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フロンティア ヴュー 1/3

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第2章 Mycenae
 
 
 シャンバラ国軍を名乗らない調査隊とは言え、裏から密かに話を通しておいた方がいいだろう。
 無論、情報収集も必要だ。
 できれば、話の解る相手がいい。
 だがシボラもエリュシオンも混乱の中にある。
 ということで都築少佐は、現場から最も近いエリュシオンの都市であり、シャンバラに好意的であるというミュケナイの選帝神に、エリュシオン出身であるパートナーのテオフィロスを赴かせた。
 大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)と、パートナーのヴァルキリー、ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)も、それに随行する。

 どうやら、テオフィロスよりも先に、ルーナサズに来ていた者達がいたようで、彼等側では、既に話を知っていた。
 ミュケナイ選帝神を名乗った男に同席した、弟のイルヴリーヒが、簡単に向こう側の状況を説明する。
「トゥレンが行方不明?」
 それを聞いて、テオフィロスは、怪訝そうに訊き返した。
「彼に限って、とは思っていますが。貴方は、この後どうなさいますか」
「選帝神殿の指示に従うようにと言われております」
 イルヴリーヒの問いに答えたテオフィロスに、選帝神イルダーナが笑う。
「こっちの信用を得ておこうって腹か」
「兄上」
「いいだろう。持って帰れる程大した情報も無いだろうしな。
 何か動きがあるまで好きにしていろ」


 イルダーナとの謁見の後、護衛として留まることになったテオフィロスは、イルダーナの居城を簡単に見て回る。
 そこに至って、ヒルダの痺れが切れた。
「いつになったら動くの?」
「?」
 テオフィロスは立ち止まり、ヒルダを見やる。
「何の話だ」
「だって、何も目的はないの?
 ただ少佐に言われた仕事のためだけなの?」
 都築は、この任務に先駆けて、不自由な左腕を切断したという。
 その話を、ヒルダは冷静に聞くことはできなかった。
「少佐が腕を落としたということは、以前のパートナーへの弔いが済んだということなのかしら。
 吹っ切ったということだろうけど、テオフィロスにとっては、それはどういう意味になるの?」
 テオフィロスは、ヒルダの言葉に眉をひそめる。
「都築のことは都築に訊け。……と言いたいところではあるが」
 そして、ふ、と吐いて、頷いた。
「恐らくは、そう、なのだろう」
 生真面目な人物だが、ヒルダには甘いような気がする、と、その様子を見ていた丈二は密かに思う。

 弔い、という言葉を、テオフィロスは肯定した。
 そもそも、都築が左腕を不随のまま残していたのは、パーナーロストについて研究する聖アタラーテ病院の担当医に、
『病気ではなく、パートナーロストによる症状であれば、研究が進み解明されれば、治ることもあるかもしれない』
と、現状維持を勧められてのことだった。
 しかし幾度かの任務を経て、今回、やっぱり邪魔だと切断に踏み切ったわけである。
 都築は前のパートナーの話をテオフィロスにすることはなかったし、またテオフィロスも聞こうとは思わなかったが、腕を切断した時に、一度だけ聞いた。
「あの子は、誰かと手を繋いで歩くことが好きだったな。
 これくらいで手向けになればいいが」
 まだ小さな子供だった、と。

「あなたは左手の代わりになるくらいの動きは余裕かもしれないけど、虚無しか掴めない腕を介した関係って、やっぱり変だと思うの」
 ヒルダにとって、彼等の関係には、何かが足りない。
 パートナーと呼ぶには、大切な何かが足りないと思えてならないのだ。
「ねえ、本当は、ルーナサズに来たのは、少佐へのプレゼントを探しに来たんじゃないの?」
 ヒルダの言葉に、テオフィロスはきょとんとした。
「実はエリュシオン製のすごい義手を手に入れようと思ってるんじゃないの?」
 彼は本当に、課せられた任務の為だけに来たんだな、と、丈二はテオフィロスの困惑した表情を見て思った。
 ヒルダの言葉は、予想というよりは、願望なのだろう。
「……都築に、私が義手を用意する必要はない」
 テオフィロスは、そう口にして、失望するヒルダを困った様子で見る。

「折角の助言です。有り難く受け取ったらどうですか」
 声がして、振り向くと、イルヴリーヒが立っている。
「立ち聞きして申し訳ありません」
 彼はそう謝ったが、廊下の真ん中で話しているのだ。咎めるものではない。
「あなたのパートナーに、あなたの故郷の物を何か贈ることは、いいことだと思いますよ」
 その子の願いを聞いてやれ、と言外の助言に、困惑しつつも、テオフィロスは頷く。
 義手は必要なくても、何か。
「ヒルダも手伝う、いいえ手伝わせて」
 力を込めて言うヒルダの言葉を聞きながら、イルヴリーヒは笑みを深めつつ、その場を後にした。


