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自然公園に行きませんか?

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自然公園に行きませんか?
自然公園に行きませんか? 自然公園に行きませんか?

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1


 以前、『Sweet Illusion』にお邪魔してからというものの。
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は、ちょこちょことお店に顔を出していた。
 ケーキと紅茶を頼んで、雑談を交わして。
「今朝も遊びに行こうとしたら、オープンカフェを開くとか言うじゃないですか! これはもうお手伝いするしかないですね、と!」
 ぐっ、と握り拳を固めて強く語る。相手は紡界 紺侍(つむがい・こんじ)だ。紺侍は、ノアの言葉にそうなんスかー、と柔和な笑みを浮かべていた。
「紺侍だけじゃ心配ですからね!」
「あれ。オレ駄目な子扱い?」
「先輩として心配なんです。先輩として」
 『先輩』を強調して言うと、紺侍が苦笑した。
「なんの先輩スか」
「アルバイトのです。私の方が早くお手伝いに来ました!」
 どや! と胸を張る。相変わらず紺侍は苦笑していた。失礼な。
「というか、細かいことは気にしないように! 仕事しないと怒られますよ!」
 言うだけ言って、ノアはエプロンドレスの裾をひらひらさせながら店に出た。
 いい天気だから、自然公園に遊びに行こうと考える人はたくさんいるだろう。
「きっと、混みますよー」
 かくして、ノアの予言は当たることになる。


*...***...*


 自然公園を、のんびり散歩していたら。
「あれ?」
 聞き覚えのある声がして、橘 舞(たちばな・まい)は振り返った。視線の先には紺侍がいる。
「あら。奇遇ですね」
「っスね。お出かけですか?」
「はい。用事があって。終わりましたけど」
 あとは帰るだけ。でも、ただ真っ直ぐ帰るのもつまらないからとここに来た。
「紺侍さんはどうしてここに?」
「『Sweet Illusion』わかります? 今日、ここでオープンカフェ出してるんスよ。で、お手伝いに」
 なるほど、だからウェイターの格好をしているのか。いつも、ラフな格好にカメラで、そのイメージが強かったので新鮮だ。
「寄って行きません? オレ、案内しますよ」
「そうですね……寄っていきましょうか?」
 誘われるがまま、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に問い掛ける。ブリジットは表情を変えることなく、
「あの店のケーキはヴァイシャリーで食べられるじゃない。わざわざここで食べる必要性は低いわよ」
 と言ってのけた。
「身も蓋もないというか」
「それを言っちゃぁオシマイっつーか」
 舞は、紺侍と顔を見合わせて苦笑する。ブリジットはああ言っていたけれど、舞はそう思わない。自然の中で味わうケーキも、中々乙なものかもしれない。お店の中とは違った雰囲気を楽しむのもいいだろう。
「なんだか舞の考えてることがわかるんだけど。……わかったわよ、紺侍の顔を立ててあげなきゃいけないしね」
「マジっスか。あざーす!」
「でも、その代わりサービスしなさいよ」
「うわい。ちゃっかりしてる」
「当然でしょ。ほらさっさと案内なさい」
 ブリジットに背を押された紺侍が前を歩き出す。舞は、二人の一歩後ろを歩いた。
 一分二分ほど経って、「着きました」と声をかけられて立ち止まる。オープンカフェは、大きな木の下に展開されていた。
「カントリーですね」
「なんか意味合い違くないかしら」
 なんて、他愛のない話をしながらケーキと紅茶を頼む。
「そうだ、紺侍」
 頼んでから席に着く前に。ブリジットが紺侍に声をかける。何を言うのだろう、と舞は首を傾げた。
「ケーキ屋っていうと、やっぱり女性客が多いわよね」
「っスね」
 見回してみる。ブリジットが言うように、席に着いている人の多くは女性客だった。
「とすると、ウェイターのルックスが重要視されることも想像に難くないわね? イケメンウェイターのいる店ってだけでも客の入りも変わるわ。残念ながら今更顔はどうにもならないけれど」
「あれ、すっげ失礼」
「それでも愛想振りまけばまあ見れたものになるわ。ちょっとチェックしてあげるからやってみなさいよ」
 言って、ブリジットは紺侍の返答を待たずにテーブルへ向かって歩き出す。やるんですか? と舞が紺侍を見ると、「おまかせあれ」と笑って言った。じゃあ、見ていてみようか。
 オーダーした品物を紺侍が持ってくるまでに、そう時間はかからなかった。
「お待たせいたしました」
 きちんとした言葉に、綺麗な礼。テーブルの上に皿を置く動作もまあ、悪くはない。
「なんだ。意外とやるのね」
「ふっふ。数々のバイトで培った経験値でレベルアップ図ってますから」
「中身が残念だけれど」
「酷くね」
 やり取りに、舞はくすくすと笑った。
「私は、できる方だと思っていましたよ」
「おー。お目が高い」
 嬉しそうに笑う顔は、とても人懐っこいもので。こういう笑顔が好きな女性は多そうだ、と舞は思う。
「ブリジットの口が悪いのはいつものことなので、あまり気にしないでくださいね。つんでれさんなので」
「デレないわよ」
「デレないんスか」
「デレてほしいの?」
「いえ結構っス。なンか恐ろしいもの見る気がする」
「どういう意味よ、失礼ね」
 軽口を交わす二人を見て微笑ましく思ってから、写真を撮りたいな、と考えた。
 いつもは撮ってもらう側だから、今度は私が、と。
「あの、紺侍さん。写真、撮ってもいいですか?」
 きっと、いい記念になる。


