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リアクション
3
その頃、廃れた長屋の一角では。
本郷 翔(ほんごう・かける)とソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が、先日の寺崎屋での騒動で負傷した不逞浪士の治療を行っていた。ソールは実の所、鬼城将軍家の大奥・奥医師をしていたりもする。
「討ち入りともなると、このように被害が大きくなるのですね」
翔が負傷者の額に載る濡れた布を取り替えながら呟いた。端整な顔立ちの中で、黒い瞳を現実的に瞬かせている。
――何かルールを設けなければ。そんな事を考えながら、翔はソールへと視線を向ける。
「中々傷が塞がらないな、ここは魔法で」
奥医師としての実力を発揮しようとしている彼は、金色の長い髪を揺らしながら、青い瞳を患部へしっかりと向けた。
そんな二人の正面には、オルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)と眞田藤庵(まつだとうあん)が座り込んでいる。藤庵は、闇医者であり、ソールと共に不逞浪士と呼称される攘夷し士達の手当に励んでいるのだ。さる人物の英霊である彼は、生前医者の家系だった事もあり、腕前は確かだ。特技の医学を併用しながら、確固とした治療を施す事から、ソール同様志士達からの信頼も厚い。
ちなみにソールは完全中立の立場から医療活動を行っており、藤庵は大っぴらに治療が受けられない患者の治療を行っている。もっとも藤庵は、見返りに情報を集めていたりもするのだが。
不逞浪士が治療の為、あるいは交流の為たむろしているこの長屋の部屋の端には、藤村と名乗る麗人が腰を下ろしている。
藤村は、首刎ね犯さんと、お酒でも飲みつつ語らいたい、と考えていた。それは勿論、梅谷才太郎暗殺事件の首謀者の事を指している。優しそうな面持ちに反して、大胆な思考回路を持っているのが、藤村某である。
「紳撰組の巡回連中が道を過ぎたぜ。今なら、戻れる」
逢海屋にて、不逞浪士達の用心棒をしているトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が呟いた。彼は護衛として、この医療施設まで浪士達に伴ってやってきたのである。
「例え戦闘になっても、やる気の無いトライブと違って、あたしは殺る気は十分よ」
王城 綾瀬(おうじょう・あやせ)がそう口にして微笑した。彼女の長い髪が揺れている。
「新撰組? ……いえ、紳撰組ですか。懐かしい響きですね……。さて、如何すべきでしょうか」
聴いていた伊東 武明(いとう・たけあき)が呟いた。
――仲間以外を認めず、人を斬ることよりも、対話をし同志を増やすことがマホロバを真に守ることになりましょう。今のように、異なる立場の者を認めぬのであれば、一部の方が身を呈して扶桑の噴火を止めた事すら無為になってしまうかと。
そんな思いで、彼は目を伏せた。すると思い出すのは、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)の事である。
その頃歩は、大奥で尽力していた。大奥取締役代理として、大奥全体のとりまとめを行っていたのである。中々身動きの取りづらい彼女はだからこそ、信頼できる武明の行動には何も言わないでいるのだった。
「帰る前に少し、話を聴かせてもらえませんか」
武明のその声に、包帯を巻き直してもらっている不逞浪士が顔を向ける。
そうしたやりとりが行われている長屋の前を、丁度その時クロス・クロノス(くろす・くろのす)と井上 源三郎(いのうえ・げんざぶろう)が通り過ぎていった。
「源さん、この道で合ってます? この間みたいな事はないですよね?」
クロスが思わずそう呟いた。実は先日、源三郎と共に『新撰組』の面々に会うために試衛館に向かった二人だったのだが、知己である近藤 勇(こんどう・いさみ)から教えられた場所に向かったところ、本来向かうべき場所と全く違う場所を教えられていたようで、迷子になってしまい、二人は合流することが出来なかったのである。
