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リアクション
2
その頃、紳撰組の屯所では。
近藤 勇理(こんどう・ゆうり)が大部屋の前方に座して、額に手を添えていた。まさに頭を抱えているというのが正直な様子で、元から凛々しかった目元の上では、眉間に皺が刻まれている。
「勇理、大丈夫?」
その左隣に座った楠都子が、心配そうに声をかけた。凄艶な長い睫毛が影を落とし、豊満な胸が制服の上からもはっきりとかいま見える。
彼女は考えていた――勇理の頭が痛くなっても当然だろう、と。
何せ、梅谷才太郎が暗殺されてしまったのである。
梅谷才太郎とは、元々紳撰組だけでなく扶桑見廻組や、脱藩元の暁津藩からも追われ、将軍家からも目をつけられていた攘夷志士――紳撰組側から見れば、不逞浪士その人だったのである。とはいえなぜなのか、ことあるごとに、これまでの間、勇理に懐いてきては、好きだ好きだと口にしていたのである。無論、紳撰組は梅谷才太郎を捕まえる立場にあったのは間違いがない。だが、だが――
「大丈夫。ただし、私は暗殺も処刑も意図してはいなかった」
捕まえる事を目指していたとはいえ、敵対する相手だったとはいえ、知る相手の死は辛い。
「勇理、よもや……」
都子が、勇理の様子に言葉を飲み込んだ。
「まさか、私ではない!」
自身が知っている自分の無実を大きく訴えた勇理は、強い声で否定する。
勇理の右側に立っている紳撰組副長の棗 絃弥(なつめ・げんや)と、文武師範の罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が無言で頷いて見せた。
「はわわ、勇理さんは、はんこぅ現場に証拠品置いてくアホーな子じゃ無いのですぅ。絶対、悪い人達の陰謀なのですぅ」
そこへ土方 伊織(ひじかた・いおり)が眉根を下げて声をかけた。黒く大きな瞳が、心配そうな色を浮かべている。彼女は、紳撰組の弐番隊組長だ。
――はわわ、勇理さんが大変な事になっちゃってるです。
そんな心情で彼女は、何とか元気づけようと、勇理へと歩み寄った。
「勇理様の人となりを鑑みて見ると、暗殺の様な事をする様な方では無いと思います」
サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が情に厚そうな声でそう声をかけた。顔には優しさがにじみ出ている。銀色の長い髪を揺らしながら、彼女は静かに屈んで勇理と視線を合わせた。
「ありがとう」
安堵するように吐息した勇理に対し、ベディヴィエールの隣でサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)が呟いた。
「勇理も災難じゃのう。じゃが、これが本当だったらある意味ただのアホの子じゃろう。現場に証拠品置いてく暗殺者なぞ論外じゃし、そんな事する位なら討ち取った後に大いに宣伝しとるだろうしのう」
「本当に大変な事になってしまいましたね」
頷きながら橘 舞(たちばな・まい)が声をかけた。
「都子さんの肩の傷の具合が心配で様子を見に来たんですけど、こんなことになっているなんて」
「謎は全て解けたわ。才太郎暗殺、これは怨恨による殺人よ」
そこへブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が、鋭い声を放った。
「才太郎を憎悪する女の憎愛の果てに起きた悲劇と考えれば、全ての糸が一本に繋がるわ。切断された頭部。置かれていた勇理の鞘。――勇理と才太郎が親密な関係であったことは周囲の証言からも明らか」
「いや、それは違う」
勇理が否定するも、ブリジットは続けた。
「犯人は、才太郎の頭部を切断するほど憎み、勇理に罪を負わせたいほどの怒りを抱えた人物。そして、鞘を持ち出せる人物。つまり、犯人は……あなたしか考えられないのよ、楠都子さん!」
「待って下さい」
慌てたように、都子が立ち上がった。
「惚れた相手をヘラ男に寝取られるとか、女としては屈辱だもんね。同情はするわ。
格好だけの才太郎の腕輪もついでに取り上げちゃえばよかったのに」
「そ、そんな、私は――」
虚を突かれたように、都子が瞠目する。
