リアクション
◇ ◇ ◇ 紫月唯斗達とミューレリア、エッツェルらは、それぞれ別の道からその部屋に辿り着いた。 近くの空間で、空賊のボスと思しき者が誰かと戦っていたが、それに加勢せずに中央の空間を目指す。 そこに、目的のものがあると解っていたからだ。 「マズ……エル、あたし、もう、駄目みたい……」 ずる、と座り込んだ緋王輝夜は、そのまま身体を横たえる。 「輝夜?」 エッツェルが歩み寄った時には、輝夜は既に気絶していた。 「くっ……」 唇を噛むエッツェルの額からも、零れた脂汗が床に落ちて弾く。 「ここまで重圧が酷いとは……」 放たれる気。存在感。 それらが、自分達を押し潰そうとしているのだ。 中央部のその更に中心部。 そこに光が集まっていた。 光の中心に、小さな漆黒の球体がある。 光に全く照らされず、そこだけぽっかりと闇が生じているような、ゴルフボール1つ分に満たない、小さな球体だった。 「…………あれが?」 まさか、あんな小さなものとは思っていなかった。 驚くエッツェルの視界が、ぐらりと揺れた。 「最悪欠片だけでもと思ってたが……。 あんなに小さいなら、丸ごといただけそうだな? ……っていうか、すごい圧縮されてる感じがするけどな」 ミューメリアが脂汗を拭ってふ、と笑った時、 「それは、させないよ」 と、背後から声がした。 レキ・フォートアウフとミア・マハが、後方からミューメリア達に銃を向けている。 「……何だよ?」 「それは、鯨さんと、この街の人のものだよ。 ボク達が手を触れて、いいものじゃないんだよ」 「カタいこと言うな。 ちょっとくらい大丈夫さ。 欠片くらい貰っても、バチは当たらねーよ」 そう言ったミューレリアに、レキはきゅっと顔をしかめて、引き金にかけた指に力を込める。 レキ自身、この場にいるのがかなり苦痛だった。 学生達に攻撃を仕掛けるのは気がひけるが、早めに決着をつけなくてはならない。 ここは、威嚇射撃で彼等を退かせるつもりだった。 「やる気かよ」 ミューレリアが臨戦体勢を取った時、ズシリ、と足元に響く音がした。 「……何だか、身体が、熱い……」 ぜいぜいと息を荒げ、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が膝をついてうずくまった。 「エクス!?」 本当は、もうずっと前からこの状態だったが、我慢してきた。 けれどついに、限界が来てしまったのだ。 そのまま倒れたエクスは、気を失った。 「エクスッ!」 凄まじいまでの力の気にあてられて、唯斗自身もフラフラになっている。 それでもエクスを抱き起こそうとした。 しかしそこで、がくりと両膝をついてしまう。 「くっ……!」 息苦しさに目眩がした。 「懲りぬ輩だ」 感情のこもらない声が聞こえ、ミューレリアは振り返った。 ズシリ、と、3メートルほどの、石の巨人が入って来る。 「何っ……」 門番、というやつだろうか。 だが、声は石の巨人から放たれたものではなかった。 その傍らにもうひとつ、小柄な人影がある。 長く白い髪と、身体のラインに沿った白い服を纏い、人形のように表情がなく、少女とも少年ともつかないが、胸に起伏が全くないことから、少年だろうと判断できる。 「……初めて来たんですけどね」 最初の少年の言葉に引っ掛かりを感じて、エッツェルが言うと、少年は首を傾げる。 「違いが解らぬ」 「誰だ、少年」 霞む目を擦りながら、ミューレリアが訊ねた。 「戻れ」 少年は短く言い放つ。 「それ以上は死ぬ」 「……悪しき物体だということですか」 エッツェルが、息も絶え絶えで少年を睨み付けた。 「悪しき力でも人は死ぬ。 聖なる力でも人は死ぬ。 無垢なる力でも人は死ぬ。 オリハルコンは強大過ぎる。 おまえ達の手にはあまり過ぎる」 石の巨人がズシリと足音を立てる。 気を失ったエクスと輝夜を拾い上げ、意識があるのが奇跡な状態でいるエッツェルに身体を向けた。 「……は」 息が漏れるように、エッツェルは笑う。 「……仕方、ありませんね……」 元より、欲しいとは思っていたが、無理なら諦めようとも最初から思っていた。 弊害をもたらしてまで、得るべきものではないのなら。 「……ま、実物をこの目で見れただけでも、良しとしますか……」 「待て……!」 だが、唯斗が、身を起こしながら少年に向かって声を振り絞った。 諦められない。 目の前にある力を、それを欲することを、諦められなかった。 「確かに俺は、まだ弱い。 だが、だから、だからこそ、力を欲する! 皆を護れるように……! 理不尽に負けないように……!! その力、一部でいい、ほんの少しでいいんだ!」 必死の思いで、手を伸ばす。 だが少年は、僅かに目を細めただけだった。 「己の力は、全て己の内にあるもの。 そして己の力に見合う分だけが、周りから集まるもの」 少年は、静かに目を伏せる。 「身を滅ぼす為の力を求めるな。戻れ」 出口付近まで、輝夜とエクスを運んで、石の巨人は戻って行った。 「お前達は、違うのだな」 そう言った少年は、あの場に残った。 「……うっ……」 圧迫するものが薄れた為か、エクスが呻き声を上げて目を覚ます。 「姉さん、よかった……!」 睡蓮が泣きながら縋り付いてきた。 「……面目無い」 心配させてしまった。 もう大丈夫だ、と言って謝る。 「気圧される、なんてレベルの話じゃなかったな」 ミューレリアがはあ、と深呼吸をするように溜め息を吐いた。 何とか耐えていたものの、あそこから離れ、緊張が解けた途端に一気に戻って来て、座り込んだまま暫く立てなかったほどだった。 「圧倒されたぜ……。 あれが、オリハルコンか……」 純粋なる、力の塊。 形容すれば、そうなるだろうか。 強大過ぎて、手が出せない。その通りだった。 「……はあっ」 両手を地につけて、レキも大きく息を吐く。 「大丈夫か?」 近くにいたミューレリアに声を掛けられて、レキの隣で、ミアが見返した。 「そんな顔すんなよ。 ケンカは終わりだろ。後腐れなく行こうぜ」 くす、とレキが肩を竦める。 「……そうじゃな」 ミアも苦笑した。 「そなた、良いことを言う」 「……うっ」 遅れて、輝夜が目覚めた。 「大丈夫ですか」 エッツェルの言葉にああ、と頷いて、じろ、と彼を見上げる。 エッツェルは苦笑した。 「まあ、確かに……手出しは出来ない代物でしたね。 あんなものが世に放たれたら、世界はめちゃくちゃになってしまうでしょう」 だからすっぱりと諦めましたよ、と言うと、 「……ま、でも」 はあ、と輝夜は溜め息を吐いた。 「あそこまで行って、結局オリハルコンを拝めなかったのは、残念だったよな……」 辿り着いた途端に、気絶してしまったので、輝夜は肝心のオリハルコンを殆ど見られなかった。 それが残念でたまらなかった。 ◇ ◇ ◇ 一方で、白鯨に直接交渉しようと、天司御空は、空賊を撃退した後、外から白鯨に話しかけることを試みたが、白鯨からの反応はなかったらしい。 守り神と言われてはいるが、人間と同じ次元の知性を持つ生き物ではないのかもしれなかった。 |
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