リアクション
◇ ◇ ◇ 「……空賊の狙いは、オリハルコンだから……。 オリハルコンを探せば、空賊がいる、と、思う」 リネン・エルフト(りねん・えるふと)の言葉に、全員が賛同した。 空賊を探すより、オリハルコンを探すことの方が容易だった。 オリハルコンが放っていると思われる、この気。 これを辿ればいいだろうからだ。 途中までは、小型飛空艇もレッサーワイバーンも充分に乗り物として活用できる広さがあったが、目的地に近づくにつれ、道が狭くなって行く。 時々道が集まる空間があったが、歩いて行くうちにまた狭くなって行く。 そんなことが繰り返されて、中心部と思われる空域に近づいた。 ここが鯨の体内のどの辺なのかは解らないが、オリハルコンがあるとすれば、鯨の身体の核の部分だろう。 全てを圧倒するプレッシャーを放つ根源の場所が、そう遠くないところにあるのが解る。 そして、その場から程近い空間に、休息を取っているのか何かを相談しているのか、集まって留まっている空賊達の姿が見えた。 空賊の方も、殆ど同時に気付いた。 「ボス。奴等……」 「例の、馬の骨どもか」 どこからか、連絡が伝わっていたらしい。 ボスと呼ばれた巨体の壮年の男は、盛大に顔をしかめて立ち上がる。 「随分と派手にやってくれてるようじゃねえか。 ついにここまで邪魔しに来やがったか」 袖の無い服のその肩に、フェイと同じ形のあざがあった。 〇 〇 「トオル! しっかりせぬか!」 ぐったりと倒れているトオルに、夜薙綾香が取り縋る。 「全く、私より弱いくせして、庇ったりするから……」 「いーの。そーゆーもんなの」 トオルはぐったりと倒れたまま、力無く笑う。 「アヤカ、俺は大丈夫だから……その内、シキが拾いに来てくれっから……お前、帰るか、誰か別の奴と一緒に」 「くだらぬことを言う余裕があったら休んでおくがよい! 迎えが来るまで、私が護っていてやる」 それは、男として情けねえなあ、と弱々しくぼやくトオルに 「自業自得と思え」 と綾香は容赦なく言った。 空賊にやられたことに加え、トオルの精神力は、悲しいまでに低い。 攻撃を受けて弱ったところで、鯨の体内でのプレッシャーに、すっかりやられてしまったのだ。 綾香の回復魔法で傷自体は癒したものの、そのまま起き上がれなくなっている。 「全く、世話の焼ける……」 だが、と綾香は思う。 確かに相手は強敵だったのだ。 誰もがこの重圧に苦しむ白鯨の体内で、まるで、それを感じていないかのような。 「連中も、このプレッシャーに強い者と弱い者がいる、ということか……?」 それは、精神力の有無とはまた違うように、綾香には思えたのだが。 〇 〇 「ふん、見たところ、フラフラの奴もいるようじゃねえか。 こっちは選りすぐりだ。何日もかけて慣らしたしな。 悪いが、俺らの敵じゃねえ。 お前等、ゴーレム共を下がらせろ! ここで壊したら元も子もねえ!」 ボスが回りに指示を出す。 「ゴーレム?」 ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が眉をひそめた。 必要があって、ゴーレムを用意したような言い方だ。 連中の目的から考えれば、当然、オリハルコン入手の為だろうが。 「あいつらは、蒼空学園のアイドル、美羽ちゃんにお任せだよ!」 同様に、ゴーレムを押さえた方がいい、と判断して、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が向かった。 「では、こちらの雑魚はお任せ願いましょう」 ボスの周りの空賊達を見やってそう言った、音井 博季(おとい・ひろき)が手にしているのは、パン。 パラミタバゲットだ。 「!?」 ぽかんとする空賊達にひとつ笑みかけると、一瞬にしてその笑みは消え、鬼気迫る迫力で、博季は空賊達に問答無用で突っ込んで行く。 