「憎愛の果て? ……陳腐な設定じゃな。素直に都子に力を貸すといえばいいものを、面倒くさいヤツじゃ。都子、一緒に捜査に出ようではないか」
深々と溜息をつきながら、金 仙姫(きむ・そに)が鼻梁を傾げ笑ってみせる。
――これでは逆に都子の立場が悪くなりかねんじゃろ。ま、少し様子をみるかな。
そのような心境で、彼女は腕を組んだ。
「あの……私の出番は……?」
現在純白のドレスの形態で装備されているカルラ・パウエル(かるら・ぱうえる)が、そんな周囲の光景にひっそりと呟いたのだった。彼女は、大昔にヴァイシャリー家に仕えた騎士の家に生まれた魔鎧である。当時、兄が急逝した為、期せずして家を継ぐことになったが、初陣で戦死してしまった。その為、生前に女の子らしい衣装が着られなかったこともあり、鎧形態は純白のドレスの姿なのである。ちなみに、パウエル家はカルラの代で断絶したので、家名を裕福な富で得た現在のパウエル家とは無関係である。ブリジットの先祖等ではない。
騎士道を重んじているカルラは、現在でも騎士だ。
そんなやりとりをしている大部屋の縁側では、紳撰組壱番隊組長の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)とヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が、のんびりと作業をしながらお茶を飲んでいた。
二人の間にあるのは、オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)の指名手配書の最新版である。前回の指名手配書は、取り急ぎ依頼した絵師と版画師の聴取による急ごしらえの作成物だった為、全く似ていなかったのであるが、今回の最新版は、以前大奥にてデジタルカメラで撮影された品を印刷し量産したものなので、大変良い出来映えである。
この指名手配書は、扶桑見廻り組にも届いている。幕府に提出してあった証拠の品を橘 恭司(たちばな・きょうじ)が尽力して、城下へと広めた成果だ。
何故指名手配されているのかというと、実はオルレアーヌは、先日の大老暗殺事件――大老だった楠山暗殺を企てた首謀者その人だからである。
「新しいお茶を淹れたわ」
そこへエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)が声をかけた。蒼く長い髪を揺らしながら、彼女が二人の横へと腰を下ろす。
「有難う」
ヘイズが優しく笑うと、正悟もまた頷いた。
「頼まれていた編成をまとめてみたんだけど、こんな感じでどうかしら?」
紳撰組の組織編成まとめていたエミリアから、正悟は紙を受け取った。彼女は現在では、紳撰組の厨房を任せられていると言っても過言ではなく、こうした雑務も取り仕切っているのである。
「みなさんにもお茶を持って行こうかしら」
それまでの、のんびりとした様子から、仕事をする眼差しへと代わり、鋭く青い視線で紙を一瞥している正悟の隣で、エミリアが大部屋の中へと視線を向けた。
そこでは、スウェル・アルト(すうぇる・あると)が壁に背を預けて読書をしていた。隣には、ヴィオラ・コード(びおら・こーど)の姿がある。繊細そうな赤い瞳を書籍へと向け、スウェルは考え事をしていた。 彼女が読んでいるのは、新撰組の本である。
――言葉の違いもあるから、少し、難しい。でも、新撰組での総長は『山南敬介』という人物だと、分かった。だからというわけでは、ないけれど――
美しい髪の毛先を静かに後ろへ流してから、スウェルは情緒的な思案に耽っていた。
――私が率いる隊は、ない。だからこそ、他の組長達よりも、多少なり、自由に動けると、思う。今の状況は、紳撰組に対しても、よくはないだろうから……私も彼と同じ『総長』という肩書きを受け取って、ここにいるのだから。
彼女のそんな様子にヴィオラは、知的そうな銀色の瞳を揺らしていた。
――スウェルも近藤局長の疑惑を晴らしたいみたいだし、俺も頑張ろうか。
そんな風に考えながら、彼は冷静にこれまでの出来事から現状を整理していた。
今回の事で考えられる目的は、まずは、梅谷を慕う者と紳撰組を仲違いさせる事である。 あるいは、紳撰組を潰す事や、紳撰組の評判を落とすことで松風公に被害を及ばす事とて考えられるだろう。
