校長室
嘆きの邂逅(最終回/全6回)
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第3章 見えない出口 別邸2階の一室で、レイル・ヴァイシャリーは、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)、茅野 菫(ちの・すみれ)、瓜生 コウ(うりゅう・こう)達のアドバイスを受けながら、女王器使用の訓練を続けていた。 争いの音が僅かに届くこともあったけれど、レイルの周りには地上から一緒に訪れた沢山の人々がいることもあり、彼が過度に怯えることはなかった。 「僕はちょっと出かけてくるけど、皆のいうことを聞いて頑張って下さいね」 菅野 葉月(すがの・はづき)はレイルにそうに声をかける。 パートナーのミーナの他にも、レイルを護衛する者が沢山いることに安堵し、葉月自身は彼のいる別邸を護るために戦おうと決意した。 ヴァイシャリー家の血筋だという理由だけで、連れてこられたことに同情はしてたが、ここに至っては同情だけでは決して彼は先に進めないだろうから。 温かく見守りつつも、時には厳しく導くことも必要だと感じた。 そばにいて、皆でちやほやしているだけでは、彼は成長しないだろう。 きっとこの機会に彼は色々と学び、いつか一人前になるための第一歩になると信じて、葉月は腰を上げる。 (しかし、封印には女王の血を引いた者が必要といわれていますが、彼にはその覚悟は無いででしょうね。ソフィアの裏切りにより、騎士は全員揃いませんし、現実的には十二星華のアレナさんによる封印ですが……最悪離宮の浮上も覚悟した方が良さそうですね) そうならば、早期にできる限り敵の数を減らさなければ。 「また後でね」 「……気をつけて」 レイルとミーナの言葉に、微笑みを見せて頷いた後、葉月は部屋を後にした。 「だあいじょうぶ、大丈夫。随分上手くなったね!」 少し不安気な目を見せたレイルに手を伸ばして、菫が笑顔で頭を撫でてあげる。 菫は何も知らない彼を、自分が身代わりになってでも地上に帰すつもりだった。 なれる力はないけれど、抗い、彼を帰すためにどんなことでもするつもりだった。 「うん、だいじょうぶ、だいじょうぶ……」 レイルもそう答えて、また訓練へと戻る。 「加減が難しいけれど、少しずつでも良いからコントロールできるように頑張ろうね」 ミーナは常にレイルの隣で、彼の魔法の指導を行っている。 「私だって今のようになるまで、色々と失敗を重ねてきたから。レイル君も大丈夫。葉月は外にいっちゃったけれど、葉月も皆も、多くの人が君と一緒に居るから。1人じゃないよ」 「うん、みんないっしょ。早くいっしょに帰りたいね。その為に、ボクもがんばらなきゃいけないんだよね?」 「ちゃんとコントロールできるようになったら、その力で、みんなを地上に帰してあげるんだよ。そしたら、みんなの帰りを待ってる人も皆嬉しいよね」 「うん!」 ミーナの言葉に、レイルは少し笑顔を見せて返事をした。 「行っていいぞ、マリザ」 小さな声で、コウがマリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)に声をかける。 「レイルにはオレがついているから」 「ありがとう、コウ。なんか……うん、こんな事に巻き込んで、ごめんね」 マリザが申し訳なさそうに、コウにそう言った。 「巻き込まれたわけじゃない。自分から関わった。関わることができた」 コウはそう答えて僅かに微笑んだ。 マリザも淡い笑みを見せると「お願いね」と言葉を残して、そっと部屋を後にした。 「……それじゃレイル、自分の魔法だけではなく、他人の魔法の効果を上げる練習も併せて行おうな!」 コウはワルプルギスの書を手に魔法を教え、転送術を拡大するための方法についても、検討しレイルが実行できるよう指導していく。 封印ではなく、可能であるなら離宮を浮上させたい。コウはそんな思いを内に秘めつつ、指導を続けていく。 桐生 円(きりゅう・まどか)からの連絡を受けて、一度は南の塔に向ったオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)だったが、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)の姿が見られないことから、本陣となっている別邸を訪れていた。 「うははははっ〜」 ミネルバは普段と変わらない様子で、別邸の一室で漫画を読んでいた。 周りの百合園生はちょっと迷惑そうだったが、いつものことなのであまり気にしていないようだ。 「ミネルバまた理解してないのねぇー、困ったものだわ」 オリヴィアはそう呟きながら、彼女の側に腰掛ける。 