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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第3回/全3回)
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(・グエナ・ダールトン)


 歌が聞こえた。
 ただそれだけのことだ。
「何が起こっている?」
 グエナ・ダールトンは目を見開いた。
 天御柱学院のイコンが光を放っている――ように見えた。
「グッさん、敵のビームの出力、増大しています」
 敵の機体性能そのものが大幅に上がったわけではない。だが、それまでとは動きが違う。あえて形容するならば、しなやかと言ったところか。
 機械的な動きではなく、自然体――そう、まるで「生きている」かのような。

* * *


 デルタ小隊。
「【バンシー】、お前は単なる戦争兵器で終わりたいか? それとも俺達と一緒に世界を救うか!?」
 玉風 やませと一緒に搭乗している東風谷 白虎がイコンに問いかける。
「一緒に行こうぜ、【バンシー】。俺とやませの大切なパートナー!!」
 やませにとって、その声は自分から発せられたかのように感じられた。
 感覚の問題だ。
 イコンがまるで自分自身であるかのような、そういう――
 敵のシュメッターリングの動きが遅い。
 いや、よく見えるのだ。
 ビームライフルの照準を合わせ、引鉄を引く。これまでは狙ってもかわされることが多かったが、ほとんど狙い通りにいく。

 歌が聞こえる。
 戦いの中で、端守 秋穂は自分の中にあるわだかまり、その原因を自覚した。
「そうか、僕は……僕のあり方について悩んでいるんだ」
 守りたい存在があるのに、大切な存在を自分自身の代わりに傷つけてるのではないかと。
「ユメミ自身、僕自身……『自分自身」なら耐えられる。だけど……」
 そこへ、ユメミの声が飛んできた。
「秋穂ちゃんの痛みは……ユメミが引き受けたいって思うー」
 秋穂が傷つくくらいなら、自分自身が傷つく方がいい。そう言ってきた。
 だけど違う。
 今自分がすべきは、痛みをあげる、引き受けるじゃなく――動きも、痛みも、自分のものとして共有すること。
「ユメミ……よく聞いて」
 意を決して告げる。
「僕達で意思を合わせて、一つに纏まる……イコンも含めて、『自分』になろう。僕達三人全てが自分自身として、【セレナイト】として戦おう……!」
「……意思を合わせて一つに……うん、一緒に、自分自身として……【セレナイト】として戦おうー!!」
 その意思に呼応するかのように、【セレナイト】は目覚めた。
 機体、そして二人のパイロットが同調するように感覚する。
(音が聞こえる、空気を感じる……空を舞える、走れる!)
 それは自分自身の肌で感じるものだ。
 敵の懐に入っていき、ビームサーベルを引き抜き、斬りつけた。
 その剣筋は吸い込まれるように敵へと触れる。
(敵の攻撃も……この眼でしっかり見て、避けれる!)
(自分自身が動く……敵の攻撃を見て、避ける)
 大げさに動く必要はなかった。
(避けれたなら、隙を見て……武器を使って、攻撃できる!)
 一閃。
 続けざまに二機目を撃破した。
 
(イメージしろ。内側から外側へ、感覚を広げるように)
 イコンの力を引き出すため、【スプリング】の中で和泉 直哉と和泉 結奈はイメージする。
(内側から外側へ。水が湧き出るように、感覚を広げて)
 【スプリング】、その名が示すように。
 ビームサーベルを構え、敵に斬り掛かる。
 なぜかは分からない。だが、敵の動きはあまりにも機械的過ぎた。おそらく、自分達もさっきまではそうだったのだろう。
 よく見える。
 自分は引鉄を引き、剣を振るう役だが、実際に歩を進めている結奈と感覚を共有しているかのように、自分の足が空を蹴るように感じた。
 風を斬り、敵に向けて引鉄を引いていく。一発一発のライフルから放たれた光条が吸い寄せられるように、敵の機体に吸い込まれていった。

「グエナ・ダールトン。貴方は強い。覚悟が違う、掛け値なしに強い。それでもただ一つ失敗があるとするならばそれは……」
 【ホークアイ】の中で、天司 御空が叫びを上げた。
「皆の……奏音の……俺達の還る場所を奪おうとしたことだっ!」
 ビームキャノンのトリガーを、グエナに向かって引いた。
(御空、機体出力が上昇しています。次弾装填)
 機体が光っているように見えるのは、機体の中にある動力炉――機晶石から溢れ出ているものだ。
 イコンに使われている機晶石のデータは、学校でも教わっている。
 その理論値の割りに引き出されているエネルギーが小さかったのは、それが抑えられていたからだ。
 光はコックピットのパイロットを包み込むように、そしてそれに包まれた者はその感覚を一つのものとするように。
(還りましょう、御空。私達のあるべき場所へ。そのために、彼らを超えて)