だが今回は、土方 歳三(ひじかた・としぞう)に場所を聴いた。
――今回は近藤さんではなく、土方さんに場所を聞いたので、少し遅くなるかもしれないが大丈夫なはず。
クロスがそう考えていると、『近藤さんが方向音痴で迷子になりやすいのを忘れていた事』を忘れていた源三郎がおずおずと頷いた。
「大丈夫だ。たぶん……」
二人が目指しているのは、魅谷甲良屋敷の傍にある試衛館のマホロバ道場だ。
新撰組の英霊達が開いた道場が、そこにはあるのである。
その頃扶桑の都に開かれたその試衛館では、椎名 真(しいな・まこと)が首を傾げていた。
「首がない……優梨子さん?」
彼が思い出しているのは藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)の事である。
大きく頷きながら日堂 真宵(にちどう・まよい)が声を荒げる。
「謎は全て解けたわ。犯人は言うまでも無いと思うけれど『藤原優利子』に違いないわ! パラミタで彼女ほど首に執着する人間はいないし、それなら全ての動機や目的の謎も解決するってものよね。ただ彼女は首が欲しいだけなんですもの。解決! さあ帰りましょう帰りましょう」
その少々天然呆けの声に、土方 歳三(ひじかた・としぞう)が格好良い眼差しを僅かに細めた。
「違うだろ。別の匂いがする」
過去の因縁を思い出しながら歳三が返答した。
「え、ちがう?」
真が視線を向ける。
「兎も角、楠都子は警戒しつつ、だ。紳撰組の屯所にでも行ってみるか。犯人が誰かは未だ分からない」
――事が事だけに新撰組側の中も荒立っているからこそ、一歩引いた位置から成り行きを見て動きたい。
それが歳三の本音だった。
「疑われる身にもなってみやがれ。それがどういう亀裂を生みだしたか、知っててやってんだろ犯人はよ」
そこへ原田 左之助(はらだ・さのすけ)が声を上げた。
「兄さん落ち着いて。暴走しちゃ駄目だよ」
真が言うが、佐之助は拳をふるわせている。
「……暴走してる節は認めるが、抑えきれそうにねぇ」
「まあ、敢えて止めはしないがな……お前程じゃないがこの一件、新撰組として気にならん訳がない」
近藤 勇(こんどう・いさみ)が、腕を組みながら深々と吐息した。
「じゃあ俺達も、左之のフォローの為に紳撰組に行ってみるか」
マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が勇を見ながらそう述べると、歳三と真宵が頷いた。
「俺は捜査に行く」
「ま、待ってよ兄さん」
一人断言した佐之助に対し、真が困惑した声を上げた。
だが佐之助は、静止を聞かずに飛び出していった。慌てて真も後を追う。
丁度そこへ、井上 源三郎(いのうえ・げんざぶろう)達が到着した。風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が伴って現れる。
「まずは情報収集という事で、勇理さんのもとに赴き、事件に関して勇理さんが把握している事を確認するのは賛成です」
優斗が一同に頷きながら、訪れた源三郎とクロスに座るように促した。
「隼人殿から依頼も来ている」
そこへ諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が、声をかけた。彼は、風祭 隼人(かざまつり・はやと)と風祭 天斗(かざまつり・てんと)の姿を思い出している。
「扶桑見廻組が回収したと思しき品や、鞘のサイコメトリもしなければなりません」
孔明の声に、優斗が頷いてみせる。
そうした話を静かに聴いていた沖田 総司(おきた・そうじ)は、思った。
――優斗や新撰組の仲間で動いて集めた情報を元に、梅谷殺害の下手人を追跡しよう。
「弟分の友は俺の友でもあるってことさ」
呟いた彼の隣で、鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)が視線を揺らした。
「私も私なりにマホロバの発展のために出来る事をしたい」
