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シナリオ一本分探偵

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シナリオ一本分探偵

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 プールサイド。日の当たる場所でなななは立っていた。
 別に何をしているわけではない。ただぼけーっとしているだけだ。
 日の光を浴びて『今日天気いいなぁ』くらいしか思っていない。本当にぼけっとしているだけである。
 ちなみに今いるのはななな一人である。アゾートは『喉かわいたから飲み物でも飲んでくるよ』と飲み物を買いに行った。ボニーはその飲み物を売りに行った。従業員なので。

「本当にキミはいいの?」
「うん、今そんな喉乾いてないから。なななはこの辺りでぼけっとしてるよ」
「そう……それじゃ行こうか」
「はい。でも飲み物くらい出しすよ?」
「いや、ちゃんとお金払うから。ボクたちお客さんなわけだし」

 そんな会話のやり取りをしたのも数分前の事だ。やる事もなかったなななは本当にぼけっとしていた。
「おーい!」
 そんななななに駆け寄ってくる者がいた。エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)である。
「……あれ?」
が、エース達が駆け寄ってもなななの反応はなかった。ぼけーっとしているので。
「起きて……いますよね? なななさーん?」
 エオリアが声をかけても反応はない。
「おーい?」
 エースが目の前で掌をひらひらと振り、「はれ?」と漸くなななは瘴気、じゃなくて正気を取り戻した。
「……あれ、どしたの? なななに何か用かな?」
「ああ、用があるんだ。小暮くんの事件を調べているんだろ?」
 首を傾げるなななの前で、エースが片膝を着く。
「貴女の推理の為に手がかりを見つけてきました」
 そして、薔薇のミニブーケを差し出した。差し出されたなななは戸惑いつつも、そのブーケを受け取りじっと見つめた。
「……成程、この花を乾燥させた粉、すなわち【自称小麦粉】を小暮君に吸わせてトリプった所を突き落したわけだね!」
「いやそれ違う違う。そんな恐ろしい花じゃないから」
 エースが首と手を横に振る。
「え? じゃあこれ何?」
「いや、プレゼントのつもりだったんだけど……」
「紛らわしいんですよ、エース……」
 呆れた様にエオリアが言った。
「なななさん、我々が見つけた手がかりと言うのはこれです」
 エオリアが差し出したのは、グラスであった。中は黒い液体で満ちている。
「これは?」
「コーヒーみたいですね。ミルクやガムシロップは入っていないようです」
 少し顔に近づけ、匂いを嗅いでエオリアが言う。
「これがどうしたの?」
「ああ……どうやら、これは小暮くんが頼んだ物かもしれないんだ」
 エオリアに代わってエースがなななの問いに答える。
「小暮君が!?」
 なななの言葉にエースとエオリアが頷く。
「これを見てください」
 エオリアがグラスを傾ける。中のコーヒーが流れ、残ったのはグラス。
 そのグラスには、大きく『こぐれ』と書かれていた。ちなみにこれはエオリアが小暮の物と言い張る為に書いたものである……っておい待て。
「更に、そのグラスの横にはこれが置いてあった」
 そう言ってエースがひらひらと紙を取り出した。それは伝票であった。コーヒー1杯の注文と、料金が書かれている。
「恐らく犯人はこの伝票を使って小暮くんをプールへと導いたんだろう。この伝票を見た小暮くんはなんやかんやでスライダーを試してみたくなり、そして落下……」
「伝票……そうかその手があったのか」
 なななが考え込むように呟く。いやその手ってどの手だ。
「そのなんやかんやを考えるのは君の仕事だよ、なななちゃん」
 そう言ってエースは微笑みかけながら、なななの手に伝票を握らせる。ついでになななの手も握る。
「ところで、これ何処にあったの?」
 なななの問いに、エオリアが答えた。
「ああ、プールサイドのテーブルに放置されていました。これはきっと見逃せない遺留品だと思いまして――」

「――放置してあったのは、ミルクとガムシロップが無かったから取りに行ったんだよ」

 ぞっとするような声がエースとエオリアの背後から聞こえる。ぎこちなく背後を向くと、そこにはアゾートとボニーが立っていた。
「普段なら紙コップなんだけど、たまたま切らしていてグラスでくれたんだ。けど取りに行くのに持ち運んで転んで割るといけないと思ったからその場で放置していったんだよ」
 アゾートはそう言いながらゆっくりと近づいてくる。その顔は俯き、表情がうかがえない。
「戻ってきたら驚いたよ、置いておいたはずのグラスが無いんだから。そこで君達の後姿を見たから後をつけてきたんだけど――ボクが言いたい事はわかるかな?」
 アゾートが顔を上げた。表情には若干の笑みが浮かんでいたが瞳に感情が無い。その瞳で、まるで見下す様な一部の人種にはご褒美な見方でエースとエオリアを捕らえる。何処からどう見ても怒っているようである。
「……えっと、これ、yours?」
 引きつった笑顔でエースがグラスとアゾートを交互に指差した。
「そう、mine」
 その表情と見下すような視線は変わらず、ただ口だけを動かしてアゾートが答えた。
 勝手に人の飲み物持ち出した上、中身まで捨てりゃそりゃ怒るわ。
「は、ははは……えーっと……わ、悪かったって言うか……」
 エースはそう言うと、エオリアの耳元に口を寄せる。
(おい! どうするんだよこれ!)
(ぼ、僕に言われても! エースも話に乗ったじゃないですか!)
 お互いに責任のなすりつけ合いをしている二人に、ゆっくりと笑顔のボニーが近づいてきた。
「ど、どうしました?」
 引きつった笑みを浮かべるエオリアに、ボニーは彼が手に持ったグラスを指さした。
「それ、ちゃんと綺麗にしてくださいね?」
 ボニーの顔は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。

 その後、スパ施設内の厨房で「なんで油性マジック使ったんだよ!」「その辺りは僕も悪かったと思ってますよ!」と言う声が聞こえたやら聞こえなかったやら。