「この位が浮かんできたけれど、さて、まだ情報が少ないね」
ポツリと呟いた彼は、一人大きく頷いた。
――今回の事で得をするのは誰かを調査しよう。
そう彼が決意した時、そこへ海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)がやってきた。
「面白そうな本を読んでいますねぇ。あ、そういえば海豹村の本も面白いですよ」
彼は紳撰組の六番隊組長で、海豹村の若き村長である。海豹村とは、現在入村者募集中の村であり、彼は海豹村の宣伝の為に、こうして村の外へと出て活動しているのである。
「海豹村の本があるの?」
そこへ紳撰組の参番隊組長のレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が声をかけた。
「読んでみたいんだけど、経費で落とせるかな」
「落ちないわ」
ぴしゃりと勘定方のミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)が言葉を放つ。
彼女達がそんなやりとりをしていると、一人の隊士が大部屋へと入ってきた。
「入隊希望者です」
その声に、勇理や如月 正悟(きさらぎ・しょうご)、棗 絃弥(なつめ・げんや)の視線が向く。
「嬉しい事だな」
勇理が呟くと、絃弥がスウェルへと視線を向けた。
「近藤さん、人員の補充の前に、総長のスウェルさんに軽い面接をしてもらったらどうだ?」
――俺がやったら半分以上が廻れ右で帰っちまうだろうし。
鬼の副長と名高い彼は、心の中でそんな事を考えていた。
「面接?」
勇理が首を傾げると、絃弥が大きく頷いた。
先日、紳撰組に所属していた大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)が、英霊になる前の一件から、楠都子を襲撃するという事件が起きたのである。絃弥の意図を察したのか、都子が身体を震わせ、両腕で自身を抱いた。
「……そうだな。頼めるか、総長?」
誰にでも門戸を開いている紳撰組ではあるが、確かに扶桑守護職の名をおとしめるような事態を招いては困ると考え、勇理もまたスウェルへと視線を向ける。
「分かりました」
頷いたスウェル・アルト(すうぇる・あると)が本を閉じた。彼女は、ヴィオラと共に立ち上がる。
「あちき達はちょっと諸士取調役兼監察方と話してくるよ」
そう声をかけて、レティシアとミスティも二人の後について歩き始める。
屯所の門をくぐってすぐの部屋には、何人かの入隊希望者が集っていた。
スウェル達が面接の準備を始めたのはそのすぐ隣の部屋で、逆隣の部屋には、諸士取調役兼監察方が集まっていた。
「近藤さんの耳に入れておかないとまずいですぜ」
逢海屋の資料を見ながら、諸士取調役兼監察方の一人、斉藤が嘆息混じりに呟いた。
「そうだねぇ」
すると薬箱を置きながら、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が大きく頷いた。ロゼという愛称で親しまれている諸士取調役兼監察方の、『ある意味』鬼の上役は、青い瞳を静かに揺らした。その視線が向いた先は、座頭 桂(ざとう・かつら)と九条 レオン(くじょう・れおん)である。これまでの間、紳撰組の諸士取調役兼監察方は、この四人と他数人が担ってきたに等しい。
あまり表に出る事はなく、紳撰組の中でも彼らを初めとした諸士取調役兼監察方は、顔や名前を知られる事が少なかったのが実情だ。
そもそもロゼは、紳撰組に入る前は、男装で薬売りをしていた為、現在でもロゼの姿を見る度に、薬売りが来たのだと勘違いする隊士が後を絶たない。だが顔を知る組長や近藤には、とても信頼されているのが事実である。
今し方も、入隊者達の素性を一通り既に調べ終わっていたのが、彼らである。
「ちょっとお邪魔するよ」
そこへレティシアがやってきて、そう声をかけた。
「入隊者の事なのですが」
冷静なミスティの声に、分かっているという風にロゼが頷いた。
「全員大丈夫だよ。人柄までは、私ではなく総長の推し量るところだろうけれどねぇ」
