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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第8章

(やはりはぐれたか……)
 せっかく空京に来たというのに。
 2度あることは3度ある。いや、それ以上にある。
 ――例の如く、というのは正にこのような時に使うのだろう。
「言ったじゃろうに。こんな混雑した場所であやつがはぐれないはずが無いと」
 参道から外れた場所を歩きながら、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)から喧々と説教をされていた。
「……だからわらわは反対したんじゃ。なのに、人の言うことを聞かずに連れて来るからこんなことに……。大体、真司はヴェルリアに甘いんじゃ。少しは厳しくせんとこの先も振り回されるばかりじゃぞ」
「……ふふ」
 アレーティアは真司を見上げ、黙ることなく話し続ける。その2人を、リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は屋台で買った焼き鳥を食べながら面白そうに眺めていた。たまに口を出すのは、怒っているからでは勿論、ない。
「仕方ないわよ。真司がヴェルリアに甘いのはいつものことだもの」
「…………」
 それはその通りで、からかわれていると分かっていても真司には返す言葉がなかった。
 初詣には、4人で来た。それが、今は3人しかいない。一緒に来たヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)の姿が、目の届く範囲のどこにもない。といっても、人が多くて遠くまで見渡せるわけではないのだが――
 ということで、3人は目的をお参りから人探しに変更して境内の中を歩いていた。
 さらに言い返されるだけだからと、好き放題に言うアレーティアとリーラにはあえて真司は反論しない。黙っていたからか、アレーティアは説教の矛先をリーラに向ける。
「リーラも食べてばかりではなく少しは探すのを手伝わんか……もうどいつもこいつも……」
「私はパス。のんびりさせてもらうわ〜」
 文句の1つでも言っていないと気が済まない、と気を立てているアレーティアとは違い、リーラには全く焦りがなかった。ヴェルリアは、どうせしばらくしたら見つかるだろう。それなら、人探しをするよりも2人のやり取りを見ている方が楽しいというものだ。
 まあ、もし本当に見つからないようなら手伝うが。
「先にお参りしちゃわない? そんなに心配しなくても大丈夫よ」
 本人が気付いているのかは知らないが、傍から見ていると、ヴェルリアへの真司の気持ちは分かりやすい。今も、表情にそれがありありと表れていて、軽くからかうようにリーラは言う。
「だが、1人で置いて行く訳にもいかないだろう」
 からかわれているということには気付かずに、真司は彼女に生真面目に答える。
「一応、はぐれないように気をつけて見ていたんだが。ふと目を離した隙に居なくなるとは思わなかった……」
 あてもなく広大な敷地を回っているのではなく、いつもヴェルリアがはぐれた時にしているように精神感応を使って彼女と連絡を取りつつ、真司は彼女との合流を目指す。
(ヴェルリア? 周りに何があるか教えてくれないか)
(周りですか? 人がいっぱい歩いています。後は……お土産のお店がありますね)
「…………」
 境内広しといえど、景観を説明しようとするとどうしても似たようなものになってしまう。考えられそうな場所は複数あり、とりあえず近場から当たろうと移動する。
 しかも、こう混雑した状況ではこの方法だけで簡単に落ち合えるとも思えない。
「すいません。人を探しているんですが……」
 道行く参拝客にヴェルリアの容姿を伝えて目撃証言を集めつつ、真司達は彼女の姿を探すのだった。

              ◇◇◇◇◇◇

 初詣の人混みは、やばい。どこにこんなに人が居たのかと思ってしまうくらいに。
 普段は満遍なく、且つ平均的に街の各所に散らばって生活している人々が一点集中するとこうなるのか、というこれ以上ない見本だろう。
 そしてそれは、大人にとっては「歩きにくい」とか「見通しが悪い」とか「人酔いする」とか「楽しい」とか、感想こそ千差万別なれどそれだけのものであることが多い。
 だが、子供にとって――あるいは背の低い者にとっては、物理的に色々大変なことでもあった。
「ご、ごめんなさい……ちょっ……と……通し……」
 今も、芦原 郁乃(あはら・いくの)の歩く数メートル先では、荀 灌(じゅん・かん)が人混みに引っ掛かってもがいていた。人の壁の向こうにはアンタル・アタテュルク(あんたる・あたてゅるく)の頭が見えていて、でも、荀灌はそこまで行くことができない。
(ああ、やっぱりぃ……)
 今年の初詣はトランプゲームで3回負けた2人が行くことにして、その結果として荀灌とアンタルは空京神社に出掛けて行った。だが、荀灌が心配になった郁乃は、結局、こっそりと後ろからついていくことにしたのだ。トラブル自体はアンタルがいるから心配ないが、彼には背が低い子の大変さは分からないだろう。
 自らの実体験から、そう思って。
 先程までは、アンタルがうまくリードして荀灌も人々に埋まることなく歩いていたのだが――
(あ、アンタルが気がついた。良かったー、ちゃんと助け出せた)
 手を繋ぎ、2人は人の少ない方へと歩いていく。
(意外……でもないか。見た目はあれでも、世話見はもともといいもんな)
 郁乃が思っていた以上に、アンタルはなかなかのお兄ちゃんぶりを見せていた。