*...***...*


 青空の下に、よく透る声が響き渡る。
「『Sweet Illusion』本日限定オープンカフェです! 木漏れ日の下で食べるケーキとお茶は再考ですよ〜」
 声の主、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は笑顔と声を振りまいて、『Sweet Illusion』の客引きを務めていた。
 あいつはいつ来るのか、なんて、少しだけ余計なことも考えながら。


 少し、話は遡る。
「フィルさん、お願いがあります!」
 閉店間際の店内。衿栖は店内にフィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)と自分しかいないことを確認してからフィルに頭を下げた。
「なーに? 改まっちゃってー」
「あのね……しばらくの間、お店のお手伝いさせてほしいの! バイト代とかいらないから!」
 両手を合わせて頭を深く下げる。フィルはすぐに「いいよー」と軽い調子で頷いた。
「い、いいのっ?」
「うん。でも理由聞かせてね?」
「うあ。……き、聞く?」
「聞くでしょ。美味い話にゃ裏がある、って言ってね?」
 用心深いフィルだから、話さないと雇ってくれなさそうだ。まあ、裏はないから話すことに抵抗はないのだけど。……ないのだけど。
「えーと、その……私が自分の工房を持つって話は知ってるよね? やっと決まったの。お店の場所とか、開店の日とか」
「わ。おめでとー」
「ありがと。……で、それでね、お店の売り子をするときに、ケーキと一緒にチラシを渡したりとか、宣伝させてもらえたら嬉しいなって……あ、勿論仕事は真面目にやるから!」
「なるほどねー」
「ダメかな……?」
 フィルは、仕事に関してとても真面目だから、断られるかもしれない。
「リンスの工房で新しい工房の宣伝なんかできないし……それにいざ決まったら言い出しにくくて」
「わかるわかる。出て行く日を伝えるのって難しい」
 頷いてくれた。共感してくれたことに親近感を覚えながら衿栖も頷く。
 フィルの店なら、買出しのついでにリンスが寄ることもままある。その時に、渡せたら。開店の日を伝えられたら。
「やっぱり、開店の日とか来てほしいし……はっ!?」
 気付けば、思考が口から漏れていた。にまにまとフィルが笑っている。しまった、と思ったときには遅かった。だいぶ、遅かった。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
「な、なしなし! 今の独り言!」
「独り言ならいいじゃない」
「だめー! 忘れて! なしなの! なし!」
「まーバイトの理由、予想できてたけどね! 予想以上に暴露してもらっちゃったよねー」
「予想できてたの!? なら聞かなくてよかったじゃない、意地悪ー!」
「あっはっは。いや楽しいねー☆」
「もう何!? すっごいいい笑顔じゃない!」
「俺ねー。そういううっかり暴露大好きー。ほらほらもっと暴露してもいいんだよーんー?」
「いやあああ!」