つい先程の大部屋でのやりとりまで知っている様子の声に、レティシアとミスティは顔を見合わせた。
「所で斉藤、私は一足先に逢海屋へ潜入しようかと思うんだけどねぇ」
「ロゼさんに采配は、まかせます。俺は近藤さんに報告してきますぜ」
「逢海屋? 梅谷才太郎の暗殺の件?」
諸士取調役兼監察方連中のやりとりに、レティシアが首を傾げる。
するとロゼが微笑した。
「詳細は、後で局長が通達してくれると思うよ」
隣室でそうしたやりとりが行われている事はつゆ知らず、その頃紳撰組の総長であるスウェルと補佐のヴィオラは、黒野 奨護(くろの・しょうご)とティア・ルシフェンデル(てぃあ・るしふぇんでる)の面接をしていた。
「入隊を希望する理由は?」
淡々としたスウェルの声に、奨護は負けず嫌いの様相が滲む黒い瞳を真摯に総長へと向けた。
「紳撰組入隊募集を見た。自分の力がどこまで通じるのか試したい」
「希望する隊はありますか?」
冷静なスウェルの声に、奨護は断言する。
「先発隊を希望する」
「反対です!」
横にいたティアが、その声に慌てて首を振った。彼女は、そもそも奨護の紳撰組への入隊自体に反対なのである。
「怪我でもしたらどうするのよ」
銀色の長い髪を揺らして抗議した彼女に対し、その心中を察してヴィオラが思わず頷いた。
その様子にスウェルが一度咳払いをする。
「――守るものや、守りたいものがあると、人は強くなれるのだと、私は思う。貴方は、きっと立派な隊士となると思う」
「ああ、最後まで戦い抜く自信があるぜ」
「けれど……パートナーを不安にさせてはいけないと思う」
スウェルがティアを一瞥してそう告げた時、その部屋へと新たな来訪者があった。
柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)と徳川 家康(とくがわ・いえやす)、そして皇 玉藻(すめらぎ・たまも)である。
「安心しろ、そいつに何かあった時、いざとなったら手助けの一つや二つぐらいしてやるから」
氷藍がそう声をかけると、驚いたようにスウェルが視線を向けた。
彼は――特に獎護の奴、何だかんだでツメが甘そうだし……と考えていたのである。
「どうしてここにいるんだ?」
奨護の問いに、氷藍が玉藻を見る。
「紳撰組を見に来たんだ、そうしたらコレだ」
溜息混じりに彼が言うと、玉藻は嬉々とした様子でヴィオラを見ている。息を飲んだ様子で、ヴィオラが後ずさった。
「我が天下の元に生まれた勇士達の名に似通った名を名乗るならば、不逞浪士だのに遅れをとるでない!」
その隣では、家康が声を上げている。
顔を見合わせたスウェルとヴィオラの元へ、部屋の喧噪を聞きつけて、レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)とカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)がやってきた。
「何をしているんだ?」
レギオンは、紳撰組に入隊しに来たわけではなかったが、個人的に接触を図ろうとしていたのである。彼は、紳撰組という組織が、自分たちの考え方を押しつけるただの正義の味方気取りではないかという疑念を抱いていたのだ。
そこへ聴き知った声が漏れてきたものだから、思わず待機室から出てきたのである。
「貴方達は知り合いなの?」
もっともなスウェルの問いに、一同はおし黙る。
「ええと……紳撰組に入隊しに来た人、挙手」
ヴィオラが再度確認するようにそう告げると、奨護が威勢良く手を挙げた。一歩遅れて、氷藍と家康そして玉藻も手を挙げる。
「俺は、紳撰組が信用できるまで、入隊はしない。ただ、手を貸しても良い」
レギオンがそう述べた。
面接とは、選ぶだけではなく、選ばれる場でもあるのだとスウェルは意識する。
「しょうがないから手伝ってあげる」
レギオン一人では心配だと考えながら、カノンもまた頷いた。
「そう。では、私達も貴方達の事を、働きを、よく見ている事にする」
スウェルがそういって心なしか微笑んだのを、その部屋にいた人々は見て取った。
こうして彼らは紳撰組に身を寄せる事になったのである。
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