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「はぁ……はぁ……。お客さんが全力で来るから、私も全力でやっちゃったじゃない……」
 鳳明が額の汗を拭う。
「鳳明。頑張りましたね」
「セラさん……」
 セラフィーナと握手を交わす鳳明。
「さ、まだ次のお客さんが待ってますよ?」
 アルフェリカとルーシッドを見て。鳳明が、パキリッと指の骨を鳴らす。
「……や、わしたちは……」
「う、うん。ボク達はいいよ……?」
「いいえ! これはマッサージ師としての私のプライドを懸けた戦いなんです! やらせて下さい! どうしても……というのなら、セラさん!」
 そこに、和深と同様に二人を腕力で抑え込もうとするセラフィーナがゆっくりと近づいてきていた。

「……ヘヴン状態ですか……えーと、私はご遠慮しますね? 多分、事務所に怒られると思いますので……」
 様子を見ていた衿栖は、鳳明達から顔を背ける。
「あら? 向こうでもマッサージをしていますね? ちょっと見に行きましょう!」
 力と理性の熾烈な戦いを繰り広げていた鳳明と和深がいる一方、穏やかながら濃密なマッサージをする者がいた。

「お帰りなさいませご主人様☆出張メイドマッサージです☆」
 ブルーのウィッグにグリーンのカラーコンタクト、更にマッサージ用に半袖ミニスカートにしたメイド服を着た富永 佐那(とみなが・さな)が深々と頭を下げる前には、白いガウンに身を包んだ銀髪の男が居た。アイドルを追いかける仲間達の間で、加藤少佐と呼ばれる人物である。
「ほう! いつの間に着替えた……いや、そのような事は下世話だ。過程など何の価値もない。全ては結果だ。貴様のその態度こそ主人に対しての忠義を重んじるメイドとして素晴らしいのだからな」
「ありがとうございます!」

