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リアクション
Part.9 ガーディアンゴーレム
黒崎 天音(くろさき・あまね)が訊ねてみたが、フリッカは、障壁解除の為のシステムの場所は教えたが、その他のことは知らないと言い、ついて行くことも出来ないと言った。
「それならそれで、仕方ないね」
天音は深く追及せずにそう言って、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)やその他、システム解除に向かう者達と共に、街を出た。
「奇縁だよね」
と、天音は面白そうに呟く。
「何がだ?」
と訊ねたブルーズに、天音は肩を竦めた。
ヨハンセンを放っておけないと、障壁のシステムの解除に向かうことにした天音だが、実のところ、アウインには以前にも会ったことがあった。
ヨハンセンは以前、パラ実の蛮族に誘拐されるという事件に巻き込まれたことがあり、アウインは、助けを求めて空京のミスドに駆け込んだことがあったのだ。
その時、天音達はそのミスドにいた。
「……あの時か」
ブルーズも、その時のことを思い出した。
「おや。ブルーズ眉間にしわができてるよ」
確信犯な言葉に、ブルーズの眉間のしわがますます深くなる。
あの事件の際には、飛空艇によって、ブルーズと天音が訪れていた家が潰されるという事態になっていたのだ。
全く散々な目にあった、と、少しくらい眉間にしわが寄るのも当然だとブルーズは溜め息を吐いた。
「ゴーレムと、戦うことになるのかな」
ゴーレムの方に行きたい、と、パートナー達に言ったサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が、気が進まない様子で呟いた。
「怖いのか?」
双子の兄弟、アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が揶揄すると、
「違うよっ!」
と言い返す。
「ただ、いくら守護の為のゴーレムだって、壊される為に造られたわけじゃないじゃん。
連れ帰る、とかダメかなあ?」
「それは、そのゴーレムの大きさにもよると思うが」
キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)が肩を竦めた。
3人のパートナー、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がくすりと笑う。
「ま、臨機応変にね」
「……判断は任せるが」
リカインの臨機応変、の幅が広いことを知っているキューは、一応、釘を刺すことを忘れない。
「くれぐれも周りに迷惑はかけるなよ」
戦うことになったとしても、戦闘には参加しませんが、と、最初に断ったのは、笹野 朔夜(ささの・さくや)だった。
「僕がでしゃばっても、足手まといになるだけだと思いますし。
代わりに、怪我をした人が出たら、手当てに専念させてもらいます」
あとは、荷物の中に、休憩することになった時の為のお菓子を忍ばせてあったりしているが。
鯨の後方に向かって街を出る。
石畳の街並みを抜けると、暫く草原とも荒野ともつなかいなだらかな緑の大地が続き、次第に木々や草が無くなって行くと、鯨の背中そのものとなる。
更に進んで、鯨の背鰭の部分。
そこに、ぽつんと建っている建造物らしきものが見えてきた。
「……祠、のような感じだな」
キューが言った。
「祠、っていう大きさじゃないと思うけどね」
リカインが肩を竦める。
それは確かに装飾も少なめの簡素な造りだったが、小規模な社といった風情ではなく、高さなら5メートル以上、幅は3メートルほどもある。
そして、その祠の前には、高さ2メートル弱の、太い柱のようなものが突き立っていた。
「ここッスかね」
アレックスが、周囲を見渡しながら、リカインに言う。
「場所的にそうよね」
彼の双子の姉妹、サンドラが言った。
「祠の中に、システムがあるんでしょうか」
続いて笹野朔夜がそう言って、再び慎重に歩み出す。
そして、石柱のある場所で朔夜は一旦歩みを止めた。
「これはどうして、こんなところにあるのでしょう?」
まるで、その言葉に反応したかのようだった。
石柱が、フッと、一瞬にして透明になったのだ。
「!?」
透明になった石柱の中に、人がいた。
「これは……」
驚いている間に、透明になった石柱そのものが、上部から溶けるように消えて行く。
ゆらりとバランスを崩したその人物は、うっすらと目を開けながら、すとんと地に降り立った。
「……2000年ぶりに、起こされた。
即ち、我が造られて後、2000年が経過」
ぽつりと呟いて、リカイン達を見た。
「何者。何用」
