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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

リアクション

 
 第11章

「あ、大吉です。某さん、大吉ですよ!」
 おみくじを開き、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は嬉しそうな声で匿名 某(とくな・なにがし)に笑顔を向けた。1年の始まりは、やっぱり初詣だ。そう意見が一致して空京神社を訪れた2人は、今、引いたおみくじを開いたところだった。内容も悪くなく、結構幸先が良いと喜ぶ綾耶の前で某は微妙な表情を浮かべている。
「……? ……あっ!」
 何が書いてあったのか、と某と肩を並べておみくじを見てみた綾耶は、思わず声を上げていた。彼の持っている紙には何も書かれていない。枠線もない、まるっきりの白紙だ。
「印刷ミスでしょうか?」
「だといいけどなあ……もう1回引いてみるか」
 まさか、遂に名前だけでなく運勢まで特定できなくなったのかと嫌な予感を抱きつつ、某は綾耶に付き合ってもらって行列に並ぶ。周囲でおみくじを開いている人々は皆、何かしらが書かれているようで、結果はどうあれ普通に楽しそうだ。
 お待たせしましたー、と巫女に笑顔を向けられて六角形のアレをがしゃがしゃ振る。
「……ん?」
「……あれ?」
 どうぞー、と紙を渡された時点で再び嫌な予感がした。裏から透けている時点で何か、黒い。他のおみくじよりも明らかに、黒い。
「…………」
 そして、開いてみてもやっぱりそれは黒かった。――不吉だ。
「真っ黒ですね……何も書いてないですし」
「もしや、大凶の更に下のおみくじか……!?」
 だとしたら、さっきのは大吉の更に上の吉だったということか。そんな馬鹿な。ピンとキリが同一人物に当たるとか運勢がめちゃくちゃである。
「き、きっと、印刷の時にたまたまインクトラブルがあったんですよ!」
「そ、そうだな! 墨がこぼれて真っ黒になったとかな!」
 必要以上に力を入れてそう言い合い、空笑いと共に念のためともう一度並ぶ。お待たせしましたー、と巫女に笑顔を向けられて六角形のアレをがしゃがしゃ振り、どうぞー、と紙を渡されて三度開く。
「「…………」」
 目に入ったのは、でん、とした陰陽マークだった。
「なんだこのおみくじは!?」
 念のためにと並……ばずに巫女に文句を言いにいく。白と黒と陰陽マーク。3枚並べて突きつけると、巫女はびっくりする事も申し訳ありませんと慌てる事もなくとびきりに可愛い営業スマイルを浮かべた。
「おめでとうございます!」
「……へ?」
「見事3枚揃ったので『激吉』に交換させていただきますー。どうぞ♪」
 3枚のおみくじを引き取った巫女はにっこりと懐っこい笑みで新しいおみくじを差し出してきた。
「白、黒、陰陽と3枚、それもストレートで揃えるなんて天文学的な確率ですよ!」
「あ、ありがとう……?」
 驚きが残ったままに『激吉』を開く。そこには細かいアドバイスも予言めいたものもなくただ一行、『今年は激烈な1年になるでしょう』とだけ書いてあった。
「……どんな1年だよ!」
 もう、1も2もなくツッコむ他ない。目を丸くして『激吉』を見ていた綾耶が顔を上げて、励ますように力こぶしを作って某に言う。
「け、結果的に幸先良さそうだからよかったですね!」
「ま、まあ、結果的に吉だしな! 激烈が吉なのかは置いといて!」
 ぶっちゃけ、吉じゃない気がする。が、一生懸命フォローしようとしてくれる綾耶にとりあえず乗っかっておく。
「それにしても、神社にもコンプガチャの波がきてるとはなぁ……というか、おみくじって基本的に1枚しか引かないし、そもそもそういう商法は禁止されてるはずとか言っちゃいかんのかな……」
 どこか釈然としない気持ちで企画(らしいもの)へのツッコミを列挙しつつ、通り掛かった屋台で甘酒を買う。ツッコミ疲れたしこれを飲んだら帰ろう、と思いながらちびちびと熱い甘酒を飲んでいると、「にゃふ〜!」という声が聞こえた。
(にゃふ〜!?)
 それと同時、綾耶が思いっきりダイブしてくる。酔っ払った猫みたいにごろごろと、嬉しそうに某に甘えてくる。
「にゃにがしさん〜、たのしいですね〜!」
「何だ!? 綾耶の様子が……甘酒にやられたとか? いやそんなまさか……。ん?」
 改めて店に目を遣ると、何やらお品書きが並んでいる。
『よわい』
『まだつよくなりそう』
『つよい(確信』
 という3種類で、綾耶を見るに、彼女は『つよい(確信』を選んだのだろう。そして真実、彼女はなんとなくという理由で『つよい(確信』を注文していた。
(なんだよ『つよくなりそう』って。どんな味だよ。飲まないけど)
 いつもなら飲んでしまいそうな展開だが今日は飲まない。つよい心でフラグ折りにチャレンジしていると、くっついていた綾耶がとろんとした様子で言った。
「……こんな気分を、皆で味わえたらなぁ」
 酔っているだけにそれは自然で、彼女の本当の気持ちなのだというのが分かる。なぜ、そう思ってしまうのかも。
 最近、パートナー達と皆で出掛ける事がめっきり減った。それぞれが自分の用事を優先する事が多くなってきて。
 今日この日も、こうして2人だ。
 それを、綾耶は寂しく感じているのだろう。
「……俺もそう思うよ。でも、いくらパートナーとはいえあいつらにはあいつらの人生がある。そのために別れる事になるかもしれないけど、たとえ離れていたって今まで築いてきた絆がある限り、心まで離れ離れにはならないさ」
「…………」
 綾耶は某の温もりを感じながら、参道を静かに見つめていた。酔いのせいかどこかぼーっとした表情の中に、ふと柔らかい微笑が浮かぶ。
「私、もしかしたらこのままバラバラになっちゃうんじゃないかって……不安に思ってたんです。……でも、某さんがそう言ってくれるなら、きっと大丈夫ですよね」
「……ああ。それに、俺はこの先何があったって綾耶のそばにいるよ」
 拝殿に行く人、帰っていく人、多くの人々が歩みを止めない中で、道の端に立った某はそっと綾耶の頭を撫でた。
「何せ綾耶がいる場所が俺の世界だからな。このふざけたおみくじに書いてるような激烈な出来事があったって離れようがない。とはいえ、パラミタに来て激烈じゃなかった1年はなかったからな。……つまりは、何があろうと変わらずそばにいるってことだ」
「……某さんとは、ずっとずっと一緒です。某さんだって、私にとっては世界と言っていい大切な人なんですから」
 酔っている筈なのに、彼女の穏やかな声音はちゃんと呂律が回っていて、でも、いつもより何となく言う事が大胆な気もして――
 そしてやはり酔っているのか、彼女は眠そうに頭をこくん、と軽く揺らした。不安が和らいだのもあるのかもしれない。
「ん、背中、乗るか?」
「……はい。ありがとうございます……」
 むにゃむにゃとしている綾耶をおんぶして、某は参道を歩き出す。
 ――さて、ゆっくりと帰ろうか。