◇ ◇ ◇


 光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)は、ハルカを誘ってルーナサズ観光……もとい調査に来ていた。
 以前来た時は、殆どゆっくり滞在もできなかったし、エリュシオンで何か起きていると聞いて、興味半分の気持ちである。
 ハルカは、以前渡していたお守りを今は大事にしまっているようで、代わりにと贈ったパワーストーンをペンダントにしてつけていた。
 翔一朗は、それに『禁猟区』を施す。
「ありがとうなのです」
 ハルカは、そう言って笑った。
「今日はハルカも、みっちゃんにプレゼントがあるのです」
「え?」
 じゃーん、と、ハルカは小さな箱を取り出して渡す。
「お誕生日おめでとうなのです!」
「ああ……」
 そういえば、自分の誕生日が近かったことを思い出した。
 開けてみると、機晶石のペンダントだ。青みがかった光沢のある、白い石が付いている。
「はかせに頼んで、かっこいい形にしてもらったのです」
 誕生石のムーンストーンは、ハルカが自ら選んだものだ。翔一朗は笑った。
「ありがとうな、ハルカ」
 ふと、その時、地震が起きた。
「……またなのです」
「ああ。多いな……」
 大きな地震ではなく、街に被害が出るほどではないが、また、という言葉が出る程度には頻発している。
 街の人々も不安はあるようだが、選帝神のおわすこの街に、災害が起こるはずもないと思っているようだった。


「ん、あれ?」
 見覚えのある人物が道を歩いている。翔一朗は呼び止めた。
「朱鷺!」
 東 朱鷺(あずま・とき)は振り返る。
「奇遇ですね」
「全くじゃの。
 朱鷺も観光……じゃなくて調査か?」
「ええ」
 頷いて、朱鷺は表情を曇らせた。
「全く芳しくありません」
「何か良くないことでもあったんか」
 翔一朗は目を見張る。
「……八卦術が……根付いていないのです」
「……は?」

 朱鷺は、以前ルーナサズに来た時に、八卦術を広めようと宣伝して回った。
『龍王の卵』に、大きく朱鷺の名前になるように呪符を貼り付けることまでしている。
 その時は、卵は断崖の中で、その呪符は誰の目にも留まらなかったが、今では卵は野ざらしとなり、呪符も外から丸見え状態となっている。
 お陰で、朱鷺の名と、「八卦術」という名前だけはルーナサズに知られていた。
 ルーナサズで「八卦術」というと、間違いなく
「ああ、あの、卵に貼られている紙のやつね。何て書いてあるかは読めないけど」
という返事が返る(稀に、あれは朱鷺っていう鳥の名前の形に貼られてるらしいよ、という返事が返る)。
 しかし八卦術というものが何なのかは、全く知られていないのだった。

「ああ……まあ、学校でも置いて、八卦術を指導するヤツがなきゃ……なあ……」
 話を聞いた翔一朗は、苦笑する。
「とりあえず、呪符がところどころ剥がれてきているようですので、修復に行こうかと。
 ご一緒にどうですか」
 一瞬翔一朗の脳裏に、旅行先で遺跡に落書きする観光客が連想されたが、選帝神に言質をとっているとのことなので、まあいいのだろう。
「行ってみるか?」
 龍王の卵は、ルーナサズの目玉だ。
 ハルカに訊ねると、
「行ってみたいのです!」
と言うので、二人も朱鷺と共に龍王の卵見物に出掛けることにしたのだった。



「住民の様子は、問題ないようだな……。
 出来れば、選帝神に会っておきたいが……いるかな」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、以前ルーナサズで起きた事件の解決に関わっている。
 イルヴリーヒの兄が選帝神になったという話だが……と、面会を願うと、あっさり許可が出た。

「お初にお目にかかります、シャンバラのエヴァルト・マルトリッツという者です」
「イルダーナだ。歓迎する。弟が世話になったようだな」
 隣にいたイルヴリーヒが、彼について話していたのだろう、イルヴリーヒは、その節はお世話になりました、と、感謝を述べてくる。
 エヴァルトは軽く頷いたが、恩を着せるつもりもその為に来たのでもない。
「この度は、ルーナサズ周辺の異変の調査へ、同行させていただきたく参りました」
「この地震に関してか……。シボラでは問題が深まっているようだが」
 ルーナサズ――エリュシオンでは現在のところ、それ程危機的状況にはない。
「我々は、震源地で何かが起きているのでは、という予測を立てています、が」
 イルヴリーヒが言った。
 組織だった調査は、エリュシオンでは行われていないという。
 成る程、とエヴァルトは頷いた。
「また、これは噂程度の情報ではありますが、シャンバラ国軍の少数部隊が秘密裏に調査に入るという話もあります。
 恐らく異変に関する調査で、根拠となる情報の信憑性が薄い為にそのような行動になるのではと思われるので、敵対行動ではないことを、お知らせしておきたいのですが」
「ああ」
 イルダーナは頷いた。
「その話は聞いてる。連中が向かうのはシボラだろ」
「我々も、場合によってはシボラへの派遣を考えてはいましたが」
と、イルヴリーヒが継ぐ。
「人手が必要でしたら、いつでもお申し付けください」
 エヴァルトの言葉に、有難く頼りにさせていただきます、とイルヴリーヒが言った。