* * *


 不思議な気分だった。
 ――そうか、今俺は笑っているのか。
「グッさん?」
「いや、なんでもない。あれが相手の秘められた力だと思うと、な」
 そう、元々機体スペックは相手の方が上。
 そして今、相手は真の力を解放した。
 だが、それがなんだ?
 それに驚愕する理由は存在しない。どれだけ物質的な力が高くなろうとも、
『お前達の覚悟が「本物」でなければ、俺達は超えられん。さあ、決着をつけよう!』

* * *


「何が、どうなってますの?」
 歌が聞こえる。
 それだけのことで、イコンが輝きに包まれた。
 ダークウィスパー所属、【アーベントロート】の中で、アンジェラ・アーベントロートは感覚する。
 敵機へ向け飛び込み、ビームサーベルを引き抜いた。
 黒檀の砂時計を持っているわけではない。だが、世界は遅く見える。
 だから攻撃は当たるのだ。
 
『ダールトン。臨むところだ!』
 【アトロポス】の中で、イングリッドがグエナに向けて言い放った。
(エネルギー充填完了ですぅ)
 キャロラインからの精神感応を受け、大型ビームキャノンを撃つ。
(く、こんな反動がかかっていたのか)
 両腕にマウントされたキャノン砲を撃つ感覚が、ダイレクトで伝わってくる。イコンの真の力による感覚共有による「錯覚」だが、それを感じることで今までの自分の戦い方の悪い部分が見えてくる。
(これでも完全には読めない。さすがだ)
 機体の性能では比べるまでもない。
 だが、真の力を発揮した今の状態で、パイロットとしてグエナとようやく互角といったところだ。
 【アトロポス】のビームキャノンを避けた後、グエナのシュバルツ・フリーゲは弧を描くようにして向かってくる。
 そして機関銃を放つ。軌道は見える。だが、

「全部が一定のタイミングで放たれるわけではない」

 不規則にトリガーを引くことで、時間差攻撃を行う。機関銃でそれをやるのは決して簡単ではないが、敵はやってのけている。
『DW―E1、DW―E2、ダールトンを両翼から挟み込んでくれ』
 指示を送る。
 二機のイーグリットがグエナ機に向けてビームライフルを放ちながら接近する。
『それでも、まだ甘い!』
 敵の銃弾が二機のビームライフルの銃口を撃ち抜いた。
 それでも、イーグリットは二機とも怯まない。
 【テスカトリポカ】が急接近し、ビームサーベルでの斬撃を繰り出す。
 目標は機関銃だが、
『この距離なら、こちらの攻撃だって確実に当たる』
 機体を翻し、グエナはあえて左腕を肩口から切断させ、右腕の機関銃を突きつける。
 そして【テスカトリポカ】に放った。
「――――!!」
『ダメージ、オールイエロー』
 それでも距離を取れたのは奇跡だ。
 その瞬間、【アトロポス】が大型ビームキャノンをグエナに向かって放った。
『そんなもので――』
 しかし、そのときグエナは大きなミスを犯していたことに気付いていなかった。
 彼はどれだけ機体を身体の延長のように操っていたとしても、感覚を共有しているわけではない。
 機体の左腕を、しかも肩口から失った。その状態でブースターを吹かして急加速しようとすればどうなるか。

 ――しまっ……

 バランスを崩し、機体にビームが直撃した。
 辛うじてコックピット部と銃を持った右腕は残ったが、もはや航行不能になるのも時間の問題だろう。
 機体と完全に一体となった者と、最後の最後でなれなかった者。それが勝敗を決する最大の要因だった。
 グエナのシュバルツ・フリーゲは海に向かって落ちていく。
 そんな中、敵から最後の通信が送られてきた。

『強く……なったな』

 
* * *


 撃墜された。
 だが、不思議と悪い気分はしない。
 相手は、確かに自分を乗り越えたのだ。
「俺は、お前を信じ、この機体を信じていた。だが、この機体の『痛み』は理解していなかった」
「グッさん……」
 機体は制御不能に陥っていた。
 脱出しようにも、それすら作動しない。
「イレール、通信は使えるか」
「はい」
「なら、他の部隊に伝えろ。最後の隊長命令だ」
 伝え終わると、無線にノイズが走った。
 聞こえるのはどこからか聞こえる「歌」だけだ。

「……いい歌だ」

 それがグエナ・ダールトンの、最後の言葉だった。