 話は少し遡る。
 佐那は先程までプールサイドにいた。赤毛のウィッグにターコイスブルーのカラーコンタクトを付け、米国大手ビールのキャンペンガールのように、ボディラインを強調した衣装でだ。
 そこで佐那は、在学中に名乗る『ジナイーダ・バラーノワ』としてプールに来た加藤少佐にモヒートを入れたグラスを差し出していたのだ。
「いらっしゃいませ。御所望でしたら、蜂蜜酒(ミード)も用意して御座います。遠慮なく申し付けて下さいませ」
「いや。この場でモヒートというのは良い。革命の国のカクテルだろう?」
 加藤少佐は、佐那からグラスを受け取り、一口飲む。
「む……ミントとホワイトラムの奏でる良い香り、そしてこの強くない程度の炭酸。そして、何より素晴らしいのが、敢えて砂糖を抜いていること!」
「はい。甘さより爽快さを好まれると思ったんです」
「ふむ……貴殿は私がまだこの施設に留まる、とそう読んでいるのか?」
 一見、軍人ぽく見える加藤少佐だが、彼の本業は会社員である。軍人ぽく見えるのは、彼の勤め先が『戦場』と言っても過言ではない『先物取引』関係の会社だからだろうか。
「プールやお風呂上がりには、マッサージ等いかがでしょうか?」
「……私はマッサージは好きではない!」
 「(あら?)」と意外そうな顔で佐那が加藤少佐を見つめる。
「下賤の者達は、奉仕という行為が何かを理解せず、金銭を得るためのサービス業だと考えているからな!!」
 ちょっと怒ったような口調で言い、モヒートを飲み干す加藤少佐。彼の怒りの原因は常人では考えつかないレヴェルにあるようだ。
「……今までは、でしょう?」
「貴殿は違うと言うのか?」
「はい」
「何が違う?」
「それは、実際受けてみられる方がよいと思いますよ?」
 空のグラスを受け取った佐那がニコリと微笑む。
「……フッ。その心意気や良し! 敢えて乗ってみることにするか」
「では、マッサージ室にてお待ちしていますね?」
 佐那は加藤少佐に一礼し、踵を返す。
 大きな胸を揺らしながら歩く佐那は、それなりに男性陣の注目を集めていたが、今日ここにアルバイトとしてやってきたのは、そもそも加藤少佐に会うためであった。
 以前、卑弥呼の酒場で店員としてアルバイトしていた佐那は、『接客業』に並々ならぬ情熱と厳しさを持つ加藤少佐に興味を持った。一般的な店員目線で見れば『タチの悪い客』というレッテルをベタ貼りされかねない加藤少佐だが、佐那は何かしら惹かれるものを感じてしまったのだ。
 話は現在に戻る。
「いかがですか? ご主人様?」
「うむ……見事と言う他は無い。貴殿のマッサージには、職務というより誠意が伝わってくる」
「ありがとうございます!」
 佐那は加藤少佐に対してフェイシャルエステ、ヘッドマッサージ、全身マッサージと、フルコースのマッサージを施していく。
 尚、これらは佐那が【根回し】で、一週間前に手に入れたマッサージ師のマニュアル(『ご主人様にしてあげちゃう! 快感メイド☆マッサージ』というタイトル)を頭に叩き込んでいた賜物だろう。
「あら? ご主人様? この右脇腹の傷跡は?」
 佐那がマッサージをしていた時、その傷跡にふと気付く。
「……」
「すいません! ご主人様のプライヴェートに踏み込むなんて……!」
「いや。良い。奉仕とは上下関係有りきのものだが、人としては対等でなければならない。そうでなければ傲る者が出てくるからな」
「……」
「くだらぬ古傷だ。その昔、別れた女に復縁を申し込まれたことがある。私は丁寧に断ろうとしたのだが、その現場を女に好意を寄せる軟弱な若造が見てしまい、若さ故に逆上したきゃつに撃たれたのだ」
「……酷いですね」
 加藤少佐は薄っすらと笑みを浮かべる。
「良いのだ。私はこの怪我と引換えに、この世の真実なる一つを悟ったのだからな」
「真実ですか?」
「うむ……それは……」
 その時、近くで鳳明が行なっていたマッサージにより、絶叫状態にされた者達の声が聞こえてくる。
「たああぁぁぁーーッ!!」
鳳明のマッサージを全身に受けたアルフェリカが叫ぶ。
「おぉ、老体に染み渡るわーーッ! こ、これが……」
「ヘブン状態ーーーッ!!!」
 と、よだれをたらしながらヘブン状態になるアルフェリカ。
「あ、アルフィー!?」
 何とか最後の一線で意識を保っていたルーシッドが、先に逝ったアルフェリカを見る。ルーシッドもまた、マッサージを受けているうちに虜になっていく自分を感じていた。
「まだまだぁぁーーッ! やああぁぁ!!」
 同時に二人を相手にしていた鳳明が、最後の一撃をルーシッドに叩きこむ。
「ボ、ボクゥゥーーーッ!! ああーーッ!……」
「ヘブン状態ーーーッ!!!」
 金色の輝きを放ったルーシッドもマットレスに倒れていく。
 その様子を見ていた佐那。
「(す、すごいですねぇ……)」
「……」
「あ、す、すいません! ご主人様! 手を止めてしま……って?」
「スー、スー……」
 佐那が見ると、加藤少佐は眠ってしまっていた。
「……私の勝ちですね。ご主人様」
 笑って加藤少佐の銀髪を撫でてやる佐那。マッサージ前に、加藤少佐が「仮に私が寝たら、貴殿の奉仕が我が心に安らぎを与えたということ。すなわち、貴殿の奉仕勝ちだ」と言っていた事を思い出したのだ。
「でも、まだ私のご奉仕は終わりませんよ?」
 と、眠った加藤少佐に、毛布をかけてから立ち上がる。
 サッと、ペンと紙を取り出し、加藤少佐の枕元に置く。
 そこには『起きられましたら、食堂までお越しください』と一文が書き留めてある。
 佐那は、最後に施設内の食堂の座敷に加藤少佐を通し、その間に現在のウィッグとカラーコンタクトを取って、女将風の和服に着替えて御酌をしてあげるつもりだった。
 料理を運びながら、これまでとはまた打って変わった『和』を強調した雰囲気と所作で加藤少佐を御持て成ししよう、そう考えていたのだ。
「フフッ……私はまだ一度も名前を告げてないし、聞かれてもいない。加藤少佐、最後まで謎めいた女として通させて貰いますよ? だから、早く起きて下さいね?」
 佐那は上機嫌に笑い、マッサージ室を後にした。