長く白い髪と、身体のラインに沿った白い服を纏い、人形のように表情がなく、少女とも少年ともつかないが、胸に僅かにある起伏から、少女だろうと判断できる。
「すげえ、姉貴と張るぜ。でもやっは姉貴よりあるな」
うっかり呟いたアレックスに、
「殺されたいの兄貴」
とサンドラが背後から凄んだ。
「胸なんて邪魔なものはね。無い方がいいのよ!」
サンドラは、むしろ得意げに言い切った。
「わたくし達は、街を覆っている障壁のシステムを解除する為に、ここまで来たのですわ」
アンジェラ・アーベントロート(あんじぇら・あーべんとろーと)が言った。
「あなたが、フリッカさんが言っていらした、ガーディアンゴーレムですの?」
「是、と言い、否、と言う」
少女はアンジェラ達を見渡し、「外の者」と言った。
問いではなく、確認を呟いただけのようだ。
「長の差遣」
そこで初めて、少女の顔に微かに表情が生まれる。
驚いたような、意外そうな。
「……障壁をどうにかしなくては、わたくし達、帰ることができませんの。
システムを解除していただけません?」
言って聞いてくれるなら、守護の意味もないだろうが、無用な戦闘が避けられるなら、それにこしたことはない。
アンジェラがそう問うと、少女は
「解除方法」
と呟いた。
「長の操作。もしくは、我の意志。もしくは、システムの破壊」
長の操作。
天音とブルーズは顔を見合わせる。
やはり、フリッカはその方法を知っていた。
「長には、できまい。差遣すら、奇異」
少女は、祠を振り仰いだ。
ミシ、と音がして、祠が、砕け壊れる。
中から、3メートル以上はありそうな、無骨な石の巨人が現れた。
「我の意志なし、と答える。故に、破壊」
少女は、崩れ落ちた祠を指差す。
あそこに、システムがある、という意味か。
ガーディアンゴーレムは、身長と同じほどの大きさの剣を持ち、それを天音達に向けて構えた。
障壁を解除する方法は3つ。
ひとつは、長であるフリッカがシステムを操作すること。
だが、フリッカは、それを出来ると言わなかった。
システムの場所を教えたことすら、少女には意外らしい。
ひとつは、ガーディアンゴーレムそのものらしい、少女自らによる解除。
それは、少女が拒否をした。
そして残りのひとつは、システムを破壊すること。
「やっぱり、そうなるのね」
リカインが苦笑する。
説得交渉に入れるような雰囲気ではなかった。
既に石の巨人は臨戦体制に入っている。
「諦めた方がいいみたいね、サンドラ」
リカインの言葉に、サンドラはきゅっと唇を噛んだが、
「仕方ないよね!」
と、気持ちを切り替える。
アンジェラもまた、早々に状況を受け入れた。
「よいのか、アンジェラ」
パートナーのヴィオーラ・加賀宮(う゛ぃおーら・かがみや)が訊ねる。
「わたくしだって、イコンに乗っていなくてもちゃんと戦えますのよ」
アンジェラは、不敵に微笑んで見せた。
その笑みはヴィオーラには見えなかったが、わかった、とヴィオーラは頷く。
「及ばずながら、わらわも力になろう。
見えぬが、指示があれば何とかなろう」
石の巨人が、石の剣を振り下ろす。
リカインはそれを躱して巨人から距離を置き、剣は鯨の皮膚たる地面に叩き込まれた。
巨体を持つ白鯨には大したダメージにはならなかったか、巨人はそのまま剣を取り直す。
アンジェラとヴィオーラは、後衛から巨人に銃撃を与えた。
銃撃は巨人を怯ませたが、ダメージを与えるには至っていなかった。
「そう簡単にいくとは思っていませんわ!」
アンジェラ達は攻撃を続ける。
一撃では無理でも、繰り返すことによっていつかは倒れるかもしれない。
「――君、銘なんかはあるのかい?」
問われて、少女は怪訝そうに天音を見た。
「意味を問う」
「以前、製作者の銘が記されたゴーレムを見たことがあったから、君もそうなのかと思ってね」
肩を竦めた天音に、少女は髪をかきあげ、うなじを見せた。
そこに、傷がある。
「命を作ってしまった、と、嘆く。故に銘は我が削り捨てた」
だが、と少女はかきあげた髪を戻しながら続ける。
「命は心にあらず。我は作られし命にあらず、宿りし命である、と説く」
「おまえは、あの石の巨人と、繋がっているのか?」
少女の言葉を反芻し、意味を察して、ブルーズは訊ねた。
「是、と言い、否、と言う」
少女は答え、ふと、手を差し上げる。
そこに何処からか現れた剣を取り、少女は振り返ると、2人の横を抜けて走り出した。
システムを護る為に造ったゴーレムに、命が宿ってしまった。
神でも無いのに命を作り出してしまったことに、製作者は罪の意識を抱いた。
それを見た、宿った命、この少女は、製作者の責を否定するかの如く、彼の銘を石の巨人から削り取った。
その傷は、少女自身にもついた。
巨人と少女は、身体と命という関係であり、繋がっている。
だが、巨人の受けた攻撃と同様の衝撃、負傷を、少女の身に受けている様子は無い。
だから、肯定であり、否定なのだろう。
