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リアクション
浮遊島の奥深く、鬱蒼と生い茂る木々を分け入った先に、その洞窟はあった。
石灰石が地下水によって浸食され、できあがった洞窟は入り組んでいる上、深く川幅が広い地下水脈も流れている。灯りなしに進むことは困難だ。
天魔衆一行がこの洞窟を仮のアジトに決めたのも頷ける。
洞窟の入口を警備していたのは、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)と、正体を隠すために長い黒髪のウィッグで女装をしている緋桜 ケイ(ひおう・けい)だった。
二人の足下では黒猫のシス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)が退屈そうに欠伸をしている。
彼らはレオンハルトとはまた別口で、天魔衆に潜入調査をしていた。
「やっぱり普通の電波は届かねぇか…」
ケイはため息をつくと携帯電話をパタリと閉じた。
「そう急がなくとも後であやつに連絡しても良かろう。契約を結んでいる相手同士なら、例え電波が届かぬ場所におっても通話は可能ゆえな」
焦るケイをカナタが窘める。カナタもまた変装のために白銀の髪を黒く染め、いつもの和服ではなくゴスロリチックなワンピース姿だ。
「それもそうか」
カナタの言葉にケイが頷いたとき、洞窟の奥から黒く染めた髪をポニーテールに結い上げたイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が顔を出した。
「…ちょっといいか?」
「なん…なぁに?!」
突然、声をかけられたケイは思わず口を次いで出そうになった男言葉を飲む。
可愛らしい笑顔で首を傾げる除す薄型のケイをイリーナはジッと見つめる。
ケイもまた黒いコート姿のイリーナをまじまじと凝視する。
「やっぱりケイだな!」
「イリーナか?!」
二人が互いの名を叫んだのは、ほぼ同時だった。
それからばつが悪そうにうつむくと、ぼそりと呟く。
「…何であんたがここにいる…」
「私はレオンハルトとともに潜入調査中だ」
「…そうか。別口だが、俺も目的は同じだ」
イリーナはこれまで後方支援に徹していたし、互いに変装をしていたこともある。
遠目では「似てる?」とは思っても確信に至らなかったのだ。
「まさかこんな場所で顔を合わせるとはな」
二人はそろって首をすくめると、手早く互いの集めた情報を交換し合う。
そうは言っても、どちらも持っている情報に大差はない。
天魔衆の頭が英霊織田 信長(おだ・のぶなが)であること。
南 鮪(みなみ・まぐろ)を初めとする波羅実生の一部が関わっていることくらいだ。信長の真の目的も、その背後に誰がもっと大物が控えているかどうかも分かっていない。
とりあえず今後互いに協力し合う約束だけ取り付けたとき、目の前の茂みがガサリと揺れた。
反射的に身構えたケイたちの前に現れたのは、飛空艇墜落後姿を眩ましていたメニエス・レイン(めにえす・れいん)。彼女に続き、そのパートナーであるミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)とロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)も姿を見せる。
「ただいま〜」
「どこへ行っていたの、メニエス?」
何食わぬ顔で戻ってきたメニエスに、ケイが問いかける。
慣れない女の子口調は、我ながら少し気味悪かったが、内心の不信感を隠すには有効な手段だ。
「ん〜ちょっと。森の奥にあった遺跡まで」
「遺跡だと?」
瞬間、イリーナの表情が険しくなる。
「なーんかそこに棺みたいなものが3つあって、剣の花嫁がいたみたいだよ。
その中の一体が目を覚ましたから、これもらってきた」
そう言うとメニエスは懐から羽扇を取り出してみせた。
どう見ても武器には見えない形状にケイとイリーナは首を傾げずにはいられない。
そもそも剣の花嫁本人と契約者以外が持ち運べるものなのだろうか?
「これは…光条兵器か?」
「私がもらったものなんだから、あんま触らないでよ!」
無意識のうちに伸ばしていたイリーナの手をメニエスがパチリと払う。
イリーナは内心、メニエスの態度に舌打ちをしつつも友好的な笑みを浮かべ話しかける。
「…不思議な形状をしているな。教導団には工場と呼ばれる遺跡があるのだが。以前そこで光条兵器に似た光系の武器が見つかってな。解析したことがある。私に任せてもらえないか? もちろん持ち逃げしないことは絶対に約束する」
イリーナの申し出にメニエスも少しだけ興味を引かれたようだ。
「どうしようかなー?」とでも言いたげな様子で首を傾げるメニエスに向かって、イリーナは話を続けた。
「この場では詳しい解析ができないが、私のパートナーの一人が剣の花嫁だ。彼女に見せれば何かが分かるのではないか?」
「だったら、すぐに呼んでよ」
高飛車な様子で顎をしゃくったメニエスに苦笑いを浮かべながらも、イリーナは携帯電話を開く。
イリーナのパートナーである剣の花嫁エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)は連絡を受けるなり、すぐにやってきた。
「お待たせしました」
エレーナは他の剣の花嫁たちにも声をかけたようだ。
「全く今度は何ですか?」
「にゃっ、メニエスが面白いもんを持ってきたってホント?」
シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)はぶつくさと文句を言いながら、ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)は興味津々な様子でメニエスが持つ羽扇に視線を向ける。
「何だか面白そうな話じゃねぇか?」
花嫁たちの話を聞きつけ、勝手に着いてきた国頭 武尊(くにがみ・たける)と猫井 又吉(ねこい・またきち)も、ニヤニヤと笑いながら覗き込んでくる。
「例しにどっかんって叩いてみれば、何か分かるかな、分からないかなっ?!」
「アンタは触っちゃダメッ!」
今にも拳を振り下ろしそうなルインをメニエスは露骨に警戒した。
胸元に抱えるようにして羽扇を隠すメニエスを、エレーナは「まぁまぁ」と宥める。
「まずは触らせていただいてください。絶対に壊したりはしませんから」
「ちょっとだけだからね」
メニエスの仲間たちが取り囲む中、エレーナは真剣な表情で両手に掲げた光条兵器もどきを見つめる。
「…武器…じゃないことは確か…みたいですけど」
光条兵器の形状は使用者によって変わる。
また使用者の意志によって、切るものと切らないものを選択できるのだが…。
メニエスの持ち帰った羽根飾りは切らないどころか、そもそも人を傷つける機能が見受けられない。
シルヴァもまたエレーナと同様の結論を導き出したようだ。
「ポータラカの光条兵器というよりも、古代王朝の遺産に近いものなのかもしれませんね」
仮説を裏付けるためにも、整った施設が必要なことは間違いない。
イリーナが再び「預かれないか?」と問いかけようとするや否や、メニエスが乱暴に羽扇を奪い取った。
「ふーん。だったらよけいあんたたちにはあげない」
「だが、この場ではこれ以上の解析はできないぞ!」
「だったらアンタ達も一緒に遺跡にいく? 剣の花嫁は後2体、眠っていたみたいだから、アンタたちももらってくればいいじゃない? 一緒に連れて行くくらいはかまわないよ」
メニエスの提案を一同が受け入れたことは言うまでもない。
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