フランスパンを振り回して敵を薙ぎ払っていく様は、ある種空賊達に戦慄を与えた。 「な、何だお前っ!?」 「ガラ空きですよ!」 うっかり反応が遅れた空賊を、容赦なくメッタ打ちにして行く。 異様な戦い方で空賊達を慄かせるのと同時に、殺さない為、そして鯨を傷つけない為、というのが、博季の思惑だった。 若干、引かれているような気もしないではないが。 「?」 どん、と背中に何かが当たって、博季は振り向いた。 背中合わせになって、ミューレルが銃を構える。 「とつげき――! ついにみゅーのじだいがきた! ひゃっはー! しゃかいのくずめー! あとしーまめ! しねしねみんなしねー! みゅーのかつやくとくとごろうじろ! ごめんね! つよすぎてごめんね――!!」 と一部不適切な表現を交えつつも張り切って銃撃戦に挑んだミューレルだったが、場のプレッシャーに圧倒されて、あっという間に囲まれてしまった。 博季は臆せずその囲いの中に飛び込んで行き、突破口を開いたが、ミューレルはすっかり混乱している。 「ぎゃーす!? そ、そ、そんなばかなっ!? かんぺきなみゅーとみゅーのすないぱーらいふるがやられるひがくるなんてそんなばかな――!!」ばたり。 と、ミューレルは倒れたが、それは空賊の手によってではなかった。 「スナイパーライフルは、突撃する場合に持つ武器としては、不適当でございますわよ」 と、本人の耳には届かない解説を冷静にするナコトが、ミューレル諸共、サンダーブラストで敵を薙ぎ払ったからである。 博季は、寸前で気付いて素早く範囲外に逃れていた。 「ですけれど、実力差があっても、こうして囮として敵をひきつけ、範囲攻撃で一掃する、というのは、有効な手段ですわね」 「……いや、その方法はあまり推奨できぬ」 シーマが、もの言わぬ屍となったミューレルを拾い上げつつ、溜め息を吐いた。 ゴーレムは命令する者が無ければ動かないが、誰が操縦者か解らないし、空賊達を殺すつもりは無かったので、確実な方法として、ゴーレムを壊してしまうことにする。 戦闘用に用意されたものでもないらしく、それらは特に難しいことではなかった。 「一掃!」 最後の一体が地に沈むと、美羽はどこへともなくピースサインを向けた。 コハクは、倒れた空賊達を片っ端から縛り上げて行く。 「ごめん、美羽。手伝って」 コハクに頼まれて、オッケ、と美羽もそれに加わった。 オカリナの、物憂い気な音色が鳴り響く。 「……ここが、要の場所か。加勢する」 「誰よ?」 現れた、長い漆黒の髪を一つに束ねた少女に、ヘイリーが訊ねる。 「俺は、七緒。銀星 七緒(ぎんせい・ななお)……。 通りすがりの、退魔師……」 七緒は、空賊のボスを見据えた。 「探していた。鯨を蝕み、苦しめ続ける暴徒……」 「くそっ……! わらわらとまとわりつきやがって、煩ぇハエ共が!!」 空賊のボスが、振り回した戦斧を叩き下ろす。 七緒がそれを躱すと、ボスの戦斧は、床を叩き割った。 「ああっ! 鯨さんのお腹が!」 ルミナルナ・ハウリンガー(るみなるな・はうりんがー)が悲鳴を上げ、七緒は舌打ちを打つ。 「七緒! あたし達が攪乱するから、その隙に!」 ヘイリーが七緒に指示を飛ばす。 頷いた七緒に、パートナーのルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)が 「ナオ君!」 と叫び、服の留め具を外して胸の谷間を晒した。 七緒は、ルクシィの胸の谷間から、光条兵器を取り出す。 「報い、受けてもらう……!」 ボスの戦斧による連続攻撃に、武器で阻みつつも弾かれるように後退させられる。 ボスは、相手が何人でもまとめて打撃し、まとめて弾き飛ばした。 「重いっ……!」 七緒が眉を寄せる。 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が、その戦闘の混乱に乗じて、ひっそりと移動する。 ボスの後方に。 