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お風呂ライフ

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お風呂ライフ

リアクション

「ああ、堕ちていきますね。アイドルが……」
 総檜造りの個室温泉にいた高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)が、浴槽から見ていたテレビに感想を漏らすと、次の瞬間に画面がパッと消える。
「あれ?」
 黒くなったテレビの画面に、湯に浸かる自分と、リモコンを持った焦茶色の髪の少女が映る。
「シュウ……」
 玄秀が振り向くと、いつもは束ねている髪を解いたティアン・メイ(てぃあん・めい)が身をピタリと寄せてくる。
「ティア? そんなにくっついたら……て、もしかして寒い?」
「……いいえ」
「のぼせてる?」
「……熱いけど、それも僅かに違うわ」
「じゃあ、どうしたんだい?」
 チャプンッと湯から手を出して、ティアの顎を撫でてやる玄秀。
「そうね……きっと疲れているのよ。私達」
「達? 僕は平気だよ? ああ。この温泉、確かマッサージのサービスもあったよね。呼ぼうか?」
 立ち上がろうとする玄秀を、背後から体重をかけるようにしたティアンが制止する。
「ティア? 重いよ?」
「ねえ……どうしてそんなの呼ぶの? せっかく二人っきりで一緒にいるんだから……私を……」
 ティアンの潤んだ瞳が玄秀に近づき、口づけを交わす。
「はぁ……あんッ……」
 チャプチャプ……と、湯音以外のくぐもった音が二人だけの個室に響く。
「ちょ……っと、待ってよ。どうしたっていうんだよ、ティア?」
 玄秀がティアンを一旦離そうと手を伸ばすと、柔らかな膨らみに当ってしまう。
「ん……」
「あ……」
 ティアンは離そうとした玄秀の腕を掴まえる。
「……」
「……」
「……………」
「……………」
 ピチョンッと、天井から一滴の雫が浴槽に落ちる。
「誰も来ないわ……」
「そうだね。個室だし……」
 個室を根回しでレンタルしたのは僕だけど……と言いかける玄秀の前で、ザバァとティアンが立ち上がる。
 均整の取れた身体だな……と、玄秀は彫刻を見るような目で湯気の中に立つティアンを見つめる。そこには、彼女の内面の脆さも見えていた。
「ねぇ……?」
 甘さの交じる声に、玄秀が冷笑と共に立ち上がる。
「……しょうがないな。こういう所では静かにゆっくりしていたいんだけど。まあいいや。……可愛がってあげる」
 待ち焦がれていた玄秀の言葉を聞いたティアンの顔が瞳が一層潤み、その顔が弛緩していく。
「玄秀、玄秀玄秀玄秀玄秀玄秀、ゲン……!」
ーーーガチャリ!
「お兄ちゃーん! 浴衣持ってき……た、よ?」
 瑠奈が「アレ?」と小首を傾げる。
「間違えたぁ……にゃーん……」
「瑠奈さん。輝さん達は向こうですよ……って、おわぁぁ!? な、何をしてるんですかぁ!?」
 瑠奈を呼びに来た若冲が、玄秀とティアンを見て叫ぶ。
「あ……あ、あ、ああぁぁぁぁ……!」
 色欲に溺れて、沈んでいこうとしていたティアンが顔を真っ赤に染め、近くにあったムーン・キャットSを剣に変えて立ち上がる。
「こ、このッ! の、ノゾキぃぃ!!」
「おわーッ!? 素っ裸で剣を振るうなんてこんな眼福チャンス……って、危ない!? 誤解ですよ!! 間違っただけですって!!」
 若冲は片手で顔を覆いながら、剣を振り回すティアンに叫ぶ。
 やり取りを黙って聞いていた玄秀が、深く溜息をつき、
「まったく! 折角の休日を台無しにしてくれた礼はきっちり晴らしてやらないと。ティア、僕の呪符を取ってくれ」
「はい!」
 ティアンから玄秀は呪符を受け取り、
「この前、ニルヴァーナ行きの月の回廊で芦屋の術師が使っていた呪詛を応用してやる。僕の邪魔をした事を後悔させてやろう」
 投げられた呪符が瑠奈へ向かう。
「瑠奈さん!!」
 瑠奈を庇った若冲が呪符を喰らう。
「うわぁぁ……って、アレ? 何ともない?」
 玄秀が低く笑う。
「そのうち、効いてくるさ……」
 グキュルルルーッ……。
「う、あ……!?」
「若冲さん、大丈夫?」
「う……ぐ、こ、これくらい……」
 腹部を押さえながらゆっくり後退した若冲が、個室から飛び出していき、瑠奈も後を追う。
「玄秀。アレは?」
「ああ、少し腹が痛くなるくらいだ。死にはしない。ノゾキじゃなかったんだしな。一番軽いヤツさ」
「ノゾキじゃないってわかってたなら、どうして呪符を?」
「おまえの裸を見た、その罰とでも言えば満足かい?」
「……」
 玄秀はまた湯船に浸かり、ティアンを見る。
「それで……?」
「え?」
「続きはどうする?」
 玄秀の問いかけに、ティアンがゆっくり頷く。
「冷や汗をかいたわ……また湯に浸かってから……」
「どうせ、またすぐに汗をかく事になるんだろう。それが……ティアのして欲しい事じゃないのか?」
 冷笑する玄秀に、ティアンの臆病な足音がゆっくり近づいていくのだった。