「大丈夫だったか? こう人が多いと、歩くだけでも大変だよな」
「ありがとうです、お兄ちゃん」
 荀灌の手を引っ張りつつうまく人波を縫いながら、アンタルは彼女を比較的空いている場所へ連れて来てくれた。後ろも左右も、荀灌の視界の殆どは他の参拝客で埋まっていた。それが少し開けて、境内にある屋台や建物、木々などが見えるようになってくる。呼吸も、何となくしやすいような、そんな気がした。
 人いきれの少ない空気を一度吸い、繋いだままの手に目を移す。大きな手に包まれた自分の手を見ていると、何だか心が暖かくなる。ふとアンタルがこちらを振り向き、束の間だけ目が合った。直後、びっくりしたような顔をして彼は慌てて手を離す。
 不意の事に荀灌は追いかけるように手を伸ばし、でも追いつかずに彼の指先に名残惜しげな視線を送る。
(まだ繋いでたかったんだけどなぁ……)
 真っ直ぐに正面を向いて歩いているアンタルは、残念そうにする彼女に気付かない。でも、どうして手を離したんだろう。混んでない場所だからって、やめることはないのに。
 そう考えて、荀灌はアンタルのその時の表情を思い出した。心当たりとして浮かんできたのは、ひとつ。
(もしかして、お兄ちゃんに気持ちが伝わっちゃったですか?)
 そう思った途端に、急に恥ずかしくなってくる。一歩前にいるアンタルの背を見ていられず、モジモジと下を向く。
 ……変な子って、思われなかったかなぁ?

「…………」
 2人の斜め後方を歩いていた郁乃は、荀灌のその様子をつい凝視してしまっていた。
「荀灌のあの表情、アンタルに向ける顔は、いつもわたし達に見せるものとは違うような……」
 そう。あれは恋する乙女、あるいは憧れの人を前にした少女のような。
「まさか……ね」
 だが、そうとしか思えない。今までも、荀灌はアンタルに好意を寄せていた。けれど、それはお兄ちゃんに懐く妹的な感情だと感じていたのだが。
(それが……いつしか恋心に変わってたのね!)
 そう確信した瞬間。
(うひょぉ〜〜〜いっ!)
 これは、荀灌がアンタルと2人きりだったからこそ気付けたことだ。思わぬことに、郁乃のテンションは一気に上がった。しかし、同時に可愛い妹が離れていく日が近くなったような気にもなって。
「…………」
 ちょっと、寂しくもなってくる。
「あぁ、娘を嫁に出す父親の気分ってこういう感じなのかしらね……」
 しみじみとした哀愁を背負いつつ、荀灌の前途を祝して乾杯しようと屋台に近寄る。紙コップに入った日本酒を一口飲んで、1つ溜息。
「はぁ、やれやれ……」

              ◇◇◇◇◇◇

「……此処は何処でしょう?」
 真司達といつの間にかはぐれて暫く。ヴェルリアはきょろきょろしながら歩き続けていた。時たま、精神感応で真司が話しかけてきてくれる。周囲の風景をその都度伝え、自分も拝殿に行こうと移動する。
「……皆、何処に行ってしまったんでしょうか……」
 多分、こっちに行けば拝殿だ。何にしろ目指すところは同じであり、そこまで行けば真司達にも会えるだろう。
 それにしても、ただ周りの屋台を見ながら歩いていただけなのに……
 何故、はぐれてしまったのだろう。
「うおっ! おい、すげーカワイい子がいるぜ!」
「ハンパねぇな。しかも1人じゃん」
「ねーねーカノジョ、俺達と遊ばない?」
「え? ……え? あの……?」

