというジェスチャーを送った。さらにクロセルへの侮蔑を深めるシャーミアンである。
「…か、勘弁してこのBGM! ホラーはアレや、背後にお気をつけくださいー!」
今度はじわじわと足元の死角から迫りくる脅威を感じた気がして、敵は浮き足立った。
そしてクロセルもつい、自分の背後や足元を確認してしまうのだった。
さすがにそういったものは訪れるはずはないが、今三角のものを見るのはとても怖い気がするのである。
「ま、まさかですよねええええ…」
クロセルがなにかものすごくおびえているから、曲を変えてやらねばとマナは思った。
これは、確か前向きっぽい曲だった気がする。そう思ってマナは記憶を頼りにボタンを押した。
「クロセルよ! これでどうだ!」
―人生楽あれば、苦もあるのだから、歩いていこうよしっかりと…―
「せやんなあ、一歩一歩着実に、前に進まなきゃなんないよねえ!」
社は雪合戦というイベントを思い出して、がんがんクロセルへと雪玉を投げつけはじめた。思わず関東弁まで思い出していた。
「しまったあ! なんだか敵のやる気がアップしています! マナさん曲変えてぇぇぇ!」
「(ん? 音量をあげるのか?)わかった!」
ボリューム操作のホイールに手をかけて、ぐるりとまわした。
「違います音下げてぇぇぇぇ! じゃなくて違うのに変えてぇぇぇぇ!!」
「クロセルよ、では何がいいというのだ…」
これならどうだろう、なんかジョギングの時にコレを歌いながら走っていたシーンのBGMだった気がする。きっとさわやかになれる!
―…全ての前後にマムとつけ、エンシャントワンドを恋人と呼び、絞りきったパラミタトウモロコシのカスになり、尻に魔法を突っ込まれてようやく最下等の実験動物から逃れえたような気持ちになれても、イルミン生は許可なく死ぬことすら許されてはいない…!―
「さ、さっきより敵のやる気度がアップしています! ていうか死ぬ気むしろ殺す顔ですマナさん助けてぇぇぇぇ!」
そんな彼に、とうとう雪玉がクリーンヒットした。バージョンアップして、氷術で硬くコーティングされた雪玉である。
―逃げる奴は蒼空生だ、逃げない奴はよく訓練された蒼空生だ! ほんと雪合戦は地獄です…―
うわさによると、それがクロセル・ラインツァートの辞世の句だったという話だ。
倒れたクロセルのスピーカーにマイクを投げつけ、ハウリングを起こして敵が悶絶している間に、さっさとシャーミアンは彼を置き去りにしてマナを安全圏まで連れ去ってしまった。
「ああっ! クロセルをどうするのだ!」
「あんなもの、ほっといていいのです!」
「放置てひどいがな…、でもあれは俺も近づけん…クロセルさんごめんなあ…」
「ちょっとだれか! あのハウリングとめてください! 近づけないよ!」
『だ、だれかボリューム落としてください! 音が、痛い! 離脱します!』
『早く音切って! 観客席まで被害が出ています!』
『たーすーけーてー! こういうのだめー!!』
『………………』
観客席も死屍累々、一旦引き返して耳栓をとってきたエルとシリィが駆けつけて、ようやくクロセルと事態の収拾となった。
実況と救護班と観客席をこれほど泣かせた敗者は、クロセル以外にないだろう。自慢になるかはわからないが、これも一つの偉業である。
23:00
しょんぼりと会場にたどり着いた輪廻が最初に出くわしたものは、敵ではなくただの酔っ払いだった。
会場をうろうろしているうちに、落とし穴に落ちてしまった。落ちたとたん何かに身体をつかまれて、ナラカに落ちたのかと思って正直ちょっと死を覚悟した。
実はここは神野 永太(じんの・えいた)の落とし穴ゾーンなのだ。
パーティー会場で酒を飲み、べろんべろんに酔っ払った状態で雪合戦に参加して、しかしどちらに所属するでもなくトラッパースキル乱用でひたすら落とし穴を制作していたのだ。
パーティー会場のほうで、パートナーに雪合戦はどうするのかと聞かれ、
「ふへぇ〜? あぁいくよー、とつれき(突撃)ー!」
といった、完全に酔っ払いのノリ100%での加減の知らなさである。
その上自ら落とし穴に埋まり、パーティーから持ち出した料理などで安全に一人二次会状態である。
輪廻はその酔っ払いの愚痴大会につき合わされているのだ。逃げようとすれば、その酔っ払いのパートナーに引きずりまわされること多分必至である。
しかしその愚痴の対象は、そのパートナー燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)のことなのだ。
「あんたも飲む〜?」
「いや、俺は未成年なんで」
「んじゃあこっち〜」
ちゃんとノンアルコール飲料まである、ちゃっかり料理もいただいているので、これはこれで幸福かもしれない。自分も向こうで食べてきたが、身体を動かして腹は減っている。
「あいつ、じゃいん(ザイン)の奴、ホントじんょー(尋常)りゃないぐらい、くうんだ。めしを。さぁっきのパーチーれも、げーいんばしょく(鯨飲馬食)を体言してたんだ。毎月の食費もぶぁか(馬鹿)にならねーし……」
しかも延々似たような話のループなのである。これに根気よく付き合えるのは…
「あんたこんなこと言われてるんだけど、別にいいの?」
「何がでしょうか? 私はカレーは飲み物と認識しておりますが」
多分この当のパートナーだけではないかと思うのである。
とりあえず、永太の愚痴を適度に相槌をうちながら、なんとか右から左へと受け流し中だ。ろれつの回らない言葉を翻訳するのも疲れるのだ。
彼は今はただ時間を過ぎるのを待っていた、開放される道はそれしかないと思うので。
「…へっくしゅん!」
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