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三つの試練 第二回 咲かせて、薔薇色吐息

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三つの試練 第二回 咲かせて、薔薇色吐息

リアクション

「体を苗床に薔薇って、ヘソからスイカの発想か?」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、そう毒づいて、種をさっさと燃やしてしまった。乾いた黒い種は、思いの外簡単に燃えつき、ただの消し炭と化した。まったく、くだらないオモチャだ……ユシライネンはそう思う。
「ななななんて恐ろしい種! 私もいりません〜」
 そう、兎耳をたらして怯えたアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)の分の種も、勿論一緒に燃やしてしまってある。
 しかし、ユシライネンは、それだけで気が済むわけではなかった。さっそく夏の館へストルイピンとともに出発する。目的は、一人でも多くの吸血鬼を逃がし、助けることだ。
「ラドゥはもう少しまともな奴だと思ってたけど、長生きしすぎて感覚が鈍くなってるに違いないぜ。だいたい、これに何も言わない校長の正気を疑うね」
 移動の間、ユシライネンはそう二人の悪態をつき続けた。
「本人がいないと思って言いたい放題ですねー」
 その後ろを突いて歩く(跳ねる?)ストルイピンが、そう呟いたが、ユシライネンには聞こえていないようすだ。
「そもそも領主のウゲンは何も言わないのか? どいつもこいつも、頭がおかしいんだ」
 ユシライネンが憤慨するのには、理由がある。そもそも方法が気に入らないというのもあるが、ここで排斥派の人達を地球人である学生達が攻めたら、ますます両者の溝が深まると思ったから。
学園祭での良い雰囲気を壊したくない。
 アーダルヴェルトが黙認しているのは、力ずくで押さえつける事の意味のなさを知ってるからではないのか。そもそもこういう問題は、時間をかけて解決していくもののはずだ。だというのに、あの校長達ときたら!
 自然と足早になるユシライネンを、「待ってくださいよー」と、ストルイピンは必死に追いかけていった。


 その一方で。
「こんな物はこうだっ!」
 配布された種を受け取るなり、ごくりと飲み込んでしまったのは、変熊 仮面(へんくま・かめん)だった。あっけにとられる周囲をよそに、変熊は朗々と言い放つ。
「吸血鬼に薔薇の種を植え付け競い合うなんて悪趣味な事ができるかっ!」
 敵であろうと人権…いや鬼権の侵害だ。変熊はそう思い、言葉を続けた。
「一生寝覚めが悪くなるような事などできるかっ! 俺様は俺様のやり方でやらせてもらう」
 はっきり言い切り、彼は憤慨して寮の自室へと戻った。……ものの。
「……とは言うもののねぇ」
 対抗勢力を放っておいていいわけでもない。さてどうするか、と考えながら、変熊は自室のベッドへごろりと横たわった。常に全裸の彼にとっては、薔薇学マントは、こういうときにはちょっとした寝袋がわりに良いものでもある。いつしか、彼はぐっすりと眠り込んでいたのだった。
 しかし。
「師匠、起きろ〜!」
 ベッドに勢いよく飛び乗り、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)が催促をしてきた。空腹を覚え、さっそく食事にありつこうとしたのだが、猫缶があかないのである。そこでさっそく、変熊を起こそうとしたのだが……。
「腹減ったぞ〜。猫缶あけろ〜」
 ぺちぺちと肉球で叩いても噛みついても、ちっとも起きる気配はない。
「起きないとちょんまげ付けるぞ〜!」
 ふと思いたったことだったが、そういえば先ほど手に入れた種は、吸血鬼から花が咲くと聞いている。こんな感じになるのだろうか? と興味もわき、にゃんくまは部屋に飾られていた薔薇を一輪手にとると、ぐうぐうと眠りこけている変熊の頭からちょんまげのように刺してみた。
「……なにこれ。すごくいいにゃ!」
 その、一種デカダンな芸術性に、にゃんくまは毛皮を震わせた。偶然が産んだこの作品を、他の人にも見てもらいたいという欲求が、むくむくと内側にふくれあがる。
「……やっちまうにゃ」
 そう呟くと、にゃんくまは瞬間接着剤を変熊の頭にたっぷりと塗りつけ、薔薇を一輪。これで完璧な作品ができあがった。と、思ったが。よくよく見ると、バカみたいでもある。
「し〜らない」
 一気に興味を失い、にゃんくまはそう無責任に言い放つと、他に猫缶を開けてくれる心優しき人を求めて部屋を出て行った。
 起きて驚いたのは、変熊である。
 ようやく目覚めたものの、なにやら頭に違和感がある。触れると、柔らかい、だがあきらかに人体の一部ではない感触を指に覚えた。
 鏡をのぞき、そこにあるものを確認した変熊は、「こ、これは……」と驚きの声をあげた。
 美しい! あまりにも、完璧な美だ!!
 吸血鬼にしか生えないと聞いていた気がするが、それはまぁ、いいとして。
 この究極の美をもってすれば、吸血鬼たちを説き伏せることも夢ではないはずだ。いや、絶対にできる。なんといってもこの神々しさなのだから!
 変熊はそう決意を固めると、さっそく愛馬の元へ向かって飛び出していったのだった。
 その後ろ姿に、腹くちたにゃんくまが「プーッ!ゲラゲラ。かっこ悪いにゃー!」と大爆笑しているとも知らずに。