円は裏切ったわけではないと神楽崎優子が認識しているため、2人が拘束されたりすることはなかった。 だが、外出は禁止されている。 円にもしものことがあった時に、2人もすぐに治療が受けられるようこの場にいるようにと命じられていた。 「転送準備が整ったそうです。あと数分で東の塔に到着するようです」 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、地上にいるパートナーから受けた連絡を、神楽崎優子に話す。 優子はソファーに座って、主に通信機での指示を行っている。 側には、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)が付き添っていた。 また、通信機の親機を持って、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も指示の伝達をし、優子を手伝っていた。 人の出入りは激しいが、今はその他に人はいない。 「大丈夫か? 少し顔色が良くなってきたみたいだけど」 「随分楽になってきた。ありがとう、キミのその力は怪我人達の為にとっておいてくれ」 ミューレリアのヒールをかけながらの問いに、優子はそう答えた。 「この現場の指揮はグロリアさんにお任せし、私は東の塔の援護に向います。その前に意見なんですけれど……」 祥子が近づいて、廊下には聞こえないよう小さめな声で優子に意見する。 「正直、私はこの離宮を浮上させた方が良いと思います」 祥子の言葉に優子が眉を寄せる。 「確かに街に被害はでますが将来に不安と禍根を残さずに済みます。……それに、どうせ死ぬならあの子たちにはヴァイシャリーの街や湖が見える場所でと思います」 そう言って、祥子は隣の部屋に目を向けた。 そこでは、百合園生が怪我人の治療に勤しんでいるはずだ。 「私は軍人ですから水漬く屍草生す屍となる覚悟はありますが、あの子らには厳しすぎます」 「街や大切な人と共に死ぬより、護って死んだ方が彼女達のためだと私は思う。が、そもそも一般の百合園生を死なすようなことは絶対にしない」 「でも、状況は悪化の一途ですから。――では、私は行きます」 祥子は頭を下さげて退出する。 「……無理、だと思うか?」 優子がミューレリアに尋ねる。一般の百合園生の中にも、不調を訴える者、精神的に耐えられず、倒れてしまった者もいる。 白百合団員の中には重傷を負った者もいる。 「浮上させるかさせないかは、私の判断で決められるようなことではない……」 優子は苦しげにそう続けた。 「大丈夫、なんとかなるさ。なんたって百合園生は色んな意味で強いからな。私が保証するぜ」 言って、ミューレリアは濡れタオルで優子の額や顔の汗を拭いてあげる。 「皆を信じようぜ。力を合わせれば、きっとこの状況を切り抜けられる」 「そうだな」 優子は大きく息をついた。 それから携帯電話をとって、パートナーのアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)に指示を出す。 「今の内容、東の塔へ伝えてくれるか?」 コハクにそう言った後、優子は水を飲んで目を閉じる。 「少し、眠ったらどう?」 コハクの言葉に、優子はただ首を横に振った。 返答や気遣いで余計疲れてしまう可能性を考え、コハクはそれ以上何も言わずに、東の塔へ連絡を入れる。 その内容も、優子の状態を悪化させる可能性のある内容なのだけれど……。 祥子は出かける前に、隣室に寄ると、健気に働いている百合園生達に声をかける。 「友達を助けに行きたいけど、いくと守りが手薄になって困るって人がいるから、そっちの手助けに行ってくるわね」 「はい……」 途端、百合園生達は不安そうな目を見せる。 彼女達の白い服も、可愛らしい顔も怪我人の血や土で汚れてしまっている。 「帰る術はあるんだし、あと少しの辛抱よ。ここまでやってきたんだから、最後までやりとおしましょ?」 優しく祥子は百合園生達に微笑んだ。少しでも安心させようと思って。 「はい。……祥子さんも、お気をつけて」 「東の塔に、行くんですよね? あそこにも、沢山百合園の子が……お友達が沢山沢山いるんです……っ」 「助けて、下さい……でも、祥子さんも無事でいてください。一緒に、絶対一緒荷帰りましょ」 涙ぐむ彼女達に大きく頷いて「じゃ、行ってくるわね」と、祥子は同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)と共に、別邸を出た。 敵を振り切ることと、時間を短縮するために、空飛ぶ箒で東塔へ急ぐ。 ――この時はまだ、気付いていなかった。 こちらの状況をある程度把握しているソフィアが、別邸を落とすべきと考えていることに。