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フロンティア ヴュー 1/3

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フロンティア ヴュー 1/3

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第4章 Hunt to
 
 
 出発前に、出来得る限りの情報を精査しておこうと、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)とパートナーの魔女、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は、缶詰状態で資料や報告書を引っくり返していた。
「うにゃー、頭がウニだー!」
 マリエッタが泣き言を上げる。
「もー、官僚志望のカーリーは書類仕事得意だろうけど、あたしは苦手なのよー」
「克服してちょうだい」
 龍頭事件の資料を、関連情報も含めて読み返しているゆかりは、顔を上げない。
「無いわね、関係ありそうなものは……。
 やっぱり、イルミンスール大図書館で見つかった、あの文献だけなのね、パラミタの世界樹と聖剣について記されてるものは……」
 龍頭の事件は、パラミタの世界樹と聖剣と、何か関連があるのだろうか。
 ゆかりはその因果関係を見つけ出そうと思ったのだが、資料からは、繋がりがあると思われるものは見つからなかった。
「遺跡の位置に関しても、手がかりはなし、か……」
 龍頭事件の時に、巨人族の遺跡に関する情報を得た者はいなかった、ということだ。
 確かに、あの事件の概要を確認すれば、そんな余裕はなかっただろう。
「……ダメか。資料が少なすぎるわ」
 やがて椅子の背もたれに背中を預けて、ゆかりは溜息を吐いた。
 そして、イルミンスールの大図書館で発見されたという文献のコピーを手にする。
「……『世界樹により託されて、これよりパラミタの歴史は始まり、聖剣は眠る』か」
 文献は、その文章から始まり、数百年の歴史を綴って終わっている薄い歴史書だった。
 その歴史部分が詳細で正しかった為、世界樹と聖剣についても、信憑性を有するだろうと判断されたのだ。



「私も行くからね!
 全く、最近エースってば、調査とか言ってメシエと二人でヒソヒソコソコソ……!」
「まあまあ、リリア」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が、ぷんぷんと怒っているリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)を宥めた。
「いや、別にこそこそしてないから」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は、リリアの剣幕に及び腰になりながらも、そう返す。
「とにかく、ついて行くわ。
 私にも護衛くらいできる。近くにいないと心配だわ。
 それに、いつまでもメシエに子供扱いさせないわ」
「いや、君はもう充分一人前だと……認めよう」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、リリアの押しに弱い。本人曰く、少しだけ。
「それにしても、パラミタの世界樹か……。
 古王国時代にも、そんな噂を聞いたことはなかったが」
 知的好奇心を刺激されて、メシエも調査隊に同行することにする。
 そして、どことなくうきうきしている様子のエースに
「植物達とおしゃべりが過ぎないように」
と釘を刺した。
「え、別に解ってるし。
 植物達から情報収集しようと思ってるけど、別に、決して、山の植物達とおしゃべりしたいだけじゃないし」
 ツンデレ? と、三人の無言の視線がエースに集まった。


「……何だか、場違いなところに来ちゃった感じ……」
 半分以上が教導団以外、という面子なのだが、それでも教導団生達には、一応は極秘任務、という感覚がある。
 それなりに緊張感も伝わって来ていて、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は肩を竦めた。
「でも、懐かしい顔ぶれも見えるね。後で声かけて来ようっと」
 都築とは、国境防衛戦の時に会っている。
 彼が自分を憶えているかは不明だが、今回も裏方として手伝いたいと思って来たのだ。
 遺跡を発見したなら、資料や情報の整理、発掘品のクリーニングなど、メイドとして、彼等の役に立てるよう準備は万端である。
「何か手伝えることがあったら何でも言ってね♪」
 メンバー達に挨拶しながら、ミルディアは気軽にそう伝えておく。


 『紅一族』の当主である紅 悠(くれない・はるか)は、巨人族の秘宝を探すという調査隊に興味を持ち、パートナーの紅 牡丹(くれない・ぼたん)と共にそれに参加した。
「是非発見したいわね……」
「でも、無理しちゃダメよ!」
 いつも眠そうな目をしてボーっとしているくせに、有事の時には即行動する悠を心配して、牡丹が言う。
 牡丹にとって最優先は悠であり、悠が都築少佐に挨拶すれば、彼を威嚇する始末だ。
「解ってるわよ……」
 牡丹の念押しに、相変わらずボーッとした様子のまま、悠は返事する。

 今回は、国軍教導団から出た作戦ではあるが、他国へ入ることになるから、教導団としては動かない。
 龍頭事件などの時のように、各国が共同で解決にあたるような時ならばともかく、例えば互いに好意があっても、侵略行為という政治的判断が下されてしまっては色々面倒だからだ。

 そんなわけで、調査隊のメンバーには、教導団生徒以外も受け入れられた。
 一般旅行者や、大学のフィールドワークとしてなら、これまでも盛んにシボラを訪れている。
 まあそんな感じ、というわけだ。


「【『シャーウッドの森』空賊団】、“民間の協力者として”、“指揮下に”入らせていただきます。
 ……よろしく、都築少佐」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)は、含みのある言い回しで都築少佐に挨拶した。
 それは、遠回しに、都築少佐に、個人的に協力する――いざという事態には『賊』として、泥を被ることもする、だが勝手な行動はしない、という意思表示である。
 都築はどう受け取ったのか、小さく肩を竦めて、
「まあ、よろしく頼む」
とだけ言った。
「世界が、まだ危機なのはよく知ってるわ。
 ……それに、空賊として、宝物の噂は見過ごせないでしょ?」
 リネンの冗談に、都築は笑う。
「そうだな。空賊に奪われないように、今から知恵を絞っておこう」