その声に、『新撰組』局長である、近藤勇は思案するようにゆっくりと瞼を伏せた後、大きく目を開いた。
「源さん、左之を宜しく頼む」
こうして、佐之助達をのぞいた面々は、紳撰組の屯所へと向かう事にしたのだった。
ただし歳三は考えていた。
――紳撰組側で動くのは近藤さんと同じだが、あくまでもその際の距離感は彼とは違いはなれたクールな物でいたい。経験した過去の事件に似通った事件だけに、紳撰組を罠に嵌めようとする意図があるかもしれないのだから。
4
その頃、魅谷甲良屋敷を抜けた先にある繁華街の裏路地に居を構える、一店には数人の人々の姿があった。二階の卓上に肘を預け話を聴いているのは、橘 恭司(たちばな・きょうじ)である。
「そうか、手配所は出回ったか」
前方では、事務員の一人が、扶桑見廻組と紳撰組に回した手配書について話しをしていた。
それは恭司が、幕府に提出されていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の手によるオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)の大老暗殺事件の主導者を記録した資料を入手し、印刷した成果だった。
その報告に彼が、顔にある傷を撫でていると、他の事務員がやってきた。その者は、米問屋の物流を追っていた者である。
――何をおいてもまず食料がいる……少なからず出回る量が増えている筈だからそこを調べてもらおう。
それが恭司の考えだった。
「成る程――寺崎屋の需要の減少に比例するように、逢海屋と池田屋の需要が伸びているのか」
呟いた彼の元へと、さらに他の事務員二人が歩み寄ってきた。
彼らは恭司も含め、みな八咫烏の人間である。
ヤンキーと埼玉県民に扮した二人は、これまでに引き続き街で出回っている噂を回収しては、八咫烏の全権限を預かっている恭司の元へと報告にやってきた。
「手配書は上手く廻ったんだぜ」
ヤンキーのその声に、埼玉県民が実直そうな面持ちで頷く。そんな従者達の姿に、恭司は笑みを浮かべて頷いた。
「もう一つある。紳撰組や見廻り組が褒賞金を出すかも知れないと噂を流して欲しい」
「御意」
埼玉県民に姿を装った事務員は、頷くとすぐに事務所を後にした。
「紳撰組は――特に近藤は相当気にしているようっスから、案外噂のまま終わらないかも知れないっスよ」
ヤンキーに姿をやつした従者がそう言うと、恭司が頬杖をついた。
「逢海屋の暗殺事件の件は、どの程度紳撰組が掴んで居るんだろうな」
「どころか浪士達の集会まで掴んでいる様子っスよ。案外、あそこの諸士取調役兼監察方は侮れないっスよ」
「口調までヤンキーになりきらなくても良いんだぜ?」
「俺は形からはいるタイプなんです」
事務員が、ふふん、と楽しげに笑った。それに対して、恭司が肩をすくめる。
「それで、橘様はどうするんスか?」
その問いに、恭司は煙管をコツンと陶器の灰皿へ音を立てておきながら、唇の端を持ち上げた。
「そうだな、俺はそれとなく街を散策し、朱辺虎衆に繋がりそうな手がかりを追うか――統計を出しておいてくれ」
応えた恭司は、八神 六鬼(やがみ・むつき)へと視線を向けた。
「まったく恭司殿も面倒事を押し付けてくれる。何々? コレらの統計を取って整理するのか。食料の統計か……ふむ」
こうして裏路地の一角で八咫烏の情報収集及び統合が行われていた頃、丁度仮のすみかとする長屋へ佐々良 縁(ささら・よすが)達が戻ってきた。日の落ちた街の灯りが、障子越しに、長屋の畳を染めている。
縁は、点喰悠太と名乗り、情報収集に努めていた。
昼は獣医を生業としている孫 陽(そん・よう)と共に、暁津藩家老の継井河之助の馬の様子を見ている。寺崎屋討ち入り前の先日よりひいきにされているのである。
また夜になれば、胸を潰し男装した彼女は、著者・編者不詳 『諸国百物語』(ちょしゃへんしゃふしょう・しょこくひゃくものがたり)こと百ちゃんや、蚕養 縹(こがい・はなだ)と共に活動していた。もっとも縹は護衛の為、いつも彼女達の少し後ろを歩いているのだけれども。