「じゃあ、種は使わないんだな」
「ああ。【シリウスの心】で、ジェイダス校長がなにをしようとしているのか、僕はそれが調べたいだけだ」
 エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)の問いかけに、上月 凛(こうづき・りん)は冷静な口調でそう答えた。
 この悪趣味なテストの是非はさておいて、イエニチェリの選抜と、【シリウスの心】は無関係ではないと上月は考えていた。その二つによって、ジェイダスはなにかをしようとしているのだろう。それにしては、手段がいかんせん回りくどいという印象もあるが。ともかく、それについてなんらかの情報を得たい。
 当初、そのために夏の館へと潜入しようと言い出した上月を、契約者であるハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)は、当初反対をした。
「血鬼が集まるという屋敷に行くなんて無謀です。自分たちの実力では屋敷にいる吸血鬼たちに遭遇したら餌食になるか追い返されるかのどちらかでしょうに」
 それについては、上月も自覚はある。けれども、だからといってあきらめるわけにもいかない。
「ハル。僕は……それでも、行く。聞いて楽しい話にはなりそうもないけど、なにかが分かればそれに対処する方法も考えられるかもしれない」
 そう口にすると、上月は口元を引き締め、ジュナを見つめた。
 吸血鬼達にしても、なんらかの理由があって、そこに集まっているのかもしれないのだ。
 彼の決心が固いことを見て取ると、ジュナは仕方なしに、こう提案をしたのだ。
「しかたありませんね……。同じような目的の人たちがいたら同行させてもらえないかお願いしてみましょうか」
 上月の思惑とは別に、ジュナとしては、手がかりをえられるかどうかよりも、上月の無事のほうが優先だ。もちろん自分も彼を守るつもりだが、二人きりよりは、協力者がいたほうがずっと安全度はあがるだろう。
 そのような経緯により、上月たちはフォルケンの元を訪れたのだった。 
 フォルケンは、『地球人排斥思想を持っている』とか『そんな人達が集まっているから』というだけでは、武力的制圧行動を正当化する事は出来ないと考えていた。テロ行為などの犯罪行為を彼らが計画し、その準備を推し進めているという証拠が無ければ、彼らを襲う薔薇学の方こそ『思想を理由とした不条理な弾圧を与える非人道的行動を与える武力集団』になってしまう。それこそ、あまりに愚かなことだ。
 瀬島によって、そこに、地球人――ひいては薔薇の学舎を歓迎しない一派がいることは、すでに確認はとれている。だからといって、テロ行為を画策していた確たる証拠はまだない。それを手に入れ、学校側へ報告をするつもりだった。
「とりあえず、複数人で何らかの反社会的活動を取る場合は活動計画や行動結果を何らかの形で記録しているはずだ。僕はそれを見つけたい。出来れば原本を持ち出したいな」
 地球文化を毛嫌いする彼らだ。そういった書類が、データである可能性は低いだろう。持ち出すことが不可能であっても、デジタルカメラで資料を撮影するつもりだった。
「エールヴァントの考えも判るけどさ。泥棒だって犯罪行為じゃないのか」
 苦笑混じりにアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)がそう口にする。
「無実かも知れない人を傷つけるよりは泥棒の方がマシだよ。証拠を見つけたら、制圧は犯罪行為にならない訳だし」
 生真面目なフォルケンの返答に、シュライアは軽く肩をすくめた。
「アルフは、どうするんだ」
 上月が尋ねる。
「そりゃ、協力するよ。……まぁ、正直にいや、集まっている吸血鬼の中に美女やわんさかいるっていうなら、モチベーションもギュンギュン上がるんだが……」
 男同士なんていうのは、正直言ってどうでもいいどころか、むしろ自分のいないところでお願いしたい。そうアルフは陽気に口にした。
「……とにかく、屋敷に忍び込むのは、出来れば他の生徒達が潜入している混乱期を狙いたい。隠れ身は使えるな?」
 フォルケンの言葉に、上月はとくに表情を変えないままに頷く。
 瀬島からもたらされた情報を元にして、彼らは作戦をたてていった。