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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】芸術に灯る魂(第1回/全2回)

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序章 一夜明けて

 そこはまるで、幻想と暗黒とが入り混じったような不思議な街だった。
 陽光も月の光さえも差さない薄闇の世界にある、水辺の都。一見すればその雰囲気は地球にあるヴェネツィアを彷彿とさせるが、そこにかの地のような温かな光はない。無数の島々を結んだ出来たその都は、島々の間に運河が通っている。運河を渡るのは手漕ぎのゴンドラが当たり前のようだが、まれに、己の背中に生えた暗黒の翼をはためかせて空を飛ぶ異形の者もいた。闇の世界を飛翔する魔の化身の姿は、不気味さを覚える。
 特に今は夜だ。闇は常闇から無明の闇へと変わろうとしている。となれば、いくら美しい造形をもった都と言えども……やはり魔族の都だということを改めて思い起こされる。
(魔族か……)
 宿の窓から街を眺めるレン・オズワルド(れん・おずわるど)は、中央にある塔のような建物を見た。アムドゥスキアスの塔である。
 この地は複雑な地形をしていた。まるで螺旋階段のように大地は段差状に連なり、下方は運河の都を形成しているが、上方は複雑な曲がりくねった路地と建物が入り交ざる非幾何学的な構造をしているのである。遠目から見れば、塔を中心として円錐状に広がる街と言ったところだろうか。
 そんな円錐の中央に立つ建物こそが、アムドゥスキアスの塔だった。
(リンダ……エンヘドゥはどうだ?)
 レンは意識の中でリンダ・リンダ(りんだ・りんだ)を呼んだ。互いが同じ世界にいるときだけ可能な、テレパシーである。すぐに、リンダからの返答が返ってきた。
『あいよ。エンヘドゥなら無事みたいだぜ。ちゃーんと自分のお部屋でおとなしくしてるって話だ』
(夜の間は動ける……という話だったな)
『つっても、まだ夜になったばかりだし、なかなか見る機会はなかったんだけどな。へへ、まあこっちのやり口は見透かされてるっぽいぜ。それはそれで、好きにやらせてもらってるから好都合だけどよ』
 リンダの返答を吟味するようにしばらく黙考して、レンはもう一人のパートナーに目をやった。レンの紅いコートとは対照的な漆黒のドレスに身を包んだ吸血鬼は、関心がなさそうに外を眺めていた。しかし、レンの視線に気づくとようやく外から目を離す。
「……そろそろですね」
 アリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)は言って、今度は部屋の扉を見つめた。
 すると、まるで彼女が呼びこんだかのようなタイミングで扉のノックが鳴る。
「開いてる」
 レンの返事を受けて扉が開く。
 入って来たのは、歴戦の戦いの象徴でもある漆黒の鎧にたおやかな薄桃色の髪を靡かせた女だった。
 南カナンの領主――シャムス・ニヌアである。
 そして彼女の後ろからもう一人、女性が入って来た。褐色の肌の上で、赤みをおびた腰までの黒髪が靡く女だった。切れ長の双眸は凛とした雰囲気を放つ。しかし同時に、身軽そうな軽装の鎧は、少ない面積でしなやかな腰つきや飛び出るような豊満な胸を強調しており、どこか色っぽい雰囲気も漂わせていた。
 ただし……腰から伸びて床に寝ている角のような尾は魔族の証拠だ。
 大人の色気の中に凛とした一本の筋。刃物のような銀の双眸で、彼女はレンを見つめていた。
 シャムスが口を開く。
「準備はいいか?」
「ああ……オレはな」
 レンはアリスに確認を込めて視線を送る。
 アリスはこくりと頷いた。いつもの癖だろう。つい日傘に手を伸ばしかけて、そう言えばここは陽が差さないのだな、と思い出したように手が止まった。
 とはいえ……やはり持っているのが性に合うのか。
「私も、大丈夫です」
 彼女は日傘を手に取って言った。
 シャムスたちはそうして宿を出ていった。目的の場所は決まっている。褐色肌の剣士に案内されながら向かうのは街の中央――アムドゥスキアスの塔だった。