「ボヤを煽っている火元をきっちり始末しないといつか大火事になるだろうからねぇ?」
無事に帰還した縁は、一人そんな事を呟いたのだった。
――今日は無事に帰還した縁は。
その頃扶桑見廻組の屯所では、アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)と司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が、皆の前で話し合っていた。
「見廻組は良くやっている。だが、どうしても人の耳目は派手な動きをする方に集まるもの」
アルツールはそう口にしながら考えていた。
――重要なのは戦果ではなく治安維持のはずだが、全ての人間がそれを理解できているわけでも無いから。
彼は、見廻組の作戦能力を向上させる事を強く願っていた。
コレまでに数多の経験を経てきた彼は、クィーンヴァンガードへと思いを馳せていた。あの経験は、非常時で無い限り深刻な政治問題になるだろうと不安を喚起させる。魔法学校校長やザンスカール家に断りも無く、勝手に踏み込んで捜査を行う事などは、平時ならばあってはならない。
見廻組の仕事を見て、間違ってはいないと思うし、その仕事振りは、実直な人間が見れば評価してもらえる。
「しかし、そんな実直な人間ばかりが『上』にいるわけでは無いのは明白。先日の『線引き』の話も、見廻組に目立つ所が無ければ紳撰組の『戦闘による戦果』に目を奪われた上層部が渋る可能性もある」
彼の口にするところはもっともで、エリート集団である扶桑見廻組には、それ相応のしがらみも多いのだった。
「今までの方針を維持しつつ、見廻組の存在感を示せそうな妙案は無いか」
彼がそんな風に考えていると司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が唇を舐めた。
「もっと戦術を差別化すれば、見廻組の存在感を示せるのではないか。成功して戦果も稼げれば数字上でも目立つことができる」
「なるほど。では、紳撰組とは真逆の方向で、軍隊的な連携重視の戦術をしてみてはどうだろうか」
アルツールは、そう口にしながら、その方がこの組織の性格的にも、馴染む戦い方になるはずだと考えていた。
「これからは、扶桑見廻組の入隊試験は、司馬先生にやって貰おう」
扶桑見廻組の一人がそう言うと、賛同の声が各所から上がった。
「賛成です」
そこへ七篠 類(ななしの・たぐい)が、そう声をかけた。
彼もまた、扶桑見廻組と紳撰組とが協力関係になるにあたり、その障害になりそうなものをできる限り取り除きたいと考えていたのである。その段取りを組みたいと思っていた彼の内心はこうだ――エリートと呼ばれる人々の集団に俺のような凡人を入れてくださったこと、心より感謝したい。その恩義に報いる為にも、自分の行動に責任を持って行動させてもらおう。
そんな様子を一瞥しながら、尾長 黒羽(おなが・くろは)が赤い瞳を揺らした。類が続ける。
「その為には協力が必要だな」
類の声に黒羽が頷く。
「わたくしは、意図を絡め取る蜘蛛。いつでも捕食者ですのよ? この暗殺事件の意図とて汲みましょう」
そこへ一人の扶桑見廻組の者がやってきた。
「類さん、面会希望者が来ているのですが……暗殺事件のことで」
「すぐに行く」
応えた類が足を運んだ。
するとそこには、風祭 隼人(かざまつり・はやと)と風祭 天斗(かざまつり・てんと)の姿があった。
「友人として丁重に弔ってやりたいんだ」
隼人がそう言うと、扶桑見廻組の人間が首を横に振る。
「これは犯人を調査する為の、大切な押収物だ。大体、友人とはどういう事だ?」
「俺は才太郎君の合コン仲間じゃ」
天斗はそう応えながら、内心怒り狂っている様子の隼人をなんとか制しようとする。
「そうか……友人というのであれば、遺品――形見の一つくらい……」
そこへ訪れた類が、優しい眼差しでそう告げた。
こうして遺体にはまっていた白い革製の腕輪は、隼人達の手へと渡る事になったのだった。
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