ボスにへろへろになっている、と指摘された彼等は、彼の眼中にも無い様子で、フラフラと歩いたところで意にも介されていない。 武器すら持っていないのを、甘く見られたのだろう。 そこを利用した。 リネンが光術による閃光を放った。 怯みながらも攻撃の体勢を崩さない空賊のボスに、七緒が飛び込む。 聖なる光によるカウンターが上手く入り、ボスが吹っ飛んだ。 「ぐはっ!」 壁に叩き付けられたボスは、しかし意識を失うことなく、すぐさま立ち上がる。 「ガキがぁ! ナメた真似しやがってえ!!」 「丈夫な奴!」 ヘイリーが毒づく。 「さあ、良いぞ!」 アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が、2人のパートナーに強化呪文を掛け終えた。 「……行っけえ!」 御剣紫音と綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)が、サイコキネシスによる攻撃を、同時に放つ。 どこから打たれたのか解らない、突然の攻撃に、受身も取れずに無防備だったボスは、それをまともに喰らって、 「がふ!」 と目を見開いた。 「今よ!」 もう一撃。 紫音は力の塊をボスにぶつけた。 「はあ、はあ……終わった?」 へろへろになりながら、紫音が訊ねた。 へたり、と座り込む。 オリハルコンの重圧に、もう気を失いそうだ。 「そのようじゃの。ようやった」 脂汗は滲むものの、何とか立っているアルスが、動かなくなった空賊のボスを確認して答える。 「そっか」 よかった、と、紫音は何とか笑った。 「ふう、しんどいどすなあ。 少し休ませてほしいどす」 ここまで何とか気力で持たせてきたが、決着がついたと知ると、風花も、気が抜けたようにぱたりと倒れる。 博季が彼等の容態を見て、それが、疲労の特大のもので、怪我や病気の類ではなさそうなのを判断してとりあえず、安堵した。 コハクと美羽、リネンの協力も得て、空賊を全員を縛り上げた後、怪我が酷そうな人を見付けて、コハクが治療を施す。 戦闘の際に周囲の岩壁についた傷には、ルクシィがヒールを施してみた。 「効いてくれるといいのですが……」 鯨の内部のはずだが、周囲は岩壁にしか見えなかったので、不安に思いつつもヒールを試してみると、じんわりと、削り、抉られた岩壁が少しずつ治って行くので、ルクシィはほっとする。 傷が治るよりも先に、魔力はあっという間に尽きてしまったが、すると、美羽が 「はいっ!」 と、SPタブレットを差し出した。 「これね、魔力が回復するの。使ってね」 「ありがとうございます……!」 受けとって、回復をさせながら、ルクシィは鯨の怪我を治療した。 「さてと」 ヘイリーが、ボスを起こす。 気付けをすると、呻き声を上げつつ、ボスは目を覚ました。 「……てめえ……!」 拘束されている状況を確認して、ボスはぐるりと自分を囲む者達、とりあえず目の前にいるヘイリーを睨み付ける。 「訊きたいんだけど。 どうしてオリハルコンを狙うの? そのあざ、どういう意味があるの」 「これか」 ふん、とボスは、肩のあざを見た。 「これは、オリハルコンを持つべき一族の証だ。 俺達には、オリハルコンを手に入れる資格がある。 それを、あの魔女が一人占めしてやがるのさ。 だから俺達は奪う。邪魔をする奴は容赦しねえぞ!」 「そんなこと言っても、もう駄目だよ」 美羽が叱り付けるように言う。 「とりあえず、皆を連れて、上に戻ろう。 ここには、長く居ない方がいいと思う」 コハクが言った。 オリハルコンが間近い。それには、近づかない方がいい、とコハクは言う。 「……そうね」 リネン達も同意し、何とか空賊達を全員運び出しつつ、白鯨内部から、背中の街へと帰還したのだった。 |
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