走り出した少女が向かった先は、祠だった。
――いや、祠に向かって走り出した、笹野朔夜だった。
混戦の隙をつき、朔夜はシステムを停止させるべく、それが無理であれば、おとり役として、巨人の目を引こうとしたのだ。
巨人も反応したようだったが、無論少女の方が早かった。
「あっ……!」
祠に辿りつく前に、朔夜は行く手を阻まれる。
バーストダッシュを使って全力で祠に向かっていた朔夜に、少女は殆ど体当たりの勢いで、視界の前方、横から飛び出した。
「阻む」
「うわっ!」
全力だった分、食らった威力も大きく、朔夜はもんどり打って倒れる。
同じように少女も倒れたが、逆にその勢いを生かして素早く起き上がると、剣を構えながら朔夜に駆け寄った。
「くっ!」
思わず身構えた朔夜の前に、ブルーズが飛び込んで少女の剣を受け止める。
「ごめんね。咄嗟で連携が取れなかったよ」
朔夜の後ろから、天音が彼を引っ張り立たせた。
「いえ……ありがとうございます。
無茶をしたいわけではなかったんですが」
ただ、このまま怪我人が出るくらいなら、素早くことを終わらせてしまいたいと朔夜は考えたのだ。
「斬り合いは好かん。
務めがあることは察するが、我等にも事情がある。
折れてくれると有難いが」
一旦飛び退いて距離を置いた少女は、ブルーズの言葉にも引かなかった。
「使命の放棄は有り得ぬ、と言う」
「……ではやはり、無理矢理解除させてもらうしかないわけですね」
朔夜は崩れた祠を見る。
やはり、先にゴーレムを倒さないと、解除は難しいようだった。
「鬼眼は効かないっス!」
「ばっか! そういうのは、あっちに試してよ!」
リカインに言ったアレックスに、サンドラが少女を指差しながら叫ぶ。
「――弱点がわからないな。とりあえず、動きを止めるぞ」
キューがそう言って、石の巨人の足元を狙って、氷術を放った。
巨人の足元を氷が固めたが、巨人が動こうとしてすぐにヒビが入る。
その時、巨人が不自然に身動きした。
朔夜が祠に向かって駆け出したのに反応したのだ。
少女は自分が対応するつもりだったようだが、繋がっていることで、反応が巨人の方にも行ってしまったのだろう。
その隙に、キューは氷術の重ね掛けをする。
リカインが、盾を構えた。
「ヴィオーラ! 攻撃を頭部に集中ですわ。
もう少し上、右寄りですわよ!」
「ようやく、指示らしい指示をしおったか」
アンジェラの声に、ヴィオーラは零す。
アンジェラが自分の攻撃ですっかり忘れているようだったので、ヴィオーラは自ら音を頼りに攻撃を仕掛けていたのだった。
それらの攻撃によって、巨人の身体が僅かに仰向く。
「――疾風突き!」
そこへ、盾を構えたリカインが、石の巨人に体当たりをした。
上向いたまま、巨人は後方へと倒れた。
走り寄ったアレックスとサンドラが、巨人が取り落とした剣を引き離そうとしたのだが。
「重! これ、おっも!!」
「無理っス!」
「だらしないわね!」
「ちょ! おま!」
2人の掛け合いを耳に、ふっと溜め息をついて、リカインは少女を見やる。
「駄目押しが必要なのかしら?」
少女は黙って目を伏せた。
崩れ落ちた祠の中に埋もれるように、石碑のようなものがあった。
「これを壊せばいいのですか?」
朔夜が訊ねる。
「是、と言う」
「壊すというか……。停止、ではないのですか?」
壊すのではなく、”制御”は出来ないのだろうかと思い、訊ねるが、
「否、と言う」
と少女は言った。
「人知によるものでなし。
有か無、それ以外には無し、と説く」
「では、無を選ぶしかございませんわね」
アンジェラが言った。ヨハンセンを目覚めさせ、帰還の為には、障壁の解除が不可欠なのだ。
「そうね」
とリカインも言い、歩み寄ると、武装で固めた拳を振り上げた。
少女は、倒れる石の巨人の傍らに佇む。
巨人はゆっくりと起き上がったが、立ち上がることはしなかった。
これ以上戦う意志は無し、ということなのだろう。
「街に戻れ、と言う」
石碑が破壊され、恐らく障壁は消えたのだろう。
存在していたのも解らなかったが、消えたことも、体感的には何も感じられない。
だが、この少女が欺くことはないと、何となく、誰もが思った。
「君は大丈夫かい?」
天音が訊ねる。
「案ずるな、と、答える」
このシステムや、恐らく障壁もなのだろう、人知によって創られたものではない、と少女は言った。
やがて、人知を超える何かが、また新たに、システムを作り直すのかもしれない。
「……今度は、スイッチのオンオフ付のシステムが出来るといいね」
天音の言葉に、少女は僅かに目元を緩めたように見えた。
「……戻れ、と言う」
そして目を伏せて、もう一度言う。
「…………長には、試練となろう」
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