「少佐!」
 呼ばれて振り返る都築の左の袖がひらめく。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、じっとそれを見つめた。
 アリーセは、その経緯については何ひとつ知らないが、彼が左腕を切断して、まだそれ程の日は経っていない。
「何だ?」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)との打ち合わせを終えた都築が、視線に気づいて訊ねた。
「少佐、義手をつける気はないんですか?」
「ん?」
「便利ですよー? カッコイイですよー? アフターケアも万全ですよ?
 今の技術でしたら、寸分違ず元通りになりますよ?」
 まあパートナーは戻りませんが。
 とは、一応口にはしない。
 じり、と迫るアリーセに、都築は苦笑した。
「それなんだが、一条、お前長曽禰とアルベリッヒに何か言ったのか?」
「はい?」
「『いい練習台ができた』とか言って、よってたかってあちこちサイズを測って行かれたんだが。
 右腕で型まで取って行きやがって、全く、腕のサイズはさておき、身長体重はともかく、視力や聴力って何に使うんだ」
 アリーセはぱちくりと瞬いた。
 機晶姫のボディを作る手伝いをして欲しい、と、アリーセは二人に頼んでいた。
 専門外だが手伝う、と、二人は請け負ってくれたのだが。
 二人は、ちゃんとその時の為に準備を進めてくれているのだ。
「……しまった、帰るまで間に合うでしょうか」
「おいおい、何を企んでる」
「…………別に、目を付けるくらい構わないでしょう」
「こら待て」
 それは元通りって言わねえよ、と都築は苦笑した。


「――だって。残念だね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の言葉に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は無言だった。
 彼は、都築に義手の作成を申し出て、先約があるからと断られたのである。
 俺の方が精巧な腕を作れる、と、呟いたダリルに、ルカルカは苦笑した。
「問題はそこじゃないんだなあ。ダリルにはわかんないかな」
 この作戦には、義手は間に合わなかったのだろう。
 平然としているが、バランスも取りにくくなっているのではないだろうかと思う。
 隻腕では、いざという時に物を掴めないこともあるだろう。
 ブツブツと文句を言っているダリルを暫くそっとしてやることにして、ルカルカは都築の所へ行った。

「何事もなく、作戦を遂行できるといいですね!」
「そうだな。全く、冒険者をやるのは久しぶりだ。
 参謀長も何で俺を選んだんだか……」
 やれやれと言う都築に、ルカルカはくすりと笑う。そして羅 英照(ろー・いんざお)との話を聞くと、思わず苦笑した。
「それって言外に、“何かあったら現地の判断で処理”って言われたってことですか」
「んー、まあ、そういうことではあるか……」
と言う都築の顔は、肯定とは言い難い。ルカルカは首を傾げた。
「他に、何か意味が?」
「一応参謀長の立場上、口にして言えんだろ。
『国益と、国益じゃないものを天秤にかけた時、国益じゃない方を優先することがあってもいい』
とは」
「国益じゃないもの?」
 きょとん、とルカルカは首を傾げる。都築は苦笑した。
「例えば、世界、とかな」

『シャンバラ』が『聖剣』を入手すれば、他国に対して色々と有利な立場を取れる可能性もある。
 だが今回の作戦は、国益を目的としたものではない。
 状況と、“現場の判断”で、例えばエリュシオンに聖剣を渡すことも有り得るのだ。


「最古にしてパラミタ大陸そのものの世界樹……。
 それが今迄知られていなかったということは、コーラルネットワークにも繋がっていない、ということだよね」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、可能性を考える。
「もしかしたら、まだ眠っているような状態にあるのかも……」
 それを目覚めさせ、コーラルネットワークに繋げることによって、各国の世界樹がより強固になり、大陸崩壊の危機を救う手段になる可能性のひとつとなるのかもしれない。
「ううん、かも、じゃなくて、信じなきゃ!
 アイシャちゃんは、今もパラミタの崩壊を遅らせる為に祈り続けているんだから!」
 彼女の助けとなる為に、これが彼女の助けとなることを信じて。
 一日でも早く、アイシャと再会する為に。
「待っててね、アイシャちゃん。詩穂も頑張るから!」
 ぎゅ、と拳を握り締めて、詩穂は新たに決意を固める。
 ――そう、何度この決意を固めただろう。アイシャを思う度に、繰り返す誓い。

「大陸の世界樹、って言いにくいですね。
 大世界樹、とでも呼びましょうか?」
 パートナーのヴァルキリー、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が言う。
 それを聞いて、詩穂はそういえば、と言った。
「世界樹の名前、何だろうね」
 それも、調査を進めて行くことで解って行くだろうか。
「それにしても、巨人族の秘宝って言ったら、きっとものすごく大きいよね……」
「そうでしょうね。
 遺跡そのものが秘宝、という可能性もありますよ」
 セルフィーナもそう頷いた。


「秘宝って何なんだろうね。わくわくするね、お兄ちゃん」
 文献に載っていたという遺跡を見てみたいと、調査隊に参加した仁科 姫月(にしな・ひめき)が、パートナーの成田 樹彦(なりた・たつひこ)に囁いた。
「ああ」
 頷く樹彦に、ふふ、と笑いかけようとした姫月だったが、そこに、ちょうど近くを誰かが通りかかって、慌てて背筋をしゃんと伸ばす。
「さ、さあ、行くわよ、兄貴!」
 スタスタと歩いて行く姫月の後に続きながら、樹彦はひっそり笑った。