 ふと、先日のことを思い出して恥ずかしくなってしまった。声が止まっている。いけない、と衿栖は頭を振った。仕事は真面目にやるという約束なのだから、頑張らないと。
 ――リンスにも、まだ会えてないし。
 また、浮かんだ考えを振り払う。
 たくさん人を呼んで、たくさんチラシを配ろう。心に決めて、声を上げる。
「いらっしゃいませー♪ ……ん?」
 しかしすぐに声をなくした。あの、特徴的な二人組は。
「そこのお兄さん、お嬢さん! 美味しいケーキとお茶はいかがですかー?」
 案の定、リンス・レイス(りんす・れいす)クロエ・レイス(くろえ・れいす)だった。手を振って店へと招く。
「衿栖。バイト?」
「そうよ。どう? 似合ってるでしょう。エプロンドレスの着こなしには自信があるのよ!」
 どや! と胸を張ってみせるとクロエが「かわいい!」と言ってぱちぱち拍手をしてくれた。ああ、素直で愛らしい。頭を撫でてありがとーとお礼を伝えると、
「うん。似合ってる」
 ナチュラルに爆弾を落とされた。
「…………」
「何。顔赤い」
「なんでもないわよ! 馬鹿じゃないの!」
 にやけてしまうじゃないか。
 ――ああやだ、仕事にならない。
 不意に、フィルと目が合った。
 にこり、笑う彼はちょっと怖かった。
 真面目に仕事をしよう。


「ケーキセット二つ、お待たせしました〜」
 二人の前にケーキを置いて、微笑みかける。ここまでは、接客業のテンプレート。そしてここからが、衿栖の宣伝タイムだ。
「……あ、あのさぁ……」
 なんとか声を出してみる。ん? とリンスが顔を上げた。その眼前に、チラシを出す。
「なにこれ」
「私の工房のチラシ。場所と、開店の日が載ってるから」
 言い終わる前に、リンスがチラシを受け取った。目の前でまじまじと見られると、なんというか、照れる。正直逃げ出したい。
「リ、リンスが来たいっていうなら、来てくれちゃってもいいのよ? お茶くらい出せるし、ってそうじゃなくて、ええと。ライバル店のことは気になるよね? なるよね!?」
 自分が何を言っているのか、だんだん自分でもわからなくなってきた。
「べ、別に開店初日は不安だから来てほしいとか思ってるわけじゃ! なくて! 違うのよあの、こうでも言えば来やすいでしょ?」
 ――ああ本当、私は何を言ってるの。
 もう何を言ってもどうにもならない気がしたので、黙ってみた。
「行くよ?」
 さらりと、いとも平然と、リンスが言うので。
「……うん」
 珍しく素直に、頷けた。


 フィルと衿栖の陣中見舞いに来た茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)は、全て見ていた。
「衿栖は本当、素直じゃないなぁ!」
「ねー」
 フィルとくすくす、忍び笑いを浮かべてみたりして。
「見てる分には楽しいけどねー」
「本人真っ赤だよ! 頑張れ衿栖!」
 しおらしく頷いた場面まで見て、ちょっとほっとしてみたり。
「あ、そうそう。これ、レオンの淹れてくれた紅茶ね。みんなで飲んでって」
「ありがとー助かるー」
「日陰の場所が変わる頃には手伝うよー。テーブルの移動とか任せてよ! 吸血鬼の力発揮しちゃうんだからね!」
 人間離れした怪力があるのだから、こういう時こそ役に立ってみせたい。フィルは疑うことなく素直に「お任せしちゃう」と頷いてくれたし。
「じゃ、それまでは朱里、ケーキ食べて待ってまーす」
 ひらひら手を振って、適当なテーブルへ向かう。
 人手が足りなさそうなら手伝うことも考えたけれど、衿栖が人形四体総出で手伝っているためその必要はなさそうだった。よし、ならば。
「ウェイトレスさーん」
 にこにこ笑いながら、衿栖に向かって手を振った。衿栖が驚いた顔を見せる。いると思っていなかったのだろう。
 ――甘い甘い。朱里ちゃんは神出鬼没なのです。
「日替わりケーキセットひとつとチョコケーキひとつよろ〜♪」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
「あ。ちゃんと敬語喋ってる、えらーい」
「茶化さないで頼みなさいよ」
「タメ口だ。えらくなーい。飲み物はホットコーヒーで!」
「はいはい」
 オーダーを受けた衿栖がフィルに伝えに戻った。
 到着を楽しみに、朱里はテーブルに頬杖をつく。
 なんの気なしに見上げた空は、高く、青かった。