「すみません、そういうわけで拝殿に行く途中なので……」
「へえ? んじゃあ俺達が連れてってやるよ。一緒に行こうぜ?」
「そう言って、オマエ連れてく気ないだろ?」
「あ、わかった?」
「……ん?」
 耳に障る男達の笑い声が聞こえると同時、アンタルの目に彼等の中で困り顔をしているヴェルリアの姿が目に入った。人混みから離れてやっと一息ついていたら、今度はナンパ男共を見かけるとは。それも、あまり質は良くなさそうだ。
「まったく、新年早々しょうもねえ奴らがいたもんだ。荀灌、ちょっとここで待ってろよ」
「気をつけてくださいです、お兄ちゃん」
 見上げてくる荀灌の頭をくしゃりと撫で、アンタルは男達に駆け寄っていく。
「あ、あの……」
「嫌がってんだ、やめろって! 情け無い」
 戸惑っているヴェルリアの顔を見つつそう言うと、振り返った男の1人が「うるせぇ、邪魔すんな!」と、本性丸出しでいきなり殴りかかってきた。攻撃はボディに直撃したが、それはアンタルにとって蚊に刺された程度にしか感じない、ダメージとも呼べない程度のものだった。
「……あれ?」
「よせよ、痛いじゃないか」
 目を点にするどうやら非契約者らしい男に、余裕の表情を見せてみる。これで引くのを期待したが、それは彼等にとって火に油の結果となったようだ。
「やせ我慢しやがって……やっちまえ!」
「加減も、引き際も分からんとは……」
 面倒を感じて溜息をつきつつ、同時にかかってくる3人を軽く拳を固めて迎え打つ。実際、相手をするのも気の毒な程に実力の差がある。後腐れなくさっさと片付けようと、アンタルは手加減しつつ一撃で男達を沈めていった。
「まったく……ゆっくりできやしねぇ」
 植え込みに倒れ、湿った土の上で枯葉だらけになる彼等を見下ろしてからアンタルは荀灌を迎えに行く。
「ほれ荀灌、そろそろ行こうか」
「はいです。お兄ちゃん、強いです……!」
 ほっとしたらしい彼女と歩き出し、通り過ぎる際にヴェルリアにも一声掛ける。
「あんたも気をつけていきなね、んじゃぁな」

「…………。何だったのでしょう。少し、びっくりしました……」
「ん? 真司……あそこにいるのはヴェルリアではないか?」
 どう対処しようかと考え困っているうちに事態は解決し、てくてくと歩みを再開したヴェルリアの耳に、アレーティアの声が聞こえてくる。「?」と立ち止まって周りを見回すと、近寄ってくる真司と目が合った。
「ヴェルリア! こんな所に居たのか」
「ほらね〜、ちゃんと見つかったでしょ〜」
 たこやきのパックを手にしたリーラも2人の後ろからついてきて、無事に落ち合えた4人は、今度こそ誰もはぐれることなく拝殿に辿り着いた。お賽銭を入れて、4人並んで参拝する。勿論、真司が祈ることは――
 ――今年こそ少しはヴェルリアの方向音痴が改善されますように。
 というまことに切実なものだった。だが、あまり自分の方向音痴に自覚のないヴェルリアは、皆で無事に1年を過ごせるようにと祈っていた。
 ――イコプラのフロンティアが繁盛しますように。
 ――今年も1年を楽しく過ごせますように〜
 アレーティアとリーラも、それぞれに彼女達らしい祈りを伝える。
 そうして、皆で目を開けると4人はまた人混みの中、ヴェルリアが迷わないように気をつけつつ帰路についた。

 そして、屋台で一杯やっていた郁乃は、1人で境内を歩いていた。
「目を離してたら、2人を見失っちゃった……」
 どこへ行ったのか、こう広いと探し当てるのは中々困難だ。
「帰ろうかな……」
「くそ、あのハゲ邪魔しやがって……おい、あそこにも女が歩いてるぜ」
「女って……ありゃあガキじゃねぇか」
「もうガキでもいいんじゃね? 女なら。おーい、彼女、遊ばない?」
「……?」
 何だか服のあちこちに土をつけた男3人に声を掛けられて郁乃は立ち止まった。気が立っているらしい彼等は、女子に対するには危険すぎる雰囲気を漂わせて彼女を囲む。
 ――だが。
(……なんなんだ? まぁ、なんだこのタイミングでわたしの前に現れるとは……)
 寂しい気分の解消に使ってくださいと言っているようなものだ。
「いいわよ。ここはひとつ遠慮なくやらせてもらうわ」
 3人から雑魚臭を感じ取りつつ、郁乃は必要以上に力を漲らせてやる気に満ちた笑顔を浮かべた。